第二十五話「魔族の闇」
レイは光神教の司教たちが引き揚げたのを見て、ホッとしていた。
(良かった。これ以上関わり合いになるのはごめんだ。特にあの聖騎士は傲慢な貴族と同じ感じがする。ラクス国王の近衛にいた騎士と同じ感じがする……)
まだ、正午前であり、宿の外に昼食を食べに行こうと外に出た。
旧市街の学院近くは、私塾の学生や研究者が多く、安くてうまい定食屋が多く並んでいた。
その一つで昼食をとった後、
「今から図書館に行くのも勿体無いし、どうしようかな?」
アシュレイとステラにも特にしたいことは無さそうで、ブラブラしながら宿に帰ることにした。
宿に戻ると、主人のチャスが光神教の司教が待っていると耳打ちしてきた。彼も先ほどの会話を耳にしていたようで、
「会いたくないなら、このまま街に戻ってもいいぞ。俺は見なかったことにするから」
レイが「司教だけですか? 他には?」と聞くと、チャスはやや不思議そうな感じで、
「一人だけなんだ。さっきの偉そうな騎士もいないし、付き人もいない。この街が安全な街とはいえ、あんなにジャラジャラと宝石を身に着けて、無用心な話だ」
レイはガスタルディ司教が一人で戻ってきたことに興味を持つが、「僕たちはもう一度街に出ます」といって、そっと宿を出て行った。
(何をしに来たんだろう? 魔法陣の場所を聞きに来たのか? ペリクリトルでギルドに確認すれば済む話なのにどうして?)
彼は司教の行動に疑問を感じていた。
(光神教の行動原理がいまいち判らないな。闇の神を信じる者を排斥するだけじゃないのかな……まあ、これ以上関わることはないから、気にしても仕方がないか)
再び街に出てブラブラとするが、狭い街であり、すぐに見るところがなくなる。
仕方なく、魔術学院に戻ることにした。
「学院に戻ろうか。ラスペード先生のところに顔を出して、何もなければ、校庭を借りて訓練でもしよう」
アシュレイとステラも体を動かすことに賛成で、すぐに学院に向かった。
ラスペードの部屋に入ると、相変わらず机に向かったまま、ラスペードが彼らを迎え入れる。
「ちょうどいいところに来たな。先ほど、魔族に関して新たな情報を手に入れたよ。とても興味深い報告でね……」
ラスペードの話は衝撃的な内容だった。
レイたちがミリース谷で戦った後、ラクス王国の護泉騎士団が魔族の襲撃を受けていたチュロック砦を解放した。その後、騎士団長のヴィクター・ロックレッター伯爵は撤退していく魔族軍を追ってデンウッドという廃村に入った。
そこで、魔族の痕跡――大量の若い女性の死体――を見つけたというのだ。
「……ラクス王国から来た報告には、大量のオークたちを召喚する方法を見つけたとあったのだよ。彼らは実に興味深い方法で魔物を召喚していたのだよ。女性の体に魔晶石を取り込ませ、それを核にして魔物を孕ませる。そして、魔法陣を使って……」
彼の説明ではまだ仮説では有るが、今まで知られていない方法が考えられるというものだった。
まず、若い女性の体に魔晶石を埋め込む。そして、その女性に魔物を孕ませ、その魔晶石に精霊の力を強制的につぎ込むことにより、急速に成長させる。生まれた魔物の子供にも魔晶石を飲み込ませ、それを使って一気に成体にする方法で大量の魔物を“製造”したのではないかとのことだった。
魔晶石を飲み込ませることにより、精霊の力を魔力=生命力とすることができるようになり、食料もほとんど必要なかったと考えられる。更に、その魔晶石を媒介に魔物の精神を制御して使役しているのではないかということだった。
その話を聞き、女性であるアシュレイ、ステラ、ジニーは顔を顰め、レイも吐き気が込み上げていた。
(酷い方法だ……その殺された人たちはオークを生み出させる“機械”にされたんだ。どうして、そんな酷いことができるんだろう。この事実だけを聞けば闇の神が邪神だという光神教の主張が正しく聞こえてくる。でも、彼らもステラたち獣人に対して酷いことをしている。同じ穴の狢といえるかもしれないな……)
