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トリニータス・ムンドゥス~聖騎士レイの物語~  作者: 愛山 雄町
第三章「冒険者の国・魔の山」

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第三十九話「研究者」

 魔族に傀儡にされたカースティの尋問と、その後の治療を終えたところで、レイは魔力の大半を使い切り、疲れた表情を浮かべていた。


(結構、魔力を使ったな。後で休ませてもらった方がいいかもしれない……)


 レイが椅子に座ろうとすると、ラスペードが「もう一人の被験者は私が抜き取りをしよう」ともう一人の傀儡くぐつの犠牲者、治癒師のメイジーの後ろに回った。

 レイは自分が抜き取りをしなくていいと思い、ホッと息を吐き、ラスペードの横に立った。


「メモにも書きましたが、力で抜き取るのではなく、もつれを解すようにゆっくりと外して行きます。最初は押すような感じで、絡まった糸を解すように魔力を流すのです……」


 ラスペードは頷き、ロイドに質問内容を伝えた。


「魔族の正体を中心に尋問してくれたまえ。月魔族とは何か、操っている者は何と言う名か。彼らは翼魔をどうやって使役しているのか……分かったかね?」


 ロイドが頷くが、レイはカースティの状態を見て、危険ではないかと思った。


「危険ではないのですか? さっきも質問を変えたら、突然、苦しみだしましたし。安全装置のようなものがあるんじゃないでしょうか?」


 ラスペードは首を横に振り、「危険は付き物だよ。この者に聞かねば、この先確認する機会を失うのだ」と取り合わない。

 レイは「しかし……」と反論しようとするが、


「これは必要なことなのだよ。アークライト君! 魔族の情報は非常に貴重なのだ! この機会を失えば、魔族の侵攻の目的を知ることができない! そうなれば、街を守ることも困難になるのだよ!」


 ラスペードの剣幕にレイは思わずたじろぐが、メイジーという女性の命が掛かっているため、更に反論した。


「今でなくてもいいのではないでしょうか? せめて、僕の魔力が回復してからでも……治癒魔法が使える状態なら、何とか出来ますし……」


 ロイドもそれに頷いているが、ラスペードは譲らなかった。


「これは仮説なのだが、先ほど最後の質問の時、突然苦しみ始めたのは、術者である魔族が遠隔で命令を送った可能性がある。それならば、あまり時間を掛けると、この被験者の命が危ういかもしれんということなのだ」


 レイが呟くように「なら、危ない質問はしなくても……」と言うと、ラスペードは再び強い口調で言葉を放った。


「今しかないのだよ! これを逃せば、この傀儡の魔法の謎、そして、魔族の謎の解明が更に遠のくのだ! そもそも、この被験者は魔族に殺されてもおかしくはなかったのだよ。たまたま、降伏して傀儡にされ、命を永らえただけで、本来生きているはずの無い者なのだ! ならば、魔族の情報を得るために命を掛けても問題は無い!」


 レイは納得がいかず、「ならば、ランダルさんに確認します。ロイドさん、ランダルさんに確認してきてください」と言ってラスペードの前に立つ。


 ラスペードは怒りに拳を震わせながらも、レイがロイドと話している隙を突いて、メイジーの背中に手を翳していく。


「教授! 何をするのだ!」


 アシュレイの叫びに部屋を出て行こうとしていたロイドが立ち止まる。彼がラスペードを見ると、既にその手から魔力が光となって漏れ出し、メイジーの背中に吸い込まれていた。

