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トリニータス・ムンドゥス~聖騎士レイの物語~  作者: 愛山 雄町
第三章「冒険者の国・魔の山」

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第七十七話「戦闘の結果」

 トリア歴三〇二五年、十二月二十六日午後六時。


 ハミッシュ・マーカットは暗闇の中、残敵の掃討を指揮しながら、レイが敵将と繰り広げた死闘について思い出していた。


 戦場に到着した当初は、レイの居場所は判らなかったが、小鬼族部隊を突破し合流した、ペリクリトル防衛隊司令ランダル・オグバーンにより、敵将オルヴォ・クロンヴァールがレイを狙って戦線を離れたと聞かされた。


「さっきまでは奴の姿が見えていたんだが……恐らくレイを殺しに行ったはずだ」


 その言葉にハミッシュが「本当か!」と聞き返す。

 まだ若いレイを敵の総大将が自ら討ち取りに行くとは考えられなかったからだ。


「開戦前にレイは言っていたよ。“敵将が狙うのはランダルさんじゃなくて僕”だってな」


 その言葉を聞き、ハミッシュは直ちに動き出した。最短距離を抜けるため、目の前にあるオーガの壁を切り裂くという通常の人間なら思い付かない方法で突破することにしたのだ。

 だが、彼ほどの戦士であっても、巨大なオーガたちの壁を突破することは容易なことではなかった。

 ハミッシュに次ぐ強者つわものマーカット傭兵団(レッドアームズ)でも指折りの戦士、第一隊長ガレス・エイリングと第二隊長ゼンガ・オルミガを左右に引き連れ、更に盟友アルベリック・オージェの強弓による支援を受けてさえ、困難を極めた。

 三級相当の強力な魔物であるオーガが二十体近くと、それ以上に危険な大鬼族戦士数人が、彼らの行く手を阻んでいたのだ。

 常識的に考えれば、僅か四人でそこに突っ込んでいくのは自殺行為以外の何物でもない。だが、彼らはその壁を強引にこじ開けてしまった。


 オーガたちを打ち倒し、目の前に視界が開けると、そこには槍術士であるレイが槍を投げ捨て、長剣で戦おうとしていた。


(なぜだ? 腕をやられたのか!)


 ハミッシュはレイが左腕をだらりと垂らしているのを見て、彼が腕か肩を負傷していると気付いた。ハミッシュはただ一人、無言でレイのもとに突っ込んでいった。


 ハミッシュは小鬼族の中を無人の野のように駆け抜けていく。

 彼に気付き、立ち塞がろうとした小鬼族戦士もいた。だが、剣を振り上がる間も与えられずに斬り倒される。

 彼の走る速度は常人のそれを凌駕し、アルベリックがオーガの壁を抜けて、矢を放とうとする前に、数十m先のレイのところに辿り着いていた。

 ハミッシュがあと数mのところに辿り着いたのは、レイがオルヴォに長剣を突き入れた直後だった。ハミッシュはレイの勝利に安堵とするが、次の瞬間、瀕死のオルヴォが最後の力を振り絞り、レイの首をへし折ろうとしていることに気付く。

 ハミッシュは未だ立ちはだかってくる小鬼族戦士を一刀のもとに斬り倒しながら、オルヴォの背後に辿り着いた。

 そして、その剛剣でオルヴォの丸太のような左腕を斬り落とした。

 だが、僅か数秒遅れただけだが、その時すでにレイに意識はなく、支えを失った彼はゆっくりと倒れていった。


(間に合わなかったのか?! 今は確認する時間がない。敵を倒さねば……)


 ハミッシュはレイの安否を確認することなく、小鬼族戦士たちの中に踊り込む。

 全軍の指揮官であるオルヴォを失った小鬼族たちは、オルヴォほどの戦士が倒されたことに意気消沈する。そこに暴風のようなハミッシュが踊り込んできたため、彼らは成す術もなく、倒されていった。

