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トリニータス・ムンドゥス~聖騎士レイの物語~  作者: 愛山 雄町
第三章「冒険者の国・魔の山」

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第三十四話「農民兵」

 十二月十五日、午後三時。


 光神教のガスタルディ司教との会談を終えたレイは、その足でギルド総本部に向かった。

 心配そうなアシュレイとステラがロビーで迎える中、魔族の密偵の情報を確認する。


「お前の予想通りだ。六つのパーティのうち、カースティという女槍術士が率いるパーティメンバーがヘーゼルたちの行き先と予定を聞きに来たそうだ。情報課がカースティたちを探しているが、今のところ見つけられていない」


 レイはその話を聞き、「聞きに来たのはいつの話なんだ?」と身を乗り出す。


「今日の午前中だそうだ。ちょうど、我々が作戦会議に出ている十一時頃だと聞いた。ロイド殿の話では、カースティのパーティは昨日まで偵察に駆り出されていたそうだ。そして、今日の朝から情報課の部屋に入り込み、しつこくヘーゼルたちの情報を聞いて回っていたそうだ」


「四時間ほど前か。街の中にいればいいんだけど。もし、街の外で翼魔にでも情報を渡されたら、僕たちでは追いつけない……」


 ルナたちのいるリッカデールまでは約八十kmある。空を飛べる翼魔たちなら二時間もあればリッカデールに着ける。だが、馬で移動するなら、馬を潰すつもりでも八時間は掛かる。更に既に日は傾き始めているため、それほど進まないうちに暗闇で動きが取れなくなる。


(その冒険者たちが残っていることを期待するしかない。既に斥候への撤退命令は出ているんだ。明日の午後にはリッカデールに情報が伝わる。今の僕にはそれ以上速く伝える手段はない……今、僕にできることをするしかない)


 レイはルナのことを頭から締め出し、ランダルの部屋に向かった。

 ランダルは指揮官たちとレイの策について協議していた。


「ちょうどいいところに来たな。ここをどうするか、いい案は無いか?」


 ランダルは昨日より上機嫌で地図を指差す。

 レイは地図を見ずに「その前にお話があります」とランダルに話しかける。


「懸念である光神教についてです。うまくいけば、彼らをコントロールできます」


 ランダルは「そうか。手回しがいいな。詳細を聞かせてくれ」と笑みを浮かべる。


「聖騎士と歩兵部隊を切り離しました。聖騎士百名については我々の指揮下に入りませんが、歩兵二百名と、治癒師百名は我々の指揮下に入れられそうです」


 指揮官の一人が「聖騎士についてはどうするつもりだ」と尋ねてきた。


「聖騎士については、“要請”という形で撹乱に使います。敵の最も強力な場所を任せると言っておだてれば、何とか我々の邪魔をさせないで済むでしょう。この件でランダルさんにご足労頂かないといけないのですが……」


 レイはガスタルディ司教との会談の概要を説明し、実戦部隊の指揮官であるパレデス大隊長に話を通す必要があると伝える。

 ランダルは「判った。後で会いにいこう」と了承した。


「ところで防衛計画案は、議会に承認されたんでしょうか?」


「ああ、何とか説得した。区長たちは最初強硬に反対したが、このままでは同じ結果になると説明し、最終的には渋々だが従ってくれた。議員全員から協力の約束を取り付けておいた。何とか人手は確保できるはずだ」


 レイは安堵の表情を浮かべるが、すぐに自分の策がこの街の命運を握っていると身震いする。


(僕の案が街の命運を握ることになるんだ。成功すればいいけど、失敗したらどうしよう……今更だけど、三万人以上の人の命が掛かっているんだ……)


 ランダルはレイの考えていることを察し、「安心しろ。この策は俺が承認したものだ。お前に責任は無い」と彼の肩に手を置く。


「お前は何も気にせず、俺に策を献じろ。失敗しても俺が責任を取ってやる。だから、変に考え込むな。判ったな」


 レイは少しだけ落ち着き、「判りました」と呟く。

 ランダルたちには、午前中に見せた自信有り気な“軍師”と、目の前にいる気弱な男が同一人物だとは思えなかった。


(こっちが本当の姿なんだろうな。俺たちが不安そうにしているから、自信があるように見せていた。今は別のことで気が回らないんだろう。だから、本来の姿を見せたというところか。別の事は光神教か? それとも魔族のことか?)


