第十三話「魔物召喚の秘密」
お待たせしました。
あらすじ:
レイは月の御子ルナを奪還するため、魔族の地に潜入した。
魔族軍の前線基地に当たるレリチェ村に獣人奴隷ウノたちが潜入し、ルナたちの情報を入手したが、ルナは既に東に向かっており、追いつくためには、魔族ですら恐れる死の大地を横断する必要があった。
一方、ルナを得た月魔族のヴァルマだが、鬼人族が非協力的な態度をとることにいら立っていた。何とか馬車などの必要物資を手に入れ、目的地であるルーベルナに向けて出発した。
トリア暦三〇二六年、一月二十四日。
ルナが既に出発したと知り、レイはただの追跡では追いつけないと、危険なクウァエダムテネブレの中央部、魔族から“絶望”と呼ばれる荒野を横断することを決めた。
絶望の荒野は人跡未踏の、まさに死の大地だった。
およそ二千年前、魔族は西の地から追われた。その時、彼らはこの地で多くの同胞を失っている。
肌に風が触れただけで死に至る瘴気の谷……前触れもなく現れる底無し沼……更には、全長百mを超える巨大な地虫や液体金属のような不定形の魔物、他にも生きている鎧や合成獣など、異形の魔物たちが魔族に襲い掛かり、身体能力が高い鬼人族、魔術の才能豊かな妖魔族たちが次々と命を落としていった。
その様は、まさにすべての希望を打ち砕くもので、僅かに生き残った者たちは、その地を禁忌の地として、“絶望の荒野”と名付けた。
その後、その地に挑んだ者は多数存在したが、誰一人戻って来なかったと伝えられ、魔族の間では近寄ることすら恐れているという。
小鬼族の捕虜、ダーヴェとラウリからその話を聞くが、彼らも噂以上の情報は持っていなかった。
そして、二人が知っている情報にはどこまでが真実なのか判らないものが多かったが、西方であれば二級相当や三級相当の魔物がうようよしていることは間違いないらしい。
但し、それらの魔物はある一定の領域を越えることはなく、魔族とそれら魔物は互いの領域を侵すことなく、共存しているといっていいほどだった。
レイはウノが手に入れた地図を手に「レリチェをある程度離れたら、北東に向かう」と宣言する。
昨夜のうちにアシュレイらを説得しており、誰も何も言わなかった。
アシュレイはレイの言葉に頷くと、これからの行動方針を確認していった。
「確認だが、レリチェから五十kmほどはアクィラの麓の森だ。ここで出来る限り食用となる獣や魔物を狩り、食糧を確保する。確保した食糧はレイの収納魔法に収納する。その先は水が飲めないそうだから、飲み水はすべてレイの魔法に頼ることになる。つまり、森を抜けたら、レイは魔力を温存するため、魔法は極力使わない。これでいいな」
全員が頷くのを確認すると、アシュレイはウノに向かって頭を下げる。
「この先はウノ殿たちの力が必要になる。地図もない荒野を三百km以上だ。視界が開けていれば良いが、恐らく何度も吹雪に見舞われるはずだ。ウノ殿には周囲の警戒と方向の確認を頼まねばならん。これからもよろしく頼む」
レイとステラも同じように頭を下げる。
ウノはその光景に驚き、「頭をお上げください」と慌てて言い、片膝をつく。同じように四人の獣人奴隷も跪く。
「微力ながら、我が身をかけて、お仕えいたします」
小鬼族の捕虜、ダーヴェとラウリだけが蚊帳の外だが、彼らは自我が制限されており、特に感慨はない。
レイは全員の姿を見回した後、
「それでは出発しましょう。ウノさん、斥候をお願いします」
ウノは「御意」と言って、先行していく。
レイたちも周囲を警戒しながら、雪に覆われた山の中を進んでいった。
レリチェ村を抜けると、東に向かって緩やかな下り坂が続く。
木々は落葉樹と常緑樹が混じりあい、深い森というより雑木林といった感じになる。
思ったより標高が下がっているのか、思いのほか豊かな森に“永遠の闇”という意味のクウァエダムテネブレという名に違和感を持つ。
(この辺りならラクスの東の辺境と大して変わらないんじゃないのか? チュロック辺りより豊かそうだし、ここを開墾すればわざわざ西の国を侵略しなくてもいいと思うんだけど……)
レイが考えているように、レリチェ村から東はかなり豊かな土地だ。北の大国、ラクス王国の東の辺境であるチュロック砦付近よりも標高は低く、水も豊富で開拓しない方がおかしいと思うほどだ。
実際、鬼人族にも開拓の意志はあった。だが、鬼人族は千年前から数十年ごとに大規模な侵攻を繰り返しており、その度に人口を減らし、開拓に回すほどの余剰な人員は存在しなかった。現在彼らが住む町や村でも農地は不足しておらず、危険な魔物が跋扈するアクィラ山脈の麓を開拓しようとする機運は高まることはなかった。
鬼人族が農地開発に積極的にならない理由は既に十分な農地があるためだが、彼らの軍隊の規模から考えれば、アクィラ山脈の麓に大規模な食糧供給基地があってもおかしくはない。現在あるのはレリチェ村だけであり、この村では数百人規模の軍隊しか養えない。