「そこで魔物使いの研究者が気付いたんだが、特殊な加工をした魔晶石を飲み込ませるか、体に埋め込めば魔物を自由に操れるんじゃないのかと。今回、君たちを襲った魔物もその方法を使ったのかもしれない」
レイはどうやって野生の魔物に魔晶石を埋め込むのか疑問に思った。
「でも、生まれて間もない子供の魔物なら大人しく魔晶石を受け入れると思うんですけど、野生の魔物にどうやって飲み込ませるんですか?」
「闇属性魔法には、睡眠や麻痺などの魔法がある。どの程度の大きさのものが必要かは判らないが、もし、小型の物でも充分なら、餌に混ぜて飲み込ませる方法も取れる。それほど難しいことではないのだよ」
レイはそこであることを思いつく。
「魔物だけに有効なのでしょうか? 人にも同じように効くのでしょうか?」
ラスペードは「うーん」と唸ってから、
「理論的には効くはずだ。奴隷の首輪と原理的にはそれほど変わらないはずだからな。だが、奴隷の首輪といえども着用者に自我は残っている。完全な隷属というのは難しいと思うのだが……人の心というのは判らぬことが多い。弱った精神状態なら完全に隷属することも可能かもしれんが……あくまでこれは可能性に過ぎんが……」
レイはその言葉を聞きながら、自らの考えに沈んでいった。
(魔物を使役していた魔族がペリクリトル周辺にいけば、ソロか少数のパーティの冒険者を捕まえることは簡単だ。そうなれば、魔族の手先になった冒険者が自由に街に出入りできる。魔族の侵攻が本当にあるなら、これはとても危険な状況だ……それより、僕のこの状態も同じかも知れない……)
レイは自分の記憶が操作されていることと、精神を操作する方法の共通点について考えていた。
(僕の異常なまでの魔法の力。記憶の操作。この世界に現れた状況……魔族、いや、別の世界にいるかもしれない悪魔が絡んでいてもおかしくはない。そう考えると僕はどうしたらいいのか……)
ラスペードの説明が終わるが、レイは何も言わない。
「アークライト君は魔族が人を操ろうとしているのではないかと思っているのかね?」
ラスペードの問いに、物思いに沈み込んでいたレイはビクッと反応する。そして、小さく首を横に振った。
「いいえ……その可能性が恐ろしいものに感じたんです。知らないうちに魔族に操られている人が街に入り込んでいたら……人の出入りが多い街ならいつ起こってもおかしくないと……」
「確かにその可能性は否定できないね。まあ、重要人物がいきなり操られることはないだろうが、憂慮すべき事態だね」
ひとごとのように話すラスペードだが、その言葉とは裏腹にその危険性について真剣に考えているようだった。
「まだ、確定ではないが、研究者に発見方法や対抗手段がないか確認しておこう。だが、この情報はあまり大々的に広めるわけにはいかないな。街中に疑心暗鬼の種を蒔くことになるからな」
レイはその言葉に頷き、
(ミステリー小説なんかでよくある設定だ。自分たちの中に内通者がいるという噂が流れれば、疑心暗鬼でそのコミュニティは崩壊する。そんな時に外からの攻撃が加われば、あっという間に負けてしまう。でも、この情報はペリクリトルのランダルさんには伝えておかないと……僕たちが行かないといけないのか。いや、ジニーさんやラスペード先生でも……)
「このことを大至急ペリクリトルに伝えないと。魔術学院の権威である先生と冒険者でもあるジニーさんでこの情報をペリクリトルに伝えることは出来ないでしょうか?」
ジニーはラスペードを見て考えている。ラスペードはふぅと息を吐き、
「行ってもよいが、あくまで可能性に過ぎんのだから、恐らく研究者の戯言と聞く耳は持たぬのではないか。説得力のある人物、君やアシュレイ君の方が適任だと思うのだが……それとも、ペリクリトルに行けない理由でもあるのかね」
