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トリニータス・ムンドゥス~聖騎士レイの物語~  作者: 愛山 雄町
第三章「冒険者の国・魔の山」

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第四十三話「敵の思惑、味方の興味」

 ランダルはレイの治癒魔法を見ながら、魔族の戦力について考えていた。そして、その敵の主力に思い至り、顔を顰めていた。


(想定以上の戦力だな。特に魔族の戦士が多いのが気に入らん)


 十八年前、魔族の大侵攻があった時、カウム王国の要害、トーア砦が陥落した。その際、主力となっていたのが、鬼人族の戦士であり、人間よりはるかに強力な膂力と高い知能でカウム王国軍を苦しめている。ランダルはその事実を傭兵仲間であるハミッシュ・マーカットらから聞いており、そのせいで顔を顰めていたのだ。


「教授。今回の尋問で出た話は正しいのだろうか? ただの傀儡が知っているにしてはかなり詳しいと思うのだが?」


 リオネル・ラスペードはランダルの質問を予想していたのか、すぐに自分の仮説を披露する。


「そのことで推論を立ててみたよ。恐らくだが、傀儡は術者と記憶を共有しておる。もしかしたら、魔道具を介して記憶を注入されたかもしれんが、術者の持っていた記憶を持っていることは間違いない」


 治療を終えたレイがその話に加わってきた。


「なぜ、そうお考えになるんですか? 魔族が捕えられた時のことを想定して、嘘の情報を記憶に残したかもしれないのではないですか?」


 ラスペードは首を横に振り、


「それは考えられんね。第一、魔族は傀儡の魔法がばれるとは思っておらんだろう。アークライト君がおらねば、そして、私がおらねば、魔族の考えはあながち間違ってはおらん。普通の魔術師にあの魔法が解明できると思うかね?」


 レイは「そうですね」と小さく頷き、


「先生がいらっしゃらなければ、僕だけでは見付けられなかったと思います」


「ならば、魔族が安全策を講じて、嘘の情報を仕込むというのは考えにくいということだよ」


 ランダルはラスペードに頷くと、「では、あの情報は本当だと」と更に問う。


「恐らく、いや、間違いなく月魔族のヴァルマという者は、かなりの高い地位にある者だ。今回の作戦でどの地位にあるかまでは判らんが、ただ一人派遣されたという事実から見ても、指導的な立場にあることは疑いようがないな。ならば、先ほどの戦力の話を知っていても不思議ではないということだよ」


 ラスペードの仮説にランダルとレイはやはりかと納得した。

 特に防衛責任者であるランダルは、敵の戦力が判明したことより、その強大な戦力にどう対応するかで頭を悩ませていた。




 同じようにビリーの尋問を聞いていたルナは、自分が魔族に狙われている事実を突きつけられ戸惑っていた。


(どうして私が……確かに闇属性に適性はあるけど、私以上に才能のある人はたくさんいるはず。第一、私は魔法を使えない……私の記憶が関係あるの?……私が原因で魔族が襲撃してきた。そして、多くの人が危険に……いえ、既に何人もの冒険者が行方不明になっているわ。それがすべて私のせい……)


 そして、およそ一ヶ月前、レイが言った言葉を思い出していた。


(一ヶ月前、彼から警告を受けていたのに、私はそれを拒絶した。自分が狙われていると認めたくなかったから……そう、そんな子供染みた考えで、彼の言葉を拒否したの……もしあの時、真面目に彼の警告を聞いていたら、魔族はペリクリトル(ここ)を襲わなかったかもしれない。もし、私がここから別の土地に逃げていたら……)


 彼女の顔は蒼白になっていき、僅かに震え始める。


(私はいつでもそう。子供みたいに自分のことしか考えられない……そう昔から。日本にいたときから。そして、あの人に助けてもらってからも……)


