第五十八話「魔族の情報」
リオネル・ラスペード教授は、小鬼族の捕虜が床に押し付けられているのを見て、「準備が出来たようだね」と満足そうに頷く。そして、レイに呪文が書いてあるメモを手渡した。
「呪文はこうだよ。“闇を司りし、闇の神よ。魂の呪縛、傀儡の力を我に与えたまえ。我はその代償に我が命の力を御身に捧げん。彼の者の魂を我が手に、傀儡の糸”」
レイは未だに気が進まないが、仕方なくラスペードのメモを見ながら、呪文を確認する。
(イメージは操り人形か。確かにこの世界の人にはこれが一番イメージしやすいんだろうな。僕のイメージはゲームのアバターだ。電気信号的に精神を繋ぐイメージでコントローラを使って自在に操る。これが一番イメージしやすい……)
レイは一度深く息を吸い、ラスペードとロイドに準備が出来たと目で合図をした。そして、小鬼族の背中に針を当て、左手に闇の精霊の力を集めていく。
十分に力が集まったと感じたところで、左手を針を持つ右手に被せるようにして、ゆっくりと呪文を唱えていく。
「闇を司りし、闇の神よ。魂の呪縛、傀儡の力を我に与えたまえ。我はその代償に我が命の力を御身に捧げん。彼の者の魂を我が手に、傀儡の糸」
レイの左手から黒いもやのような物が糸状になり、魔道具の針を通じて小鬼族の背中に吸い込まれていく。だが、針は背中に残ったままで小鬼族の体に入らない。
更に闇の精霊の力が体の中に吸い込まれていくと、小鬼族は額に脂汗を浮かべて、白目をむき始める。更に猿轡をした口から泡を吹き出していった。
レイはラスペードに目で中止を訴えるが、彼は小鬼族の背中を見ながら、指示を出していく。
「もう少し魔力を込めるのだ。いや、魔力だけを体に入れるのではなく、針ごと押し込むように魔力を込めたまえ」
レイは仕方なく言われた通りに魔力を込めていった。ラスペードの指示通りにイメージすると、針の魔道具はゆっくりと背中にめり込んでいく。
小鬼族はそれと共に呻き声を大きくした。
呼吸が浅く速くなり、レイはここで中止しようか迷い、ラスペードをもう一度見た。ラスペードは満足そうに頷いている。レイが小鬼族を見ると、ゆっくりと入っていった針が完全に消えており、小鬼族の呼吸が落ち着いていた。
レイはどこまで魔力を込め続けたらいいのか判らず、ラスペードをもう一度見た。
ラスペードは「アークライト君、大成功だよ!」と歓喜の声を上げ、レイに魔力を止めるように指示した。
「ああ、魔力はもう止めても良い。しかし、君は本当に天才だね。前にも言ったが、私の助手をしてくれんかね。いや、今はそれどころではないな。早速、情報を引出さねば」
ラスペードは護衛の職員二人に小鬼族を椅子に座らせるよう命じた。
顔を上げた小鬼族の表情は、先ほどまでの睨みつけるような厳しい表情から、表情が抜け落ち、能面のような無表情な顔つきに変わっていた。
レイは魔力を使いすぎ、僅かに眩暈を感じて、椅子に座り込む。
その様子を見て、ラスペードが、「最初にかなり無駄に魔力を使ったようだね。最後の感覚さえ覚えていれば、それほど魔力を使わぬと思うのだが」と彼に確認する。
レイは少し疲れた顔でラスペードに答えた。
「ええ、最初は無限に精霊の力が入っていくような感じだったんです。先生のおっしゃる通りにしたら、それほど魔力は必要ありませんでした」
ラスペードはそれに頷くと、傀儡の魔法が掛かった小鬼族の様子を確認し始めた。そして、物凄いスピードでメモを取っていく。
ある程度納得がいったのか、レイに向かって、「君の傀儡だからね。君が質問した方がいいだろう」と言い、彼を手招きした。
