第七十九話「獣人奴隷の処遇」
トリア暦三〇二五年、十二月二十七日午後一時
レイはケガ人の治療を終え、一人西地区に向かっていた。
ハミッシュらに会う前に、光神教の問題を片付けてしまおうと考えたためで、アシュレイには先にマーカット傭兵団の契約状況を確認させ、ステラには明日以降の出発に備え、物資の調達を頼んでいた。
(光神教がこの後どうするつもりか知らないけど、少なくともフィスカル村の農民兵たちのことは何とかしないといけない。ガスタルディ司教は僕をルークスに連れて行きたがっているけど、僕にそのつもりはないし、さて、どうしたらいいんだろう……)
特に考えがまとまらないまま、光神教が宿舎に使っている高級宿に到着した。
彼が到着すると、すぐに責任者であるマッジョーニ・ガスタルディ司教の部屋に通される。
ガスタルディ司教は昨日の激しい戦闘など全くなかったかのように、いつも通りの豪奢な装いでレイを迎える。
ガスタルディは笑みを浮かべながら、「アークライト様。ようこそ、おいでくださいました」と言って、椅子を勧める。
すぐに茶が用意され、付き人たちは部屋を出ていった。レイは二人だけになったことを確認し、最初に大きく頭を下げる。
「フィスカル村の方々、聖騎士の方々、そして、獣人の皆さんには大変申し訳ないことをしました」
ガスタルディは慌てて「顔をお上げください」と焦るが、レイはそのままの姿勢で話を始めた。
「聖騎士方は私のような若輩者の指示に従い、命を失われました。フィスカル村の方々も私の策に従い、最も激しい戦場で最後まで任務を全うされました。ウノ殿たちは私を守るために命を散らしました」
ガスタルディはその言葉に機嫌を良くしながら、
「皆、神より与えられた使命を全うし、召されただけにございます。しかしながら、アークライト様のお役に立てたのであれば、彼らも誇りに思っておることでしょう」
レイはその言葉に怒りを覚えていた。
(自分は安全な街の中にいただけで偉そうに……昨日の夜も司祭以上の聖職者は治療を続けなかった。今もそうだ。ヘーゼルさんのように魔力が切れるまで治療をしている治癒師もいるのに、この人はこんなところで座っているだけだ……でも、ここでそれを言ってはいけない。ここでこの人の機嫌を損ねたら、フィスカル村の人やウノさんたちに迷惑が掛かる……)
「司教様のお力で彼らに褒賞を与えることは可能でしょうか。冒険者ギルド長のウォーベック様も今回の働きに対して、感謝の言葉を述べておられます。特にフィスカル村の方々が不自由することが無いよう、ご配慮頂けないでしょうか」
彼が更に深く頭を下げると、ガスタルディは慌てて彼の足元に跪く。
「勿体無いお言葉……フィスカル村の者たちには教団から特別に褒賞が与えられるよう、私の名で上申致します。また、今回の聖騎士たちの働きは報われるはずです。昇進の推薦も私の名で行いましょう」
「ありがとうございます。フィスカル村の方には、腕や足を失った方もおられます。それにあれほどの激戦で疲弊しておられるはず。ご帰還の際にはぜひその点を考慮していただければ……もし、予算的に難しいのであれば、些少ですが、これをお使いください」
そう言って、懐から金貨の入った皮袋を取り出した。それは彼の私財で白金貨三十枚、三万C(=約三千万円)が入っていた。
レイの予想を超えた行動に、さすがのガスタルディも口をあんぐりと開け、一瞬言葉を失った。だが、すぐに我に返り、真摯な表情を作る。
「私の責任において、馬車を手配いたします。アークライト様の御心に沿うよう、最大限努力いたします。しかしながら、これは受け取れません。教団の名において、いえ、私の名誉に誓って、彼らには不自由はさせません。ですから……」
