第六十一話「ヴァルマ合流」
十二月二十三日の深夜。
ラディスたち斥候隊は東の森で魔族軍を発見した後、ほとんど休まずに急行し、その日のうちにペリクリトルの東門にたどり着いた。
ラディスは門の見張り台に立つ門番に開門するよう叫ぶ。
「大至急ランダル――ペリクリトルの防衛責任者、ランダル・オグバーン――さんに伝えなけりゃならん情報だ! すぐに開けてくれ!」
二十時以降の開門は許されていないが、ラディスたちが戻ってきた場合はランダルに連絡するよう命じられていた。ただ、魔族の傀儡にされている可能性を考え、すぐに開門しないようにも言われていた。
「すぐに連絡してきます! 少しだけ待ってください!」
三十分ほどすると、眠そうな素振りも見せないランダルと、反対に眠そうな目を擦りながら、走ってきたレイの姿があった。その後ろにはアシュレイとステラの姿もあった。
レイは装備も着けず、武器も持っていない――収納魔法でいつでも出せるが――が、ランダルはほぼ完全な装備の状態だった。
ランダルはラディスたちが戻ってくる可能性を考え、装備を完全には外さず、冒険者ギルド総本部の自室で仮眠を取っていたのだ。
ランダルはラディスの姿を認めると、門番に開門するよう伝え、自らは剣を抜いて彼らの裏切りに備えていた。
ラディスら十名の斥候は一人ずつ、傀儡発見の魔道具でチェックされ、全員が傀儡でないと確認されると、ランダルはふぅと息を吐いた。
「済まんな。ないとは思っていたが、確認できん状況では慎重にならざるを得ん。このタイミングで傀儡に入り込まれたら、勝ち目も何もねぇからな。何にせよ、ご苦労だった」
ラディスらはそのままギルド総本部に向かうが、歩きながら簡単に報告していった。
「……すると、敵はほぼ情報通りの場所にいたんだな。お前がドジを踏むとは思っちゃいないが、敵につけられていないな」
「もちろんだ。ここに来るまで何度も確認している」
ランダルは「判った」と頷き、レイの方を向く。
「本部に着いたら、“白き軍師”殿の意見を聞かせてもらうぞ」
レイはそれに頷き、今聞いた情報を吟味していく。
(場所と戦力はほぼ報告通り。狩りをしていたのは想定外だったけど、小鬼族の情報ではかなり士気が下がっていたそうだから、その対策なんだろうな。今、そんなことをしているということは、月宮さんを、月の御子を確保したことを知らないってことなんだよな。既に丸二日経っているから、僕の考えた通り、翼魔を使った報告は後回しにしたんだろう……)
ギルド総本部に着くと、すでに隊長クラスは召集されており、改めてラディスから報告された。
報告が終わると、ランダルが徐に口を開く。
「というわけで、敵の戦力はほとんど情報通り。場所はやや東だが、これも情報通りと言ってもいいだろう。まずはレイ、お前の意見を聞かせてくれ」
ランダルの指名にレイが立ち上がり、自分の考えを述べ始めた。
「まず、最大の懸念であった、早期に魔族が攻めてくる可能性は低いと思います。月魔族のヴァルマという女性は、月の御子であるルナを安全圏に逃がすまでは、彼女の最大の戦力である翼魔は手放さないでしょう。だとすると、情報が入るのは早くて明日の夜、いえ、既に日付が変わっていますから、今日の夜でしょう。もっとも可能性が高いのは、明日の午前中というところですね」
レイの予想はこうだった。
翼魔二体による輸送は速度が遅く、危険なポルタ山地の裾野を抜けるのに二日は掛かる。位置関係的に最短距離で魔族軍本隊と合流しようとすれば、ペリクリトル周辺を通る必要があり、危険が増す。翼魔だけを派遣するなら、それもあるだろうが、ルナを連れての移動では遠回りする必要がある。だから、早くても昨日の夕方頃に安全圏につけたかどうかだろう。
それから、翼魔を派遣したとして、魔族軍に連絡がつくのは今頃だが、ルナという大切な荷物の安全を優先するなら、夜間に護衛が減るのを恐れるはずだ。だから、明日の日の出と共に出発するのが合理的だという説明をする。
隊長たちはその説明に頷くが、年嵩の隊長が質問する。
「参謀殿の意見はもっともだが、重要なのは敵がいつ来るかだ。その見込みを聞かせてもらえないか」
「正直なところ、明後日の十二月二十六日以降としか言いようがありません。但し、敵は士気を維持するのに苦労していますから、月の御子を確保したという情報を聞けば、すぐにでも動き出すはずです」
レイの答えにランダルが口を開いた。
「明後日以降だというのは判った。我々が打つ手はどう考える? 今日中にはお前の罠が完成するが、だからと言って、何もせずにいるわけにも行くまい」
「斥候は放ちます。それも足の速い方を中心に。そして、狼煙も使います。森の中では見にくいでしょうが、高い木の上なら見えるでしょう。逆に地上にいる敵には見えにくいですから、こちらの動きを悟られずに済むはずです。何箇所か狼煙を上げるのに都合のいい場所を探して、狼煙のリレーで魔族の動きをペリクリトルに連絡します」