 ロイドは慌てて部屋から駆け出していった。


「既に始めてしまったのだ。ここでやめると、被験者の命に関わるかもしれんぞ。私に任せるのだ!」


 ラスペードの目には狂気の炎が揺らいでいた。

 レイはアシュレイの叫びに気付き、ラスペードの表情に一瞬たじろぐが、すぐに彼の手に自分の左手を重ねる。


「一気に抜き取ります。尋問よりメイジーさんの命の方が大事ですから!」


 ラスペードがレイを睨みつけるが、レイはそれに構わず魔力を注入し続ける。

 ラスペードは抵抗するかのように魔力を止めるが、レイの魔力が魔道具を抜き取っていた。


「何ということを……魔族の秘密を知る貴重な機会だったのだ……それを……」


 レイはその言葉を無視して、メイジーの様子を見ていた。


「アッシュ。治癒師を探してきて。僕の魔力は尽きそうだから」


 アシュレイはすぐに部屋から出て行き、代わりにロイドとランダルが入ってきた。

 ラスペードはランダルにレイが情報収集の妨害をしたと話し始める。


「アークライト君が貴重な情報収集の手段を無にしてしまった。これで我々が魔族の秘密を得る機会は失われてしまったのだ……」


 ランダルは事情が飲み込めず、レイに目で何があったのだと聞く。


「ラスペード先生がメイジーさんの尋問を勝手に始めようとしたんです。それも危険な方法で」


 ランダルは事情が掴めないが、レイの言うことが正しいと直感し、「どういうことですか? ラスペード教授?」と問い質す。


「傀儡の魔法が魔族の術者と繋がっているのか、それを確認しようと思ったのだよ。それよりも大事なことは、カースティという者から得られた情報を確認することだ。月魔族という言葉、これは我々が初めて聞く種族の名だ。その情報を得るために少し冒険しようと思ったのだ……司令も多少の危険は許容すると言ったはずだが?」


 ランダルは憮然とした表情で、


「俺が言ったのは、傀儡の魔道具を抜き取ることに対してだ。尋問で命を縮めてよいとは言っていない」


 ラスペードはランダルの不機嫌な顔に何の興味も示さず、独り言のように話を始める。


「今回得られるはずだった情報は貴重な情報だったはずなのだ。魔族の目的、種族の構成、そして、翼魔の召喚の謎……今回分かったのは、御子と呼ばれるルナという名の弓術士がいること。そして、その情報を魔族が欲しがっていること。月魔族という魔族がいること。アークライト君を排除しようとしていること……これでは何も分かっていないのと変わりがないのだ!」


 ラスペードはカースティとメイジーの姿をちらりと見てから、軽く首を振る。


「ここにいても仕方が無い。私は魔道具の改造の作業に戻るとするよ」


 レイはラスペードの身勝手な行動に怒りを覚えていた。


(いくら自分が知りたいからと言って、人の命を何だと思っているんだ! 僕はこの人とうまくやっていく自信がない。最初はもっといい人だと思ったのに……裏切られた気分だ……)


 部屋を出て行こうとするラスペードの背中にランダルが声を掛ける。


「教授、今回のことは不問にするが、二度と勝手な真似はしないで頂きたい。特に人の命に関わる時は、必ず私の許可を得るようにして頂きたい」


 ラスペードが足を止めると、ランダルは更に言葉を続けていく。


「これはあなたのためを思ってのことなのだ。街の者の命を危うくしたとなれば、あなたに危害を加えようとするものが現れるかもしれん。今回も、もしメイジーが死んでいれば、仲間たちがあなたに襲い掛かる可能性もあった」


 ランダルの言葉にラスペードは振り返りもせず、


「そのようなことはどうでも良いのだよ。謎を解明出来るなら、命を狙われる程度のことなど、どうと言うことはない」


 それだけ言うと、ラスペードは部屋を後にした。


「教授にはしばらく謹慎と言うか、魔道具の改造に専念してもらう。仮に更なる傀儡の犠牲者が出たとしても、教授には会わせん」


 レイはランダルの心情を理解していた。


(ラスペード先生はランダルさんの部下でもないから、命令できる立場でもない。本当なら、勝手に仲間である冒険者の命を危うくしたんだから、処罰したいんだろう。でも、あの人は魔道具や魔族について詳しいし、今の状況であの知識を失うわけにはいかない。だから、ああいう中途半端な対応をしたんだろうな)