 更にハミッシュの後に続く精鋭、マーカット傭兵団の一団が敬愛する団長を援護しようと、次々と魔族軍を斬り裂いていく。生き残っていた小鬼族の指揮官は、その勢いに抗すべきもないと撤退を命じた。


 ハミッシュはガレスら隊長たちに小鬼族の追撃と、未だ抵抗を続ける大鬼族の掃討を命じた。レイに目をやると、愛娘アシュレイが彼を抱きかかえていた。ハミッシュはレイのことはアシュレイたちに任せられると考え、ペリクリトル側の負傷者の救助を部下たちに命じていった。


 そして、頑強に抵抗していた大鬼族とオーガも一時間ほどで完全に沈黙する。その頃には夜の帳が完全に降り、人間の目では、灯りの魔道具と篝火だけでは行動が困難となっていた。既に小鬼族部隊への追撃は中止されており、辺りは死にかけたオーガやゴブリンの呻き声だけが不気味にこだましていた。


 掃討作戦が終わった頃には、ランダルやギルド長であるレジナルド・ウォーベックが、ズタズタになった指揮系統を回復しており、ペリクリトルの街から来た応援も手伝い、負傷者の救助はほぼ完了していた。



 十二月二十六日、午後八時頃


 ペリクリトル市街は大勝利の後とは思えないほど静かだった。

 戦闘が終了した午後六時頃から、次々と負傷者たちが運び込まれていた。

 治癒師たちは魔力切れまで治癒魔法をかけ続けるが、負傷者が途切れることはなかった。比較的軽傷の負傷者たちは街に残っていた女性たちの手により、包帯や添え木による応急処置がなされていた。今までの魔族相手の戦闘では、オークやゴブリンなど鬼人族が使役する魔物が主力であり、棍棒による打撲や骨折が多かったが、今回の戦闘では多くの鬼人族戦士が戦闘に参加しており、刃物による傷が多く見られた。そのため、腕や足を失っている者が多く、彼らは自らの将来について、悲観し、すすり泣くような声が多く聞こえていた。


 そんな中、レイはギリギリの魔力しかない状態で、重篤な負傷者の治療に当たっていた。彼ほどの治癒師は、光神教の聖職者の中にもおらず、彼は死者を一人でも減らすべく、疲れた体に鞭打って魔法を掛け続けていた。


 アシュレイはそんな彼の様子を心配そうに見ながらも止めることができなかった。


(今、レイを止めれば、あいつは壊れてしまうだろう。だから魔力切れにならぬよう見ていることしかできない……)


 アシュレイはペリクリトル軍の左翼側で奮戦していたため、マーカット傭兵団(レッドアームズ)の支援を最も早く受けていた。そのため、部下たちを後方に下げさせた後、すぐにレイを助けるべく、父ハミッシュの後を追った。

 そして、ハミッシュの超人的な活躍により、運よくレイを助け出すことに成功する。

 その時のことを思い出すと、今でも冷や汗が止まらなくなる。


(あの時は危うかった。もし、父上が十秒遅れていたら、レイの首は折られていた……もし、間に合わなかったら、私はどうしたのだろう……)


 敵将との一騎打ちで勝利しながらも、レイの表情は暗かった。アシュレイはレイが何を考えているのか、すぐに理解した。


(レイは戦場を見て悲しそうな顔をしていたな。恐らく、どれだけ死んだのかと考えているのだろう。そして、自分に責任を感じているはずだ。もっとうまくできたはずだと……)


 アシュレイは戦闘が終わった直後の戦場の様子を思い出す。そこには数多くの死体が横たわっていた。負傷者たちの助けを求める弱々しい声が風に乗って流れていた。

 暗闇に包まれる頃、街から負傷者を救助するため、光神教の聖職者たちが現れるが、当初は魔族に対する大勝利に興奮気味だった彼らも、灯りの魔道具に照らされる戦場を見て、言葉を失った。若い修道士らは、その悲惨な光景に嘔吐を繰り返していた。