レイはそれに頷き、小鬼族に近づいていく。そして、その無表情な顔を見て、僅かに顔を顰めた。
(僕がやったんだよな。殺したわけじゃないけど、あまり見たい表情じゃないな。でも、本当に成功したんだろうか……)
レイが疑わしく小鬼族の戦士を見ていると、ラスペードが質問事項を書いた紙を手渡してきた。
「これに沿って質問してくれたまえ。街の防衛に必要なことと魔族の秘密に関する質問事項が書いてある。頼んだよ」
レイはその紙を受取り、質問を始めた。
「名前は?」
「ダーヴェ。カーロの息子、ダーヴェ」
レイはそれに頷き、様々な質問を行っていった。
魔族の構成、王の名前、魔族の侵攻の目的、魔族軍の規模と現状などを。
このダーヴェという戦士から、以下のようなことが判明した。
魔族には妖魔族系の月魔族、翼魔族、夢魔族などと、鬼人族系の大鬼族、中鬼族、小鬼族、犬鬼族などの種族がある。そして、月魔族が闇の神の祭祀を司り、魔族の指導的な立場にいる。但し、月魔族が王族というわけでもなく、魔族全体に関することに関しては、各部族の長の合議により決められている。
魔族の住む土地クウァエダムテネブレは、彼らの呼び方ではソキウスと呼ばれ、部族ごとに分散して集落を形成している。一応、首都と呼べそうな月魔族の街はルーベルナという街で、ソキウスの北東部に位置している。
今回の魔族軍の規模は、大鬼族が二百、中鬼族が八百、小鬼族が五百で、使役する魔物の数はオーガが五百、オークが二千とゴブリンが千であり、前回の尋問結果とほぼ同じだった。
魔族の侵攻目的は、アクィラ山脈の西の豊かな土地に進出することだった。西の土地への進出は、貧しい土地に住む魔族たちの悲願だと言う。
ダーヴェが知る魔族軍の侵攻目標はペリクリトルと、それを足掛かりに周辺の城塞都市、西のオートン、南のソーンブロー、北のカルドベックの占領だった。
そして、ペリクリトルで戦力を整えた後、南のカウム王国を襲い、ソキウスとの唯一の連絡路であるトーア砦を奪って兵站線を確保し、本格的な侵攻を果たすとのことだった。
魔族軍の現状は長期間の森での待機により、士気は低下傾向であった。そのため、血の気の荒い中鬼族がペリクリトルへの侵攻を訴えているという。
その士気の低下と中鬼族の強引さが、彼らと大鬼族や小鬼族との間に軋轢を生んでいる。大鬼族の長オルヴォ・クロンヴァールが全軍の指揮を執っているが、中鬼族の暴走を止めようと苦労しているとのことだった。
魔族軍の潜伏場所は、ペリクリトルの北東三十kmの森の中で、偵察隊が戻り次第、移動する予定だった。
レイはその事実を確認し、改めてペリクリトルが危機的状況にあると考えていた。
(敵の戦力はこちらより強力だ。その強力な戦力が僅か三十kmの位置にいる。森の中の移動とはいえ、闇の中での行動に支障がない魔族軍にとっては、一昼夜あれば移動出来てしまう距離だ。もし、月魔族のヴァルマという女が本隊に“ルナ”の奪還を報告したら、こちらの体制が整う前に戦闘に突入してしまう……)
レイが悩んでいる間にラスペードが魔族の情報を聞きだしていた。
彼は嬉しそうな表情を隠そうともせず、レイの持つ記憶を傀儡が持っていることを確認した。そして、術者と傀儡との間に何らかの繋がりがあるという自らの仮設どおりであると興奮していた。一頻り興奮した後、彼は更に鬼人族の特徴、風習、文化などを確認していった。
ある程度聞きたいことを確認できたのか、ラスペードは満足そうな顔でレイに話しかけた。
「どうやら傀儡の魔法は完全に成功したようだね。今は君の完全なる傀儡だよ。そのダーヴェという者に聞いたのだが、闇属性魔法を使った捕虜が今回の小鬼族派遣部隊の長だそうだ」
