第五十七話「斥候(スカウト)たち」
ステラは防衛司令ランダル・オグバーンと共にギルド総本部の一階のロビーに向かっていた。ステラは以前、レイが自分に頼みたいことがあると言って話してくれたことを思い出していた。
(あの時、レイ様は“……東地区に引き込んだ敵を殲滅するために罠を作っているんだけど、どうしても罠を発動させる方法が思いつかなかったんだ。本当は一番危険な仕事だから、君に任せるのは嫌なんだけど……”とおっしゃったわ。そして、私にしか任せられないと……あの方からこれほど頼られたのは初めて。私は何としてでも、その信頼に応えたい……)
彼女は自分に与えられた役割を知り、彼の信頼に応えるべく、どんなことでもしようと思っていた。そのために命を落とすことになっても必ず成し遂げようと。
(だけど、そのことをあの方に言ったら、物凄く叱られたわ。“命を捨てて掛かるんなら、君には任せられない! 僕は君にもアッシュにも死んで欲しくないんだ! 他の人にも死んで欲しくない……僕の考えた作戦で人が死ぬのは嫌なんだ!”と。あの方は“自分の考えが甘いことは判っている”とおっしゃっていたけど、私はそうは思わない。あの方なら仲間を死なさずに街を守ることができるかもしれない……)
レイが自分のことを大切に思ってくれることは嬉しかったがが、ステラは同時に彼の心が優し過ぎることを憂いていた。
(……そう、あの方はミリース谷――ラクス王国東部で行われた激戦の地――の後で落ち込まれたわ。私にはどうして落ち込まれるのか、判らなかった。レンツィさん――マーカット傭兵団の獣人の女傭兵、敵指揮官の暗殺任務で戦死――が亡くなった時に少しだけ胸の痛みがあったけど、それでもすぐに受け入れられた。でも、あの方は戦いが終わった後、仲間が亡くなったと聞いて、本当に悲しい顔をされていたわ……だから、私は死なない。あの方の悲しい顔を見たくないから。だから、私が死ぬのは、あの方の身代わりとなる時だけ……)
そして、前を歩くランダルが隊長の一人を捕まえる。
「ステラに例の罠の仕上げを任せることになった。ステラがその指揮を執る。俺が説明するから、斥候系の連中を集めてくれ」
一時間後、五十名近いベテランの冒険者たちが集められた。彼らは使い込んだ革鎧に短めの剣か小さめの弓を持っていた。彼らの中で一番年嵩の者は、三十代後半の鋭い目付きの獣人の男だった。
ランダルは彼らの前に立ち、
「お前たちには、魔族を殲滅する一番の仕事を任せることになった。つまり、罠を確実に効かせるのが、お前らの仕事だ」
その言葉に全員が気合の入った顔で頷いていた。だが、ランダルの次の言葉で怒りに似た表情に変わった。
「指揮はここにいるステラが執る! 知らない奴もいるだろうが、こいつはマーカット傭兵団の強者だ。更に俺の参謀の手伝いをしているから、この罠にも詳しい」
一人のベテランの冒険者がその言葉に反発する。
「そりゃおかしいぜ。何で俺たちがそんな嬢ちゃんの言うことを聞かなきゃならねぇんだ!」
その声に多くの者が“そうだ、そうだ”と同調する。
ランダルはその様子を見てニヤリと笑う。
「そう言うと思ったぜ。なら、このステラと戦ってみろ」
そして、ステラに向かって、「お前のレベルはいくつだ?」と軽い口調で尋ねた。
ステラは突然話を振られたにも関わらず、落ち着いて口調で、「剣術士レベル四十五です」と答える。その言葉に不平を漏らしていた冒険者たちも言葉を失い、水を打ったように静まり返る。なぜなら、いかにレッドアームズの強者でも、十代半ばにしか見えない少女が、レベル四十を超えているとは想像できなかったからだ。
「もう一度言うぞ! 不満のある奴はパーティ単位で構わん。このステラと俺の参謀のレイ・アークライト、赤腕ハミッシュの娘、アシュレイ・マーカットのパーティと戦ってくれ! 言っておくがな! 俺でもこいつらと戦うのは真っ平ごめんだ! レベル八十二、二級傭兵の俺に戦いたくないと思わせる奴らなんだ!」
その言葉に黙り込むが、一人の冒険者が静かに立ち上がった。
「ランダルさんの言葉を信じねぇわけじゃねぇが、俺は自分の命を預ける奴の腕を見ておきてぇ」
その男はステラに向かって、「俺はラディスだ。嬢ちゃん、軽く手合わせしてくれねぇか」と軽く頭を下げる。
ラディスと名乗った冒険者は三十代後半の小柄な猫人族の男で、傷だらけの革鎧を身に纏い、鉈のような分厚い片刃の曲刀を腰に差していた。更に投擲用の小型のナイフをベルトに差し、ベルトの右側には細いロープが輪にして吊るしてある。
全員がラディスの言葉に頷き、ランダルは仕方がないという表情でステラを見た。彼女も「皆さんがご納得いただけるなら」と言って頷いた。
ギルド本部の外にゾロゾロと出て行き、いつの間にか用意された木剣が、二人に手渡される。