 ルークスの農民兵は開戦時二百名を数えたが、平原での戦いが終わったときに立っていられた者は、僅か三十名に過ぎなかった。それほどの激戦に身を置いていたのだ。

 農民兵二百名のうち、半数は戦死し、七十名が重傷を負っていた。重傷者のうち、少なくとも十名は明日の朝を迎えることは難しく、四肢を失ったものも多数いた。貧しい農村に戻る農民にとって、四肢を失うということは生きていく術を失うことに等しい。彼らはこの先のことを考え、悲嘆に暮れていた。

 彼らを指揮した治癒師のヘーゼルは、苦手な近接戦闘をこなしながらも何とか生き残っていた。だが、自らが率いた農民兵たちの損害の大きさに立ち尽くすことしかできなかった。


 光神教の聖騎士は平原での戦いの前、ランジェス・フォルトゥナートら十六名いたが、そのうち、生き残った者は五名に過ぎなかった。だが、その中には死んだと思われていたフォルトゥナートが含まれていた。

 彼は敵将オルヴォと刺し違えるため、魔力を限界以上に消費し、死を賭した一撃を放っていた。だが、その一撃は運悪くオルヴォの斧に阻まれた。その結果、剣に纏わせた魔法が途中で途切れ、彼は九死に一生を得ていたのだ。


 もう一人、死んだと思われていた者が生きていた。

 獣人部隊の長、ウノだった。

 彼もオルヴォの足を止めるべく、決死の攻撃をかけたが、神懸かったオルヴォの拳による打撃を受けてしまった。そのため、彼は意識を失ったまま、小鬼族たちの中に吹き飛ばされたのだが、パニックに陥っていた小鬼族はウノに止めを刺すことができなかった。

 ウノは五名の部下を失ったものの、光神教の司教、ガスタルディの命令、レイを守るという命令を全うした。


 アシュレイはその二人が生きていると聞かされた時のレイの様子を思い出す。


(本当にうれしそうな顔をしていた。自分が死に追いやったと思っていたからだろうな。だが、すぐに暗い顔に戻ってしまった。彼ら以外、助からなかったと聞いたから……)


 そして、もう一度レイの姿に目をやる。そこには額に脂汗を浮かべ、重傷者の治療をする彼の姿と、彼の傍らで手伝うステラの姿があった。



 ステラは戦いの終盤、魔族軍の後方中央付近で双剣を振るっていた。

 当初は斥候(スカウト)たちと後方撹乱を行っていたのだが、業を煮やした小鬼族が予備兵力をぶつけてきたためだ。

 スカウトたちは作戦通り、素早く移動して撹乱を継続しようとしたが、敵小鬼族戦士も敏捷で、遂には数倍の戦力に囲まれてしまう。

 スカウトたちも撤退を諦め応戦し始めるが、軽装備の彼らは数の暴力に圧倒され、次々と命を失っていった。

 五十名のスカウトたちが半数程度まで討ち減らされ、生き残りたちもここまでかと覚悟を決めていた。ステラも死を覚悟し、レイのことを考えていた。


(あの方に、レイ様にお会いしたかった……でも、この状況ではもう無理そう。後は少しでもあの方のために敵を減らすだけ!)


 彼女が気合を入れ直したとき、北の方から馬蹄の音が聞こえてきた。

 ステラは一瞬、レイが救出に来てくれたのかと思ったが、それはエリアス・ニファー率いるマーカット傭兵団四番隊だった。

 エリアスらは小鬼族とゴブリンを馬蹄で蹴散らし、スカウトたちを救出する。彼らはそのまま疾風のように小鬼族部隊の後方を駆け抜けていき、ステラは声をかける暇も無かった。


(助かったの……今のは四番隊だったわ。ハミッシュ様たちが助けに来られたのかしら……ならば、この戦いはもうすぐ終わるはず。私の居場所はあの方のところ。でも……)


 ステラの横にいた猫獣人のラディスが彼女の肩に手を置く。

 彼は返り血で赤く染まった顔に笑みを浮かべ、


「ここは俺に任せろ。それにまた援軍が来たようだぜ。お前は奴の所に行け」


 そう言って彼女の背中をポンと叩く。

 ステラは一瞬戸惑うが、ラディスの言う通り、マーカット傭兵団らしき傭兵たちが現れる。ステラは小さく頭を下げ、「お願いします」と叫んで、飛び出そうとした。その時、戦場の中央付近で白い光が広がる。


(あの光は光の魔法?……ならば、あそこにあの方がいるはず!)