 ランダルもレイが何を考えているのか分かったのか、彼に頭を下げてきた。


「信賞必罰が組織には必要だというのは理解しているつもりだ。だが、今は非常時なんだ。お前には納得できないことだろうが、俺に免じて堪えてくれ」


 レイは慌てて、


「ランダルさんのせいじゃないですから。頭を上げてください」


 その様子を見ながら、ステラはこの後の行動について考えていた。


(魔族がレイ様を狙っている。それも形振り構わずといった感じで……こうなるとウノという人が護衛について良かったのかもしれない……娼館で罠を張ると言っていたけど、どうするつもりだったのだろう)


 レイはランダルと話しながら、得た情報について考えていた。


(昨日の二時には情報が魔族に伝わっている。翼魔がいるのは分かっているから、昨日中にはリッカデールに向かっているはずだ……月魔族は翼魔族の上位に立つ種族という設定だったはずだ。もし、それが正しいなら翼魔族と同じように飛べる……だとすると、ルナが危険だ。だが、携帯や通信機がないこの世界では連絡する手段が無い……)


 そして、“御子”という言葉が出たことで、自分の記憶が正しいことが分かった。


(ルナが月の御子だというなら、やはり、僕の書いた小説“トリニータス・ムンドゥス”のストーリーに沿って進んでいるんだ。ということは、ペリクリトルに魔族が侵攻してくるのは半月後、年明けと共にだ……ただ、僕の小説と違うところがある。それは僕という存在、レイ・アークライトという存在だ。魔族のターゲットに僕の名があった。これで僕の小説の流れとこの世界の流れが変わっているかもしれない。もしそうなら、小説の情報に振り回されると、逆に足元を掬われることになる……)


 その後、レイはランダルに魔族がカースティを使って、街の防衛計画を破綻させようとしたことを告げる。


「では、やはり魔族はこの街を狙っているんだな。こうなってくると、ラスペード教授の魔道具が是非とも必要になるな。あれが出来なければ、傀儡くぐつの魔法の話は公に出来んからな」


 レイはそれに頷くが、ルナのことをどう話そうか悩んでいた。


(ロイドさんもラスペード先生も聞いていたんだ。黙っているわけにはいかない。でも、どう説明する? 月の御子が何を意味して、魔族がどうするつもりなのかをどうやって説明したらいいんだろう。今の段階では、魔族が御子と呼ぶ弓術士のルナが狙われているとしか言えないんだ)


「他にも得られた情報があります。ヘーゼルさんのパーティにいるルナという弓術士が、魔族に狙われています」


 ランダルは首を傾げ、


「ルナ? ティセク村の生き残りのルナのことだな。そのルナがなぜ魔族に狙われるのだ?」


「理由は分かりません。ですが、前の調査の時にもおかしなことはありました。ですから、狙われていることは間違いないと思います。そこで相談なのですが、今から僕が彼女を迎えに行きます」


 ランダルは「お前が迎えに? この状況でか?」と聞き直す。

 レイが「はい」と答えると、「それは認められんな」と首を横に振る。

 レイはそれでも食い下がり、自分が行く理由を説明し始めた。


「理由は二つあります。一つは僕が行けば、翼魔が襲ってきても返り討ちに出来ます。普通の魔術師や弓術士では、翼魔が相手では圧倒的に不利です。もう一つは、僕も狙われているので、うまくいけば、敵の主力である翼魔を倒せるかもしれないんです」


「お前も狙われているのか……確かに報告を聞く限り、お前の魔法なら翼魔が相手でも十分戦えるだろう。だが、思い出してみろ。ティセク村の時にはお前ですら、死にそうになっているんだ。向こうもお前を敵に回すなら、前回以上の戦力を投入するはずだ」


