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トリニータス・ムンドゥス~聖騎士レイの物語~  作者: 愛山 雄町
第一章「湖の国・丘の町」

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第二十一話「勝利の後」

「勝者、レイ・アークライト!」


 カトラー支部長の勝利宣言が、三人しかいない訓練場に響き渡る。

 その宣言の直後、支部長はすぐに入口に走りだし、治癒師を手配していく。


 セロンは治癒師に魔法を掛けられるが、動脈を傷つけていたのか、彼の足元には思った以上の血溜まりができており、大量に出血をしているため立ち上がることができないようだった。

 治癒師がギルド職員に担架の手配を頼むと、すぐに別の職員たちが現れ、セロンを運んでいく。

 それと入れ替わるように、アシュレイが訓練場に入ってきた。

 レイの無事な姿を見て、安堵した表情と、信じられないという表情が入り混じっていた。


「勝ったのか? 本当に勝ったのか? ケガは……体は大丈夫か!」


「大きなケガはしていないけど、結構痛いんだ……すみません、こっちもお願いします」


 レイは治癒師を呼び、顔や腕に付いた傷、鎖骨の痛みを治療してもらう。

 鎧の隙間から斬り裂かれた場所もあるが、さすがに傭兵ギルドの治癒師、この程度の傷なら鎧の上からでも治療ができるようだ。


 カトラー支部長が二人に近づき、「おめでとう。お前の勝ちだ」とレイに右手を差し出す。

 レイはその手を取り、恥ずかしそうに「ありがとうございました」と頭を下げていた。

 支部長は、どう聞いたらいいものかと悩むように、


「差し支えが無ければ教えて欲しい。これは元傭兵としての興味だ。勝敗には関係ない」


「何についてでしょうか?」


「まず、お前の魔法だが、呪文を詠唱していないように見えた。無詠唱は高度な技術だが、それが使えるということなのか?」


 レイはアシュレイの方を見て、話していいのかと目で確認する。

 彼女は小さく肯く。


「内密にしてもらえるなら、それでよければお話します」


 支部長は肯き、先を促す。

 レイはどう答えようか悩みながら、


「詠唱なしというか、心の中で唱えているって感じですね」


 支部長はその答えに考え込むように、


「そうか……発声なしで魔法を使えるのか……あまり人前でやらない方がいいだろう。無詠唱は相当高位の魔術師しか使えないと聞いたことがある。無用なトラブルを避けたいなら、人前では適当な呪文を呟くようにした方がいいぞ」


 レイが肯くと、更に質問を続けていく。


「もう一つ聞きたい。セロンの動きが突然おかしくなっただろう。あの時、お前の魔法はあいつに当らなかったはずだ。それなのに動きがおかしくなった。なぜだ? 何をやったんだ?」


「あれはセロンの影に闇の魔法を打ち込んだんです。闇の杭を作って、それを影に打ち込むと、なぜか本体もその影響を受けるようなんです。原理はわかりません。偶然、気がついたので……闇の魔法自体、あまり大手を振って使えないですし、今回のは、呪いのような感じで効く魔法なんで、あまり知られたくないんです」


 支部長は理解できなかったが、闇属性の魔法ならあり得ると納得する。


「判った。詳細は誰にも話さん。ユアン(ソロウ冒険者ギルド支部長)にも魔法でセロンの動きを抑えたとしか、言わないでおこう。ああ、結果についてはこちらから伝えておく。もちろん、セロンの身柄もこちらで確保しておくから、安心していい」


 二人は支部長に礼を言い、その場を後にする。


 レイの闇属性魔法は、“影縫い”と言われる魔法で、ゲームかコミックにあった忍者の技をヒントに考え出したものだ。

 影は実体が無く、本来なら動きを止めることはできないのだが、闇属性魔法の特徴である次元や空間、更に精神に作用することを拡大解釈して編み出した。

 決闘が決まった日の午後、駄目もとで自分に掛けてみたら、何となく動きを阻害されるような感じがした。あとは使い方をいろいろ試し、発動条件や効果などをアシュレイと共に検証していた。

 その結果、影の濃さと大きさによって、効果が変わることを発見し、影が長くなる時間、夕方頃を決闘の時間に指定した。そして西からの日差しが差し込む場所として、傭兵ギルドの訓練場を決闘場所に選んだのだった。

 オリジナル魔法を使うつもりで、見物人をシャットアウトしたが、もし、見物人がいれば、この“影縫い”は使えなかった。光神教のアザロ司教に知られると問題になる可能性があったからだ。

 そして、今日は幸運にも天気が良かったため、使えたのだが、もし天気が悪ければ、この魔法は使えない。その場合は、すべての窓を閉め切り、閃光の魔法で目潰しをするつもりでいたが、セロンに閃光の魔法を読まれていたため、もし天気が悪かったらと思うと、レイは今更ながらに、今回の勝利が僥倖に恵まれただけだと恐怖を感じてしまう。