レイは小鬼族部隊の長と聞き、目を丸くする。
「偵察部隊のリーダーでなくて、小鬼族全体のリーダーなんですか! そんな大物が何で偵察なんかに……」
ラスペードも同感だったのか、既にそのことを確認していた。
「どうやら、月魔族のヴァルマという者から、街の周囲に危険な罠があると伝えられたそうだ。そして、魔族の天敵“白の魔術師”が、その罠を必死に隠そうとしているとも伝えられたそうだよ」
ラスペードはそこで言葉を切り、「“白の魔術師”は君の事だね」とレイに笑い掛ける。そして、更にダーヴェから聞いた話を話していった。
「月魔族が手を焼くほどの魔術師が作った罠なら、鬼人族の中でも魔法に長けた者が行かねばならんという話になったそうだ。だから、小鬼族部隊の長であるシェフキ・ソメルヨキが自ら名乗りを上げ、偵察部隊を率いたそうだよ」
レイは自分の仕掛けた謀略に、このような大物が掛かったことに驚いていた。
ラスペードはそれに構わず、
「その長、シェフキ・ソメルヨキという者を傀儡にして尋問をすれば、更に重要な情報が手に入る。それこそ、魔族の秘密に迫れるほどの……アークライト君、疲れているところ済まんが、早く傀儡の魔法を掛けてくれんか」
ラスペードは期待に目を輝かせるようにレイに詰め寄る。レイはその様子に苦笑しながら、「判りました」と言って、ロイドに捕虜を連れてくるよう頼んだ。
すぐに厳重に猿轡を噛まされたシェフキが連れてこられる。
そして、先ほどと同じように針の魔道具に魔力を込め、護衛の職員がシェフキを組み伏せるのを待った。
シェフキは先ほどのダーヴェより強く抵抗したため、三人掛りで何とか押さえ込んだ。
ラスペードは「準備は良いかね」とレイに言い、彼もそれに頷く。
レイはシェフキの背中に針状の魔道具を当て、呪文を唱えていった。
ダーヴェのときと同じように黒いもやのような精霊の力が針に吸い込まれていく。だが、先ほどと同じようにイメージしたにも関わらず、針は一向に入っていかない。
シェフキの全身から汗が噴出し、更に口や鼻から血が噴出してきた。レイはこれ以上は危険だと、魔力の注入を止めた。
ラスペードは何が起こったのか調べるため、シェフキの瞳孔を調べるように瞳を覗き込み、更に体に異常が表れていないか丹念に調べていった。
「先ほどと同じように魔力を込めたのだね。それでも魔道具は入っていかなかった。それで間違いないかね」
ラスペードの問いにレイは大きく頷く。
「うむ……どうやら、何か防御手段が施されているようだ。もしかしたら、一般の兵とは違い、特殊な術が施されておるのかもしれん」
ラスペードはすぐにダーヴェにそのことを確認した。
ダーヴェは詳しいことは知らなかったが、自分にも情報が漏れないように術が施されていると言った。
「これで判ったよ。どうして魔族の捕虜を捕らえても尋問できなかったのか。彼らは闇属性魔法で敵に情報を漏らすことができないように魂を縛られているのだよ」
「では、なぜこのダーヴェには傀儡の魔法が効き、情報を引出すことが出来たのでしょうか? それになぜこのシェフキという長には傀儡の魔法が効かなかったのでしょうか?」
ラスペードは「これは仮説なのだが」と言った後、
「長クラスには、より強力な術が施されておるのだろう。万が一、彼らの敵が魔法を使って情報を引出そうとしても出来ないように。恐らくだが、一般の兵に施すには高度すぎる魔法なのかもしれんね」
ラスペードの仮説は、一般の兵には拷問など自分の意に沿わない状態で情報を口走ろうとした時に発動する術が施されているが、指導的な立場の者にはより強力な術、精神に直接作用する魔法を掛けられた場合に抵抗できるような術が施されているのではないかというものだった。