鬼人族の軍は西側諸国の軍と大きく異なる点がある。それは主力が召喚した魔物であるという点だ。
召喚した魔物は基本的に食糧を必要としない。よって、鬼人族には兵站という概念はほとんどなかった。本来、数千単位の軍隊が動けば、補給部隊の規模は馬鹿にならない。数百人単位の輜重隊と数十頭の曳き馬が必要だが、召喚した魔物が主力の鬼人族は、自分たちの食糧を運ばせる程度で済むことから、食糧補給基地としてこの辺りを開拓しようと考えなかった。
もちろん、召喚した魔物だけでなく、野生の魔物を調教する場合もあり、その場合は食糧が必要なのだが、オーガやオークなら召喚したゴブリンを食べさせれば問題はない。
これらの理由から、豊かな森がそのままの状態で放置されていたのだ。
レリチェ村を抜けてから北東に進んでいくと、先行するウノから細い街道があると報告があった。
レリチェ村から距離にして十kmほど、北に続く細い街道だが、荷馬車か橇のようなものが往来した跡があるが、今は人の気配は無いという。
「もしかしたら、ルナたちが寄り道をしているかもしれない。道の先に何があるか確認してみましょう」
ウノと彼の部下のセイスが先行し、レイたちも慎重に街道から離れた場所を進んでいった。
一時間ほどすると、ウノが戻ってきた。
「この先に集落がございます。ですが……」
常に簡潔に報告する彼がなぜか口篭る。
「何があるんですか? ルナに関係することですか?」
レイの問いに「いいえ」と首を横に振り、
「切り立った崖に数十の洞窟があり、鬼人族が十数名とオーク、ゴブリンが多数おりました……更に……」
再び口篭るウノに「更に?」と問うと、ウノは言い辛そうに言葉を続けた。
「更に若い女性がその中に監禁されておりました。その数、およそ三百。鎖で繋がれ、逃げられぬように……かなりの数が妊娠している様子。恐らくは鬼人族が眷属であるオークを召喚しているのではないかと……」
ウノは正義感が強いレイと若い女性であるアシュレイ、ステラにどう説明していいのか悩んだようだ。
ウノの説明に三人は絶句する。アシュレイが搾り出すように、
「救出は、解放することは可能なのだろうか?……」
そう口に出したが、「済まぬ。今のは忘れてくれ」とすぐに訂正した。
救出と口に出してみたものの、その女性たちを解放したところで生き延びることは不可能だ。そう気付いたから、前言を撤回したのだ。
(救い出すことは不可能だ。仮にここにいる鬼人族たちを全滅させたとしても、真冬のアクィラを越えることはできない。それにルナを救い出さねばならんのだ……だが、レイは苦しむだろう。知らねば通り過ぎることが出来たが、知った以上何とかしようと考えるだろうからな……)
彼女の予想通り、レイは苦しげな表情を浮かべていた。三十秒ほど無言が続いた後、
「先に進みましょう。僕たちに出来ることは何もありません……この場所を地図に記しておくしか……後はトーアにこの事実を伝えることしかできないですね……」
苦しげにそう言うと、無理やり笑顔を作り、顔を上げる。
アシュレイは彼を抱きしめ、「無理はするな。お前の思っていることは分かっている」と囁く。
十秒ほどそのままだったが、レイは「ありがとう」と言って、彼女から離れた。
「僕に出来ることはないんだ。それに今はルナをなんとかしないと……でも、アッシュのお陰で少し楽になったよ」
今度ははにかむような笑顔を浮かべた。
ステラにもレイの気持ちが痛いほど分かっていたが、アシュレイのように直接行動を起こすことができない。二人の間に入ることで今の関係を壊したくないと本能的に引いてしまったからだ。
(レイ様が立ち直られたことは良いことなのだけど……この気持ちはどうしたらいいの……)
レイはステラの気持ちに気付くことなく、セイスを引き返させ、早急にここから立ち去ると告げた。
「あと三時間くらいで日が落ちます。兵士が巡回してくるとは思いませんが、出来るだけ離れておきましょう」
そう言って名も知らぬ集落から離れていった。
ウノの報告の通り、その集落は鬼人族が眷属を召喚する場所だった。
レイたちは知るべくもないが、そこは言わば生体兵器の“製造工場”ともいえる施設の一つで、主にオークとゴブリンを製造していた。本来ならオルヴォ・クロンヴァールらの西方派遣軍が冒険者の街ペリクリトルを攻略し、その後の第二陣としてトーア砦を強襲する予定であったため、多くの女性が強制的に妊娠させられていたのだ。
召喚の秘術では女性の胎内に魔晶石を埋め込み、その後魔物を受精させる。更に操り手たちが魔晶石に精霊の力を注入することで生命の力、魔力に変換し、魔物を急速に成長させる。そのため、精霊の力が強い場所に“製造工場”は作られることが多く、特に闇属性の精霊が多い洞窟を利用することが多かった。
