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トリニータス・ムンドゥス~聖騎士レイの物語~  作者: 愛山 雄町
第三章「冒険者の国・魔の山」

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第六十五話「聖騎士隊」

 十二月二十六日、午前九時過ぎ。


 ルークス聖王国の聖騎士隊約百名はペリクリトル防衛軍本隊の南側にいた。彼らにも東の森から地鳴りのように響く魔族軍の鬨の声が聞こえていた。

 聖騎士隊隊長、マクシミリアン・パレデスは、魔物たちが吠える不気味な鬨の声に恐怖した。


(まだ、姿は見えぬ。それがあのように聞こえてくるとは……オグバーン――ペリクリトル防衛責任者ランダル・オグバーン――は五千程度と言っておったが、敵は間違いなく万を超えておる。ならば、僅か百名では犬死しに行くだけだ……)


 パレデスは馬首を翻し、撤退を指示する。


「敵の数は防衛司令部の予想を遥かに超えておる! ここは捲土重来を期して、一旦引くぞ! これは臆しての撤退ではない!」


 だが、彼に続く者は誰も出なかった。

 正確には彼に続きたかったが、光神教魔族討伐隊の責任者である、ガスタルディ司教の言葉を思い出し、動けなかったのだ。彼らはここで逃げ出せば、背教者という汚名を着るだけでなく、副隊長のフォルトゥナートに殺されると思っていた。

 パレデスは一向に動かない味方に対し、


「犬死することは神の御意志ではない! これは戦略的な撤退である! もう一度言う。捲土重来を図るのだ!」


 喚き散らすパレデスに、副隊長のランジェス・フォルトゥナートが近づいていく。


「パレデス殿。ガスタルディ司教のお言葉をお忘れか。ここで撤退すれば、我が教団の未来はなくなるのですぞ。ここは殉教者として命を捧げることこそ、神の御意志に沿うもの。指揮を執れぬのであれば、司教のご命令に従い、お命を頂戴しますぞ」


 フォルトゥナートは重々しくそう言うと、剣を抜き、パレデスの首に突きつける。

 その行為にパレデスは顔を真っ赤にして叫ぶ。


「貴様! 隊長に向かって剣を向けるか! ええい! 引くのだ!」


 だが、その直後、フォルトゥナートは一切表情を変えず、動物を屠殺するがの如く、パレデスの首を貫いた。

 パレデスは頸動脈を斬り裂かれ、血を噴き出しながら落馬した。彼は目を見開き、状況を理解出来ぬまま、地面に激突する。


「これより、ランジェス・フォルトゥナートが指揮を執る! 異議のある者は後ほど聞く! 今は我に従え!」


 彼の迫力に聖騎士たちは、従わざるを得なくなっていた。


「敵の手前五十mにて、各小隊長の指示に従い、光の矢を放て! それでは行くぞ! 進め!」


 フォルトゥナートの命令で百騎の騎士は馬を走らせていく。

 彼らの後には、首から血を流し絶命しているパレデスと、所在無げな彼の愛馬だけが残されていた。



 午前九時半頃、後にペリクリトル攻防戦と呼ばれる戦いの幕は切って落とされた。


 聖騎士隊は副隊長のフォルトゥナートを先頭に一本の白い矢となって、魔族軍に突き進んでいく。

 百騎の重装騎兵の放つ、重々しい馬蹄の響きが草原を支配する。


 魔族軍は聖騎士たちに気付くが、僅かな兵力であると判断し、ちらりと見ただけで、聖騎士たちを無視して街に向かった。


 確かに嫌々戦闘に参加した聖騎士たちもいた。正確にはほとんどの騎士たちが、ガスタルディ司教を恐れて戦闘に参加していた。

 だが、彼らも戦闘訓練を受けた戦士であり、戦闘時のアドレナリンにより全員が興奮していた。

 そして、そのアドレナリンによる興奮が、自分たちを侮る魔族軍に対し、怒りを感じさせる。彼らは自分たちを侮る敵に思い知らせてやろうと馬に鞭を入れた。


「敵は我らを無視するつもりだ! 神の名において闇の眷属どもに鉄槌を打ち下ろすのだ!」


 フォルトゥナートの声に聖騎士たちは「オウ!」と応え、更に馬の速度を上げていった。



 ランジェス・フォルトゥナートは第三階梯すなわち小隊長クラスの聖騎士だが、すでに三十五歳であり、その階位にしてはかなり年齢が高い。

 彼は世俗の騎士の家の三男に生まれ、努力して教団の聖騎士となった。だが、光神教では世襲化が進んでおり、聖職者や聖騎士の生まれでない彼の出世は遅かった。自分より遥かに若く未熟な騎士たちが、自分を追い越して中隊長になっていくのを黙って見ていなければならなかった。