ラディスは「投擲剣も使っていい。もちろん、俺も使わせてもらうがな」と言って、木剣を構えた。
ステラはこのラディスという男がかなりの使い手であると直感した。だが、マーカット傭兵団にいるような化け物染みた強さは無いとも判っていた。
(この人はかなりの使い手。でも、マーカット傭兵団のガレス様――ガレス・エイリング、一番隊の隊長でレベル七十五の剣術士――や、ラザレス様――ラザレス・ダウェル、三番隊の隊長でレベル七十の双剣使い――のような恐ろしさはないわ。剣の腕だけなら私と同じか少し上……)
ステラはラディスから十mほど離れた場所に立ち、木剣をだらりと垂らすように持ち、開始の合図を待つ。一方、ラディスも剣を左手で持ち、気負うことなく自然体で構えていた。
ランダルは仕方なく、ステラとラディスの模擬戦の審判を務めることにしたが、彼は少しだけ後悔していた。
(俺がああ言えば納得すると思ったのだが。ラディスの奴、何を考えていやがる。話が判る奴だったはずだが……仕方あるまい)
「どちらかが参ったというか、俺が続行不能と判断したら、手を引け。こんなところで無駄にケガはするなよ。よし、それでは始め!」
ランダルの合図でステラが一気に姿勢を低くして、一気に近づいた。
彼女の疾風のようなスピードに、周囲で見ている冒険者たちから溜め息にも似た感歎の声が漏れる。
だが、ラディスはそれを見ても動じなかった。彼は右手でロープを軽く掴むと、鞭のように彼女の足元に飛ばした。
ステラは投げられたロープを飛ぶことによってかわそうとした。だが、そのロープはうねるように持ち上がり、彼女の右足に生き物のように絡みつく。
してやったりと、ラディスはニヤリと笑う。彼はロープを引いて、彼女を引き倒そうとした。
ステラはそれでも冷静だった。ロープが絡みついた瞬間、右手の剣を捨て、投擲剣を抜いてラディスの手元に投げつけた。
ラディスはその素早い動きについていけず、仕方なく引こうとしたロープを放して投擲剣を避けた。
更にステラは捨てた剣を無視し、そのままの勢いでラディスに向かっていった。
ラディスは彼女が隙を見て剣を拾うだろうと予想していた。だが、自らの判断の誤りに気付き、ちっと舌打ちする。
彼はそこで後手に回ってしまった。
奇襲を得意とする斥候職が後手に回ることは敗北に直結する。周りにいる冒険者たちも固唾を呑んでその様子を見守っていた。
ステラは周囲の関心など全く気にせず、投擲剣を二本引抜き、一本をラディスの足元に鋭く投げつける。その投擲剣を避けるため、ラディスは反射的に横に跳んでいた。
それが彼女の狙いだった。
ステラは横に跳んだラディスの無防備な脇腹に投擲剣を投げる振りだけして、そこで動きを止めた。
ラディスはその様子を見て、「参った」と言って手を上げる。
ランダルは「勝負あったな、ラディス。ステラの勝ちでいいんだな」とラディスに言い、彼もそれに頷く。
ラディスは笑いながら、
「ロープを使った奇襲で俺が勝てなかったのは久しぶりだ。それにしても思いっきりがいい。普通は剣を手放さねぇし、無手になったら拾いに掛かる。その時間を惜しんで先手を取ることに執着した。これだけの判断が瞬時に出来るなら、命を預けてもいいだろう」
彼はその後、周囲に向けて大声で怒鳴った。
「文句のある奴は俺が相手になるぞ! 今のを見て文句を言える奴がいるとは思えんが、ステラの仕切りに文句をいう奴は俺が許さねぇ!」
ランダルはラディスの意図が理解できた。
彼はベテランの冒険者からも一目も二目も置かれる二級の冒険者だ。その彼が奥の手とも言える技を駆使して敗れたのなら、誰もが納得するだろうと。もし、彼が勝ったとしても、彼は何らかの理由を付けてステラの指揮権を認めるつもりだったのだろう。
ラディスの意図はベテランたちに正しく理解された。そして、ベテランたちがステラの指揮権を認めたため、比較的若い冒険者たちもステラを指揮官として認めざるを得なくなった。
ステラはこの状況に戸惑うが、ラディスに頭を下げ、「ありがとうございました」と礼を言った。
ラディスは「礼を言われるようなことはしてねぇよ」と少し照れながら、彼女の肩をポンと叩いた。それを見たランダルが、
「これでいいんだな! 言っておくが、お前らが今回の主役なんだ。若いステラをサポートしてやってくれ!」
冒険者たちは“オウ!”という声を上げ、ステラと共に東地区に向かった。
ランダルはその光景を見ながら、
(何とも不器用な奴らだ。こういった“儀式”をやらねぇと若い女の指揮下に入れねぇんだろう。ほとんどの奴が最初から認めるつもりだったんだろうに……)
彼はラディスの配慮を見て、
(この街の冒険者たちが一つになろうとしている。プライドを捨ててでも街を守ろうと……これなら、勝てるかもしれん。あとは敵がどのタイミングで襲ってくるかだ……)
