第二十二話「告白」
トイレに駆け込んだ後、レイは二日酔いの気分の悪さに辟易としていた。
(何とかならないのか、この気持ち悪さは……解毒の魔法は使えないかな? 確か二日酔いは、何とかアルデヒドが作用するとかって、TVで言っていたような気がするから、効くと思うんだけど……)
彼はエルフの治癒師、エステルの解毒の魔法を思い出していた。
(確か、青と緑の光だったはずだから、水と木の属性のはずだ。水で浄化して、木で毒消しを作るイメージかな? やってみるか……)
血液の中にある毒性の物質“アセトアルデヒド”を浄化し、その毒性で弱った体を回復させるイメージを付け加える。
精霊の力を自らの体に向けると、彼の体に青い光と緑の光が交差するようにまとわりついていった。
三十秒ほどで上から下まで光が通過し、魔法は唐突に終わった。
(これでいいのかな? あんまり楽になった気がしないけど……まあ、アシュレイもすぐには回復しなかったし、仕方が無いか。これからは飲み過ぎには気を付けよう……)
ラクス王国を含め、飲酒に関する法律がある国はほとんどない。
年齢についても特に制限がないが、誰でも初めての飲酒というものはある。制限なく飲める状況――貧しい農村などでは二日酔いになれるほどの飲酒ができるわけではない――にあれば、大抵、彼と同じような失敗をする。
もちろん、アシュレイのような“うわばみ”と呼ばれる“種族”もいるため、一概に皆同じ失敗をするとは言えないが。
その後、顔を洗いすっきりしたところで、アシュレイの部屋に戻っていった。
レイは酒で記憶を失くしたことについては、忘れることにしたかったが、昨日何を話したのか気になっていた。
「昨日、酔い潰れてから何か喋った?」
「いや、完全に潰れていたからな。喋るどころの話ではなかったな」
ほっとした彼は、連れて帰ってきてくれたことに礼を言うと、彼女は、
「こんなのはお安い御用だ。こっちはターバイド湖から運んで貰ったのだ。酒場からここまでなど大したことはない」
レイは恥ずかしさを誤魔化すため、自分の鎧に清浄の魔法を掛けていく。
乾ききった血は落ちにくいのかと思ったが、布である鎧下も含め、きれいに汚れを落とすことができた。
気が付くと、先ほどまでの気持ち悪さがほとんど消えていることに気付く。
(解毒の魔法が効いたのか……これが日本で使えたら、きっと重宝がられるんだろうな)
気分が良くなってきたため、二人で食堂に向かう。
出迎えてくれたビアンカは、「あら、早いわね。気分はどう?」とレイに声を掛けた後、アシュレイの耳元で、「昨日はどうしたの? 襲った?」と小声でささやく。
アシュレイは予想通りの言葉に、「何もない!」とだけ答え、テーブルに向かった。
レイもからかわれるのが判っていたので、早足でアシュレイの後を追っていった。
二人に逃げられたビアンカは、“もう少し遊びたかったのに”と声に出して言った後、二人に朝食を運ぶため、厨房に入っていった。
レイは今日の予定について、話を始めた。
「今日、何か予定はある? 無ければ、どこかでゆっくり話をしたいんだけど……」
「予定はないが……そうだな、天気もいいし、風車の下にでも行ってみるか? あそこなら、ほとんど人はこないし、見晴らしもいい」
二人は朝食を取った後、念のため装備を整え、丘を登っていった。
丘の中腹にある銀鈴亭から、頂上にある風車までは歩いても二十分ほどで着ける。
二人は春の気持ちのいい風を受け、のんびりと坂道を登っていった。
