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トリニータス・ムンドゥス~聖騎士レイの物語~  作者: 愛山 雄町
第三章「冒険者の国・魔の山」

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第三十三話「ガスタルディ司教」

 商業地区である北地区の高級な宿に入ったレイは、ガスタルディ司教に面会を申し込んだ。すると、すぐに宿の従業員が走り、助祭と思われる若い聖職者が飛ぶような勢いでやってきた。

 三階の角にある最も大きな部屋、いわゆるスイートルームに彼は案内された。

 助祭がドアをノックすると、すぐに中に通され、ガスタルディ司教がにこやかな笑顔で迎え入れる。


「よく来てくれましたね。アークライト殿。それでは約束の香草茶でも楽しむとしましょうか」


 レイは静かに頷くと、司教に勧められるまま、見事な応接用のソファに身を沈めた。部屋の中には司祭らしい若い男と護衛の聖騎士、更に修道女のような服を着た若い女性聖職者もいた。

 修道女が香草茶を用意している間、ガスタルディが機嫌よくしゃべり始める。


「ドクトゥスでの用事は済んだのですかな? まあいいでしょう。で、我々を魔族の使っていた洞窟に案内する件ですが、お考えは変わりましたかな?」


 レイはどう答えようか悩みながら、前に出された香草茶に手を伸ばす。


(どう答えるべきか。聖騎士たちをティセク村に連れて行けば、少なくとも十日間はペリクリトルから引き離せる。案内だけなら、僕じゃなくても、アルドさんでもボリスさんでもいいはずだ。だけど、どうも目的が違うような気がする。僕に何か仕掛けてくるような、そんな感じがするんだよな……)


 レイは香草茶に口を付けるが、考え事をしており、碌に味を感じていなかったが、時間を稼ぐために茶を褒める。


「おいしいお茶ですね。確かに飲む価値はあります」


「そうでしょう。最高級の香草茶なのです。これを手に入れるのは、私のような司教では至難の業なのですよ」


 ガスタルディは自慢げに胸を張る。更に茶の自慢をしていくが、レイは碌に聞いていなかった。


(まずはこちらから攻めてみるか。監視をつけた理由を聞いてみよう。もし惚けるようなら、それを理由に出て行けばいい……)


 茶を飲み終わったところで、レイが口を開いた。


「皆さんがドクトゥスを発ってから、私に監視が付いたのですが、司教様は何かご存じないでしょうか?」


 ガスタルディはその質問を想定していたのか、大したことがないとでも言うような口調で、自分が手配したものだと、あっさりと認める。


「ああ、その者たちなら、私が付けた護衛の者です。ご不快な思いをさせたのなら謝罪しますが?」


 レイは想定外の答えに「護衛ですか?」と聞き直していた。


「はい、護衛です。アークライト殿は魔族の情報を握る重要な人物。ミリース谷、ティセク村と二箇所で魔族と戦った方です。その勇者に対し、闇の眷属たる魔族たちが暗殺という手段をとらぬとも限りません」


「ですが、なぜ何の説明も無かったのでしょう? 一言、護衛をつけたと言ってくだされば、無駄に警戒する必要は無かったのですが」


 ガスタルディは謝罪の意味を込め、軽く頭を下げる。


「我らの付けた護衛は魔族の暗殺者を未然に防ぐためのもの。アークライト殿にご不自由を掛けぬよう、気付かれぬよう護衛するよう命じました」


 レイはあえて不機嫌そうな表情を作り、「それでは魔族の暗殺者を狩るための“餌”だったのですか、私は?」と語気を強める。

 ガスタルディは慌てて首を横に振り、


「アークライト殿にはステラ殿という手練てだれの護衛がいらっしゃいます。また、あなた自身も槍の名手ですし、アシュレイ・マーカット殿も優秀な剣術士。我らが護衛を付けたと言えば、ご不快に思われるのではないかと愚考したのです」


(答えを用意していたのか。まあいいだろう。さて、どうしようか。まずは僕になぜこれだけ興味を持つのかを知りたいところだけど、素直には話してくれないんだろうな……)


「そのお話については了解しました。ですが、これ以上の護衛は不要です。あれだけの隠密を私如きの護衛に浪費するのは如何にも勿体無い。それとも何か私を守らなければならない理由でもあるのですか?」


