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トリニータス・ムンドゥス~聖騎士レイの物語~  作者: 愛山 雄町
第三章「冒険者の国・魔の山」

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第五十九話「シェフキの意地」

 時は十二月二十一日の朝に遡る。


 魔族軍の小鬼族部隊の長であるシェフキ・ソメルヨキは、自害できずに捕虜となってしまった自分が不甲斐なく、自ら偵察に出たという軽率な行動を悔やんでいた。

 彼は幾重にも縛り上げられ、更に猿轡を噛まされた状態で、自分たちが捕まった時のことを思い出していた。


(捕らえられたのは、ダーヴェとラウリか……他の者たちはすべて殺されたのか……しかし、噂の“白の魔術師”があれほど若いとは思わなかった。そして、あれほど危険な男だとは……ヴァルマ殿が警告していた意味が、今なら良く判る。魔法の腕も恐ろしいが、それよりあの智謀が我らにとっては脅威だ。今回のことも、恐らくだが、俺たちを捕らえるための罠だったんだろう……)


 そして、この状況をどう打破するかに思いを巡らせていた。


(この状況では脱出することは不可能だ。せめて、敵を混乱させる方法があれば良いのだが、それすら思いつかん……)


 彼は横に縛られている二人の部下を見ながら、隙を見て自害するしかないと考えていた。


(残された道は自害することしかない。拷問に掛けられてあの(・・)術が発動する前に自害できれば良いのだが……あの術はかなり苦しむと聞いた。俺だけならともかく、若いこいつらをそんな目に合わせたくは無い……)


 彼は猿轡をされていることもあり、食事を絶つことで自らの命を縮めようと考えた。そして、部下たちも彼の考えが判ったのか、同じように自らの死を選ぶことにした。


 十二月二十一日は拷問されることなく、尋問のみされるが、彼らは頑として一言もしゃべらなかった。敵の尋問者はその様子に打つ手がないと困惑していた。

 彼は空腹の中、このまま死ねればよいのだがと考えるが、生命力の強い鬼人族の体は一日やそこらの断食では全く影響が無かった。


 翌十二月二十二日。

 前日は三人一緒に尋問を受けたが、今日は一人ずつ尋問をするようで、ダーヴェが連れて行かれた。

 三十分ほどして、次にシェフキが連れ出される。彼は先に連れ出されたダーヴェが拷問に耐えかねて、術が発動して死んだと思った。


(ダーヴェが死んだか……次は私の番だな。さて、どの程度苦しむのやら……)


 彼は達観したような顔で大人しく歩いていた。

 そして、尋問用の部屋に入り、静かに座るダーヴェの姿を見て、驚愕した。


(どういうことだ! なぜダーヴェは生きているのだ? なぜ縄を解かれているのだ?……何が起こっているのだ……)


 だが、すぐにその理由が判った。

 彼を縛る縄が緩められ、着ていた衣服を乱暴に脱がされる。そして、背中を露にされたところで、白の魔術師が一人のエルフから傀儡の魔道具を受取ったからだ。


(傀儡の魔法を使えるのか……あれは妖魔族――月魔族や翼魔族の総称、背中に翼がある魔族――の呪術師しか使えんはずだ。それもヴァルマ殿のような高位の呪術師にしか……)


 彼はその魔道具を見て絶望した。

 自分に施された裏切り防止のための誓約の術ほど、ダーヴェに施された術は強力ではなかった。だから、ダーウェは傀儡の魔法に抵抗できなかったのだと。

 そして、同時に自分の運命も悟った。

 自分に掛けられた誓約の術は闇の魔法である傀儡の魔法にも有効で、魔法を掛けられた瞬間、魂が壊れるだろうと。


 白の魔術師が彼の背中に傀儡の魔道具を押し当てた。


(これで俺は死ねる。だが、ダーヴェは白の魔術師(こいつ)の傀儡にされた。ラウリも同じ運命だろう……済まぬ、ダーヴェ、ラウリ。お前たちの魂が穢されてしまった……済まぬ、オルヴォ――彼の盟友、大鬼族のオルヴォ・クロンヴァール――。俺の不手際で我が種族の情報が筒抜けになってしまった。それをお前に伝えられぬのが悔しい……)