 ステラは白い光を目印に戦場を駆けていく。小鬼族部隊の中を突き抜けていくことになるが、四番隊によって混乱が生じており、戦闘らしい戦闘をすることなく、目的の場所にたどり着く。だが、そこで見たものは、巨大な戦士、オルヴォがレイの首を掴んでいる姿だった。

 ステラが飛び出そうとした時、オルヴォの後ろから、黒い塊が飛び出す。それがハミッシュだと気付いたとき、レイがゆっくりと倒れていった。

 ステラは「レイ様!」と叫び、彼のもとに走った。彼女が彼のもとに着いたとき、既にアシュレイが彼を抱きかかえていた。


 その後、レイが無理をしないよう彼のもとを離れなかった。


(この方は無理をしている。今は休まなくてはいけないのに……)


 ステラはレイの世話をしながら、幸せを感じていた。


(生き残れることができた。この方も、アシュレイ様も……私にはそれだけで満足……他の方がどうなっても構わない。これはこの方には言えないことだけど……)



 ペリクリトル攻防戦の後半戦、草原での戦闘によるペリクリトル側の損害は八割を超えていた。参加した千五百五十名のうち、戦死者が約五百、重傷者七百五十。戦闘終了時、魔術師部隊以外はすべて何らかの傷を負い、まさに満身創痍という状態だった。

 一方、魔族軍側の損害は、百六十いた大鬼族部隊は全滅、千四百いた小鬼族部隊も戦場を脱出できたのは全体の四分の一以下、三百弱に過ぎなかった。二十名ほどいた中鬼族戦士は終始後方にいたため、ほとんどが脱出に成功していた。それでも全軍の八割が戦死するという大敗だった。



 ペリクリトル攻防戦はトリア歴三〇二五年、十二月二十六日の午前九時から午後五時頃の僅か八時間の戦いだった。だが、ペリクリトル側の死傷者数は、千八百五十名。全軍の四分の三に及ぶ。また、戦死者数は八百名にも達し、全軍の三分の一が翌朝を迎えることができなかった。

 一方、ソキウス側の損害だが、幸運にも戦場を脱出できた者の数は、中鬼族戦士二十、小鬼族戦士二百、ゴブリン百であった。それに月魔族のヴァルマ・ニスカと月の御子ルナの護衛である大鬼族十五、オーガ三十が加わるが、実に全軍の九十パーセント以上が、骸を戦場に晒した。

 トリア暦三〇〇〇年代初期の大規模な戦闘としては、三〇〇七年のカウム王国でのアクリーチェイン戦いが有名だが、その戦いでも双方にここまでの損害は出ていない。記録に残る戦闘においても、ペリクリトル攻防戦ほど損耗率が高い激戦は稀であった。



 後に、シンクレアなる歴史研究家は、この戦い、ペリクリトル攻防戦と、レイについて、こう評している。


「このペリクリトル攻防戦は、レイ・アークライトという一人の若者の名を世に知らしめた戦いでもあった。彼はその前哨戦である情報戦でソキウス西方派遣軍を翻弄し続け、優秀な軍略家、謀略家としての才能を見せた。更にペリクリトル市の四分の一を使うという大胆な策を立案・実行し、三倍とも五倍とも言われる戦力比を覆した、作戦立案能力は瞠目に値する……戦いの終盤、北部平原での戦いでは僅か十数騎の騎兵を率いて、数十倍の敵を撹乱し、騎兵としての優秀さも示している。更に敵の勇将オルヴォ・クロンヴァールと一騎打ちを演じ、槍術士としての優秀さをも世に知らしめた……」