魔物の召喚に必要な期間だが、精霊の力の濃さ、操り手たちがつぎ込む魔力の量にもよるが、ゴブリンでは数日、オークでも十日前後、オーガですら三十日ほどで生まれ、同程度の期間で成体に成長する。つまり、ゴブリンなら十日ほどで成体を生み出すことが出来るのだ。
但し、この方法は母体となる女性――鬼人族は“苗床”と呼ぶ――への負担が大きく、一ヶ月程度で衰弱して死亡するため、通常は強制的な魔力の注入は行わず、三倍程度の期間――ゴブリンで半月、オークで一ヶ月、オーガで三ヶ月程度――をかける。
その後、操り手たちが魔晶石に更に精霊の力を注入することで、急速に成長させる。
この召喚によって生み出された魔物たちだが、操り手に対して従順であり、食糧もほとんど必要ないなど有利な点が多い。
だが、致命的な欠点があった。
それは寿命が短いことだ。
ゴブリンで半年、オークで一年、オーガですら三年程度と、野生のそれらに比べ、数十分の一の寿命しかないのだ。これは魔晶石に蓄えられた魔力で生きているためで、その魔力の枯渇が寿命と言われている。このため、魔晶石の質とテイマーの能力によって、寿命は前後し、優秀なテイマーがワンランク上の魔晶石を使用すれば、寿命は倍以上に伸びると言われている。
今回はペリクリトル占領後の戦線拡大を見込み、既にオークを中心に千体以上作られていた。それらの魔物はレリチェ村には入れず、周辺の森の中に隠してあるため、レイたちは気付かなかった。
今回、オーガの姿が見られなかったのは、オーガの召喚は苗床の負担が大きく、量産に向かないためだ。大鬼族もそれを承知しており、極力野生のオーガを捕らえてテイムしている。
余談だが、もし、レイが彼女たちを助けようとしても失敗に終わっていただろう。
なぜなら、ここにいた女性たちのほとんどは、元は西方から攫らわれてきた人族だが、数百年にわたって家畜として扱われており、逃げ出す意思がなかったからだ。
それ以前に言葉すら碌に教えられず、本能の赴くままにしか生きられない。まさに魔物を生む家畜として生かされていたのだ。
幸いなことにウノたちの偵察ではそこまでの事実は判らず、レイがこの事実を知ることはなかった。もし、この事実をレイが知れば、彼はどのような行動を取っただろうか。
義憤に駆られ、魔族に対する感情はかなり負側に傾いたはずだ。
もし、彼がその事実を知れば、その後の行動に多大な影響があっただろう……
レイたち一行は魔物を生み出している集落を離れるため、森の中を急ぎ移動していた。
彼らはウノのもたらした事実に衝撃を受け、終始無言だった。何とか日没までに五kmほど進み、彼らが発見される恐れはなくなっていた。
雪が積もる森の中で、低木が生い茂る比較的乾いた場所を見つける。この低木には葉が残っており、それが屋根の代わりになるため、ここを一夜の宿とすることに決めた。
小さな火を焚き、暖を取るが、レイの頭には魔物を生み出す道具にされた女性たちのことが何度も浮かんでくる。
重苦しい空気の中、ウノの部下であるオチョとディエスが二羽のウサギと三羽の野鳥を持ち帰る。
アシュレイはこの空気を変えようと、
「中々のご馳走だな。レイ、調味料を出してくれないか。ステラ、鳥を捌いてくれ」
アシュレイは努めて明るい声を出しており、ステラも「はい!」と元気に応える。レイにもアシュレイの気遣いがすぐに分かった。
「香辛料は結構あるから、たっぷり使おう……僕は料理が出来ないから、二人に任せるよ」
アシュレイはウサギを捌きながら、レイの声に明るさが戻ったことに安堵の息を吐き出していた。
(これでいい。昔より引き摺らなくなったが、相変わらず手間が掛かる……まあ、それがいいのだが……)
ステラも同じように彼に隠れて安堵の息を吐いていた。
(良かったわ。レイ様はお優しいから、どうなることかと思ったけど……アシュレイ様は最近どんどん女性らしい気遣いが出来るようになられている。私も頑張らないと……)
肉は焚き火で焼かれ、骨や内臓はスープにされる。
「レイの収納魔法は本当に便利だな。輜重隊がいない遠征に鍋など持ってこれぬからな。ウノ殿たちも遠慮せずに食べてくれ。この先は体力勝負だからな……」
最初は遠慮していたウノたちだったが、アシュレイの言葉で見張り以外の四人が焚き火を囲む。
小さな焚き火であるため、九人で囲むとかなり窮屈だが、逆にそれが連帯感を強めているとレイは思っていた。
食事を終え、レイとアシュレイ、小鬼族のダーヴェとラウリが横になる。ウノたちとステラは交代で見張りに立つ。
遠くで狼らしき遠吠えが聞こえるが、危険な魔物の気配はなかった。彼らのキャンプの周りでは、枝から落ちる雪の音だけが響いていた。