(天気が良くてよかった。もし曇りや雨だったら、勝てなかったかもしれない……まさに天に感謝だ)


 外にいた傭兵たちにも結果が伝えられ、大きな歓声が上がっていた。

 セロンは傭兵たちによほど嫌われたらしく、訓練場を出たレイの肩を何人もの傭兵が叩いていった。

 レイはようやく終わった決闘に、精神的に疲れ果て、


(終わった……疲れた……今日はこれで帰ろう……)


 彼の想いとは裏腹に、彼はアシュレイと共に傭兵たちに引っ張っていかれる。

 どうやら、シャビィが祝勝会をやると言ったようで、そのまま傭兵たちの溜まり場になっている酒場に“拉致”されたのだった。

 彼としては、鎧や鎧下についた血をきれいにしたかったが、血に汚れた鎧姿のまま、酒場に入っていった。


(せめて着替えくらいさせてほしいな。でもいえる雰囲気でもないか……)


 そして隣には、いつもは余り表情を変えないアシュレイが、珍しく満面の笑みを浮かべていた。


(アシュレイが嬉しそうだし、まあいいか。生まれて初めて“主役”になれたって感じかな。こういうのもいいものかもしれない……)


 酒場についた途端、シャビィが現れ、空いたテーブルの上に立ち、


「よし、主役の登場だ! みんな、新しい“英雄”様の祝勝会だ! 今日は俺とアシュレイの奢りだ、大いに飲んでくれ! レイ! お前も座ってないでなんか言え!」


 レイはその言葉に顔を赤くし、皆に促されるまま、立ち上がる。何を言っていいのか判らなかったので、無言で手を挙げて、応えていた。

 その後、レイは二十人近い傭兵たちに勧められるまま、酒を飲んでいく。

 横にいるアシュレイも、いつもよりハイピッチでジョッキを空けているように見えるが、酔っているようには見えない。だが、彼はすぐにそんなことに気を向ける余裕がなくなっていった。

 彼の周りには傭兵たちが集まり、「どうやってあのセロンに勝ったんだ?」とか、「槍をよく見せてくれよ」とか、さまざまな声が掛かっていた。


 彼は魔法の話を省くが、皆に請われるまま、決闘の様子を話していった。


「始めの声から十分以上、攻められ続けた。二人に稽古をつけて貰ったから、何とか避けられたけど、この通り酷いものだった……」


 彼は自分の鎧を指差しながら、話をしていく。

 騒いでいた傭兵たちも彼の話が始まると、皆、聞き入っていった。

 話が佳境に入ると、彼はどう説明しようか悩む。


(魔法で動きを止めたとは言えないし、攻め疲れたってことにしようか……)


「……開始からかなり時間が経って、さすがのセロンも疲れたみたいで、大振りの攻撃の時に少しだけよろめいたんだ。その時に“ここで挑発したら逆上するかも”って思って、挑発してみた。そうしたら、思ったとおり逆上して……そのあとは酷いものだったよ。その前までの華麗な剣捌きが、うそのような雑な攻撃で……」


 彼の話が終わると、再び喧騒が蘇る。

 決闘の話が終わると、次は皆の興味の対象、レイとアシュレイの関係に話は進んでいった。

 特にレイには、「セロンを倒したことより、アシュレイを“落とした”方が凄ぇぞ!」とか、「フォンス(ラクス王国の王都)には近寄らない方がいいぞ。セロンなんか目じゃないくらいの大物が待っているからな」などという言葉が掛けられ、皆に笑われていた。

 いつもはそういう言葉に反発するアシュレイも、今日は恥ずかしげに顔を伏せているだけだった。

 からかわれる度に顔を赤くするレイと恥ずかしそうにするアシュレイの姿に、傭兵たちは更に盛り上がっていった。


 レイは、このまま酔い潰れる気がしたので、意識があるうちにアシュレイとシャビィに礼を言った。


「二人ともありがとう。二人に鍛えてもらわなかったら、今頃、死んでいたかもしれない。本当にありがとう」


 シャビィは照れくさそうに「楽しかったから気にするな」と笑っている。

 一方、アシュレイは真剣な表情で、


「今回のことはお前の実力だ。多少の手助けはしたが、あくまで手助けに過ぎん。なあ、シャビィ」


 シャビィも少し真面目な顔になり、


「そうだな。最初は“こいつは駄目だ”と思ったが、すぐに考えを改めたな。記憶を失っている奴に聞くことじゃないが、お前さん、どんな人生を送ってきたんだろうな。普通の戦士なら思い付かないぞ、あんな戦い方」


 レイは答えようがないと、笑って誤魔化しているが、


(本当に心苦しいな。すべて告白してしまいたい。でも、言えば、この関係がどうなるのか……アシュレイには言うつもりだったけど、こうなると余計なことを言わないほうがいいのかもしれない。でも、それは騙しているみたいで……)