隊長の一人が「それでは夜に移動されたら困るだろう。火属性魔法の使い手を配置してはどうか」と提案した。レイはそれに大きく頷く。
「確かに魔術師を配置した方がいいですね。斥候隊についていくのは難しいかもしれませんが、どこかに待機させておいて、火の魔法を空に撃たせればいいでしょう」
「十二月二十五日の夜以降は奇襲に備えた方がいいのではないか? 不寝番の兵を増やしてはどうだろうか」
その意見にランダルは肯定の仕草を見せるが、レイは反対する。
「敵が夜襲を掛けてくる危険は少ないと思います。魔族が夜間も目が見えるとはいえ、ペリクリトル側がパニックに陥ることを警戒するでしょう」
ランダルは「どういう意味だ?」と尋ねた。
「夜襲を掛けられ、パニックになれば犠牲になるのはお年寄り、子供、そして、女性たちです。彼らは若い女性を出来るだけ確保したいはずですから、その手は取りにくいと思います。それに夜襲に対応するともなれば、灯りの魔道具だけでは足りませんから、こちらは松明を使うでしょう。もし、火災になれば、街自体も使えなくなりますから、占領するという目的を達しえません。それにこちらの斥候隊が全滅しない限り、敵の奇襲はありえませんから、無駄に疲れる必要はないと思います」
「なるほどな。だから、最低限の見張りでいいと。夜襲に毎日備えるのは体力的にも精神的にもきつい。敵が動き出すまでは今のままの体制でいくぞ」
ラディスの情報を元に様々な話し合いが持たれ、方針が決められていった。
会議の最後にランダルが立ち上がり、「それぞれきついと思うが、頼んだぞ!」と言って、会議を終了した。
会議が終わる頃には空が白み始めており、レイは大きなあくびを一つして、付き添っているアシュレイに声を掛けた。
「敵はまだ来ないから、今日はゆっくり休ませてもらおう」
アシュレイは彼の肩に腕を回し、「そうだな。ゆっくり休むか」と言って宿に向かっていった。
十二月二十四日の朝。
ソーンブロー――ペリクリトルの南にある城塞都市――の東の森に潜んでいた月魔族のヴァルマ・ニスカは冬の早朝の冷気を感じながら、空を眺めていた。
(今日も天気はもちそうね。ここ数日は天気が安定しているから助かるわ。ここからオルヴォ――魔族軍の指揮官、大鬼族のオルヴォ・クロンヴァール――のところまで、百km弱。人目を気にしなくていいから、夕方までには合流できるはずよ。合流したら、大鬼族の操り手を五人くらいと、シェフキ――小鬼族のリーダー、シェフキ・ソメルヨキ――に斥候を借りて、ソキウス――アクィラ山脈の東の土地、西側ではクウァエダムテネブレと呼ばれている――へ向かえばいいわ)
彼女は比較的安全な土地に入り、気を抜きそうになる。
(まだ、気を抜くわけにはいかないわ。この辺りの魔物も今の戦力では厳しいんだから。飛竜一頭、有翼獅子一頭でも危うい状況よ。気合を入れていきなさい、ヴァルマ!)
彼女は毛布に包まって眠っている月の御子、ルナを見ながら、
(この方は私たちの希望。単細胞の中鬼族には判らないだろうけど、私たちが西に戻るにはどうしてもこの方の力が必要なの。神の依り代たる御子様が……)
その時、ルナは目覚めていた。
少しでも時間を稼ごうと、寝ている振りをしていたのだ。
(私が連れて行かれるのが遅くなればなるほど、ペリクリトルの街は有利になる。聖君にあれだけ言われていたのに、不甲斐なく捕まってしまった私にできることは、これくらいしかないわ……)
ルナの頻繁な休憩の要求があったにも関わらず、その日の移動は順調だった。そして、ルナの思いは天に通じず、その日の夕方に魔族軍本隊と合流した。
遂に魔族軍が動き出す条件が整った。
十二月二十四日の午後五時頃。
魔族軍本隊が潜むペリクリトルの東約三十kmの森に、月魔族のヴァルマと月の御子であるルナが到着した。
翼魔二体が人を吊り下げるという見慣れぬ光景に鬼人族の戦士たちは皆、上空を見上げていた。
そんな中、指揮官のオルヴォ・クロンヴァールはヴァルマを迎えるため、着地点に走っていく。
ヴァルマは一対の漆黒の翼を使って華麗に着地し、ゆっくりと降りてくるルナの手助けをしようと身構えていた。
ルナが無事に着地すると、ヴァルマは「この方が月の御子様、ルナ様です」と声を上げた。
その声にオルヴォは片膝をついて頭を垂れる。その姿を見て、大鬼族、中鬼族、小鬼族の戦士たちも一斉に片膝をつき頭を垂れた。
中鬼族のヴァイノ・ブドスコは不満を持ちながらも、周囲の空気を読んで同様に頭を垂れる。
