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トリニータス・ムンドゥス~聖騎士レイの物語~  作者: 愛山 雄町
第三章「冒険者の国・魔の山」

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第六十話「嵐の前の静けさ」

 トリア歴三〇二五年、十二月二十三日。

 その日は静かに過ぎていった。


 ペリクリトルの東の森に潜む魔族軍本隊では、指揮官のオルヴォ・クロンヴァールが味方の士気を維持するために腐心していた。

 彼が許可した狩りにより、不満を抱えていた中鬼族ですら、狩った魔物を前に満足げな表情を浮かべていた。

 オルヴォは安堵したものの、根本的な解決とは程遠いと思い直す。


(ヴァルマからの連絡が途絶えた。もしやと思うが、シェフキ――小鬼族のリーダー、シェフキ・ソメルヨキ――のように捕らえられたのではあるまいな。月魔族の手練てだれの呪術師――魔族での魔術師の呼び方――だが、あの“白の魔術師”が相手なら、何が起こってもおかしくはない。この状況では斥候も放てぬし、唯一の情報源であるヴァルマからも連絡が来ぬ。ヴァイノ――中鬼族のリーダー、ヴァイノ・ブドスコ――ではないが、打って出るのも一つの手か……)




 ペリクリトルの防衛責任者ランダル・オグバーンの命を受けた獣人の斥候(スカウト)のラディスは、東の森を九名の仲間と共に東に向かっていた。

 レイが得た情報に従い、魔族軍の本隊を探しているのだが、広い東の森の中では五千という大軍でも容易には発見できなかった。

 彼は自らが率いる斥候隊を三つの班に分け、周辺を捜索していった。


(敵に見つからないように動くと、さすがに移動速度が落ちるな。やはり、この森の中じゃ、大体の位置しか判らんのでは、すぐには見つからんか。出来れば、今日中に街に戻っておきたかったが、どうやら無理そうだな……)


 彼は自らも三名の斥候を率いて、周辺を捜索していく。

 そして、正午頃、彼は魔族軍本隊を見つけた。


 魔族軍本隊は情報にあった位置から、やや北に移動しており、更に森の中で大きく散開していた。ラディスは斥候隊の誰かが見つかり、捜索を始めたのかと一瞬焦るが、魔族の動きに緊張感がなく、自分たちを探しているのではないと感じた。


(斥候狩りでは無さそうだな。何をやっているんだ?……狩りか!)


 彼らが木の陰に隠れていた先を、オークに似た中鬼族十名ほどが通過する。彼らは岩猪(ロックボア)大剣鹿(ソードホーンムース)を楽しげに運んでおり、食料調達のために狩りをしているように見える。


 彼は三名の部下に無言で合図し、中鬼族の跡をつけていく。

 二十分後、中鬼族たちは本隊が野営しているらしい場所に到着した。

 魔族軍の指揮官オルヴォが狩りを認めたのは野営地の東側のみだったが、一部の中鬼族が獲物を求め、南に行っていることをオルヴォは把握していなかった。その中鬼族をラディスが見つけたのだ。


 ラディスは歩哨が立つ野営地の周りを慎重に偵察し、ここに敵のほぼ全軍がいると判断した。


(ほぼ情報通りか。それにしても夥しい数の魔物だ。オーガ、オーク、ゴブリン、こんな数を見たのは初めてだぜ……よし、敵に見つからねぇうちに引き揚げるとするか……)


 ラディスは他の二班との集合地点に戻り、残りの斥候たちを待つ。集合時間である午後二時頃にそれぞれ戻ってきたが、他の二班は敵の狩猟隊や哨戒部隊を避けるため、詳細な偵察はしておらず、追加の情報はなかった。


「ご苦労だった。すぐに街に戻るぞ。今のところ、敵に見つかってはいねぇ。だが、油断はするなよ」


 斥候隊は森の中を駆けるように西に戻っていった。




 ペリクリトルの街では着々と迎撃の準備を進めていた。


 懸案であった罠の設置も予想より早く進み、明日十二月二十四日中には完成する。

 レイは罠の設置の指揮と魔術師たちの訓練を掛け持っていたが、どちらも仕上がり状況に満足していた。


(このままいけば、罠は十分に使い物になるはず。あとはどうやってここに誘い込むかなんだ。ランダルさんは光神教の聖騎士たちを使うつもりのようだけど、彼らが役に立つかは微妙だな。他の手も考えておいた方がいいかもしれない……)