 その後、計画の微修正を行い、具体策が完成した。


「これでいくぞ! 魔族の密偵もほぼ特定できた。これで敵に策が筒抜けになる事は無い」


 指揮官たちはそれに頷き、自らの仕事に向かった。


「では、光神教のところに行くか。それにしても、どういう交渉をしたんだ? あいつらは俺たちの言うことなんざ、全く聞かんが?」


 ランダルの問いにレイは「いろいろとありまして……」と曖昧に答える。


「詮索はせんよ。だが、聖騎士の操縦方法は考えておけよ。奴らが一番言うことを聞かん連中だからな」


 ランダルは豪快に笑いながら、前を歩いていく。

 レイは歩きながら、アシュレイたちに再び光神教のところに行くことと、獣人奴隷を借り受けたことを話していく。


「ランダル殿に随行するのはいいが、獣人の奴隷を借り受けただと……つくづくお前は私の常識を覆してくれる。噂でしか知らぬが、ルークスの獣人奴隷は高位の聖職者の命令しか聞かぬはずだ。それが一時的とはいえ、一介の傭兵であるお前の指揮下に入るとはな」


「詳細は後で話すよ。ステラはどうする? 昔の知り合いに会う可能性があるけど……」


 レイが言い辛そうにボソボソとそう言うと、ステラは何事も無いかのように答える。


「もちろん会わせていただきます。レイ様の護衛に就くふりをして、お命を狙うことも考えられますから」


「それはないと思うけど……判った。ステラの目でしっかりと見て欲しい」


 ステラは「判りました」と答え、何事も無いように振舞っていた。だが、心の中では様々な感情が渦巻いていた。


(レイ様の言うとおり、昔の知り合いに会うかもしれない。同じ“里”の人がいなくても、私が“里”の出身である事は判るはず。無いとは思うけど、連れ戻されることや処分されることも考えておいた方がいいかもしれない。そうなれば私は戦うつもりだけど、お二人に迷惑が掛かるかも……)



 アシュレイたちは再びギルドの情報課の前で待つことにし、ランダルとレイは二人で光神教の宿泊する宿に向かう。

 レイはこの状況下で護衛を付けないランダルのことを心配していた。


「まだ、魔族の傀儡くぐつがいるかもしれないんですよ。防衛司令官なのに、護衛は付けなくていいんですか?」


 ランダルは不思議そうな顔をし、


「街の中でこの俺が後れを取ると思うか? 少なくともこの街で、俺と差しで戦って勝てる奴はほとんどいない。俺とやりあえる連中も、今はアクィラの山の中だ。それに俺より弱い護衛をつけて意味があると思うか?」


 レイは答えに困り、「そうですね……」と言葉を濁す。


「それに今はお前が横にいる。お前がいれば、魔族の魔術師が襲ってきても対抗できる。それにな……」


 ランダルは言葉を切り、レイの耳元に顔を寄せる。


「俺がビクビクしていたら、街の者の士気に関わるんだ。いつも一人で出歩く俺が、護衛をゾロゾロ引き連れていたら、皆が心配になるだろう?」


 レイはランダルが自分の部下がいる前では、いつも陽気に振舞っていることを思い出していた。


(そう言えば、昨日も僕が行った時は心配そうなやつれた顔をしていたけど、誰かが入ってきたら、すぐに表情を変えていたよな。僕もそうだけど、周りの人はちょっとした表情が気になるんだ……さっきはルナのことで気が回らなかった。僕も軍師として扱われるんだから、もう少し気を使わないといけないな)


 二人は光神教との会談について、打合せをしながら歩いていった。



 宿に入ると再びガスタルディのスイートルームに案内される。

 今回は大隊長のパレデスも待っており、ガスタルディの口調は以前のような少し傲慢な感じが戻っていた。

 自己紹介を済ますと、パレデスが口を開く。


「農民兵を借り受けたいとの事だったが、それは真なのか」


 ランダルがへりくだった口調で頭を下げる。


「我らの兵力が足りぬのです。ここは聖騎士殿のお力をお借りしたいと思いましてな」


 パレデスは“ふん”という感じで不機嫌そうな顔をしているが、内心では司令官という高位の役職者が謙って見せていることに満足していた。自分では隠しているつもりなのだろうが、時折、にやけるような表情を見せていた。