彼は敵の動きが早まった場合のことを考え、防衛隊の隊長らに次々と指示を飛ばしていった。
ステラが斥候たちの指揮を執るため、ランダルと共に一階に下り、アシュレイが若手の冒険者の訓練をするために街の外に行った後、残されたレイは学術都市から来ているリオネル・ラスペード教授と情報課に向かった。
彼らは小鬼族の捕虜に傀儡の魔法を掛けに行ったのだ。
ラスペードは歩きながら、レイに傀儡の魔法についての説明を始めた。
「君ならもう理解していると思うが、傀儡の魔法は被験者の魂を縛るものなのだ。イメージの仕方は君に任せるが、人の体内にある魔晶石――人や魔物が持つ魔力の結晶のようなもの――に、針状の魔道具を作用させることが重要なのだ……」
ラスペードの説明では、傀儡の魔法は人や魔物が体内に持つ魔晶石部分に、針状になった傀儡の魔道具を埋め込むことによって、その者の魂を縛るというものだった。魔晶石は生きている間は結晶化されず、死亡と共に結晶になると言われている魔力の塊のようなもので、人や魔物の魂、すなわち、命そのものと言われている。
「……これは私の仮説なのだが、あの針状の魔道具は魔晶石が生成されるプロセスと同じように、体内に入ると実体を無くすのではないかと考えておる。つまり、生きている生物の体内に魔晶石が無いように、あの魔道具も体内に入れば、純粋な魔力に変換されて実体を無くすのではないか……」
ラスペードは更に自らの仮説を話していった。
「……そして、魔道具が体内に同化される時、術者と術を掛けられた者の意識が同調するのではないか。もしそうならば、術を掛けられた者が術者の知識を持っていることに説明がつく」
「つまり、傀儡の術を掛けると、掛けた魔術師と掛けられた者の間に精神が繋がり、自在に操れるということでしょうか?」
ラスペードは大きく頷き、
「私はそう考えた。だが、それを確かめるには一度傀儡の魔法を掛けてみる必要がある。君の記憶が被験者にあれば、私の仮説は立証されることになるからね」
レイはそれに頷き、傀儡の魔法を掛けるための手順を確認していく。
「魔術師でない小鬼族の捕虜に傀儡の魔法を掛け、確実に魔法が効いていることを確認するんですね。その時、魔法を掛けられた者が苦しみだしたら、すぐに中断、魔道具を抜き取る。それでいいですね」
当初ラスペードは小鬼族に犠牲者が出ても実験を続けるべきだと主張していたが、実行者のレイが強硬に反対したため、止む無くその要求を呑んだのだった。
「それで構わないよ。ただ、本当に苦しんでいるかは私が確認するから。相手は傀儡の魔法を知っているのだから、芝居を打つ可能性は否定できないからね」
そして、情報課に行くと、職員が尋問用の小部屋に二人を案内する。その部屋には武装したギルド職員が三人と、レイたちと馴染みがある情報課のロイドがいた。
ロイドは「ランダルさんに尋問の手伝いをするように言われたんでな」と言って、椅子に座った。
小鬼族の捕虜は憔悴しきった様子だった。捕虜となった後、食事を取らせようとするたびに舌を噛み切ろうとするため、彼らは一切の飲食をしていなかった。
小鬼族の戦士は、レイの姿を認めると、憎しみを込めて睨みつける。
だが、これから何をされるのかと警戒するように周囲を見回していた。
ラスペードは小鬼族の様子に構うことなく、傀儡の魔道具である針を取り出した。
「まずはこの魔道具に君の魔力を込めてくれたまえ。イメージ出来るなら闇の精霊の力を込めるイメージで」
レイは差し出された針を右手で慎重に持ち、一度目の前に持ち上げ、それを眺めた後、静かに目を瞑った。そして、左手で針を覆うようにして魔力を込め始めた。
ラスペードの言うとおり、闇の精霊の力をイメージしたため、黒いもやのような物が針に吸い込まれていく。
ラスペードはその光景を見ながら、
「素晴らしい。本当に素晴らしいよ、アークライト君。もう少し……よし、これで十分だろう」
ラスペードの合図でレイは魔力の注入を止めた。針をもう一度見てみると、元々黒曜石のような黒く輝くものだったが、魔力を込めたことにより、黒鉛のような艶の無い針に変わっていた。レイにはそれが禍々しく見え、思わず顔を顰めた。
「それでは被験者の背中の中央にそれをあてがってくれたまえ。ロイド君たちは、この被験者が動かないよう押さえつけておくように」
ロイドは護衛の職員二人に命じ、小鬼族の顔を床に押し付けて固定させた。小鬼族はレイたちが何をしているのかは判らなかったようだが、背中をむき出しにされ、押さえつけられたことにより、自分が何らかの拷問を受けると抵抗し始める。だが、二人の職員の力には勝てず、うーうーと唸ることしかできなかった。