住宅街に差し掛かると、窓から洗濯物を干す主婦たちの姿が見え、道には小さな子どもたちが駆け回り、昨日の決闘騒ぎなど全く無かったかのような平和な風景に、レイは目を奪われていた。
丘の上は男爵邸が中央に、それを囲むように東西と北側に二台ずつの大きな風車――オランダにあるような大きな四枚の羽根のついた建物――がある。風車はグォーグォーという低い音を立てながら、ゆっくりと回っていた。
二人は西側にある風車に向かっていた。
風車の周りは広場になっており、二人はその小さな草原に腰を下ろす。
丘の上は風が少しだけ強く、風が吹き抜ける度に風車の回る音が大きくなる。だが、それ以外の音は風が草を揺らす音しか聞こえてこない。
レイとアシュレイの二人はのんびりと空を眺めていた。
レイはどう切り出そうかと考えるが、いい言葉が見つからない。
(どう話し始めたらいいんだろう。こうなったら真正面からぶつかるしかないか……)
彼はアシュレイの方に向き直り、
「話したいことなんだけど、どう言っていいのか判らない。それにあまりに突飛な話で、信じてもらえないかもしれない。でも、この話は君だけにはしておかないと……」
彼女は何のことか判らないが、口を出さずに黙って聞いている。
「僕はこの世界、トリニータスの人間じゃないんだ。もしかしたら、この体はこの世界の人の物かもしれない。でも、心は別の世界、地球という世界の日本と呼ばれる国から来たんだ……」
彼は、自分が日本の学生で、突然この世界に魂だけが飛ばされてきたこと、この世界を題材にした小説を書いていたこと、そのため、この世界のことを少しは知っていること、記憶の一部がまだブロックされていること、元の世界に戻る方法を探したいことなどを話していった。
アシュレイは彼の話を聞き、とても信じられる話ではないと思った。だが、彼のいつにない真剣な表情に最後まで黙って聞くことにした。
(何のことだ? 別の世界から魂だけが飛ばされてきた? 全く訳が判らない……物語を書いていた学者の卵だと……こんな荒唐無稽な話は初めて聞いた。だが、レイのあの顔はふざけているわけでもなさそうだ……元の世界に帰る方法を探したいだと……帰ってしまうのか?……私はどうすればいいのだ……)
彼女は感情の整理が付かぬまま、黙って空を見上げていた。
レイは更に話を続けていく。
「僕は元の世界に帰りたいと思っていた。でも、今はよく判らない。それは……君と出会ったから……」
ここで、彼はアシュレイの目を見つめる。
「アシュレイ、僕と一緒に旅に出てくれないか。帰るかどうかは判らないけど、その方法も探しておきたい。もっと気になるのは、なぜ僕がこの世界に来たのか。それを知りたいんだ。それにまだ記憶が全部戻っていない。これも何か意味があるような気がして……旅に出れば判るような気がするんだ……一緒に来てくれないか」
彼は真剣な表情で黙って彼女を見つめている。
「私もお前と一緒にいたい。ここモルトンは気に入っている街だが、ここにいなければならない理由もない……レイ、一緒に行かせてくれ。だが……」
彼女はどう切り出そうか迷うように、言葉を切った後、
「一つだけ聞かせてくれ。お前にとって私は何だ? 戦士として、仲間として、友として、一緒にいて欲しいのか? それとも……女としてか……」
最後の言葉は消え入るような小声になり、レイにははっきりと聞こえなかった。だが、彼は何となく察し、どう答えようか迷っていた。
(恥ずかしいことを言っているのに、更にこれ以上……アシュレイも勇気を振り絞っている感じだし、それに生き残ったら、自分の気持ちに素直になろうと決めていたんだ。素直に告白しろ! レイ!)