「それは分かっています。ですが、僕には光神教に借りている獣人部隊がついています。彼らがいれば、前回の三倍の戦力でも圧倒出来るはずです」


 ランダルは大きく首を横に振り、「三倍でも圧倒だと……」と呟いたあと、


「いくらなんでもそれは大袈裟だろう。前回のメンバーでもほどほどの腕はあったはずだ」


 レイは振り返り、後ろを歩くステラに「君の意見を聞かせてくれ」と言った。

 ステラは突然の指名に驚くが、すぐに冷静に話し始めた。


「はい。レイ様のおっしゃるとおりで間違いありません。レイ様の指示に従う八人は私より遥かに腕が立ちます。失礼ですが、私たち以外の前回のメンバーが束になっても、そのうちの一人に傷を与えることすらできないでしょう」


「それほどの手練なのか……危険が無いことと、敵の主力の一部を削ることができるということは理解した……」


 レイはその言葉に「では、許可していただけるのですね」と声が上擦る。


「理解は出来るが、許可は出来ん。理由は簡単だ。今、お前を失えば、街の防衛が破綻する。お前がケガを負うだけでも、あの策の成功率は下がる。よって、お前の提案は却下する」


 レイは「ですが……」と言い募ろうとするが、先にランダルが話し出していた。


「ルナへの襲撃については、今ここに残っているベテランのパーティを派遣する。リッカデールには辿り付かんが、途中の村で合流できれば撃退できる確率はかなり上がるはずだ」


 貴重なベテランパーティを派遣すると聞き、レイはランダルの配慮を感じていた。


(ランダルさんも大事な戦力を裂きたくないのに、僕に配慮して出してくれる。今から行っても間に合わないし……人に任せるのは歯痒いけど、僕がここに残るべきだというのは理解できる)


「分かりました。それでは一つだけ提案があります。僕の配下に入っている獣人部隊の六名も派遣します。彼らは人前に出るのを嫌がりますので、別部隊という形になりますが」


 ランダルは小さく頷き、


「そうなると、俺が許可したことを、きちんと命令書の形にして渡した方がいいな。派遣するリーダーには伝えておくから、そっちもきちんと説明しておけよ。同士討ちで戦力を失うなど馬鹿らしいからな」


 レイはそれに頷き、ランダルから命令書を受取った後、彼の部屋を後にした。

 そして、ギルド総本部の建物を出たあと、ひと気の無い路地に入り、ウノを呼ぶ。

 すぐに黒い影が彼の前に降り、「お呼びでしょうか」と声が掛かる。


「ウノさんの部隊の六人をリッカデールに派遣したいと考えています。正確にはリッカデールから戻ってくる冒険者パーティを護衛するという仕事です。特に黒髪の弓術士の女性、ルナが魔族の標的になっています。彼女が拉致されないようにしてほしいのです……」


 レイはウノにルナを守ること、同時にペリクリトルの冒険者も派遣されることを告げ、大至急向かって欲しいと頼んだ。


「了解いたしました。今からですと、今日の夜にはリッカデール付近にたどり着けるはずです。対象が明日の朝出発するのであれば、十分に間に合います」


「今からでも夜には着けるんですか?」


 既に正午に近い時間であり、彼には夜につけるとは信じられなかった。


(リッカデールまでは八十km、フルマラソンの二倍もある。走るだけでも相当大変なはずだ。無理をしようとしているんじゃないか? ルナ(月宮さん)のことは心配だけど、この人たちを犠牲にしていい話じゃない。本来、僕がやるべきことなんだから……)


「無理はしないで下さい。ルナを守るにしても、皆さんの命と引き換えにするつもりはありません。危険だと判断したら、自分たちの命を優先してください」


 ウノは小さく頷く。

 レイはランダルの命令書をウノに渡す。


「これが防衛司令官のランダル・オグバーンさんの命令書です。リッカデールで彼らに合流したら、これを見せてください」


「承りました。ですが、我らは表に出ず、陰からお守りしようと考えております。使う機会は恐らくないかと」


「分かりました。ですが、くれぐれも派遣される冒険者たちとトラブルにならないようにお願いします」


 更に簡単な打合せをしたあと、ウノは自分が指揮を執ると言って、消えるように立ち去っていった。

 レイは不安を胸に抱きながら、街の防衛計画の進捗状況を確認するため、街に出て行った。

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