そう言って、皮袋をレイの手に押し込む。
レイは「ありがとうございます。彼らは魔族の侵攻を防いだ英雄です。なにとぞ、よろしくお願いします」と、ガスタルディの手を取った。
ガスタルディはその言葉に大きく頷きながら、この状況をどう生かすべきか考えていた。
(この方が光の神の現し身であられることは間違いない。この若さであの戦いを勝利に導き、更にはこれほどの慈悲を見せることができる。この方がルークスに入られれば、必ずフィスカル村を訪問されるだろう。ならば、この方が満足いくような手配をせねばなるまい。さて、後はこの方をどうやってお連れするかだな……)
ガスタルディが自らの考えに沈んでいるのに構わず、レイは更に「ウノ殿たちについてですが」と話しを進めていく。
「あの方たちは命を賭して私を守ってくださいました。私は感謝しきれぬ恩を感じております」
「あの者たちは奴隷にございます。そのためだけに生きておるといっても過言ではございませぬ。私よりアークライト様のお言葉を彼らに聞かせましょう。それで彼らも十分なはず」
レイは再び怒りを覚えるが、努めて冷静な声音を保ち、もう一度頭を大きく下げた。
「それでは私の気がすみません。恩賞として、彼らに自由を、奴隷からの解放をお願いできないでしょうか」
ガスタルディはややたじろぎながらも、「それは不可能なのです。それに彼らもそれを望まないでしょう」と首を横に振り、「あの生き方しか出来ぬものたちにございます。自由と申されても……」と困惑の表情を浮かべる。
レイは「そうですか……」と呟く。
(確かにステラでも半年以上掛かったんだ。ウノさんたちが何歳か判らないけど、自由といわれても困るだろうな……)
そして、「確かにそうかもしれません」と答えた。
ガスタルディはその雰囲気を嫌い、話題を変えようとした。
「これからどうなされるおつもりでしょうか? もし、差し迫ったご予定がなければ、私どもと共にルークス聖王国に凱旋していただけないでしょうか?」
レイは小さく首を横に振り、「私にはしなくてはならないことがございます」と同行を断った。
(なせねばならぬこととは一体……なんとしてでも、この方を聖都にお連れせねばならぬ……)
ガスタルディは「差し支えなければ、御心の内をお示し頂くことはできないでしょうか」と詰め寄る。
「未だ魔族がいるのです。彼らは東に逃げております。私はその魔族の残党を追わねばならないのです」
レイはルナのことを出さないため、残党狩りを口実に使った。これならば、魔族を仇敵とする光神教が断りにくいと考えたからだ。
「残党狩りですか……敵はほぼ全滅したと聞いております。アークライト様ほどの方でなくとも良いのではないのでしょうか?」
レイは首を横に振り、それを否定した。
「残党と言いましても、今回の実質的な指導者、月魔族の魔術師がいます。この者を取り逃がせば、我らの力が筒抜けになるのです。何としてでも捕えるか、殺さねばならないのです。森や山での戦いにおいては、魔族は、特に鬼人族は侮れません。私が行かねば、取り逃がす可能性が高いのです」
ガスタルディはどう説得しようか悩むが、魔族討伐の使命を妨げることを躊躇っていた。
(ここで更に強引に同行を願えば、心象を悪くする。せっかく、神の現し身であることを自ら示されたのだ。ここで、この方を失うわけにはいかぬ。確かに残党とはいえ、侮れんだろう……ならば、この方を失わぬことを最優先すべきか)
「では、ウノをお使いください。まだ、配下には四名残っております」
「しかし、それでは司教様の元に残らぬのではありませんか。それに私と共に森に入れば、司教様の命令が届きませんが」
