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トリニータス・ムンドゥス~聖騎士レイの物語~  作者: 愛山 雄町
第三章「冒険者の国・魔の山」

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第六十四話「決戦の朝」

 十二月二十六日。


 朝から澄んだ青空が広がり、冷たい風が西から東へと吹き抜けていく。


 レイは二日酔いもなく、すっきりと目覚めた。

 彼は顔を洗い、アシュレイとステラと共に朝食を取っていた。そこにルナのいたパーティのヘーゼルたちが現れた。

 彼女たちはルナが奪われた翌日から、彼らがいつも泊まる宿、荒鷲の巣亭に戻っていたが、レイが忙しく、彼を中々捕まえられなかった。

 一応、昨夜の宴会には参加していたが、ルナを奪われたという負い目から、レイに話しかけることができずにいた。


「ちょっといいかしら」


 ヘーゼルが躊躇いがちに声を掛ける。

 レイが頷くと、ヘーゼルが彼の正面に座り、獣人の剣術士ファンとハルバート使いのライアンが近くの椅子に座る。


「お詫びとお礼をするのが遅れたと思って。ルナのことは本当にごめんなさい。私の不注意でこんなことになって……あと、ファンとライアンの治療をしてもらったのに、碌にお礼を言っていなかったわ。あの時は本当にありがとう」


 頭を下げるヘーゼルにレイは軽く頷き返す。

 ヘーゼルは、自分は治癒師の班に入り、ファンとライアンは本隊に入ることになっていると説明する。


「本当はもっと早く言いに来たかったんだけど、言いそびれてしまって。でも、今日の戦いで誰が命を落とすか判らないし、言えるときに言っておこうと思って。ごめんなさいね。忙しいときに」


 ヘーゼルはそれだけ言うと、立ち去っていった。

 ファンも同じように礼を言ってから、ヘーゼルを追いかけていく。

 残ったライアンは中々口を開かなかったが、


「この間は済まなかった。力のない俺が言う言葉じゃなかった」


 レイが気にしていないというと、ライアンは彼の目を見ながら、


「俺はこの戦いに勝ったら、ルナを追うつもりだ。奴らの情報を知っていたら教えて欲しい」


 そして、「頼む」と言って深々と頭を下げた。

 レイはそれに頷き、小鬼族から得た情報をライアンに伝えていった。


「……ここからは僕の予想だけど、恐らくアクィラ――東の大山脈――の南側、トーア砦――カウム王国の国境の砦――の北側の山中を通るつもりだと思う。翼魔が減ったから、新たな護衛をつけていると思うんだけど、翼魔は新しく召喚できないみたいだし、徒歩かそれに近い速度で進むはずだ。森の中を進むから、戦いが終わってすぐに追いかければ、追いつけるかもしれない」


 ライアンはレイの話に希望を見出した。


「と言うことは、まだチャンスはあるんだな。ルナを取り返すチャンスが……」


 レイは何も言わず頷く。


(僕の予想があっているとは限らない。翼魔については間違っていないと思うけど、新たに魔物を得ればいいだけだから、追いつけるかは微妙だ。一つ方法があるとすれば、トーア砦を抜けるルートだ。でも、カウム王国の承認がないと通ることはできないし、そうなると王都に向かう必要があるから、結局は逃げられてしまう……でも、その考えをライアン()に言う必要はない。彼にとってルナを取り戻すことだけが生きている目的のようだから……)


 ライアンが去っていくと、レイたちは今日の決戦に向けて、準備を始めた。



 午前八時、レイはいつものように純白の鎧雪の衣(ニクスウェスティス)を身に纏い、更にいつもの茶色い皮のマントをやめ、元から持っていた真っ白なマントを肩に掛ける。腕にはマーカット傭兵団を表す朱色の腕甲(ヴァンプレイス)があり、そこだけが赤く染まっていた。

 彼は愛槍、白い角(アルブムコルヌ)を手に持つ。

 表情には浮ついたところはなく、落ち着いた感じだが、瞳には静かな闘志が伺えた。よく見ると僅かに頬が紅潮し、そこだけが緊張と興奮を表していた。


 アシュレイはその姿に思わず見惚れるが、彼の並々ならない覚悟を見た気がしていた。


(光神教がいる中でこの装備にしたと言うことは、“白き軍師”、“白の魔術師”という名を最大限に利用するつもりなのだろう。今日は私もステラもレイの傍にいられない。無茶をしなければ良いのだが……)


 アシュレイはその経験を買われ、本隊に所属する隊の指揮を任されていた。ステラも同様に斥候スカウトたちの指揮を任され、東地区に潜む予定だった。

 レイは司令であるランダル・オグバーンの傍らにあり、敵を引き付ける“餌”になる予定であった。


 宿である荒鷲の巣亭を出た後は、三人はバラバラになってしまうが、気負いもなく、いつも通りに見えていた。


 アシュレイは鈍い光を放つ黒鉄色の胸甲に、銀色に輝く金属製の肩当てや脚甲を着けていた。そして、彼女の腕にも朱色の腕甲が誇らしげに着けられている。

 アシュレイもいつも以上に気合が入っているのか、愛剣である無骨な両手剣を握る手にも力が篭っていた。


 ステラは緑蛇竜(グリーンサーペント)の皮を使った美しいエメラルドグリーンの革鎧を身に纏い、同じように朱色の腕甲を着け、双剣の位置を確かめている。


 レイが「じゃあ、僕は馬で行くから」と、散歩にでも行くように厩舎のところに向かった。彼を見送ったアシュレイとステラは互いに頷き合い、それぞれの持ち場に向かっていった。