「一つは光神教のことです。先ほども僕に接触してきましたから、ペリクリトルに行けば魔族に遭遇した場所に案内しろとしつこく言われるでしょう。できれば、彼らとは行動を共にしたくないのです。もう一つの理由は、すみません、今は言えないんです……」
ラスペードは「もう一つの理由に興味はあるが、今は聞かずにおこう」と言って、レイの依頼を快諾した。
ラスペードとジニーはレイとアシュレイが書いたランダル宛の手紙を携え、翌日ペリクリトルに出発することになった。
ラスペードの部屋を後にしたレイたちは、“賢者の離れ”亭に戻っていく。
その途中、ジニーが気になっていたのか、話せないといった理由について質問してきた。
「レイ君が行った方が話が早いのに……もう一つの理由って教えてもらえない?」
レイは申し訳なさそうな顔で、「すみません。これは話せないんです」と頭を下げる。
「できるだけ早く帰ってきてください。ランダルさんに話したらすぐにでも。多分、ペリクリトルは……」
「ペリクリトルは何?」
「……ペリクリトルは戦場になります……」
ジニーは思わず立ち止まり、「どういうこと!」と叫ぶ。
「理由は言えないんです。それに証拠も何もないですし……でも……」
言いにくそうにするレイに代わり、アシュレイが、
「レイの勘はよく当たるのだ。ミリース谷でもそうだったし……あまり広めて欲しくはないが、ミリース谷の詩に出てくる“白き軍師”とはレイのことなのだ」
ジニーは一瞬驚くものの、「やっぱり」とすぐに納得した。
「そうじゃないかと思っていたのよ。白い鎧の槍術士で魔術師、それにあなたに助言していた姿は軍師って感じだったしね。判ったわ。理由は聞かない。それに出来るだけ早く帰ってくる。でも、アルドさん――ジニーの元いたパーティのリーダー――には戦場になるからって伝えるわよ」
レイは「よろしくお願いします。できるだけ多くの人に警告してください」と言って頭を下げる。
「そう言えば、ドクトゥスに来る時にみんなに気を付けるように言っていたわね。それと関係があるのかしら? まあいいわ」
レイはジニーと話しながら、自分が行くべきか未だに悩んでいた。
(本当は僕たちが行った方がいい。アッシュと僕ならランダルさんも納得しやすいと思うし……でも、僕は自分がまだ信用できない。僕の判断が正しいのか、どう影響するのか……後でアッシュとステラに相談するつもりだけど、今はこれが最善だと思うしか……)
宿“賢者の離れ”亭に到着したが、まだ光神教の関係者がいるかもしれないと、裏口から宿の主人チャスに確認する。
「ずっといるぞ。いい加減、営業妨害なんだがな。光神教の司教なんざ、はっきり言えば学問の敵みたいな存在だからな」
チャスが言うには、一部の狂信的な信者が闇属性魔法の研究者を非難したり、関連する図書を焼いたりと、光神教はこの街では非常に評判が悪いそうだ。
(焚書までやっているのか。一応、小説家を目指していた僕にとっては、ますます近寄りたくない存在だな。暴力で言論を封殺し、気に入らない文書はなかったことにしたがる。事実を事実として認められない集団ほど恐ろしいものはないからな)
そう考えながらも、迷惑そうな宿の主人に同情し、司教に会うことにした。
レイは感情を排した口調で「お待たせしたようですね。まさか戻ってこられるとは思っていなかったので」と言いながら、ガスタルディ司教に軽く頭を下げる。
「いや、こちらこそ先ほどは礼を失した対応だったと反省している」
司教も同じように頭を下げ、本題に入っていく。
「もう一度、頼みたいのだが……魔法陣を発見した洞窟への案内を受けてくれないかね」
レイは「その件に関しては先ほどと答えは同じです」と首を横に振る。
ガスタルディは「あの愚か者には口を出させぬ。それでも駄目かね」と尚も食い下がる。