 彼はアシュレイがいる北の草原に向かった。

 彼女の指導の下、若い冒険者たちは一糸乱れぬとは言えないが、十分に統制の取れた動きを見せるようになっていた。

 レイはアシュレイのところに行き、


「大分動けるようになってきたね。これなら被害も少なく出来そうだ。さすがはアッシュだよ」


 その言葉にアシュレイは首を横に振る。


「いや、まだ十分とは言えぬな。確かに敵のいないところでは十分かも知れんが、敵は大軍なのだ。それも大型のオーガがいる大軍なのだぞ。あの足音を聞いただけでも、怖気づく奴が必ず出てくる」


 レイは以前、チュロック砦――ラクス王国の東部にある砦――近くでオーガの襲撃を受けたときのことを思い出していた。


「確かにそうだね。僕も初めてオーガを見たときには怖かったよ。あの時は三十体くらいだったのに、足音だけでも絶対に勝てないって思った記憶があるよ」


 アシュレイはそれに頷き、


「あの時はお前の魔法もあったが、父上がいてくれた。もし、父上がおられなければ、マーカット傭兵団(レッドアームズ)の五番隊と言えども、パニックに陥っていたかもしれぬ。まして、今回はその十倍以上だ。怯えるなという方が無理な話だろうな」


 元々精鋭と名高いマーカット傭兵団の傭兵たちであったことと、尊敬する団長ハミッシュ・マーカットがいたからこそ、自分たちとほぼ同数の三十体のオーガに立ち向かえたと、アシュレイは考えていた。

 今回はマーカット傭兵団に比べれば、質が数段落ちる若い冒険者たちだ。そんな彼らが戦場に立てば、多くの者が命を落とすだろうと彼女は思っている。

 アシュレイは胸中の不安を隠しながら、「いずれにせよ、適当に戦ってから、逃げるだけの仕事なのだ。何とか仕込んでみせる」と笑った。



 レイはアシュレイが訓練を行っている草原から、ステラが斥候スカウトたちに手順を説明している東地区に向かった。


 東地区では市民やルークスの農民兵たちが、罠の準備にいそしんでいた。

 彼は罠の設置に励むルークスの農民兵の中にアンガス――フィスカル村の村長の息子、農民兵の取りまとめ役――を見つけた。

 アンガスたちはここ数日の食事の改善で血色もよくなり、更に着ている服も避難民から買い取った普通の物になっているため、見違えるように健康そうに見えた。


(たったこれだけのことで、雰囲気がガラリと変わるんだ。光神教の扱いがいかに酷かったかってことだな……)


 レイは笑顔を見せながら、アンガスたちに声を掛ける。


「お疲れさまです。おかげさまで作業がはかどり助かっています」


 アンガスと彼の周りにいた農民兵たちは、レイの姿を見て頭を大きく下げる。


「こ、こちらこそ、アークライト様のお陰で、良い思いをさせて頂いておりますです。うまい食いもの、いえ、食事だけでなく、酒まで飲ませていただいて、何と言っていいのか……」


 アンガスは感謝の意を伝えようと必死だったが、そのせいでしゃべり方が少しおかしくなっていた。

 レイは笑っては失礼だと思いながら、「大したことではないですよ。十分に働いてもらってますし」と真面目に答えた。

 アンガスはぶんぶんと首を横に振り、


「いえ、こんなによくしてもらったのは、初めてなんです。何でも言ってくだせい。私らはアークライト様のためなら、何でも致しますです」


 レイはこの素朴な人たちを戦場に立たせることに躊躇いを感じていた。


(本当は数合わせで戦場に立ってもらわないといけないんだ。だけど、この人たちは碌に訓練も受けていない。別の役割を考えた方がいいかもしれないな……)