 彼は光属性魔法もそこそこ使え、更に世俗騎士の家に生まれたことから、馬の扱いに長けていた。特に馬上での槍使いは部隊一と言われており、戦闘では他の聖騎士たち以上の働きが出来ると自負している。

 今回の遠征に選抜されたのは、その腕を買われてのことだが、一番の理由は、彼が死んでも、どの派閥からも苦情が来ないということだった。


 彼にも自分に対する教団の評価は判っていた。

 この魔族討伐隊に選ばれたことで、それが決定的となっただけだ。


 この部隊ははっきり言って捨石だった。

 パレデスは名門に連なる家の生まれだが、能力が低い割に尊大で、かなり嫌われていた。当然、彼の上司もそれを知っており、体よく追い払われたのだ。

 彼はずいぶん前から教団内での出世を諦めていた。

 彼自身、死ぬ気はなかったが、パレデスが隊長に選ばれた時点で、無事に祖国に帰れるとは思っていなかった。


 ガスタルディ司教がランダルに(そそのか)される形で、パレデスに危惧を抱き、副隊長である彼に誘いを掛けてきた。

 彼はこれを出世の好機と捉えていた。


(私がこの先、教団で地位を得るなら、この戦いで成果を出さねばならん。あのオグバーンという司令もアークライトという参謀も、我らには囮としてしか期待していない。だが、その任を全うすれば、司教は必ず評価してくれる。何故かは知らんが、司教はあのアークライトという参謀に肩入れしているように見える……いずれにせよ、私にとってはようやく回ってきた好機! 何としてでも良いところを見せながら、生き残らねばならん……)


 彼はそう考えながら、馬に鞭をいれて、更に加速する。

 本隊の前方五百mほどのところで、聖騎士たちが敵に突っ込んでいく。魔族軍の先頭が見えてきたが、巨大なオーガの姿ではなく、オークらしき二mほどの大きさの魔物しかいない。


(大物は後ろか……仕方あるまい。オークを蹴散らして、敵中に入り込み、北に抜ける。これで生き残れれば、私の評価は磐石の物になるはずだ……)


「光の矢を撃つぞ! 呪文詠唱開始!」


 彼の命令で騎上の聖騎士たちが一斉に呪文を唱えていく。

 三十秒ほどで隊列も組まず斥候隊を追うオークを射程に捉える。

 彼は「……光の矢(シャイニングアロー)!」と叫んで、右手から光の矢を放つ。彼に向かって走ってきたオークの胸に金色に輝く光の矢が刺さる。走っていたオークはもんどり打って転倒した。

 彼はそれを見て満足げに頷くと、すぐに「順次発射!」と命じ、左手に持つ槍を右手に持ち替え、オークの群れに突っ込んでいった。




 レイは聖騎士たちの戦いを冷静に見つめていた。


(思っていたより錬度は高いって感じだ。パレデス隊長ならビックリだけど、多分フォルトゥナートという人なんだろうな。それにしても、先頭で戦っている人はかなりの手練てだれだ。聖騎士にも真面目に訓練している人がいるんだ……)


 駈歩キャンターで突き進む聖騎士たちの姿は、防御陣で待機する冒険者たちがその姿に見惚れるほど、精鋭のおもむきがあった。

 敵の直前で先頭の騎士の腕から金色に輝く光の矢が放たれると、それが合図となって、敵のオークの群れに光の矢が雨のように降り注ぐ。

 十匹ほどのオークが倒れ、敵の陣形が崩れたところに聖騎士たちは槍を構えて突き進んでいった。


 魔族軍の前衛のオークはおよそ五百。

 本来、魔族軍の前衛は斥候隊を追っていたゴブリンの群れだったが、森を出たことでオークたちが前に出たため、オークが前衛になっていた。これは敵の指揮官、オルヴォ・クロンヴァールの意図ではなく、中鬼族が命令を無視して突出したためだ。

 そのため、オークたちは隊列と言えるほどの密度はなく、ただ集団で走っているだけだった。


 その無防備な隊列に光の矢が降り注ぎ、穴が開く。

 重装備の聖騎士たちは、その穴を広げるべく、騎槍を構えて騎馬突撃チャージを掛けていった。

 オークたちもここに至って、聖騎士たちに対抗しようとしたが、棍棒程度の武器しか持たないため、次々と倒されていく。


(やっぱり重装騎兵は強力だな。いや、魔法での攻撃があるから、竜騎兵に近いのか。あとはタイミングを見て、脱出するだけなんだが……)