 ランダルは更に話を続けていく。


「聖騎士殿たちは機動力、魔法、近接戦といずれも超一流の戦士であると聞きます。であるならば、歩兵(・・)がいなくとも問題はないと考えますが、如何か?」


 パレデスはふんぞり返りながら、その通りと大きく頷く。


「我ら聖騎士は田舎騎士とは違う。馬上からの魔法攻撃は敵の側面、背面からの攻撃が可能だ。これは他に類を見ぬ強力なものだ。歩兵など我らにとっては足手纏い。精々、輜重を守ることにしか使えぬ」


 ランダルはニヤリと笑いそうになるのを抑え、


「それでは兵力の足りぬ我らに、歩兵を貸していただくということでよろしいですな」


 パレデスは「好きにせよ。使い潰しても構わぬ」と鷹揚に頷く。

 レイはその言葉に不快感を持つが、表情を変えず壁を見つめていた。


(同じ人間だという意識が無いんだ。自分たちは選ばれた人間、選ばれていない人間は自分たちに奉仕する道具だと……光神教は潰さないと駄目だな……)


 レイがそんなこと考えている間も、ランダルとパレデスの話し合いが続いていく。


「聖騎士殿には最も重要な目標を攻撃していただこうと思っております。それまでは英気を養っていただきたい」


 パレデスは「最も重要な目標? それは何だ」と身を乗り出す。


「敵の状況を確認中ですが、敵の主力はオーガと翼魔レッサーデーモンだと思われます。我々では翼魔に対抗できぬゆえ、聖騎士殿には悪魔の化身、翼魔をお願いしたい」


 パレデスは「翼魔か……」と呟いたあと、鼻息を荒くして自慢げに言葉を続ける。


「良かろう。確かに高速で飛翔する悪魔は我らでなくては難しかろう。我らの倍の数までは叩き落してやろう」


 レイは聖騎士の実力はそれ程あるのかと疑問に思っていた。


(僕の光の連弩、追尾式の光の矢なら倍でも十分に勝てる。でも、聖騎士たちは普通の光の矢しか使えないはずだ。それもアッシュに聞いた話では連発もほとんどできない。それであの動きの速い翼魔に対抗できるんだろうか? それこそ、アザロ司教――レイの命を狙ったモルトンの司教――や、バッサーニ司祭――光属性魔法が得意なモルトンの街の光神教の司祭――くらいの使い手なら手数で対抗できるんだろうけど……)


 パレデスとの打合せが終わり、レイはガスタルディに合図を送るように軽く会釈をする。

 ガスタルディはパレデスに対し、農民兵たちに説明をしてくると告げ、レイたちと共に部屋を出ていった。

 ランダルがいるため、特に会話をすることなく、農民兵たちのいる倉庫に到着した。

 ガスタルディの姿を認めた農民兵たちが慌てて集まり、全員が片膝をつき頭を下げる。


「これより、諸君らはペリクリトル防衛責任者、ランダル・オグバーン司令の指揮下に入る。司令の命令に服従せよ。以上だ」


 ガスタルディはそれだけ告げると、レイに視線を送り、宿に戻っていった。

 残された農民兵たちは、突然のことに混乱し、ザワザワと私語を始める。

 レイはランダルに目配せした後、農民兵たちに向かって話し始めた。


「司教様のおっしゃった通り、皆さんには私たちの手助けを頼みたいと思っています。もちろん、私たちはそれに報いる用意があります。まず、この宿舎を引き払い、南地区にある宿に分宿して頂きます」