レイはラスペードの仮説を情報セキュリティに例えることによって、容易に理解できた。
(セキュリティレベルが違うってことか。ありえそうだけど、そこまでして隠したい情報っていうのは何なのだろう……)
ラスペードはシェフキが回復する時間を利用して、もう一人の捕虜の尋問を行うことにした。
ラスペードの仮説が正しいのか、一般の兵であるもう一人の捕虜ラウリには簡単に傀儡の魔法を掛けることが出来た。
そして、ラウリに一人目のダーヴェと同じ質問を繰り返していった。
結論から言えば、ダーヴェの言っていることと同じで、二人が揃って間違った情報を与えられていない限り、得られた情報は正しいことになる。
レイは最も知りたい情報、ルナの情報について尋問したが、小鬼族の兵が知る情報は少なく、月魔族が月の御子を確保するまで、ペリクリトルに攻撃を掛けることは禁じられているとだけ伝えてきた。
(“ルナ”を確保するか、年が明けるまでは戦闘するなってことか。こう考えると月魔族の権力というか、力はかなりあるんだろうな。魔法が使える鬼人族でも闇属性魔法を自由に使えるわけじゃなさそうだし、長たちに掛けられている術も、月魔族が闇属性魔法で掛けたものなんだろう。あと聞くべきことは、ルナを運ぶルートだな。というか、魔族の侵攻はどうやってなされているのかを聞かないと……)
レイはそのことをダーヴェらに確認していく。
ルナを運ぶルートについては、ダーヴェらは知らないと答えるが、魔族の侵攻ルートについては詳細に語った。
二人の小鬼族の話を総合すると、魔族はアクィラ山脈の南側に抜け道を見つけている。トーア砦からは十km以上離れており、三級相当以上の危険な魔物が跋扈していることから、トーア砦からの哨戒部隊もその辺りには近づかないとのことだった。
そして、更に驚くことに、一方通行ではあるが、転送の魔法が使えるというのだ。
月魔族の呪術師――魔術師の魔族での呼称――たちが、ルーベルナにある神殿で術を行使することにより、千km以上の距離を転送することが出来るとのことだった。
但し、一名送るだけでも、八名の優秀な呪術師が特殊な魔法陣に数時間掛けて魔力を注入する必要があり、おいそれとは行えない魔法だということだった。
だが、この転送の魔法の情報は、噂で聞いただけのもののようで、真偽の程は判らない。
(もしかしたら、チュロック砦――ラクス王国の東部にある砦――に奇襲を掛けてきた魔族は転送の魔法で奇襲してきたのかもしれないな。確かに規模の割には魔族の人数が少なかった。主力の中鬼族の操り手も五人くらいしかいなかったしな……)
この話にラスペードが歓喜の声を上げる。
「凄い事実だよ! 転送の魔法が存在するとは! 魔族の魔法は我らの先を行っている。私は魔族の土地に行ってみたくなったよ」
レイは苦笑しながら、転送の魔法についてラスペードの推論を聞いてみた。
「転送の魔法ですが、どうやって行き先を定めているのでしょうか? 知らない土地にどうやって正確に送り込むことが出来るのでしょうか?」
ラスペードは興奮したまま、
「確かにそれは気になるね……目印でもあるのか、それとも行ったことがある者の記憶から座標を割り出すのか……」
レイはそれを聞きながら、この情報が大きな衝撃を与えると思っていた。
(時間が掛かるとはいえ、自由に魔族を送り込むことが出来ると知ったら、多くの国が慌てるんだろうな。国王や要人の暗殺が簡単に出来てしまうんだから……しかし、本当にどうやって目標に送り込むんだろう。GPSもないし、それどころか正確な地図すらないのに……)