 彼は抵抗を諦め、死を受け入れることにした。

 背中に当てられた魔道具から針で突き刺すような痛みが襲い、胸の中を細く尖った棒でかき回されるような痛みに変わっていった。

 彼は自らのプライドに賭けて、悲鳴を上げまいと猿轡を強く噛み締める。だが、すぐにガリガリと魂を削るような激しい痛みに変わり、猿轡の中で呻き声をあげていた。

 その痛みは突然消えた。魔術師が魔法を諦めたようで、彼の様子を見ていた。


(この痛みに何度耐えねばならんのだろう。一思いに殺してくれと叫びそうだった……これが戦に破れるということなのだな。だが、同胞たちは必ず勝利する。この苦しみは俺だけのはずだ……)


 彼はその後、元の部屋に戻されるが、彼の部下ダーヴェとラウリは戻ってこなかった。

 彼はただ一人、床に転がされながら、あの若い白の魔術師のことを考えていた。


(傀儡の魔法を使えるということは、誓約の術すら解除出来るかもしれない。そうなったら、俺は軍の機密を漏らしてしまうかもしれん。今のうちに死んでおかなければ、取り返しのつかぬことになる……)


 彼は自分の持っている機密情報が、敵に漏洩することを恐れた。

 彼は闇の呪術師であると共に、眷属(ゴブリン)の召喚師でもあったのだ。

 彼は小鬼族の眷属、ゴブリンを生み出し、操る方法を知っている。この情報が敵に知られることは、何としてでも防がなければならないと心に誓う。


 彼はまず、彼を見張っている二人の男を油断させることにした。

 そのために床に転がりながら、無様に涙を流し、嗚咽を漏らし始めた。

 そして、そのまま眠ったように静かに力を抜き、次に呼び出されるタイミングで反撃しようと考えた。両手を縛り上げられ、猿轡をされた自分が武器を持った人間の男に勝てるとは、彼も思ってはいない。

 決死の覚悟で攻撃することにより敵が慌て、剣を抜くことに期待したのだ。


 そして、その機会はすぐにやってきた。

 寝たふりをしてから三十分後、彼を閉じ込めている部屋の扉がギィギィと音を立てて開く。彼は自分に近づいてくる男の気配を慎重に探っていた。

 既に何度も彼を部屋から連れ出しているため、その男は無造作に彼の腰につけられた腰紐を引こうとした。


 シェフキはその瞬間を待っていた。

 彼は小柄ながらも強靭な腰の回転力を使って男の脚を払い、転倒させる。

 入口で見張っていた男はそれに驚き、剣を引抜いて油断なく構える。

 シェフキは背筋力を使って跳ねるように立ち上がり、体当たりをかますような勢いで、入り口に突進する。

 入口に立っていた男はシェフキの動きを見ていたが、シェフキの動きが機敏であり、無傷での捕縛は困難だと考えた。男はシェフキを殺さないように太ももを狙って剣を突き出した。


 それはシェフキが望んだことだった。

 彼はその剣に目掛けて、胸から飛び込んでいく。

 思いもかけぬシェフキの行動に男は驚き、反射的に剣を突きいれていた。自分の剣を奪いに来たと体が勝手に反応してしまったのだ。


 シェフキの思惑通り、彼の心臓付近に剣が突き刺さる。彼は死ぬまでの短い時間、情報を守り抜けたことに満足していた。

 そして、彼が床に倒れた時、彼を刺した男が見たものは、シェフキ・ソメルヨキという男の満足げに微笑む顔だった。



 レイのもとにシェフキが死亡したと伝えられたのは、そのすぐ後だった。

 その時、レイとラスペードはシェフキに掛けられた術について話し合い、それを解除する方法がないか協議していたところだった。

 ラスペードはその事実に愕然とした後、情報課の不手際を激しく糾弾する。


「あの者は貴重な情報を持った重要人物だったのだ! 君たちは情報課と名乗りながら、そのことを理解しておらんのか!」


 そう怒鳴った後、力なく床に膝をつく。


「アークライト君なら、あの者に掛けられた術を解除できただろう。そうなれば、魔族の魔法理論、眷属の召喚……彼らの秘儀について判ったかもしれんのだよ……」


 レイはこれ以上傀儡の魔法を掛けなくてもよいと安堵したが、自らの命を捨ててまで守ろうとした魔族の秘密というのは、どのようなものなのかと考えていた。


(ここまでして守らなければならない秘密って……それにしても、魔族たちにとって、命というのはここまで軽いものなんだ。死を賭して秘密を守るくらいなら、最初から攻めてこなければいい。魔族も狂信者ということなのか……)