 レイは厩舎の前で柱に手をつき、地面に視線を落とした。


(二人に会えなくなるかも知れない。でも、これは僕が選んだ道なんだ。だから、後悔はしない。必ず三人でもう一度旅をすると誓ったんだ。絶対に生き延びてみせる……)


 彼はそこでもう一度気合を入れなおし、顔を上げる。そして、愛馬トラベラーと共に冒険者ギルド総本部に向かった。



 ギルド前の広場にはランダル直属の精鋭二百人が整列していた。

 ランダルはその前に立ち、傍らにはレイの姿もあった。


 ランダルを初め、冒険者たちはレイの聖騎士のような姿に驚いていた。


「まるで聖騎士だな。いや、お前の装備の方が上等だな。しかし、金に糸目をつけねぇ聖騎士より上等とは愉快じゃねぇか。なあ、みんなもそう思わないか」


 ランダルの言葉に冒険者たちも「その通りだ」と言いながら、笑い声を上げていた。


 レイはおどけた口調で、


「この格好なら“白き軍師”って信じてもらえますよね」


 その言葉に更に笑い声が大きくなる。

 そんな中、ランダルのもとに伝令が走りこんできた。

 ランダルを初め、全員が息を飲み、伝令の言葉を待つ。


「魔族軍、東五kmの位置まで接近! あと一時間で街に着きます!」


 ランダルは「ご苦労。ゆっくり休め」と言って伝令を労い、


「よし! 俺たちも出陣だ! 鬼どもを狩り尽くすぞ!」


 その声に「「オウ!!」」という声が唱和する。



 十二月二十六日の午前九時過ぎ。


 ペリクリトルの東の草原は寒風が吹き抜け、枯れた草を揺らしていた。

 ここには約千五百名の冒険者からなる兵たちが、所定の位置についている。


 街の防壁を背に丸太を削って作った逆茂木が張り巡らされ、その後ろには弓兵が配置されていた。

 その前方には槍を持った部隊が横陣を組み、更に剣術士たちの部隊が数箇所に展開していた。

 東門近くには治癒師たちが控えており、前線で傷を負った者の治療に当たる。その中には約百名の光神教の聖職者たちもいた。


 レイたち本隊は全軍の中央、最前列の槍兵からは五十mほど後方にいた。東門からは百mほど離れている。

 個人主義の冒険者たちだが、今回ばかりは精鋭らしく、きれいに整列している。

 そんな中、ランダルとレイだけが馬に乗っていた。遠目にもはっきりと見えた。


 ランダルの装備は黒鉄色の胸甲に同じ色の防具で固められており、中に着ている服とマントも黒いため、全身黒尽くめという姿だった。横にいる白尽くめのレイと見事なコントラストとなっており、それを目にした兵たちに、神話に出てくる英雄を思い起こさせていた。


 本隊の南には、真っ白な装備の聖騎士たちの騎馬隊がいた。

 だが、彼らの部隊は落ち着きがなかった。

 時折、馬が勝手に動くのか、部隊全体が揺れているように見え、本隊の位置から離れているにも関わらず、馬の嘶きが常に聞こえている。



 ランダルは馬で各部隊を回り、作戦の再周知を行っていた。


「もうそろそろ敵が出てくるが、最初は光神教の聖騎士たちが突っ込んでいく。言っておくが、あいつらは俺たちに向かってこさせるための囮だ。やられても気にするなよ。こっちにはこいつが、“白き軍師”がついているんだ。俺とこいつを信じて、作戦通りに動いてくれ!」


 どの部隊でもそれに応じる声が固く、大戦おおいくさに緊張していることが伺える。

 すべての部隊を回り終わり、持ち場に戻ってきたところで、敵発見の報が入ってきた。


「敵です! 斥候隊が追われています!」


 ランダルは大きく頷くと、「戦闘準備!」と叫び、合図の鐘――時鐘用の物を持ち込んでいる――を鳴らさせた。




 魔族軍の指揮官、大鬼族のオルヴォ・クロンヴァールは昨日から接触してくる敵の斥候を気にしていた。


(こちらの位置を把握しているようだな。既に二十名ほど斬り捨てたが、かなり濃密な哨戒線を敷いているようだ。やはり、小鬼族から情報が漏れたか……)


 だが、敵との戦力差を考え、すぐに楽観論に傾いていく。


(敵の戦力は元々多くて四千だった。それも若い奴から、引退したロートルまで含めてだ。ヴァルマ――月魔族の呪術師、ヴァルマ・ニスカ――の翼魔が偵察した感じでは千人以上の冒険者が逃げ出したということだ。ならば、敵は多くても三千。こちらはオーガや我ら大鬼族を含めて五千。負ける要素は何一つない)


 そして、十二月二十六日の午前十時頃。

 オルヴォ率いる西方派遣軍は冒険者の街、ペリクリトルの東の森を抜けた。

 街までの距離はおよそ二km。


 オルヴォが森を抜けると、なだらかな丘が連なる先に木造らしき防壁が並び、更にその手前には敵の兵士たちが待ち構えている。

 その数はざっと見たところ、二千を超えているようには見えない。


(あの防壁では戦えぬと野戦を挑むようだ。勇気だけは褒めてやるが、愚かな選択だな。我ら鬼人族相手に野戦を仕掛けてくるとは……まあよい。これで街を無傷で手に入れられる。勝利は我等のものだ!)


 オルヴォは獰猛な笑みを浮かべ、吠えるように全軍に命令を下した。


「敵の数は少ない! 一気に攻め落とせ!」


 彼の大音声だいおんじょうに鬼人族の戦士たちが“オウ!”という鬨の声で応える。

 その声は平原を越え、ペリクリトル防衛軍にも届いていた。


何とか二百話まできました。

これもひとえに読者の皆様のおかげです。今後ともよろしくお願いします。

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