レイは再度首を横に振ると、ガスタルディはやや落胆した表情を見せていた。
「では、情報に関する話だが、金貨十枚(千C=百万円)でどうかね? かなり破格だと思うが」
「その件でしたら、お金はいりません。ペリクリトルの冒険者ギルドで聞いて頂ければ、教えてもらえるはずです。そちらで確認してください」
「金では動かぬと……やはり、モルトンのアザロ司教の件かね。我が教団にかなり悪い印象を持っているようだが」
レイはやはり自分のことを知っていたのだと警戒する。
「既に僕のことをかなり調べているようですね。それでは、これ以上とぼけても時間の無駄ですね……アザロ司教に僕の一番大切な人が殺されそうになったんです。いいえ、ほとんど殺されていたんですよ。その理由も闇の神殿を庇ったから。たった、それだけのことで人を殺そうとする集団にいい印象を持てという方が無理がありますよ」
ガスタルディは小さく首を振り、
「それは申し訳なかった。我が教団には一部狂信的な者たちがいる。それに先ほどの騎士のような神の教えに従えぬような愚か者もな。だが、すべてがそうではないのだ。そのことは判って欲しい」
「判っているつもりです。モルトンの司祭、バッサーニさんは自らの罪を告白して、私を助けてくれようとしましたし」
その言葉にガスタルディの表情が明るくなる。
「ならば、我々に協力して……」
レイは彼の言葉を遮るように、拒絶する。
「いいえ、協力はしません。個人としては信用できる方もいらっしゃるでしょうが、組織としては全く信用できませんから」
その言葉にガスタルディは驚き、そして、納得したような表情を見せる。
「やはり、その若さに似合わぬ見識を持っているようだ。だが、我が光神教は世界の破滅を救うべく興された教えなのだ。そのことだけは判って欲しい」
それだけ言うと、ガスタルディ司教は立ち去っていった。
レイは司教の後姿を見ながら、
(ステラのこともある。人を人と考えない宗教に世界を救えるはずがないんだ。それにあの成金趣味。装飾品に掛けるお金があるなら、そのお金で貧しい人を救えばいい。昔から思っていたけど、建物や偶像にお金を掛ける宗教って信用できないんだよな。確かに数百年経てば歴史的な遺産なんだろうけど、その資金でどのくらいの人が救えたんだろうって思ってしまう。誰もそんなことは研究していないんだろうけど……)
ガスタルディ司教は宿に戻ると、すぐに部下である司祭を呼び出し、
「直ちに聖都に戻って枢機卿に報告せよ。現し身を見つけ出したと……どのような手段を用いても良い。急ぎ報告し、指示を仰いで参れ」
更に別の司祭にレイに監視を付けるよう指示を出す。
「あの方は光神教に不信感を持っておる。獣人を使って目立たぬよう監視しろ。だが、接触は絶対にするな。もし、監視に気付かれたら、直ちに別のものに切替えろ。判ったな」
ガスタルディは指示を出し終わったところで、自分の行動に手抜かりがないか考えていた。
(とりあえず、私は待ち続けるという行動で誠意を見せた。あの若者はかなりの見識を持っているが、一介の若い傭兵に聖職者たる私があそこまで誠意を見せれば、少なくとも私個人に対する感情は良いものになるはずだ……)
ガスタルディはルークス聖王国からほとんど出たことが無かった。そのため、聖職者は無条件で尊敬を得られると勘違いしていた。
そして、部下に出した指示と今後のことについて考えていく。
(今は行方を見失わないことが重要だ。獣人どもを十名も付けるのだ。間違っても見失うことはなかろう。こちらは本部の意向を確認して行動に移すだけで良い。あとは魔族の討伐だが、ペリクリトルで情報を集めるべきだな。パレデス――討伐隊の指揮官――がネックだが、最悪、更迭して副隊長に指揮を任せればよい……)
彼は自分の行動に手抜かりがないことを確認し、翌日ペリクリトルに向けて出発することを決定した。