 レイはペリクリトルの防衛責任者であるランダル・オグバーンに、シェフキが死んだことと、二人の小鬼族から情報を得られたことを報告しに行った。


 ギルド長との打合せを終えたランダルを捕まえ、レイが得た情報を話していく。

 ランダルはその話を聞き、「戦力は前の情報と変わらんな。だが、敵の場所が判ったことは大きいぞ」と小さく笑う。

 レイもそれに頷き、


「すぐに斥候を派遣しましょう。出来れば優秀な人たちを三班くらいに分けて派遣すべきです」


「判った。ステラのところで訓練をしている連中から、十名ほど引抜こう。だが、情報が判るのは、早くて明日の夜、いや、明後日の午前中か」


 東の森は深く、三十kmを移動するだけでも一日は掛かる。獣人やエルフの夜目の効く手練の斥候を派遣したとしても、明日中に戻ってくることはかなり難しい。


 十二月二十二日の午前十一時頃、ランダルは猫獣人の斥候(スカウト)、ラディスを斥候隊のリーダーに指名し、十名の手練の斥候たちに東の森の偵察を命じた。




 その日の午後三時頃、月魔族のヴァルマ・ニスカはファータス河――ペリクリトルの南から西に流れる大河――の西にあるポルタ山地の麓の森の中で、野営の準備をしていた。慣れない人の輸送で疲弊している翼魔二体を休ませるためだが、月の御子であるルナの疲労も激しかったからだ。

 昨日、オートン――ペリクリトルの西にある城塞都市――の東側でルナを拉致してから、ここまでで七十kmほど進んでいる。今いる場所はペリクリトルの南、二十kmほどのところだった

 護衛をするのは、五匹のハーピーと三匹の灰色猿グレイエイプなのだが、ハーピーは夜目が利かず、夜間の移動は諦めざるを得ない。翼魔の飛行速度が遅いため、地上を行くグレイエイプが遅れずに付いて来られることだけが慰めだった。

 彼女は今日あった出来事を思い出していた。


(それにしても、ドライアドの森があるなんて……ハーピーを一匹、グレイエイプを三匹殺されたのは痛かったわ……)


 その日の昼頃、ルナが疲労を訴えたため、休憩することにしたのだが、そこでトラブルが起こった。

 彼女は偶然見つけた小さな池のほとりに着陸することにした。

 だが、そこはドライアド――歩く木の魔物――の森の中だった。

 ヴァルマたちは多くの歩く木(ドライアド)に囲まれる。ハーピーの鉤爪では固いドライアドの皮に傷をつけるだけで、ほとんどダメージは与えられない。グレイエイプもまた、強力な膂力で攻撃を掛けるが、敵の頑丈な枝に打ち払われ、徐々に包囲網を築かれていった。

 ヴァルマは得意の闇属性魔法とドライアドが嫌う火属性魔法を使って血路を開き、何とか包囲網から脱出した。幸い、自分やルナ、翼魔に被害はなく、配下のハーピーとグレイエイプの犠牲だけで済んでいるが、それでも数少ない護衛を失ったことはかなりの痛手だった。


(この調子でアクィラ――東の大山脈――を越えるなんていうのは自殺行為ね。オルヴォ――魔族軍の指揮官、大鬼族のオルヴォ・クロンヴァール――に頼んで、護衛を付けてもらうしかないわ……)



 そして、翌日の十二月二十三日の夕方頃。

 ルナを抱えたヴァルマたちは、不案内なファータス河の西から、地の利のある東側、ソーンブロー――ペリクリトルの南側にある城塞都市――の東の森に到着した。

 だが、その間にも魔物に襲われ続け、灰色猿(グレイエイプ)を全て失っている。幸い、飛行型の魔物がいなかったため、翼魔とハーピーに損害はなかったが、彼女の配下には翼魔二体とハーピー五匹しか残らなかった。


