第二十四話「光神教の目的」
ラスペードの実験――魔法陣の起動――に付き合い、魔力を消費したレイは少し疲れを感じたため一旦宿に戻った。
部屋に戻ったレイはやや複雑な笑みを見せながら、アシュレイとステラに話を始めた。
「ラスペード先生の話だと、僕の魂が召喚の魔法陣で呼び出されたとしたら、魔法陣を使って帰ることはできない。ということは、誰かに強制的に送り返されることはなさそうだね。正直、ホッとしているよ」
「私はお前が落胆しているのではないかと思っていたのだが……そうか、こちらの方がいいのだな」
少し嬉しそうな顔でアシュレイがそう言うと、ステラも大きく頷いている。
「もちろん。アッシュもステラもいるこっちの方がいいに決まっているよ」
彼は笑いながらそういった後、話題を変えた。
「話は変わるんだけど、光神教がこの街にいるっていう話、どう思う?」
アシュレイが光神教と聞き、一瞬嫌な顔をする。
「そうだな……出会わないことが一番だが、念のため、鎧は外しておいたほうがいいだろう。幸い、この街は安全だし、私もステラもいる」
「できればというか、絶対に会いたくないね。ステラを知っている人がいるかもしれないし。その辺りもラスペード先生に口止めしておいたほうがよかったかもしれないな」
三人で話し合った結果、光神教の一団がドクトゥスを去るまで、出来るだけで出歩かないようにしようという結論となった。
だが、彼らの考えはわずか数時間で無駄になった。
その日の夕方、レイたちの泊る“賢者の離れ”亭の主人、チャスがレイたちに客が来たことを告げる。レイとアシュレイが食堂に降りていくと、そこには真っ白な鎧を身に纏った騎士と豪奢な白いローブを纏った聖職者らしき男が待っていた。
騎士は四十歳前後で、きれいに整えられた髭が特徴の傲慢そうな男だった。やや肥満気味の体にはプレートアーマーがきつそうに見えている。
聖職者の方は三十歳を超えたくらいで、柔らかい表情の人当たりの良さそうな男だった。だが、その指には色とりどりの指輪が嵌められ、清貧の聖職者という感じは全くしない。
騎士は傲慢そうな表情を浮かべたまま何もしゃべらず、聖職者の方がレイたちに声を掛けてきた。
「君たちが魔族と戦った冒険者たちかね? 私は光神教の司教マッジョーニ・ガスタルディだ。こちらにいるのはルークス聖騎士団の大隊長マクシミリアン・パレデス殿だ」
レイは「レイです」と最小限の言葉だけで軽く頭を下げる。
(何をしに来たんだ? それにしても相変わらず光神教の連中は偉そうな態度だよな……)
アシュレイも同じように名前だけいい、レイが「立ち話も何なので」と食堂の椅子を勧めた。すると、パレデスは不満そうな顔を隠そうともせず、
「田舎者の冒険者だから仕方が無いのだろうが、聖騎士たる儂をこのような場所に案内するとは……あまつさえ、こちらから出向いてやっておるのに、感謝の言葉すらないとはな」
その言葉にレイは呆れ、言葉を失う。
アシュレイはアザロ司教――光神教のモルトン支部の司教、レイたちを暗殺しようと計った――のことを思い出し、怒りを露にする。
「我らは光神教の信者でも何でもないのだ! 勝手に押しかけてきて、その言い草、話にならん。レイ、部屋に戻るぞ!」
その言葉と踵を返すアシュレイの姿に、ガスタルディ司教が慌てて、パレデスを嗜める。
「パレデス殿、場所を弁えたまえ。ここは聖都ではないのだよ。そもそも傲慢な態度は光の神の教えに背くことだと理解しているのかね」
パレデスは特に反省の色もなく、勝手に椅子に座っている。
ガスタルディがやれやれという顔で彼を見てから、「アシュレイ君とレイ君だったね。気を悪くしたのなら、謝罪しよう」とレイたちに軽く頭を下げる。
レイとアシュレイは謝罪してきたという事実に驚き、思わず謝罪を受け入れてしまった。
ガスタルディはパレデスが何か言う前に用件を済ませてしまおうと、二人に向かって話し始めた。
「ティリア魔術学院で聞いたのだが、君たちは魔族が使ったと思われる魔法陣の図を学院に持ち込んだと聞いたのだが、真だろうか?」
レイは慎重に言葉を選び、
「正確には魔族らしい存在が使ったと思われる魔法陣です。我々は魔族を見ていませんので」
ガスタルディはその言葉に頷き、
「魔族らしいと思った理由は? 魔族がいる思うのかね?」
「見慣れない魔物が襲ってきましたので、魔族ではないかと思ったのです。ただ、魔族自体は見ていないので何とも言えません」
レイの慎重な物言いにガスタルディが笑顔を向ける。