 ガスタルディは真剣な表情を作り、居ずまいを正して話し始めた。


「我ら光神教はきたる聖戦、すなわち、闇の眷族を殲滅するための戦いに挑むため、優秀な光属性魔法(神の御業)の使い手を探しております。アークライト殿はチュロック周辺で類を見ないほど強大な光の魔法を使われたと聞きました。更には我が教団の恥なれど、アザロほどの御業の使い手を見たことも無い光の魔法で倒したとも聞いております。更にミリース谷では神の如き英知をもってオークどもを撃退し、治癒不能といわれた重傷者の治療も行った聞いております……」


 レイはガスタルディの話を聞きながら、皮膚が粟立つ思いをしていた。


(どこまで調べているんだ? 太陽光集束魔法(ソーラーシステム)まで知っているとは……思っていたより情報収集能力が高い。ただの狂信者の集まりだと思っていると足元を掬われそうだ……)


「……今回のような小競り合いではなく、本格的な反攻に備えて、アークライト殿の安全を優先すべきだというのが、小職の判断です。我が教団はいずれ魔族の地(クウァエダムテネブレ)に攻め込み、闇の眷族どもを根絶やしにいたします。その聖戦において、光の神(ルキドゥス)の剣として、アークライト殿には軍を率いていただきたいのです」


 レイは意外な言葉に「軍を率いる? 私がですか?」と声が裏返る。


「はい。アークライト殿ほどの将ならば、すぐにでも第六階梯の軍将、すなわち、数千の兵を率いる将となられるでしょう。第六階梯といえば各国に派遣されている大司教と同じ階梯でございます。そのような方に護衛をつけるのは当たり前のことかと」


(大司教クラス? まだ二十歳にもなっていない僕が? これはあれだな。ジャンヌ・ダルクと同じだ。僕を旗印にして、聖戦を阻む憎むべき敵とか何とか言って、カエルム帝国と戦わせる。そして、ある程度戦わせて、邪魔になったら殉教者に仕立てるつもりなんだろう。そもそも、西の端にあるルークス聖王国が東のクウァエダムテネブレに攻め込むことなんか物理的に不可能だし……)


 レイは吊り下げられた餌の大きさに、逆に警戒心を強くした。

 そして、ルークス聖王国の現状を冷静に判断し、自分は兵たち、民衆たちの士気を上げる道具にされると考えた。そして、ある程度利用されたところで、政争に巻き込まれ、殉教者として始末されるではないかと考えた。

 だが、ガスタルディ司教の考えは違っていた。


光の神(ルキドゥス)現し身(うつしみ)となれば、総大司教猊下、聖王陛下すら跪かねばならんのだ。だが、そのようなことを言っても、この方は信じぬだろう……この方は聡い。猊下や陛下が跪くと言われるより、大司教と同じ権力を持つと言われた方が余程理解しやすいはずだ。聖都に着いて、聞いていたより高い地位に就くと言われた方が信憑性は増すし、受け入れやすいだろう。あとは私の心証を良くしておくだけだ……)


 ガスタルディは光神教という枠の中では、非常に優秀な人間だった。だが、彼には少なからず光神教というフィルターが掛けられてしまうため、その思考はルークス国外では、どうしてもずれが生じてしまう。

 今回もレイが光神教に警戒していると判っていても、光神教という組織が絶対であり、いずれ自分たちになびくと根拠無く思っていた。

 ガスタルディは聖王国から出たことがほとんどなく、信徒以外との接触は教団と取引のある商人たちしかいない。このため、ガスタルディは光神教の教義に疑問を持つことなく、レイも必ず帰依するものだと信じていた。


(あとはこの方をどうやって聖都にお連れするかだ。聖都に行きさえすれば、この方も考えが変わるだろう。静寂と光に満ち溢れた美しく気高い大聖堂。そこで、聖人と名高い総大司教猊下の御言葉を賜れば、アザロ如き狂人のことはすぐにでもお忘れになる……)


 ガスタルディが自分の思考にかまけている時、レイは聖騎士たちをどうすべきか考えていた。


(とりあえず、僕にちょっかいを掛けてきた理由は判った。理由が本当かどうかは別にして、僕をルークスに連れて行きたいのは間違いない。今はそれより大事なことがある。街の防衛をどうするかだ。僕の考えた策ははっきり言ってギャンブルだ。それもかなり分が悪いものだ。聖騎士たちはそれに輪を掛けて分を悪くする要因。聖騎士というリスクをどう減らすべきだろう……)