 シンクレアは平原での戦いにおけるレイの行動について、疑問を呈していた。


「……もし彼が騎兵や槍術士として戦場を駆け回るのではなく、総指揮官であるレジナス・ウォーベックの補佐を続けたならば、ハミッシュ・マーカットら傭兵による援軍を待つことなく、勝利を収めていた可能性が高い。ウォーベックは冒険者ギルド長としては優秀であったが、軍人としての経験は無く、優れたスタッフがいなければ、象徴以上の役割を果たすことはできなかったからだ……レイ・アークライトの限界は、戦術とは味方を効率良く殺すことだと理解していなかった点にある。戦闘の推移を見るに、彼ほどの戦術家ならば、力押ししかできなかったソキウス軍を巧みに分断し、リオネル・ラスペード率いる強力な魔術師部隊を最大限に生かし、敵主力、大鬼族部隊を粉砕し得たはずだ。更に、彼が指揮官の傍らにあったならば、策を献じることにより、敵将を炙り出すことができただろう。魔術師部隊の魔法と組み合わせることによって、敵将を討ち取ることも可能だった。つまり、あのような危機的な状況に陥ることなく、勝利を収めることができたと推察される……彼は最も重要な時、軍師として最も必要とされる時に、その役割を放棄したのだ……」


 シンクレアの評価は、当時の戦いを知るものにとって容認できないものだった。

 後に、その評価を知ったラスペードは、以下のようなコメントを残している。


「私は戦争については素人だが、これだけは言える。もし、アークライト君が指揮を執っていたとしても、敵を分断することは難しかっただろう。彼が自ら聖騎士たちを率いて右翼側の支援を行わなければ、我々魔術師は魔法を放つことなく、殲滅されていたはずだ。それほどまでに右翼側の状況は危機的だったのだ……あの場にアークライト君を含め、本当の意味での軍事の専門家、軍略家はいなかった。唯一、防衛責任者のランダル・オグバーンだけが、軍事の専門家であったが、彼ですら軍略家とは言い難かった……あの当時、戦術をもって状況を覆しうる者はペリクリトルにはいなかった。私が知る限り、あの状況を覆し得る者は一人しかいないが、彼はその場にいなかったのだ……」


 ラスペードはこのように語り、レイ・アークライトを擁護した。

 また、マーカット傭兵団の副官、アルベリック・オージェも次のように語っている。


「僕は助けに行っただけだから、最初のほうは判らないけど、結局、僕たちが間に合わなくても、レイ君なら何とかしたと思うよ。それに戦いは結果だって言うけど、結構小さなことで簡単に流れは変わっちゃうんだから……何が言いたいかって言うと、見てもいない人が、とやかく言ってほしくないってことだね……もし、僕たちが間に合わなかったら、別の何かが起こったんじゃないかな。あの子は運が良いから……これは何となく、そう思うだけだけどね……」


 レイ・アークライトについては、かなり辛辣な評価を下したシンクレアだが、ペリクリトル攻防戦におけるペリクリトル側の奮闘については、手放しで賞賛している。


「ソキウス西方派遣軍、すなわち魔族軍の戦力は、開戦時、大鬼族二百、中鬼族八百、小鬼族五百の千五百名の戦士、操り手(テイマー)で構成され、更に使役する魔物の数はオーガ五百、オーク二千、ゴブリン九百と三千四百を数え、総兵力は四千九百であった。一方、ペリクリトル側は剣術士、槍術士などの前衛部隊約千五百、弓兵約四百、魔術師百の約二千名に、ルークス聖王国の聖騎士隊百名、引退した冒険者ら市民による義勇兵二百、ルークスの農民兵二百の計二千五百に過ぎなかった……研究者の算出方法にもよるが、戦力比はソキウス側が三倍から五倍と大きく勝っており、ペリクリトル市の貧弱な防御施設を考えると、開戦時にそれだけの戦力が残っていたことは賞賛に値する。特に防衛責任者のランダル・オグバーンは、若いレイ・アークライトを登用し、成功を収めている。ミリース谷で実績があるとはいえ、若い彼の策を躊躇い無く受け入れる度量は称賛に値する。アークライトの陰に隠れて見落としがちだが、彼が将として防衛に当たっていたことは、ペリクリトル側にとって、これ以上ないほどの僥倖であった。また、行政責任者であるウォーベックと軍事責任者オグバーンの関係が良好であったことも勝因の一つに数えられるだろう。この戦いにおけるアークライトの策が、彼の企図したとおりに行い得たのは、この二人の功績であることは間違いない……」