 レイはルナのその様子に気付き、「大丈夫?」と声を掛けるが、彼女は答えることもできず、ただ首を横に振るだけだった。


「ごめん。こんなことを聞かされれば、ショックを受けるよね。もう少し、君のことを考えればよかった。本当にごめん」


 レイはルナに頭を下げる。


「これで尋問は終わりだから。仲間のところに戻ってもいいよ」


 彼の言葉にルナは何も言わず、肩を落として部屋を出て行った。


 残されたレイは、ことを性急に進め過ぎたと後悔していた。


(いくら身の危険を知らせる必要があると言っても、もっと別のやり方があったはずだ。これじゃ、ルナに責任があるようにしか見えないじゃないか……こっちの世界で十八年生きたといっても元はただの高校生なんだから、耐えられるはずが無いのに……)


 彼は自責の念に駆られながらも、ルナを守るため、ランダルらとの話し合いに臨んだ。


「今の話では月の御子、ルナが第一目標のようですけど、ペリクリトルの侵攻も目的の一つのようです。つまり、ルナを引き渡してもペリクリトルの危機は去らないということです。逆にルナを引き渡すことで、攻撃が激しくなる可能性すらあります」


 彼はランダルが街を守るために、魔族が望む月の御子の身柄を引き渡そうとするのではないかと考えた。魔族の目的がルナの確保だけなら、危機が去る可能性は高い。だが、西への侵攻も目的の一つであり、魔族が傷つけたくないと考えているルナが去れば、遠慮なく街を攻撃できると指摘したのだ。

 ランダルもロイドもそれを理解し、小さく頷いていた。レイは更に話を進めていく。


「幸い傀儡を発見する魔道具が出来ましたから、これで傀儡たちは街の中で大手を振って行動できなくなりました。まず、この事実を公表して、魔族は傀儡を使うと街の人たちに知らせるんです。そして、街の出入口に先生の魔道具を配置して、傀儡の侵入を防ぎます。そうなると、傀儡に関して残る懸念は、カースティさんたちと一緒にいた娼婦だけになります」


 ランダルは「そうだな」と大きく頷き、ロイドに命令する。この時、レイは魔族が直接侵入してくるとは考えていなかった。姿を現さない月魔族が直接侵入するという高いリスクの策を行うとは思っていなかったからだ。


 ランダルはロイドに向かい、


「情報課の最優先事項は、魔族の傀儡に関する調査とする。出来るだけ早く、その娼婦を見つけ出してくれ」


 ロイドは「了解しました」と頷き、ラスペードに魔道具の製造に掛かる時間を確認する。


「この魔道具なんですが、どのくらいの期間でいくつくらい出来るものなんでしょうか?」


 ラスペードは針状の傀儡の魔道具を眺めていたが、


「ああ、魔法陣は完成しているから、魔道具の製造が出来るものなら、誰でも灯りの魔道具から改造できる。慣れれば、一つの改造に十分ほどでできるようになるはずだよ」


 ランダルは「ロイド、大至急、南地区の道具屋を回ってくれ」と命じた。

 ロイドは了解と言って、すぐに部屋を出て行った。

 ラスペードはそのことを興味無さそうに見つめた後、「先ほどの尋問で気になったことがあるのだが」と話し始めた。


「……以前にも思ったのだが、月の御子の話はかなり秘密にしたい情報のようだね。もし、月の御子を引き渡す交渉をしたいと言えば、彼らは乗ってくるのではないだろうか? その時、彼らの思惑を……」


 レイは彼の言葉に被せるように「先生はルナを引き渡せとおっしゃるんですか!」と叫び、


「先ほど説明したとおり、ルナを渡しても街の危機は去りません! 逆により厳しい状況になることすら……」


 ラスペードは抗議を始めたレイを手で制し、「君の推論が正しいとは限らんのじゃないかね?」と言った後、


「こちらが月の御子という存在を知っているということ、更に魔族がその身柄を欲しがっていることを知っていると言えば、向こうも交渉の席に着くのではないか。その交渉で魔族を引き揚げさせることも可能ではないかと思ったのだよ」


 レイはラスペードに返す言葉が出てこなかった。


(先生の言うことは一応理に適っている。ルナを渡せば、戦いを避けられると考えるのは自然だ。でも、僕は知っている。ルナが攫われてもペリクリトルは攻撃された。彼らは、そう、鬼人族は月の御子に興味がないんだ。それにこの先生は自分が知りたいことは、どんなことをしても知ろうとする。そのせいで、もう二人も死にそうになっているんだ。簡単に信用したら、ルナが、月宮さんが危ない……)


