第三十七話「魔法の解除」
ラスペードは情報課の職員たちに、傀儡の魔法を掛けられた四人の冒険者の服を剥ぎ取り、改めて厳重に拘束するように指示を出す。
「さて、ここからが本番だよ。この闇属性魔法がどうやって被験者の精神を操っているのか、それを確認するのだ」
ラスペードは一人の冒険者の背中を丹念に確認していく。そして、針で突いたような小さな傷を見つけた。
「ここを見たまえ。君の魔法で光が吸い込まれた場所だが、小さな傷がある。私の予想ではここに何らかの術が施されているはずだ。さて、アークライト君」
レイが「はい」と渋々答えると、
「先ほどの魔法をもう一度やってくれんかね。私の仮説が正しいのか確認をしたいのだよ」
レイは小さく頷き、無詠唱で先ほどの光の魔法を発動する。
レイの左手から出た光が、男の背中に吸い込まれていく。そして、その場所はラスペードが示した小さな傷と一致していた。
「やはり、正しいようだね。さて、次が問題なのだが、私の予想ではここに魔道具が埋め込まれているはずなのだ。それをどうやって取り出すか……」
彼はそう言いながら、魔物から魔晶石を取り出すように、右手を背中に翳していた。すぐにラスペードの額から汗が噴出し、かなりの量の魔力を消費しているように見える。
レイには男の背中から魔力が漏れ出しているように見えていた。
(魔力が漏れている? もしそうなら、危険じゃないのか……)
「先生、この人から魔力が漏れているように見えるんですけど、大丈夫なんでしょうか?」
「やはり、君にも見えるかね。ロイド君だったか、君には見えるかね」
突然、話を振られた情報課のロイドは大きく目を見開き、そして、首を大きく横に振る。
ラスペードは手を翳したまま、「誰か見えるものはいるかね?」と周りを見回す。
レイ以外の全員が首を横に振ると、ラスペードは手を一旦男から離した。
「魔法の素養が必要のようだね。それにしても厄介だ。被験者の魔力が漏れているなら、死ぬ可能性が高い。だが、魔道具の魔晶石から漏れる魔力なら、被験者を傀儡から解放することができる。私としてはこのまま実験を進めたいところだが……ロイド君、オグバーン司令に確認を取ってきてくれるかね。それから、ついでにこの者たちがいた娼館の娼婦を確保することも頼むよ」
ロイドはこの怪しげな実験の場から立ち去れると、一目散に部屋を出て行った。
そして、すぐにランダルが部屋に走ってきた。
「傀儡であることが分かったそうですね。で、その者を解放するためには危険が伴うと……治癒師を配置してはどうでしょう?」
ランダルの提案にラスペードは首を横に振る。
「恐らく治癒魔法は効かんよ。魔力が漏れているなら、生命の力その物が抜けているのだ。ならば、治癒魔法を掛けても無駄に魔力を消費するだけだね」
「つまり、この者の命を犠牲にする覚悟があるかを問うておられるのですね」
ランダルの問いにラスペードは頷く。
「この男も、このまま傀儡としてなら生きてはいけるだろうね。まあ、術者を倒せば魔法が解ける可能性はあるが、逆に術者の死と共にその者が死ぬ可能性も否定はできんよ。つまり、この者を完全に助けようと思えば、冒険せねばならんということだ……もちろん、私の研究のために、この状態を維持しておいてくれても構わんがね」
ランダルは数秒考えた後、「私の責任において実行を許可します」と口にした。その顔に表情はなく、彼が苦悩しているとしても、周りの人間には窺い知ることはできなかった。
ラスペードは小さく頷き、再び男の背中に手を翳した。そして、ラスペードの額に再び汗が浮き始める。
レイはその様子を見て、ラスペードに声を掛けた。
「先生、私がやった方がいいかもしれません。根拠はありませんが、出来るような気がするんです」
(もしかしたら、鉤状のような感じで神経に取り付いているのかもしれない。場所が魔晶石を取り出す場所と同じだし、その人の魔力の元みたいなものに、魔道具が打ち込まれているのかも……それを取り除くなら、無理やり引出すと大変なことになりそうだ。イメージとしては、神経に食い込んだものを解すように抜き出す。ゆっくりと慎重に……)
ラスペードは自分では無理だと判断したのか、レイに場所を譲る。
レイは深呼吸を一度行い、左手をゆっくりと男の背中に翳す。
魔力を注入すると、何かあることが分かるが、浮き上がらせようとすると、引っ掛かるような感じで動く気配が無い。
(やっぱり引っ掛かっている感じだな。無理に引き揚げようとしても動かない。それなら、一度奥に押し込む感じでUターンさせれば……)
イメージを固め、更に魔力をつぎ込むと、魔力に反応する何かが少しだけ動いた気がした。
(よし、行けそうだ……無理をせず、ゆっくりと、釣り糸の絡まりを解す感じで慎重に、丁寧に……)
一分ほどで男の背中から黒く細い針のようなものが出てきた。
「これだ! これが傀儡の魔道具だよ!」
ラスペードの興奮した声が部屋に響く。レイはそれに意識を向けることなく、慎重にその針を引出していった。
針を引出し終わり、男の様子を見てみるが、呼吸が若干浅い他は特に異常は見られなかった。