(月の御子と言っても、ただの人間の小娘だろうが。月魔族が敬うから反射的に頭を下げているが、俺たちとは関係ない話だ……そうは言っても、中鬼族の中にも信奉者は多い。ここは大人しく従っておくべきだろうな。まあ、西の土地を奪ってしまえば、月の御子がいようが関係ないしな)
ルナはオーガやオーク、ゴブリンに似た鬼人族の姿を見て、ここに来たことを後悔し始めていた。
(少しでもペリクリトルへの侵攻を遅らせようと、自殺しなかったけど、失敗だったわ。こんなことなら、空中で暴れて翼魔を道連れに墜落死すればよかった。どう考えても魔族は人じゃない。こんな奴らに利用されたくないわ……)
ルナは生理的な嫌悪感を抱くが、蒼白な顔に出さないよう注意していた。
(ううん、まだ、この先の行動を見てからでも間に合う。私も一緒に連れて行くなら、脱出のチャンスはあるはずよ)
オルヴォは月の御子を見て、この少女が神の依り代になるとは信じられなかった。
(本当にこの小娘が月の御子なのか? いや、ヴァルマが確認したから間違いないのだろうが、俺にはただの小娘にしか見えん。もっと神々しさか神秘性のようなものがあると思っていたのだが……いや、これは不遜な考えだな)
彼は恭しく礼をしてから、
「私がこの西方派遣軍の責任者オルヴォ・クロンヴァールにございます。戦場であり、ご不自由をお掛けしますが、何なりとお申し付け下さい」
ルナはオルヴォが見た目以上に理知的であると感じ、驚いていた。
(鬼人族はもっと荒々しい種族だと思っていたけど、この人は違う。武人という感じね。誰かを思い出す気がするんだけど……思い出せないわ。今はこの男をどう利用するかを考えないと……)
ルナは警戒するような目で彼を見つめた後、
「ルナです。この状況に納得しているわけではありませんが、お気遣いには感謝します」
ルナは反抗的な態度を取ることで、監視の目が強くなるより、不自然に思われない程度に協力的になろうと考えた。そして、いつか出来る隙を突いて脱出するつもりだった。
(確か魔物も合わせれば五千人もいるはず。たった一人で逃げ出せるとは思わないけど、何もしないよりいいはず。いざとなったら、舌を噛み切ってでも命を絶てばいい……そういえば、舌を噛み切っても簡単には死ねないんだっけ? まあいいわ。とにかく、命を絶つという覚悟さえしておけば、怖い物は何もない)
オルヴォはヴァルマに労いの言葉を掛け、「話したいことがある」と言って、ルナから距離を取った。
「あの方で間違いないんだな」
オルヴォの唐突な問い掛けに、ヴァルマは彼を見上げながら、「どういう意味かしら?」と不機嫌そうに答える。
「いや、俺の思い込みなのだろうが、もう少し神々しい方を想像していたからな。いや、月魔族の呪術師が確認して間違いないというなら、問題は何もない。話というのは、御子様の今後のことだ」
ヴァルマはオルヴォの意図を理解し、「ええ」と小さく頷く。
「お前のところの戦力はかなり減っているようだが、あれで全部なのか?」
ヴァルマは悔しそうな顔で「そうよ。あの白の魔術師にやられたの。それだけじゃないけど、翼魔はあいつにやられたわ」と吐き捨てる。
「ならば、護衛が必要だろう。お前の考えを聞かせてくれ」
ヴァルマは大鬼族の操り手五人とオーガを三十体、小鬼族の斥候を三十名ほど要求した。そして、小鬼族の話になったとき、いるはずのシェフキ・ソメルヨキがいないことに気付く。
「シェフキはどうしたの? まさか、自ら偵察に行ったりしていないでしょうね」
オルヴォは首を小さく振り、「偵察に行って殺されたか、捕らえられた。あの白の魔術師に嵌められたのだ」と呟き、彼にしてははっきりと悔しそうな表情を見せる。
ヴァルマは「なんてこと……」と絶句し言葉が出てこない。
「小鬼族が三名捕まったそうだ。今のところ、敵に動きが無いから、尋問が成功したとは思えんが、例の魔術師がいるから油断は出来ん」
「恐らく尋問に成功しているわ。傀儡の術を見つけて解除する技を持っているのよ。誓約の術を解除することだってできるはず。さすがにシェフキに掛けられた術は解除できないと思うけど」
オルヴォは大きく顔を歪め、「やはりそう思うか」と呟く。
「敵に情報が筒抜けという前提で行動した方がいいわ。私が合流するのを見越しているかもしれないし……何せ、あの男は御子様の存在を知っていたのよ。私たちソキウスの民しか知らないはずの御子様のことを……」
オルヴォはその言葉に衝撃を受ける。
「ああ、奴が危険だと言うことがよく判った。あの街を攻め落とす時に必ず止めを刺す。そうせねば、我らに未来はないようだ」
オルヴォは大鬼族の五名の操り手を選び、ヴァルマの指揮下に入るように命じた。だが、小鬼族の斥候については、シェフキを見殺しにしたと思っている小鬼族たちに断られ、大鬼族の戦士十名を追加でつけることにした。
翌日十二月二十五日。
魔族軍はペリクリトルに向けて侵攻を開始した。