「どうやら我々を警戒しているようだが、君たちをどうこうしようと言うのではないのだよ。もし、ペリクリトル周辺に魔族がいるなら、我らはそちらに向かおうかと思っておるのだ」
レイはやはりかと思った。
(今から、チュロック周辺に行っても戦いが終わっている可能性があるからな。それに真冬のチュロック周辺に向かうのも気が進まないんだろう。運がいいことに別の場所で魔族の目撃情報を手に入れたから、それを確認しに来たってところか……)
レイはガスタルディの言葉に笑顔で答える。
「貴重な戦力である聖騎士の皆さんや光神教の聖職者の方々が、私の情報で間違ったところに向かわれるのを恐れているのです。私のような者の情報より、確実に魔族がいるラクスに向かわれるべきではないでしょうか?」
レイはペリクリトルが魔族に襲われると知っていたが、光神教のような身勝手な集団がペリクリトルの防衛に関わることの方が危険だと考えていた。
(どの程度の戦力かは知らないけど、勝手に動く部隊なんてランダルさん――ペリクリトル防衛責任者ランダル・オグバーン――の邪魔になるだけだ。アザロ司教やバッサーニ司祭――モルトンの光神教の司祭。レイを暗殺しようと魔法で攻撃を掛けたが、その後改心した――クラスの光属性魔法の使い手なら、多少は役に立つんだろうけど……)
「なるほど。聞くところによると、君たちはあのマーカット傭兵団の傭兵でもあるそうではないか。ミリース谷で魔族と戦った精鋭なら間違えることはないと思うのだがね」
(僕たちのことを調べている? 少しずつ小出しにしてくるとは……嫌らしい感じだな。まあ、これは僕が光神教を嫌いだからそう思うのかもしれないけど……)
「あの時、我々はオークと中鬼族と戦っただけです。少なくともこの近くで中鬼族は見ていません」
レイとガスタルディの問答にパレデスが苛立つ。
「この者が魔族かどうか解らぬと申しておるのだ。それで良いではないか。時間の無駄だ。儂は帰るぞ」
そう言って席を立つ。ガスタルディが冷たい声でパレデスの背中に声を放った。
「パレデス殿は何か勘違いなされているようだ。直接的な戦闘の指揮に限り聖騎士団、すなわち貴公の所掌だが、それ以外はすべて教団本部の所掌、私の権限であることをお忘れか。情報の重要性を理解できぬような指揮官は更迭されても文句は言えぬ。そのことを理解した上で席を立たれるのですな」
パレデスはその言葉に悔しそうな顔をしながらも席に戻る。
「お見苦しいところをお見せした。では、我々をその魔法陣を見つけた場所まで案内してもらうことは可能かな? 報酬は弾むつもりだが」
レイはガスタルディという司教に危険な臭いを感じていた。
(この司教は結構、力があるみたいだ。下手に一緒に行動すると、僕やステラに興味を持たれる。それは絶対に避けなければ……)
「申し訳ありませんが、今はドクトゥスから動くつもりがありませんので」
「ほう、報酬も聞かずに断るとは……どうやら、本当に我々のことを警戒されているようだ。何か当教団とトラブルでもあったのかな?」
レイは更に警戒を強める。
(もしかしたら、モルトンでアザロ司教とトラブルになったことも知っているのかもしれない。危険な感じが消えないどころか、余計に強くなっていく……)
「いいえ、光神教とトラブルなど……よくある話なのですか? 神殿とトラブルなんて普通は起こりませんよね?」
レイは少しおどけるような口調ではぐらかす。
ガスタルディは一瞬目を細め、鋭い眼光でレイを見つめるが、すぐに笑顔を作り直し、
「では、その魔法陣のあった場所の地図を譲ってもらえないか? 我らだけで調査を行うのでね」
レイは考えるような仕草をして、時間を稼ぐ。
(ただで教えると根掘り葉掘り聞かれそうだし……ここはがめつい傭兵の振りをしよう。うまくいけば、この特権意識に凝り固まった単細胞の聖騎士が何か言ってくれるだろう……)
レイはにやりと笑い、わざとパレデスに視線を向けながら、
「我々が全滅寸前まで追い詰められて得た情報です。この命懸けの情報に対して、いかほど頂けるのでしょうか?」
その言葉にパレデスが「ふん、金に汚い傭兵どもが。我らは傭兵風情に払う金など持っておらぬわ」と、侮蔑の言葉を吐く。
レイはその言葉を待っていたかのように、「それでは話になりませんね。では」と言って立ち上がった。
ガスタルディは「待って頂きたい」とレイに声を掛けると、パレデスに向かい、
「貴公のその態度は聖都に報告せざるを得ませんな。魔族との戦いを軽んじていると……」
レイはガスタルディの話を無視し、
「私は傭兵という職業に誇りを持っております。それをお認めになれない方とこれ以上話すつもりはありませんので」