「確かに……これから帰国する私どもには、護衛は不要でしょう。それでは獣人たちをあなた様の直属と致しましょう」
レイはその言葉に思わず目を見開いた。
保身を第一と考えるガスタルディが、切り札ともいえる獣人奴隷を手放すことに対して、驚きを隠せなかったのだ。
「しかし……よろしいのですか? 私には仲間がおります。護衛は不要ですが……」
ガスタルディは大きく首を振り、レイの手を取って、「御身に万が一のことがあれば、この世界が闇に飲み込まれてしまいます」と強く訴えた。
その強い言葉にレイはたじろぐ。
「ですが、直属と言っても、どのように?」
「あの者たちの首輪は教団の物でございます。現在、彼らへの命令権は私、ガスタルディにございます。そして、ここペリクリトルでは、私が最上位者となります。つまり、私ならば、あの者たちの首輪の情報を書き換えることが可能なのです」
ガスタルディはレイが言葉を失っていることを了承と看做し、ウノを呼び出す。
どこに控えていたのか、ウノはすぐに彼らの横に現れ、片膝をついて、「お呼びでございますか」と頭を下げる。
ガスタルディは鷹揚に頷き、
「これより、そなたたちはアークライト卿の直属となる。他の者も直ちに、ここに呼び出せ」
ウノは静かに一礼すると、すぐにその場を立ち去っていった。
レイはその展開についていけず、やや混乱していた。
(ウノさんたちの命令権っていうか、首輪の情報ってことは僕が“所有者”ってことになるのか? いや、それはおかしいよ。でも、これからのことを考えたら、ウノさんたちがいてくれるほうがいいし……どうしたらいいんだろう……)
レイが悩んでいる間に、ウノが部下四人を連れて戻ってきた。
ガスタルディは跪くウノたちの前でレイに命令権の譲渡方法を説明し始めた。
「やり方は非常に簡単です。私がこの魔晶石に魔力を通しますので、アークライト様も続いて魔力を流してください。それで完了いたします」
レイはその簡単なやり方に危惧を覚えた。
「このような簡単な方法で大丈夫なのでしょうか? もし悪用されたら大変なことになりますが」
ガスタルディは首肯する。
「これは権限を与えられた者しか知らぬ最重要機密に当たります。もし、悪用しようとしても、ある方法で防ぐことが出来ますからご安心を。ですが、念のため、他では公言せぬようお願いいたします」
レイが頷くと、ガスタルディはニコリと笑う。
「正直言うと、私もどうやって防ぐのか、知らないのですよ」
それだけ言うと、ガスタルディはウノたちの首輪に魔力を流していく。レイが戸惑っていると、ガスタルディが魔力を流すよう促してきた。
「では、アークライト様の番でございます。特に何も考えずに魔力のみを流していただければ大丈夫ですよ」
レイは言われるまま、ウノたちの首輪に魔力を流していく。魔力を流した瞬間、黒い魔晶石がうっすらと輝くが、他には何事も起こらず、すぐに手続きは終了した。
「これでアークライト様の命令しか聞きません。もちろん、上位者である枢機卿猊下であってもです。総大司教猊下と権限者以外の命令は受け付けないのです。もちろん、命令権限者が権限の一部を委譲することは可能です。アークライト様が彼らを指揮していたのは権限の一部を使っていたからなのです……」
ガスタルディの説明では、命令権限者のみが彼らに命令を与えられる。例外は教団トップの総大司教だけで、理由は教団内の不正を暴くようなときに、上位者の命令を拒否できるようにするためのことだった。
(不正が前提か……やっぱり腐敗しているんだな、光神教は。こうでもしないと、我が身を守れない人が多いんだろう……でも、もし僕が死んだらどうなるんだ?)