(傀儡の針はあと二本だけ。オルヴォが護衛を付けてくれなければ、破壊した翼魔召喚の魔法陣を修復するしかない。でも、それはかなり危険を伴うわ。あれには特殊な材料がいるんだから……一か八か、アクィラでグリフォンを狩った方がいいかもしれない……)


 彼女は相談する相手もなく、減り続ける戦力に、体力的にも精神的にもかなり消耗していた。


(時間が掛かっても、オルヴォのところに行った方がいいかも……それだと、明日一杯掛けても辿り着けるかどうか……いいえ、明日一杯掛けても合流した方がいいわ。このままではアクィラを越えることができないんだから……)




 ルナは翼魔に吊り下げられて運ばれながら、周囲の風景を絶えずチェックしていた。

 自分が見たことがある風景がないか、山の形や時折見えるファータス河の流れに見覚えはないかと見続け、自分の位置を確認しようとしていた。

 攫われた当初は何も考えることができず、特に抵抗もせず運ばれていたが、その夜に自らの命を絶とうと考えた。だが、自分の命を絶てば、ペリクリトルへの攻撃が早まると思い、自分にできることはないかと考え始めるようになった。


(太陽の位置や山の形から、ファータス河に沿うように東に向かっているわ。このまま、アクィラを越えて、クウァエダムテネブレ――アクィラ山脈の東側、魔族の土地――に連れて行くつもりなのかしら? 昨日の夜も伝令を飛ばした形跡はないし、今のところ、私が攫われたという情報は魔族の本隊に伝わっていないはず……何にせよ、今逃げ出すことは難しいし、命を絶つこともできない……)


 彼女はレイが言っていたことを必死に思い出す。


(聖君の考えだと、私を生きたままクウァエダムテネブレに連れていく必要があるということだった。だから、私が命を絶てば、魔族はすぐにでもペリクリトルに襲い掛かるはず。今の私にできるのは頻繁に休憩を入れさせて、時間を稼ぐくらいしかないわ……)


 彼女は慣れない飛行で疲れたと言って、何度も休憩を入れさせていた。

 それがヴァルマの計画を大いに狂わせていた。彼女の計画では十二月二十二日にはソーンブローの東の森に着き、二十三日にはオルヴォに月の御子奪還の報を伝えているはずだった。だが、結局、ソーンブローの東の森に到着したのは二十三日の夕方だった。

 更にルナは一ヶ所での休憩時間を長くするよう要求し、そのため、森に棲む魔物に襲撃のチャンスを与えてもいた。

 月の御子を守るため、ヴァルマは護衛のグレイエイプを囮にし、その間に脱出することを余儀なくされていたのだ。


 そして、二十三日の夕方。

 ヴァルマに明日、魔族軍に合流すると告げられ、ルナは困惑していた。


(今いる場所はソーンブローの東のはず……生まれ育ったティセク村から見たアクィラの山の形にそっくりだもの、間違えるはずはないわ。でも、私はこれ以上どうしたらいいのかしら……魔族軍と合流したら、ペリクリトルの街はどうなるの? 聖君の話だと、私が捕まったと知れば、魔族はペリクリトルを襲うはず。今の私にできることは時間を稼ぐことだけ。でも、それも限界に近いわ……)


 ルナは夜空を眺めながら、自らに出来ることを考え始める。


(今のところ、ヴァルマ(彼女)にとって私は必要な人物のようね。かなり我儘を言ったつもりだけど、特に咎めることはなかったわ。だとしたら、私の身の安全は確保されているはず……他に打てる手はないのかしら……)




 時は十二月二十一日の夜に遡る。


 パーティメンバーのルナを失ったヘーゼルたちは、街道沿いの村にいた。

 宿は避難民で埋まり、今夜の宿すら確保できない状況だった。だが、傀儡にされたヘーゼルと想いを寄せていたルナを奪われたライアンの二人は時間が立つにつれ、言葉が少なくなり、獣人の剣術士ファンの言葉に従うだけになっていた。