「交渉の席に着かせて、どうなさるおつもりなんですか?」


 ラスペードはその問いに淡々と答え始めた。


「正直に言おう。私はこの街の存亡に興味はないのだよ。それより、魔族、特に月魔族という存在について知りたいのだ。我々は彼らについて何も知らない……」


 レイは数万人の住人の命に興味がないと言い切れるラスペードに、恐怖を覚えていた。ラスペードはそんなことに気付くことも無く、更に話を続けていく。


「……その月魔族が月の御子を欲しがっている。ならば、交渉の席に着くのは月魔族だろう。彼らの姿を見て、話をするだけでも我々にとっては有益な情報になるのだ。向こうも我々と交渉したことはないはずだ。ならば、うまく話を持って行けば、新たな情報を手に入れることが出来るかもしれない……」


 レイに代わり、ランダルが話し始めた。


「教授の言わんとすることは理解した。だが、許可は出来んな」


 ラスペードは「なぜかね?」と尋ねる。


「さっきの尋問が正しければ、レイの言うとおり、ルナを引き渡しても、もう一つの目的である西への侵攻、つまり、ここペリクリトルへの侵攻はやめんだろう。それに、魔族との交渉ともなれば、こちらも私かギルド長を出さねばならん。傀儡(くぐつ)の魔法の掛け方が判っておらん以上、街の防衛の情報を知るものを危険に晒すわけにはいかんということだ」


「私かアークライト君を連れて行けば、問題ないのではないかね? アークライト君は街の防衛に必要だろうから、私が同行してもいい。私なら魔族が魔法を使い始めたところで気付くことが出来るよ」


「いや、敵の能力が全く判らんのだ。教授の能力を疑うわけではないが、もし、敵の能力が我々の想像を遥かに超えたものであると仮定すれば、敵の懐に入ることがいかに危険か判るはずだ。この件に関しては、これ以上議論しても決定は変わらん」


 ランダルは強い口調でこれ以上話しても無駄だと議論を打ち切った。

 レイはランダルの意向に賛同するものの、魔族の能力がそれほど強力だとは思っていなかった。


(ランダルさんの言うとおり、もし魔族がこちらの想像以上に強力だとしたら、既にルナは拉致され、ペリクリトルは占領されているはずだ。まあ、ランダルさんも判って言っているんだろうけど)


 ラスペードはまだ諦めきれないようだが、ランダルが譲歩するとは思えず、小さく首を振る。


「では、例の娼婦が見付かったら、呼んでくれたまえ。アークライト君がいれば被験者の生命に危険がないことは証明されたのだ。どの質問なら問題ないか、考えておくよ」


 それだけ言うと、彼は自分の部屋に戻っていった。


 ランダルは肩を竦めるような仕草でそれを見送り、職員たちに伝令のビリーの処遇を伝えた。


「念のため、カースティたちと同じように隔離しておいてくれ。ビリー、済まんが二、三日、ここで泊ってもらうことになる。まあ、念のための処置だ」


 ビリーは抗議しようと声を上げかけるが、ランダルの厳しい視線を受け、黙って頷く。


 レイは話題を変えるため、傀儡の魔法についての公表の仕方について話し始めた。


「ラスペード先生の魔道具があれば、問題はないんですが、公表した時に混乱すると思うんです」


 ランダルは「そうだな」と頷き、「なら、どうすればいいと思うんだ?」と尋ねる。


「公表するタイミングで、ギルド長やランダルさんの確認を公開で行うんです。どういったやり方でやるのかとか、痛みがあるのかなんかも気になるでしょうけど、まずは上の人たちが傀儡じゃないということを公表した方がいいと思うんです」


「なるほどな。我々が敵の手先ではないと知らしめた上で傀儡の調査を行うというわけだな……判った。その方向でギルド長に話しておこう」


 ランダルはそう言うと、ギルド長の部屋に向かった。


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