 午後四時前に始まった宴会は、午後七時頃に一旦お開きになる。

 主役であるレイが彼の予想通り、完全に酔い潰れてしまったからだ。もちろん、シャビィを含む傭兵たちはまだまだ飲むつもりだ。

 アシュレイもかなり酔ってはいたが、彼に肩を貸し、何とか宿に連れて帰ろうとしていた。

 彼女は血がついた鎧を見ながら、


(本当に勝ったのだな。明日の朝を一緒に迎えられるのだな)


 そして、彼女は昨夜のことを思い出していた。


(私に聞いてもらいたい話があると言っていたが、今日は無理だな……しかし、何度も戦場に立ったが、仲間が生き残ってくれたことが、こんなにうれしかったことはない。これから先、こいつと一緒に、いつまでも一緒に過ごすことができたら……誰かが言っていたが、フォンスには一度行かなくてはいけないな。団長(親父殿)に話をしにいかなくては……)


 午後八時、二人の定宿の銀鈴亭に到着する。

 女将のビアンカは、今日の決闘の結果は既に冒険者や傭兵たちから聞いており、心配はしてなかったが、血に塗れた鎧姿のレイを見て、本当に激戦だったのだと改めて驚いていた。


「彼は大丈夫なの? 血塗れだけど……」


 酔い潰れたレイに代わり、アシュレイが答える。


「ああ、大丈夫だ。既に治療は終わっているから……だが、心配してくれて、ありがとう……」


 その言葉にビアンカが、


「あら、また更に進展したのかしら? でも、酔い潰れた男を襲っちゃ駄目よ。彼は初めてっぽいから、ちゃんと意識がある時にしなさい。ふふふ……」


 酔っているアシュレイは最初、その言葉の意味が判らなかったが、すぐに意味に気付く。

 そして、酔って赤い顔を更に紅潮させ、


「そんなことはしない! ちゃんと……いや、装備を外したらすぐに部屋を出て行く。本当だからな!」


 ビアンカは笑いながら、「明日の朝はゆっくりでも大丈夫よ」と言って、厨房の方に向かっていった。


 アシュレイはレイを引き摺るように階段を上り、彼を部屋に連れていこうと考えるが、すぐに、


(この状態では鍵が閉められないな。無用心だし、私の部屋に連れて行くか……私は床に寝ればいいし……)


 レイの装備をすべて外し、着替えさせたあと、自分のベッドに彼を寝かせる。


(本当に無防備だな。ゆっくり休んでくれ……眠くなってきた……私も寝るとするか……)


 アシュレイは自分の装備を外し、野宿用の毛布を取り出し、壁を背にして眠りについた。



 翌朝、レイは自分の部屋で目覚めたと思った。


(うっ、頭が痛い。これが二日酔いって奴か……気持ち悪い……どうやって帰ってきたんだろう? 昨日、酒場で楽しく飲んでいたところまでは覚えているんだけど……誰が運んでくれたんだろう? アシュレイかな?……とりあえずトイレに行こう……)


 彼はベッドから起き上がろうとした時、自分の装備が外されていることに気付く。そして、着替えまでしていることに疑問を持つが、それ以上深く考えることはなかった。


(装備も外されているし、着替えも……それどころじゃない……気持ち悪い……)


 彼は重い体を無理やり起こし、ベッドから立ち上がろうとした。

 そして、壁を背に寝ているアシュレイの姿を見て、固まってしまった。


(あ、アシュレイ? どうして僕の部屋に……うん? 僕の部屋じゃない? もしかして……アシュレイの部屋……)


 彼は彼女の部屋に寝ていたという事実に驚き、二日酔いの気分の悪さを一瞬忘れてしまう。

 彼が起きた気配を感じ、アシュレイが目を覚ました。

 彼女は眠そうな目を擦り、あくびをしながら、


「おはよう。気分はどうだ? かなり飲んでいたから、まだ寝ていてもいいぞ」


 レイはそれに答えることができず、固まっていた。

 それを気分が悪いと勘違いしたアシュレイは、


「どうした? 気分が悪いのか? 水を貰ってきた方がいいか?」


 そこでようやく再起動したレイは、


「ここはアシュレイの部屋だよね。どうして……」


「ああ、お前の部屋に連れて行こうとしたのだが、鍵を閉められないだろうと私の部屋に連れてきた。ああ、私は野営には慣れているから、床で寝ても問題ない。うん? どうした?」


「……着替えもアシュレイがしてくれたのか……」


「ああ、そうだが、何か問題でもあったか?」


 レイはその言葉を聞き、狼狽していた。

 着替えさせてもらったこともそうだが、自分が記憶を失った後、何を話したか思い出せず、変なことを口走っていないか気になっていた。

 だが、すぐに吐き気がぶり返してきたため、アシュレイに聞く前にトイレに駆け込んでいった。


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