「この戦いについてどうお考えでしょうか?」


 レイの問いにガスタルディは思考の底から戻ってきた。


「……聞いた限りの情報では、ここペリクリトルは灰燼に化すと思われます。我らが戦いの場に立っても、恐らく時間を稼ぐのが精一杯かと」


(一応、この人は判っているんだな。判っていないとすれば、あの大隊長か)


「今、我々防衛司令部ではある策を考えております。これは非常に繊細な動きが要求される策であり、聖騎士方に猪突されるだけで無効になってしまうのです」


 ガスタルディは少し苦い表情になり、


「おっしゃることは理解しますが、戦については聖騎士マクシミリアン・パレデス殿の所掌なのです。真に申し訳ないのですが、私に介入する権限はありません」


 予想通りの答えだったが、レイは少し落胆する。


(やはり聖騎士はコントロールできないか。別働隊にして関係ないところに動かしてしまうという手もあるけど、戦力は少しでもほしい……悩ましいな……そうだ、あの兵士たちを借り受けよう……)


「歩兵をお借りすることは可能でしょうか? 二百名ほどいたと思うのですが」


 ガスタルディはレイのいう歩兵が、足手纏いだった農民兵のことだとすぐには気付けなかった。


「農民兵のことでしょうか? それでしたら、うまく交渉すれば可能かと思いますが……こう言っては何ですが、あの者たちは数合わせで連れてこられた盾のようなもの。役に立つとは思えませんが」


 盾という言葉にレイは眉を顰めるが、何とか誤魔化す。


「我らは敵に数で負けております。今は少しでも戦力が欲しいのです。ですから、歩兵の方々には防衛戦での助力をお願いしたいのです」


 ガスタルディがその言葉に頷くと、レイは更に話を続けていく。


「聖職者の方たちは、どのようにされる予定なのでしょうか?」


「我々は治癒師としての訓練を受けておりますから、後方に控え、ケガ人の治療に当たる予定です。パレデス殿より、全軍撤退のような命令が出れば、もちろん従いますが、基本的には私の指揮下にあります。それが何か?」


 ガスタルディは、レイの考えが今一つ理解できなかった。

 レイは聖騎士と歩兵、そして聖職者を分離して、防衛力を強化しようと考えていた。


(これなら聖騎士と歩兵、聖職者を分離できそうだな。こういう権力抗争に明け暮れていそうな人は、ストレートに言うより、匂わせた方が理解しやすいはずだ。これは僕の偏見かもしれないけど……)


 レイはガスタルディに対し、少し婉曲な表現を使い、パレデス大隊長を説得する手伝いをさせようとした。


「この街の冒険者たちは騎乗での戦闘は専門外です。今回、約百騎もの精鋭、聖騎士の方々がいるのです。聖騎士方に特別(・・)な活躍の場を用意しようと考えております」


 ガスタルディはレイの思惑を理解する。


(この方は聖騎士たちを防衛戦の邪魔にならないよう切り離したいとお考えのようだ。それを私に悟らせようと……ここは私が一肌脱いだ方が良いだろう……)


「なるほど。パレデス殿には私からも話しておきましょう。オグバーン司令官からも一言あれば、事はスムーズに進むと思います」


 レイはうまくいきそうだと、心の中で胸をなでおろすが、あの不憫な農民兵を思い出していた。


(勝手に連れてきて盾にする。本当に酷い国だ。人を人と思わない奴らとこれ以上話したくは無いけど、後でランダルさんとここに来ないといけないな。聖騎士の使い方はランダルさんと相談しよう……後は監視者が邪魔しないように手を打つべきだな)


「もう一つお願いがあります。私の“護衛”をやってくれている人に会わせていただけないでしょうか」


 ガスタルディは渋い顔になり、「なぜでしょう」と尋ねる。


「私は魔族との戦いで最前線に立つでしょう。その時、私の邪魔をして欲しくありません。そのために事前に打合せをしておきたいのです。これは今すぐでなくても結構です。明日にでも時間を頂ければ……」


 ガスタルディは「前線に立たれるのですか!」と声を上げる。


「危険です。このような小競り合いに近い戦いでお命を危うくするような……」


 レイはガスタルディの言葉を遮り、語気を強めて話し始めた。


「私は魔族を恨んでいるわけでも、滅ぼしたいと考えているわけではありません。ですが、理不尽な戦争は憎みます。今回の侵攻は何の大義もない戦い。このような理不尽な戦いから、街の人々を守らずして何を守るというのでしょう? 私も命は惜しいです。ミリース谷で仲間を多く失いましたし、人が死ぬのは嫌です。ですが、今回の魔族のやり方は許せない。だから、戦うのです!」