 農民兵たちは未だに自分たちに何が求められているのか、理解できていない。隣同士で顔を見合わせ、首を傾げていた。

 レイはその様子に構わず、一気に事を進めていった。


「この場に責任者の方はいらっしゃいますか?」


 一人の農民兵が前に進み出てきた。


「私がこのフィスカル村派遣隊の責任者ですが……」


 その男は三十代半ばの背の高い屈強な男で、農民兵の中では比較的ましな装備を身に付けている。だが、その日焼けした顔には疲労の色が濃く出ていた。


「私がペリクリトルの防衛責任者ランダル・オグバーンだ。そして、こいつが俺の参謀のレイ・アークライトだ」


 防衛責任者という言葉に農民兵たちが一斉に平伏する。


「わ、私はフィスカル村のアンガスという者にございます。閣下のご、ご尊顔を拝し……」


 その姿にランダルは軽く手を上げ、豪快な笑顔を農民兵たちに向ける。


「ご尊顔なんていう大層な物は持ってねぇよ。俺もただの平民だ。畏まる必要はねぇ。普通にしゃべってくれればいい」


 アンガスたちは恐る恐るランダルの顔を見上げる。

 レイはランダルに目で合図を送り、話し始めた。


「それではアンガスさん。皆さんの隊とか班とかの編成状況を教えて下さい。他の方々は出発準備をお願いします」


 彼はここに来る途中、ランダルに農民兵たちを空いている宿に分宿させ、英気を養うことを提案していた。ランダルも防衛に手を貸してくれる兵たちを粗略に扱うつもりはなく、予算などについては何とかすると約束していた。


 アンガスの説明では、農民兵たちは行軍の際の単位として、二十人ずつに分けられているだけで、明確な編成は決められていなかった。


(本当に数合わせで連れてきただけなんだな。少なくとも軍としての組織が全く出来ていない。農民兵と言っていたけど、“兵”じゃないよ。これじゃ……さて、どうやって使うかな……)


 レイはアンガスを隊長に任じることにし、彼に十個の班に班長を決めさせる。

 一時間ほどで出発準備が整ったので、ギルド総本部に向けて出発した。


「使えそうにないな。レイ、どうするんだ?」


 ランダルは小声でレイにそう尋ねる。


「兵隊としては使えそうにないですね。でも、罠の準備の手伝いなら十分に戦力になります」


 レイの言葉にランダルは頷き、


「予算は気にするな。街がなくなれば、予算もへったくれも無ぇんだ。これからは一々、俺に伺いを立てる必要は無ぇ。あとで報告してくれればいい」


 レイは「しかし……」と話し始めたが、ランダルに遮られる。


「今は時間が無ぇんだ。それに俺の身も一つしかねぇ。あとで責任は取ってやるから、好きにやってくれ」


 そう言って、レイの肩を軽く叩き、「まあ、責任を取るまで生きていればの話だがな」と付け加える。


(ランダルさんも分が悪いと思っているんだな。なら、僕も覚悟を決めよう)


「判りました。でも、毎日、朝と夕方には報告に行きます」


 生真面目なレイの言葉にランダルは相好を崩す。


 ギルド本部に到着した農民兵たちは、ランダルの指示で現れた男性職員と共に南地区に向かった。

 レイは彼らの後姿を見ながら、


(あの人たちには、この街を守る義理などないんだ。戦いの前に理由をつけてこの街から避難させた方がいいかもしれないな……)


 ギルド職員に率いられた農民兵たちは、南地区にある宿に泊まることになったが、思っていた以上の上等な宿に、全員が目を丸くする。

 リーダーであるアンガスが、職員におずおずと話し始めた。


「私らにこんな宿に泊まるだけの金は無いんですが……」


 職員は笑いながら、「金のことは心配いりませんよ。ギルドが負担しますから」と答える。

 その言葉を聞いた農民兵たちは、まだ信じられないのか、割り当てられた宿に入ろうとしない。

 職員は全員に聞こえるように大声で、


「オグバーン司令はご助力いただく皆さんに敬意を表して、宿代を負担するとおっしゃいました。遠慮なく宿に入ってください! あと、食事の時の酒についてですが、無制限と言うわけには行きませんが、一人二杯までなら、飲んでいただいても結構です!」


 そして、最後に「明日は午前八時にギルド総本部前に集合してください。アークライト参謀から、皆さんにやっていただくことが説明されるはずです」と告げ、宿に入るように促していた。

 アンガスは未だに信じられない様子だが、職員の言葉を信じることにした。


「皆の衆! 司教様もオグバーン司令様の指示に従うようにとおっしゃいました! 信じられんことだが、宿に入ろう!」


 彼の言葉に各班長に率いられた農民兵たちが宿に入っていく。

 宿の中ではボロボロの装備を身に纏った兵士たちが入ってきたことに、宿泊している冒険者たちが好奇の目を向けていた。


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