 更にシンクレアは名も無き冒険者たちの奮闘にも言及している。


「……この戦いにおける冒険者たちの奮闘も賞賛に値する。個人主義であり軍組織に馴染まないと言われていた冒険者が、この戦いでは最後まで指揮官の命令に従い、誰一人、戦場を放棄しなかった。これが奇跡を生んだといっても過言ではない。僅か一人でも戦場を離脱する者が現れたら、市街地での殲滅戦も、平原での激戦もソキウス側の勝利で終わっていただろう……まさに彼らこそが、この戦いにおける真の英雄なのだ……」


 この評価に対しては、誰一人異議を唱えることは無かった。事実、歴戦の傭兵、ハミッシュ・マーカットは次のような言葉を残している。


「……冒険者たちの奮闘は戦場を見れば判る。死者は皆、敵に向かって倒れていたのだ。そして、誰一人、武器を手放していなかった……倒れてもなお戦おうとした彼らに、俺は黙祷を捧げることしかできなかった……」


 そして、今回の戦闘について、シンクレアはこう総括している。


「……もし、アークライトの警告を信じ、早期にペリクリトル市を放棄していた場合、ソキウス側はペリクリトルと主要な周辺都市を手に入れていただろう。その場合、数万にも及ぶ兵力を投じたとしても、容易には奪還できなかったと考えられる。鬼人族の戦力の特徴は、主戦力である眷族の補充の速さと、必要物資の少なさにある。つまり、一度強力な拠点を手に入れれば、それを維持することは容易なのだ……ペリクリトル市周辺には三つの城塞都市がある。北のカルドベック、南のソーンブロー、西のオートンがそれに当たるが、いずれもカエルム帝国の標準的な城塞都市であり、攻略には本格的な攻城兵器か強力な魔術師部隊が必要になる……鬼人族の操り手(テイマー)の能力は個人差が大きいものの、一般的には一人で百以上の眷属を使役できる。つまり、五千の兵力に対し、五十人程度のテイマーですむのだ……」


 そして、ソキウス側のペリクリトル攻略についても言及していく。


「……魔術師ギルドの調査結果が正しいとすれば、召喚された眷属は食料を必要としない。よって、鬼人族が眷属とともに篭城すると、兵力の数十分の一の物資で済む。つまり、攻城戦においても、兵糧攻めなどの手段も採れず、都市の奪還には多大な犠牲が払われることになっただろう……ペリクリトル側が全面撤退を選択したと仮定した場合、攻略にかかる期間は数ヶ月以上、攻略側の損害は戦死者だけでも一万から五万と試算される。これは侵攻作戦がペリクリトル周辺のみという条件であり、ソキウスがトーア砦への侵攻を開始した場合、更に損害は増大する。すなわち、今回のペリクリトル攻防戦は、僅か(・・)八百人の損害で、数万人にも及ぶ損害を未然に防いだと言えるだろう……経済的な損失は更に甚大であり、アウレラ街道、フォンス街道、アルス街道が使用できないことによる物流の停滞は各国の経済活動を直撃し、深刻な事態を招いたと容易に予想できる……」


 この総括に対し、当事者たちは誰もコメントしなかった。無責任な評論にコメントする価値を見出さなかったのだ。


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