レイはそのことをガスタルディに問うと、ガスタルディは笑みを浮かべながら答えた。
「万が一、命令権限者が死亡した場合ですが、獣人たちは命令権限者に殉じます。命令権限者の生命を守ることが、この者たちの最優先命令となっておりますゆえ。もし、命を守れなかった、すなわち、任務に失敗した場合、殉死するのは当然のこと……」
レイはその事実に愕然とする。
(僕の命がウノさんたち五人の命に直結していることになるんだ。重すぎる……そうか、解放してしまえばいいんだ)
「解放する方法を伺っておりませんが……」
ガスタルディは一瞬、何のことか判らず、首を傾げるが、すぐにウノたちを解放することだと気付き苦笑する。
「解放はできないのです。教団の奴隷の首輪は特別製となっており、総大司教猊下といえども不可能なのです……」
ガスタルディの説明では、獣人奴隷たちは一度首輪を付けられると死ぬまで外すことができないとのことだった。
「この者たちが解き放たれ、教団にあだなすことを考えれば、仕方がないことなのです」
レイはその言葉に目の前が暗くなる思いがしていた。
(一度首輪を付けられれば、死ぬまで外せないなんて……ステラのようにやり直すことが出来ないんだ……何て酷いことを……)
ガスタルディはレイの怒りに気付かないまま、恭しく頭を下げ、
「私は一旦、聖都に戻ります。そして、総大司教猊下に今回のことをご報告し、ご指示を仰ぎます。そして、再び戻って参ります……」
ガスタルディは年明けと共にルークスの王都パクスルーメンに帰還し、ここペリクリトルには連絡要員として司祭を一人残していくと告げる。
そして、最後にもう一度跪き、「御身は我らの光。ご自愛いただきますよう重ねてお願い申し上げます」と言って深々と頭を下げた。
レイは困惑したまま、ウノらを従え、ガスタルディの部屋を出ていった。
部屋に残ったガスタルディは、自分の今の行為について考えていた。 彼は自分が司教の権限を大きく逸脱しているという自覚があった。
(獣人奴隷たちの指揮権移譲の権限は、第六階梯以上、大司教以上しか持たぬ。緊急時の措置として、その土地の最上位者にその権限を使うことは可能となっているが、恐らく、聖都に戻れば、大きな問題となるだろう。枢機卿猊下にどう報告すべきか。特殊任務に就けたとして、処理した方が良いかもしれんな。アークライト様がルークスにお越しになれば、問題は無くなる。ならば、ここは私の保身を優先させてもらおう……)
彼はウノら獣人奴隷たちを魔族の追撃に出したという報告書を作成した。
もちろん、指揮権の移譲については一切報告しなかった。
(アークライト様は光の神の現し身であることは間違いないのだ。ならば、私の行為が非難されることはない。ただ、アークライト様がルークスに入られるまでは、何としてでも権限逸脱のことは隠さねばならん……)
レイがガスタルディの部屋を出ると、外には聖騎士隊の隊長、ランジェス・フォルトゥナートが待っていた。
フォルトゥナートはレイに対し、片膝をつき、恭しく頭を下げる。
レイはその姿に慌て、「フォルトゥナート卿、立って下さい」と彼の腕を取るが、彼はそのままの姿勢を崩そうとはしなかった。
レイは仕方なく、しゃがみ込み、フォルトゥナートに「実はお願いがあるのです」と話しかけた。
「フィスカル村の兵たちのことです。私のせいで多くの方が亡くなりました。それに傷付いた方も……あの人たちのことをお願いできないでしょうか。ガスタルディ司教は請け負ってくれましたが、あなたの方が信頼できます……」
フォルトゥナートは「しかと承りました。ご安心を」と答える。そして、ゆっくりと顔を上げ、話し始めた。
「私は閣下のために命を投げ出す覚悟ができております。もちろん、無為に命を散らす気はありません。私は閣下が成すべきことを見てみたいのです。私のことが頭の片隅にでもあれば、いつでもお呼びください」
彼はそれだけ言うと、ゆっくりと立ち上がった。
そして、もう一度深く頭を下げ、レイの下を去っていった。
レイはフォルトゥナートの言葉の意味を計りかね、困惑する。
(僕が成すべきこと? フォルトゥナートさんも僕が光の神の現し身だと思っているのかな? どうも光神教の人は思いこみが激しくて……まあ、フィスカル村の人たちはこれで大丈夫だろう。司教はともかく、あの人は信用できるはずだから……)
レイはウノたちに「行きましょうか」と声を掛け、光神教の宿舎を後にした。