 ガスタルディはレイの迫力に押され、「しかし、前線に立つ必要は無いのでは?」と呟くように反論する


「少なくとも私が考えた策を実行するのです。私が前線に立たずして、誰が立つのでしょう? それに私が命じる方が確実なのです」


(あの策を採用するなら、僕かランダルさんが前線に立たないといけない。前衛と後衛のタイミングが重要だから。ランダルさんは総司令官だから、前線に立たせるわけには行かない……恐らくミリース谷より危険なはずだ。だけど、魔法を使える僕なら何とかできるはず……)


 ガスタルディはレイの言葉に感銘を受けていた。


(やはりこの方は間違いなく神の現し身。これほど気高いお方は見たことが無い。まさに神話にある光の軍団を率いる光の神(ルキドゥス)そのものだ……)


「アークライト()のご覚悟は理解いたしました。ですが、護衛の者たちは獣人の奴隷。打合せをせずとも命ずれば良いだけにございます。お会いになる必要はございません。私があなた様の盾になることをいい含めておきます」


 レイはその言葉に再び怒りが込み上げてくるが、ガスタルディの口調が更に丁寧になったことから、それを利用することにした。


「奴隷といえども、神より与えられた一つの命。無駄死にさせることはありません。私の指揮下に入れていただければ、十二分に活躍させて見せます。もちろん、私の指揮下に入るのはこの戦いの間のみ。教団に不利になる命令も出しませんし、それは拒否するよう命じていただいても構いません。如何ですか?」


 ガスタルディは、獣人の奴隷部隊をレイに貸すことに、僅かながら躊躇いを感じていた。


(お貸しするのはよい。この方が使えば、更に役に立つことは間違いない。だが、この方の命を守るという命令を無視されるのは困る。さて、どうしたものか……)


 レイはガスタルディの逡巡の原因を正確に洞察していた。


「こうしてはどうでしょうか。常に私の周囲に二名配置し、その者たちは私を守ることを最優先する。他に何人いるかは判りませんが、他の者たちは私の命令で動く。これでどうですか?」


 レイの言葉を聞いても、ガスタルディはまだ迷っていた。


(確かにこれなら最悪の事態は防げるかもしれない……だが、万が一のことがある。私はどうすればいいのだ。ここでこの方の提案を拒めば、教団への、そして私への心証は悪くなる。私は戦に疎い。どれほどの危険があるのか判断できぬ……)


 レイは迷うガスタルディを見て、最後の一押しをすることにした。


「判りました。今の話は無かったことにしましょう。但し、私の邪魔をする可能性がある“護衛”は不要です。私の策は内容を知らない者が見れば、非常に危険に見えるはずです。そこで護衛が介入してくれば、邪魔になるだけでなく、私の命をも危うくしてしまいますから」


 そこで言葉を切り、悩むガスタルディに止めを刺す。


「もし、護衛の気配を感じたら、私は二度と光神教を、そして、あなた(・・・)を信用しません。私を信用しないものを、私が信用する理由も必要も無いですから。信用せずに何かをさせる。これは利用しようとしているに過ぎません。私は誰にも利用されたくありません」


 そして、レイはソファから立ち上がる。


「それでは歩兵の件、パレデス大隊長にお伝え下さい。後でオグバーン司令官と……」


 ガスタルディはレイの言葉を遮り、「判りました」と言って頭を下げる。


「護衛の件はアークライト様のお考えに従います。後ほど、奴隷のおさ、ウノを伺わせます」


「では、私の指揮下に入れても良いと?」


「私の連れてきた獣人は十名です。二名は私どもの護衛と連絡役に致しますので、長のウノを含め、八名をアークライト様の手足としてお使い下さい」


 レイは大袈裟に「ガスタルディ司教様、ありがとうございます」と手を取って頭を下げる。

 ガスタルディは「様付けはお止め下さい」と言いながら、満更でもない顔をしていた。


(これでこの方の心証はかなり良くなったはずだ。ここでの戦いが終われば、聖都への同行も認めてくれよう……)


 一方、レイの心はかなり冷めていた。


(獣人の奴隷か……ステラに会わせたくはないけど、会わせないわけにはいかないよな)


 レイは後ほどランダルと共に再訪することを告げ、宿を出て行った。



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