ラスペードはどこから取り出したのか、ピンセットのような器具を手に持っていた。そして、引出した針をそれで掴む。
針を灯りの魔道具に翳し、
「やはり魔晶石のようだ。これほど細く加工する技術は我々には無い……誰がどうやって作ったのか……そうだ、ロイド君。オーブの確認をさせてもらえんかね」
ロイドが「オーブの確認ですか?」と聞き返すと、
「ここに傀儡から解放された者と傀儡のままの者がおる。その両者を比較すれば……いや、解放前後で比較すれば、オーブの確認で傀儡状態かどうかの判断が出来るようになるのだよ」
ランダルはラスペードの意図を理解し、ロイドにオーブ確認用の魔道具を用意させる。
すぐに情報課から魔道具が運ばれ、眠っている男たちのオーブを確認していく。
「やはりか……オーブでは分からんようだな」
レイはなぜ“やはり”と言ったのか気になり、「どういうことでしょうか?」と尋ねた。
「あくまで仮説なのだが、この傀儡の魔道具は魂に直接効いている。すなわち、彼らには罪の意識などないということだよ。知っての通り、オーブはその者の魂の状態を反映させる魔道具だ。つまり、制約を破ったという意識があるかないかが重要なのだよ」
「つまり、操られていると罪の意識を感じないということなのでしょうか?」
「罪の意識を感じないというより、本人に意識がないと言った方が正しいのかもしれん」
ラスペードはそれを確認してみようといって、針を抜き取った男の頬を軽く叩く。
睡眠の魔法が効いているのか、なかなか目覚めなかったが、ランダルが用意させた蒸留酒を口に含ませると、むせ返りながら目を覚ました。
周りをキョロキョロと見回し、自分がなぜここにいるのか、なぜ縛られているのか理解できないでいた。
そして、ランダルがその男に話しかける。
「俺が誰か分かるか? お前の名は?」
「えっと、ランダル・オグバーンさんですよね。何で……俺はオットーっていいます。何で俺はここにいるんですか? 何で縛られているんですか?」
目覚めて状況が分かり始めたのか、オットーは混乱し始めた。
「落ち着け。お前が最後に覚えているのはどういう状況だ? それを教えてくれれば、縄を解いてやる」
オットーはその言葉に必死に記憶を辿っていた。
「……東の森に偵察に行って……オーガの群れを見つけたんです! そうしたら、魔族が、翼を持った魔族の女が俺たちに降伏を迫ったんです……」
彼の話は次のようなものだった。彼らがオーガの足跡を追って森の奥に進んだ時、オーガの群れを発見した。リーダーのカースティは危険だと判断し、すぐに撤退することにしたが、彼女たちの後ろには翼魔を伴った魔族が回りこんでいた。翼を持つ魔族がカースティに降伏を迫り、死ぬよりはいいと魔族に降伏した。そして、武装を解除され、縄を掛けられたところで記憶が途切れているということだった。
「本当に覚えていないのか? 今日は何月何日か分かるか?」
オットーは必死に「本当です! 何も覚えていないんです」と叫び、「今日は十二月六日ですよね……」と自信無げに答える。
ラスペードは腕を組んで考え込み、ランダルはどうしたらいいのかと困った顔をしていた。
その後、残りの三人の傀儡の魔法が解除され、尋問が行われていくが、三人ともオットーと同じように傀儡とされていた間の記憶が全くなかった。
「厄介な魔法だ……先生、対抗手段はありますか?」
「探査用の魔道具を作ることは可能だが……今のところ、アークライト君しか魔法を解除できんからな。アークライト君、他の者にやり方を教えることは可能かね?」
レイはどう答えていいものか悩みながら、
「……イメージをお伝えすることは可能ですが、実際にやってみないと……」
ランダルはしばらく悩んでから、ゆっくりと話し始めた。
「とりあえず、ラスペード先生には魔道具の製作をお願いします。レイはそのイメージとやらを何かに書き留めておいてくれ。もし、お前がいないときに傀儡が発見された場合の措置だ……」
ランダルは情報課の職員に緘口令を敷くと共に、情報管理の徹底を指示する。
「ラスペード先生が魔道具を完成させるまで、ここで見た話は誰にもするな。同僚にも家族にもだ。あとは変な情報を聞きにきた奴はマークしておけ。可能なら、跡をつけて背後関係を探れ……」
結局、魔族に傀儡の魔法を掛けられた冒険者から、役に立つ情報は仕入れられなかった。更にカースティともう一人の女性冒険者の行方も見付かっていない。
(これじゃ、情報が漏れたのか分からないな。いや、傀儡がいたから漏れたと考えるべきなんだろう。でも、これで余計にリッカデールに行けなくなった。僕以外に傀儡の魔法を解除できないんだから……)
そして、ルナたちの安全を図る方法を考えていた。
(ウノさんたちを派遣する方法もあるけど、光神教関係者だから、もし魔族が誘拐しようとしていると知れると、厄介なことになるかもしれない。アッシュやステラに行ってもらっても、翼魔が出てくれば、二人まで危険に晒すことになる。もう、無事を祈るしかないのか……)
彼はルナのことを心配していたが、自ら動くことができず、天に祈るしかなかった。