 レイはそう考えながら、斥候(スカウト)たちの訓練を行っている場所に向かった。



 斥候たちの訓練場所では、ステラが二十代半ばから三十代半ばの軽装の冒険者たちに混じって、一つずつ丁寧に役割を説明していた。ベテランのラディスたちが抜けているが、斥候たちは自分たちに与えられた役割を成し遂げようと必死に手順を理解しようとしていた。

 だが、ここにいる冒険者たちは必死さの中にも時折笑い声を上げるなど、若いステラに対して心を開いているようだった。ステラの表情も柔らかく、リラックスしているように見える。

 レイはステラのその姿を見て、


(ステラも自分だけで他の人たちと交流出来るようになったんだな。半年前のことを思ったら、物凄い進歩だな……)


 彼らが休憩に入ったタイミングで、レイは「順調そうだね」とステラに声を掛ける。

 レイの姿を認めた彼女は明るい笑顔になり、「はい」と答えた。


「皆さんが協力して下さるので、全く問題ありません」


 ステラがそう言うと、周りから「俺たちに任せておけ!」と言う気合の入った声の他に、「ステラのお陰だぜ、ちゃんと褒めてやれよ!」などと、彼を冷やかす声も掛かる。

 レイは赤くなりながらも、「皆さんが今回の作戦の鍵を握っています! 本当によろしくお願いします!」と、もう一度深々と頭を下げる。

 周りからは「任せておけ!」という声が一斉に掛かり、レイの肩をバシバシ叩いていった。


(どうやら、本当に大丈夫そうだな。そうなると、ここに誘い込むのが一番の問題か……ランダルさんにもう一度相談した方がいいな……)


 レイはステラと斥候たちにもう一度声を掛けてから、冒険者ギルド総本部に向かった。




 ペリクリトルの防衛責任者ランダル・オグバーンは、街の残っている住民たちの避難方法に頭を悩ませていた。

 五万人の住民のうち、半数は近くの街に避難したが、直接的な戦力にならない者が二万近く残っていた。

 彼らは頼るべき親族もなく、この街を去ることが出来なかったものが多い。もちろん、街を守ろうと残っている者もいるが、戦力として期待できるのは元冒険者の五百人ほどしかいない。彼らも現役の冒険者たちに混じって、ランダルの指揮下に入っている。


(篭城はあり得んから、食料の心配はいらんが、街が戦場になることを考えると、避難方法を考えねばならん。特に女たちは命に代えても避難させねばならん)


 彼は人道的な見地からだけでなく、ペリクリトルが占領された際に、千人を超える若い女性が残されると、魔族の戦力を増強させることになると恐れていた。


(既に若い女たちで逃げ場のある者は逃がしてある。今残っているのは、女冒険者の他はここ以外に行き場の無い者たちだ。最悪の場合、この街を焼き、女を殺してでも魔族を食い止めねばならん……)


 悲壮な覚悟のランダルのもとに、視察を終えたレイが戻ってきた。

 ランダルは気分を落ち着かせ、明るい調子で彼に視察結果を尋ねた。


「街の様子はどうだ? 罠の準備は明日中には終わりそうだと聞いたが?」


 レイはランダルの苦悩に気付かなかった。


「はい、罠は明日の昼過ぎには完成すると思いますよ。ステラの方も順調ですし。あとはどうやって引き摺り込むかだけですね」


 ランダルは「それなら任せてもらおう」とニヤリと笑う。

 レイがまだ何か言いたそうな顔をしたので、先手を打って話し始めた。


「聖騎士だけじゃ不安なのだろう? 俺と精鋭百人で敵を引き込んでやるよ。任せておけ」


 レイはその言葉を聞き、目を大きく見開く。そして、彼にしては珍しく声を荒げて詰め寄った。


「司令自ら前線に立ってどうするんですか! ランダルさんに何かあったら、作戦も何もなくなってしまうんです! それなら僕がやります!」


 レイの剣幕にランダルは驚くが、「それはできない相談だな」とにべもない。


「俺が出れば、魔族は確実に追撃してくるだろう。お前の言うとおり、俺が死ねば、この戦いは奴らの勝ちなんだからな。餌としてはこれ以上ない餌じゃないか」


 レイにはランダルが死に急いでいるように見えた。


(いつものランダルさんじゃない気がする。この状況に参っているのかもしれないな。でも、ここでランダルさんが死んだら、本当に負けなんだ。だから、縛り付けてでも止めないといけない……)