彼は勇気を振り絞って、
「アシュレイ、聞いてほしい。僕は君のことが好きだ。もちろん一緒に仕事をする仲間としても好きだと思っているけど、それ以上に女性として意識していると思う。恥ずかしいけど、僕には恋愛の経験が無い。片思いならあるけど、あれは憧れだった気がするし……」
そこで、彼はその相手が誰のことだったのか、思い出せず、言葉が途切れた。
(片思い? 憧れ? 誰のことだ? 顔が浮かんできそうなんだけど、思い出せない……これも記憶の封印の一部なんだろうか……)
アシュレイは黙った彼を見つめる。彼はそのことに気付き、すぐに話を続けていく。
「……だから、“愛している”っていう気持ちが正直、よく判っていないんだ。でも、これがその気持ちだと僕は思う……ごめん、もっと気の利いたことが言えればいいんだけど……」
アシュレイは少しうるんだ眼をして、
「いや、十分に判った。これからもよろしく頼む。私も正直なところ、吟遊詩人たちが詠うような恋物語はよく判らない。だが、お前を自分より大切だと思う気持ちがあることは確かだ……それと、私のことはアッシュと呼んでほしい。家族は、父も、亡くなった母さまもそう呼んでくれたから……」
二人の間に沈黙が訪れる。
レイは静かにアシュレイの横に移動し、彼女の肩を抱く。
そして、彼女に顔を見つめて、「アッシュ、これからもよろしく」と言い、彼女に口づけをした。
二人は草叢に寝転がりながら、それぞれの生い立ちなどを話していった。
アシュレイはレイの話す日本の話を興味深く聞き、彼が人を殺すことに躊躇いがある理由を理解した。
レイもアシュレイの生い立ち、有名な傭兵団の団長の一人娘として生まれたこと、小さい時に母親を失くしたこと、物ごころついた時には既に剣を握っていたこと、同じ世代の友達が少なかったことなどを聞く。
アシュレイは彼にいろいろと質問していった。
「ニホンには傭兵はいないのか? 冒険者は?」
「多分、こっちの世界で言う“傭兵”も“冒険者”もいないと思う。そもそも魔物はいないし、危険な野生動物もほとんどいないから」
「平和なのだな。行ってみたいな、そのニホンという国に。馬よりも早い“ジドウシャ”、飛竜より早く飛べる“ヒコウキ”……」
アシュレイは想像もできない世界に心をときめかせていた。そして、更に質問は続いていった。
「……ところでお前の言う“ぱそこん”というのがよく判らないのだが?」
「ああ、パソコンね。パソコンは……」
二人は話に夢中になり、気付くと日が陰り始めていた。まだまだ話し足りないが、仕方なく、宿に戻ることにした。
宿に戻る途中も色々な話をしていく。
彼が学生――アシュレイにとっては学生=学者の卵――だと思い出し、
「レイは何の学者になるつもりだったんだ?」
「日本じゃ、大学に行っても全員が学者になるわけじゃないんだ。まあ、僕の場合、歴史を学ぼうと思っていたけど……」
歴史と聞いてもピンとこないアシュレイは、
「歴史? ああ、昔のことを調べる学問か……正直、何の役に立つんだ? 昔のことを調べても仕方が無い気がするんだが……」
「そんなことはないよ。昔の人の失敗を知っていれば、同じ間違いをしなくて済むし、大事な学問なんだぞ、歴史は」
彼女はまだよく判らないようで、
「そうなのか、よく判らないが……そう言えば、学術都市のドクトゥスを知っているか? そこにも行くつもりか?」
「学術都市か……調べ物をするために一度は行くんだろうな」
「そうか……レイと一緒にいれば世界中を旅することになりそうだな。楽しみだ」
そんなことを話しながら、坂道を下りていく。
宿に戻ると、いつものようにビアンカに、
「あら、朝からずっと一緒だったの? 本当に仲がいいわね。今日から二人部屋にする?」
いつものようにからかったつもりだったが、
「アッシュ、どうする?」
「そうだな。今日は別々でもいいのではないか」
二人に素で返され驚く。だが、すぐに本当に二人の仲が進展したのだと気付いた。そして、心の中では、仲の良いアシュレイが恋をしたことを我がことのように喜んでいた。
「そう言えば、さっき冒険者ギルドから伝言があったわよ。明日の午前中にギルドに顔を出して欲しいそうよ」
二人は顔を見合わせ、セロンの件だと思い出す。
(セロンのことだ! そう言えば忘れていた……僕が告発したんだっけ?)