 レイがそう思っていると、聖騎士たちはオークたちの群れを突っ切り、更に魔族軍深くに切り込んでいく。

 聖騎士隊の副隊長フォルトゥナートは、数匹のオークを倒した後、北に抜ける当初の作戦を放棄した。

 彼の思惑より、オークたちが散開していたため、敵の中枢を狙う作戦に変更したのだ。


(オークの群れの後ろに装備が異なるオークがいる。恐らく奴らが中鬼族なのだろう。ならば、この勢いを生かして、魔族に一泡吹かせてやる。ここまでやれば、我らの働きは認められるはずだ)


 彼は自らの行動で聖騎士たちの進む方向を示す。

 敵の最前列を突破しようと、彼は馬首を右に振った。だが、その判断は失敗だった。



 中鬼族の指揮官、ヴァイノ・ブドスコは十匹以上のオークが無様に殺される姿を見て激高し、配下の操り手(テイマー)たちにオークを馬にぶつけるよう命じた。


 その命令を受け、オークたちは自らの肉体を疾走する馬にぶつけていく。一匹や二匹なら、馬の重量と突進力で吹き飛ばすことができたが、成人男性以上の大きさのオークたちが何度もぶつかってくるため、速度が落ち、馬が疲弊していった。

 ここでフォルトゥナートも中鬼族に攻撃を掛けることを諦めた。


(オークを肉の壁にしたか……これでは強行突破は不可能だ。離脱するしかないが、簡単には行きそうにないか……)


 その間にも速度が落ちた聖騎士にオークが飛び掛り、馬ごと引き倒していく。

 フォルトゥナートは、卓越した馬術の技量によって、巧みにオークの肉の壁をかわしていたが、他の聖騎士たちにその技量はなく、オークの群れの中に沈められていった。

 フォルトゥナートは分厚いオークの壁を突破し、更に馬を駆けさせ、距離を取った。荒い息で振り返った彼が見たものは、ボロボロになった十数騎の聖騎士だけだった。

 それでもフォルトゥナートはこの結果に満足していた。


(目的は達した。被害は甚大だが、彼らの死は教えに殉じた尊いものだ。あとは敵を味方の前に引き摺っていくだけだ……)




 中鬼族のヴァイノは敵の騎兵の攻撃を受け、頭に血が上っていた。


(僅か百ほどの騎兵にいいようにやられるとは! このままでは、無理やり前衛に出た判断が誤りであったように見えるではないか! このままではオルヴォにまた見下されてしまう。何としてでも、中鬼族がこの戦いを勝利に導かねば……)


 彼は大鬼族のオルヴォ・クロンヴァールに対抗心を抱いていた。年齢はヴァイノの方が若干若いが、共に部族の中では上位の武将に当たる。このため、両者は比較されることが多かったのだが、大人然としたオルヴォの方が評価は高く、ヴァイノは必要以上にライバル心を抱いていた。

 実際に中鬼族の中でも血が上りやすいヴァイノの評価は低く、総指揮官のオルヴォの命に逆らう今回の行動にも批判があった。


(気にすることはない。敵の主力たる騎兵をほぼ全滅させたのだ。あとは敵の本隊を撃破し、そのまま街に突入すれば、誰も文句は言えん……)


 ヴァイノはそう考え、傷ついた聖騎士たちを追撃するよう命じた。



 魔族の西方派遣軍指揮官のオルヴォ・クロンヴァールは、中鬼族の命令無視を苦々しく思っていた。


(ヴァイノの独断専行は目に余る物がある。ソキウス――アクィラ山脈の東、クウァエダムテネブレの魔族の呼び方――に戻ったら、中鬼族の長老たちに厳重に抗議せねばならんな。軍規違反で処罰しても良いレベルだぞ)


 そう思いながらも、敵の騎兵部隊をほぼ殲滅できたことに満足していた。


(オークを多少消耗したが、この程度なら十分許容できる範囲だ。ヴァイノが突出して街に突入するなら、それに乗るのも手だな。情報を信じるなら、目の前にいる敵がほぼ全軍だ。奇襲に使う余剰戦力はない。ならば、鬼人族らしく力押しもいいだろう……)


 彼は全軍に中鬼族部隊に続くよう命じた。

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