「餌としてなら、ランダルさんより、僕の方が上ですね。何と言っても、魔族の天敵“白の魔術師”なんですから。魔族に知名度のないランダルさんでは餌にならないかもしれません」


 レイの言い方にランダルは苦笑する。


「確かにそうかもしれんが、これは譲れん。司令の権限を使ってでも、俺は前線に出る」


 レイはランダルの意志が固いと見て、この場での説得を諦めた。


「判りました。ですが、参謀である僕もお供します。“白き軍師”を連れていた方が絵になるでしょうし」


 レイのおどけた言い方にランダルは驚くが、すぐに「いいだろう。お前がいた方が餌にもなるしな」と傭兵らしい凄みのある笑みを浮かべた。


 レイは話題を変えるため、聖騎士の話を持ち出す。


「聖騎士たちですが、どのタイミングで出しましょうか? 僕はあのパレデス――聖騎士隊の隊長、マクシミリアン・パレデス大隊長――という人を信用できないんですが」


 ランダルも話題を変えたことに気付いたが、レイの配慮を感じ、話しに乗った。


「それも俺に任せろ。下手な動きをされると全軍の士気に関わるからな。最高のタイミングで、最高の使い方をしてやるよ」


 ランダルも聖騎士、特にパレデスという人物を信用していなかった。虚栄心の固まりだが、修羅場をくぐったことがあるとも思えず、魔族の大軍を前にしたら逃げ出すのではないかと危惧していたのだ。


 レイはランダルの自信がどこから来るのか不思議だった。


「具体的にはどうされるんですか? 下手な“おだて”では効かないと思いますし……まさか、傀儡くぐつの魔法を使うつもりじゃないですよね」


 ランダルは「馬鹿を言うな」と笑うが、すぐに真剣な表情になり、


「あの魔法は使わん。というより使えんよ。もし、お前が傀儡の魔法を使えると味方が知ったらどうなる? ただでさえ、闇属性魔法は評判が悪いんだぞ。それが今は魔族のせいでこんな状況だ。闇属性を使えるだけでも白眼視されるだろうな」


 レイはそれに頷く。ランダルは更に言葉を続けていった。


「“白き軍師”のお前がいるから、戦えるんだ。それが“闇の軍師”になったら……お前は不満だろうが、それだけの名をお前は持っているんだ」


 そこまで言った後、彼の肩をバンと叩き、


「まあ、諦めろ。ハミッシュも自分の二つ名で苦労したんだ。その後継者たる娘婿も同じ苦労をするべきだろう」


 レイは溜め息混じりに「面倒ですね」といった後、何か思いついたのか、人の悪そうな笑みを浮かべる。

 ランダルが不思議な顔をしていると、


「この戦いに勝てば、“白き軍師”を使いこなした英雄が生まれますね。これでランダルさんも有名人ですよ。そう言えばランダルさんに二つ名はないんですか? もしかして隠しているとか?」


「馬鹿を言うな。あんな恥ずかしい物があるわけ無かろう」


 レイは更にニヤリと笑い、


「隠してませんか? そうだ、ヨアンさん――宿、荒鷲の巣の主人――なら知っているかもしれませんね」


「馬鹿野郎! ヨアンに聞いても何も出てこん」


「判りましたよ。じゃあ、僕がとびっきりの二つ名を考えておきますよ」


 ランダルはそのやりとりをしながら、レイの気遣いを感じていた。普段のレイなら言わないであろう軽口を、自分を励ますために言っていたからだ。


(こいつは大将である俺の苦悩を取り除こうとしているのか? アシュレイとステラという二人の大切な仲間の命の危険に晒し、自らも死地に赴こうというのに……ルナを攫われた後の落ち込んだ顔とは大違いだ。本当に判らん奴だ……)


 レイが聞けば過大評価だというのだろうが、ランダルの中でレイの存在はそれほど大きな物となっていた。それは彼が数万人の命を預かる責任に、押し潰されそうになっている事情が関係しているのかもしれない。彼の深層心理の中では、藁をも掴む感じでレイに希望を見出そうとしていたのだとも言えた。


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