それだけ言うと、「アッシュ、行こう」と言ってその場を立ち去った。
残されたガスタルディは、
(やはりラクス本部から報告のあった方のようだな。今回の我らの目的の方に間違いない。それにしても、パレデスをどうにかせねば、これから先が思いやられる。ただでさえ、北方では我らの信徒が減り続けているのだ。今回の遠征もその対策の一環であるというのに……フォンス――ラクス王国の王都――からの報告では、マーカット傭兵団の人気は国王を凌ぐとさえ言われている。その者たちに対し、この愚か者は……)
「パレデス殿。此度の遠征の目的は魔族討伐だけではない。教団の信用回復もあるのだ。よもやそのことをお忘れか? 此度のこと、教団本部より騎士団に対して正式に抗議の文書を送らせてもらうぞ」
その言葉にパレデスが喚くように反論する。
「第五階梯である儂に対し、その物言いはなんだ! 貴様如き一介の司教風情に指図される筋合いはないわ!」
光神教には教団内での階級を表す階梯というものがあり、教団最高責任者である総大司教が第八階梯、枢機卿が第七、大司教が第六、執行司教が第五、司教が第四、司祭が第三、助祭が第二、修道士が第一階梯となる。
一方、ルークス聖王国の聖騎士団は世俗である聖王の指揮下にあるが、光神教の組織にも組み込まれているため、同様に階梯を持っている。
聖騎士団の最高位の“聖将”は第七階梯の聖職者となり、四人いる連隊長クラスの“軍将”が第六、大隊長クラスが第五、中隊長クラスが第四、小隊長クラスが第三、平騎士が第二、従騎士が第一階梯となっている。
第五階梯の大隊長であるパレデスは、格下の第四階梯であるガスタルディ司教に指図されるということ自体が気に入らない。
「筋合いはあるのだよ。総大司教猊下より、此度の聖務に関しては戦闘以外のすべての権限は私に与えられているのだからな。よもやそのことを忘れたわけではあるまい。猊下の御決定に異議を唱えるというのなら止めはしないが」
パレデスは「うっ」と唸り、言葉を失う。
「この先もそのような態度を取り続けるというのならば、貴公を解任する。これは脅しではない。我が教団の目的、そして、利益を考えぬ者に掛かる重大な任務を任せるわけにはいかんからな」
そう言いながら、ガスタルディは出発前に上司である枢機卿から聞かされた話を思い出していた。
(枢機卿のお話では、神の啓示が降りたということだった。そして、此度の遠征の目的は魔族を討伐するより、神の御業を自由に操る光の神の現し身たる御方を探し出し、聖都に同道願えというものだった。更に闇の眷属たる魔族には絶対に接触させるなとも言われた。先ほどのレイという若者。調べれば調べるほど我らの探すルキドゥスの現し身としか思えぬ……)
そして、レイの態度を思い出し、
(やはり、モルトンでの狂信者とのトラブルが尾を引いているようだ。柔らかな表情の中に頑な拒絶の色が見えた。そして、この馬鹿者がそれに油を注いだ。まだ、我らの目的の方と決まったわけではないが、何とかせねばならんな。フォンスからの情報では、権力にも金にも興味を示さなかった。神の現し身ならば当たり前ではあるが、どのように話を持っていけばよいか……)
ガスタルディ司教たちは、新市街にある高級な宿に戻っていった。
一方、聖騎士団魔族討伐隊隊長のマクシミリアン・パレデスも不満だった。
(あの若造に指揮権が与えられているのが、全く気に入らん。枢機卿に気に入られておるからと増長しておる。猊下のお言葉がなければ……まあよい。魔族を討伐して成果を上げれば儂の手柄となるのだ)
パレデス隊長は部下たちに出発の準備を命じていたが、ガスタルディ司教が現れ、「出発は延期する」と告げる。
「なぜだ? ラクスに向かうにしても、ペリクリトルに向かうにしても、早急に行軍しておかねばならん。その程度のことは素人でも判るはずだが」
侮蔑したような言葉を投げつけられるが、
「貴公のせいなのだよ。魔族の情報を得ようとした私の邪魔をしなければ、すぐにでも出発できたのだ。素人の私でも情報の重要性は理解しておるのだがな」
司教の辛らつな言葉がパレデスを打つ。彼の後ろに立つ聖騎士たちは表情を変えずに二人を見つめていた。
ガスタルディ司教はその様子を見て、
(やはり、パレデスが問題か。騎士団の上層部も今回の件は聞いているはずだ。にも関わらず、このような無能な者をなぜ選んだのだ? それとも誰かが横槍を入れたのか? どちらにしても、この男は邪魔だ。早々に排除したいが、聖都は遠い。どうしたものか……)
パレデスはまだ何か喚いているが、司教は彼を無視して、再び旧市街に向かった。