レイはセロンとの決闘が終わったことで、すべてが終わったような気がしていた。そして、アシュレイに告白することで頭が一杯になり、セロンを告発したことをすっかり忘れていた。
アシュレイもレイが無事であったことから、あまり気にしていなかった。特に今日は彼との時間が楽しく、ギルドに行くことを失念していた。
二人は明日の朝一番にギルドに行くことに決め、食堂に向かった。
二人は夕食を取りながら、今後のことを話しあっていた。
レイは自分の考えを話し始めた。
「これからのことなんだけど、旅に出るとして、行ってみたいところがいくつかあるんだ」
アシュレイが先を促すと、
「まずは小説の舞台になっていた冒険者の国、ペリクリトル。ここに行ったら、どうして僕がここに飛ばされたのかが判るような気がするんだ。他には昼にも話が出た学術都市かな。もう一つ気になるのが、ルークス聖王国。正直、ここにはあまり行きたくないんだけど、僕の装備を見る限り、何らかの関係があることは間違いないんだ」
「そうか……地理的にはぺリクリトルに行ってから、ドクトゥスへ。それから商業都市アウレラに行って船でルークスに入るのが普通のルートになるな」
「そうか……だけど、もう少し僕が強くなる必要があるかな。どう思う?」
「そうだな。強さの点では問題ないだろうが、経験だな。ここでもう少し依頼を受けて経験を積んだ方がいいだろう」
レイとアシュレイはヒドラとの戦いから、冒険者ギルドの依頼を受けていなかったため、レイの階級は七級のままだった。三級相当のヒドラを倒したが、ギルドに討伐依頼が無く、ギルドへの貢献の面からは評価されないため、昇格していない。
七級は駆け出しを卒業した一人前の冒険者と言える階級だが、レイの場合、自分よりかなり格上のリザードマンや灰色熊といった魔物を倒して上げたため、純粋な経験の面で言えば、まだまだ駆け出しと変わらない。
更にレイは野宿、野営といったことをしたことが無く、これから旅に出るには不安があった。
一方、レベルの方はセロンとの戦いで上昇しており、魔道槍術士レベルが二十二に上がっていた。だが、未だスキルの数値は確認できない状態のままだった。
明日は午前中にギルドに呼び出されているが、それほど時間はかからないだろうと考え、二人は明日から泊りがけになりそうな依頼を受けることにした。
夕食の後、二人は部屋に戻っていく。
レイはアシュレイを自分の部屋に誘う。
「アッシュ、ぼ、僕の部屋に来ないか……もう少し一緒にいたいんだ……」
アシュレイは小さく頷き、彼の部屋に入っていった。
二人はいろいろな話をしていった。
一時間ほど話をした後、話が途切れ、沈黙が二人の間に流れる。
レイはベッドに腰掛けているアシュレイの横に座り、口づけをしながら、ベッドに倒れ込んでいった。
二人は互いを求めあっていった。
翌朝、二人は裸で抱き合いながら、朝を迎える。
先に目が覚めたアシュレイは、昨夜は激しく愛し合ったため、体が重く感じていた。
だが、愛する男を見ながら目覚めるという初めての体験に心が躍っていた。
(本当にレイと……夢ではなかったのだ……しかし、初めてなのに三回も……)
顔を赤らめながら、昨夜のことを思い出していると、レイも目覚めたようだ。
彼は間近にあるアシュレイの顔にどぎまぎしながら、「おはよう、アッシュ」と恥ずかしそうに声を掛けるが、急に昨夜のことを思い出して、真っ赤になっていく。
(初めてなのにムードも何もなく、三回も……怒っていないよな……大丈夫だ、笑っている……)
アシュレイは微笑みながら、挨拶を返すが、彼の体の変化に気付き、
「まだ、足りなかったのか? 朝からするというのも、ちょっと……」
彼は最初、何のことか判らなかったが、すぐに自分の下半身の状態に気付く。そして、更に顔を赤くして、
「い、いや、これは生理現象だから……それに裸のアッシュを抱いているから……」
二人は急に恥ずかしくなり、急いで服を身に着け始めた。
普段着に着替えたところで、レイが木窓を開ける。
既に朝日はかなり昇っており、いつもよりかなり遅い目覚めだったようで、午前七時を過ぎているようだった。
二人は仲良く食堂に降りていく。その姿を目にしたビアンカは、
(あら、仲のいいこと……今日の夕食にお祝いの一品を付けてあげようかしら……ふふふ……)
そう思いながら、いつものように楽しげに二人を見ていた。