 ファンは無気力になっている二人を励ましながら、今夜の宿を探し、避難民を受け入れてくれる民家を見つけて、納屋を借りることに成功した。

 ファンが近くの酒場から料理と酒を買ってくるが、ヘーゼルもライアンもがっくりと肩を落としたまま、手をつけようとしない。

 ファンは一人しゃべっている自分が馬鹿馬鹿しくなり、彼も黙ってしまった。

 無言の三人の間に十二月の冷たい風が抜けていく。

 ヘーゼルは小さく、「どうしたらいいんだろう」と呟いていた。

 だが、その言葉に答えるものはなく、彼女の呟きは風と共に寒空の中に消えていった。



 ライアンは自らの不甲斐なさに自己嫌悪に陥っていた。


(俺は何も出来なかった。あの時、俺がやったのはレイ(あいつ)に期待することだけだった。あれだけ、ボロクソに言った奴に期待するしかできなかったんだ……)


 彼はこの先のことを考え、暗澹たる気持ちになっていた。


(ルナは攫われた。レイの言うことが正しければ、クウァエダムテネブレに連れて行かれるんだろう。何千kmも離れたところだ。俺はどうしたらいいんだ……)


 彼はヘーゼルとファンに「この先どうしたらいいんだ?」と聞くが、二人から答えは返ってこない。彼も答えを期待していないのか、聞きなおすことなく、黙り込んでしまった。


 そんな空気に耐えかねたのか、ファンが口を開いた。


「ルナのことは今考えても仕方が無いだろう。レイの言い草じゃないが、追いつける見込みはないんだ」


 その言葉にライアンが反射的に言い返そうとするが、ファンはそれを目で制して話を続けていく。


「言いたくはないが、これは事実なんだ。俺たちが逆立ちしようが、ルナは取り戻せん。俺たちは冒険者なんだ。仲間を失うのは日常茶飯事だし、覚悟も出来ていたはずだ。まだ日が浅いライアンはともかく、ヘーゼル、お前はいい加減割り切れ。このパーティのリーダーはお前なんだぞ」


 ヘーゼルは焦点の合わない目でファンを見つめた後、「そうね……ルナは帰ってこないわ。私のミスで……」と呟き、再び黙り込んだ。

 ファンはライアンに向かって、「お前はどうするつもりだ?」と尋ねた。

 ライアンは「ルナを探しにいく」と答えるが、ファンにどうやって探すつもりだと聞かれると沈黙してしまう。

 ファンは二人の様子に溜め息をつきながら、「俺はペリクリトルに戻るつもりだ」と宣言するように言った。二人がファンを見るが、何も言わない。


「ルナのことは俺だって悔しいんだ。だから、魔族に落とし前をつけさせる。俺が行っても大して役に立たんだろうが、それでも魔族に一矢報いなけりゃ収まらん」


 その言葉にライアンが「俺も行く」と立ち上がる。

 彼の目に復讐の暗い炎が燃えていた。


「ルナを攫った奴らの仲間をぶった切ってやる。奴らをぶっ潰したら、クウァエダムテネブレに殴りこんで……」


 ヘーゼルがその言葉を遮り、「あなたたちが行っても変わらないわ。あんなことが出来る敵なのよ」と頭を振っている。


 ファンは「判っているよ、そんなこたぁ」と苛立ちを見せる。

 結局、ヘーゼルの行動に結論は出ず、ファンとライアンの二人がペリクリトルに戻ることだけが決まった。



 翌日の十二月二十二日。


 昨夜一睡も出来なかったヘーゼルは、自分がどうするか未だに決めかねていた。


(私は治癒師。ペリクリトルに行けば役に立つわ。でも、魔族というものが恐ろしい。あの記憶のない間、私は私で無くなっていた。あんな経験は二度としたくない……でも、ルナに対する責任もある。彼女を預かった責任が……少なくとも私はペリクリトルに戻るべきだわ。私の不注意で戦端が早く開かれるんだから)


 ヘーゼルは白み始めた空の下、出発の準備を始めた。


 そして、十二月二十二日の夕方、三人はペリクリトルに戻ってきた。



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