第二十一話「拒絶」
依頼を達成した割には、全員重苦しい雰囲気を漂わせながら、ギルド総本部のランダルの部屋を後にした。
本部のロビーまで来たところで、アシュレイは各リーダーに完了証明を渡していく。彼女は今回の依頼の中で、自分が冒険者のリーダーとしては経験不足であると痛感していた。特に撤退の判断や森の中での行動について、本当に正しかったのか、未だに自信がない。
(傭兵の班長クラスなら、隊長の命令をどう解釈すればいいか、それだけ考えればよかった。今回のように一から十まですべて自分の肩に掛かってくると、如何に自分が経験不足なのか痛感する。今回はステラの情報とレイの判断に助けられた。私一人なら、生きてこの場にいなかっただろう……)
そして、その思いは他のパーティにも及んだ。
(私の判断のせいで、他のパーティメンバーにかなり損害を与えてしまった。私にとってはいい勉強で済むが、これから先も依頼を受ける彼らにとっては、装備の損傷は痛いはずだ。ならば……)
彼女はリーダーたちに向かって、
「倒した魔物の魔晶石についてだが、頭割りで分配する。本来なら貢献度に従って分配すべきだが、すべての魔晶石を回収できたわけではない。すまないが個人への分配は各パーティで決めてくれ」
その言葉にボリス、アルド、ヘーゼルの各リーダーは目を丸くする。
そして、代表する形でボリスが、
「今回はお前さんたちがほとんど倒したんだ。金は欲しいが、貰うわけにはいかねぇ」
アルドとヘーゼルもそれに頷く。
アシュレイは首を横に振り、
「いや、今回生き残れたのは皆の力があったからだ。我々だけの力ではない。そうだな、レイ、ステラ」
レイとステラが頷く。ボリスが尚も言い募ろうとするが、アシュレイが先に話を始めた。
「私の判断で装備を放棄したり、損傷させたりしている。我々はこの街を離れるが、ここに残るものは装備の整備、更新が必要だろう。すべて回収できていないから大した金額にならんだろうが、多少の足しにはなる。それに私にとってもよい勉強になった。冒険者の指揮を執るなど経験がなかったからな。その礼も含んでいると思ってくれ」
ヘーゼルがそれに頷き、手を合わせながらボリスとアルドに頭を下げる。
「ボリスさん、アルドさん。貰っておきましょ。勉強っていう点なら私たちの方が勉強になった気がするけどね……うちの事情で悪いんだけど、ファンなんか鎧がボロボロで今回の報酬だけじゃ、完全に赤字なの。お願い」
ボリスも自分のパーティメンバーのことを思い出し、
「そうだな。うちもフランクとエリスの鎧の修理で金が要りそうだ。ここはありがたく頂こうか。なあ、アルド」
アルドは苦笑いを浮かべながら、「そうだな。アシュレイ、助かるわ」とアシュレイに頭を下げる。
魔晶石については、明日の朝、冒険者ギルドの西支部で換金することにし、今日はその場で解散した。
レイは自分の考えをどうルナに伝えようか悩んでいた。
(いきなり“魔族に狙われているんです。気を付けて下さい”って言われても信じてもらえないだろうし、第一、僕は嫌われているみたいだし……)
アシュレイは彼がルナのことで悩んでいることに気付いていた。
(口に出さないが、ルナのことだろう。レイの考えはよく当たる。今回も間違いないと思うが、それでも証拠は全くない。あまり気は進まぬが、言わずにおくべきことではない。人の命が掛かっているのだからな……)
「レイ、今から“荒鷲の巣”に行くぞ。ルナの命が掛かっているかもしれないのだ。きちんとお前の考えを話すべきだろう」
レイはアシュレイの言葉に驚くが、「確かにそうだね」と頷く。
ステラはアシュレイの行動に不満だったが、もし、何も言わずにこの場を離れ、ルナが攫われたり、殺されたりした場合、レイの心に傷が残るのではないかと渋々認めることにした。
三人は先に帰ったヘーゼルに追いつくと、“荒鷲の巣”に泊ることを伝える。そして、歩きながら、アシュレイがレイの考えを説明する。
「あの時、我々が生き残れた理由をレイが考えた。証拠はないが、ルナが狙われているかもしれないのだ……」
ヘーゼルはアシュレイの話を聞き、目を丸くする。
「でも、証拠はないんでしょ。偶然かもしれないし……」
「ああ、その通りだ。私も杞憂だと思う。だが、もしものことがある。念のため、ルナに話をさせてほしい」
ヘーゼルは真剣なアシュレイたちの顔を見て、「判ったわ」と頷く。
(この人たちがそう思っているっていうことは、かなり危険な気がするわ。今回の調査でも、アシュレイとレイの二人が言うことは大抵当たっていた。それなら、今回も……でも、やっぱり信じられないわね。ただの人間のルナを魔族が狙うなんて……)
その夜、レイはヘーゼルのパーティと共に食事を取る。
アシュレイ、ステラ、ルナ、ライアンがほとんどしゃべらないため、重苦しい雰囲気がテーブルを覆っていた。
食事が終わり、ルナが席を立とうとするが、ヘーゼルが彼女を止める。
「レイがあなたに話したいことがあるそうよ。あなたの安全に関わることだそうよ」
ルナは少し首を傾げ、再び椅子に座る。
レイはどう切り出そうか悩みながら、「今回、無事に帰って来れたのはなぜだと思う?」と切り出した。
彼女は首を横に振り、更に話の目的が判らないと黙っていた。レイはそれに構わず、アシュレイたちに話した推論を話していく。
話が進むにつれ、ルナの顔色が徐々に悪くなっていく。そして、ティセク村が襲われた話になった時、両手でテーブルをバンと叩き、立ち上がった。
「村が全滅したのは、父や母が殺されたのは私のせいだと言いたいの! 私がいたから……そう言いたいの!」
レイはその剣幕にうろたえる。
「ち、違うんだ。そう考えることができるかもしれないって言うだけで……決して君のせいじゃないと……」
レイはルナの剣幕にしどろもどろになりながらも、何とか話を続けていく。
「……ともかく、君が狙われている可能性が高いんだ。恐らく君の名前も覚えられたし、パーティの特徴も知られたと思う。だから……」
「だから、何? 私にこのパーティを抜けろとでも? そして、自分と一緒にドクトゥスに行けとでも? 冗談じゃないわ!」
ルナはそのまま席を蹴るようにして立ち上がり、自分の部屋に戻っていった。
レイはどうしていいのか判らず、下を向いている。
ライアンはルナを追いかけようと立ち上がるが、レイに対して、
「何様のつもりかしらねぇが、ルナは俺が守る!」
そう言い残し、彼女の後を追った。
ヘーゼルは、「ごめんなさいね」と頭を下げ、
「折角、教えてくれたのに……ライアンじゃないけど、あの子はうちのパーティメンバーだから、うちで何とかするわ」
「判りました……でも、出来るだけ街から離れないでください。それから、できればこれから二ヶ月くらいはこの街から離れていた方が……」
ステラはルナの態度に怒りを覚え、ルナの背中を睨みつける。
(レイ様がどれほど悩んだと思っているの! あの態度は絶対に許せない。別に教える義理などなかった。それなのにこの方は悩んで、苦しんで……あなたたちでどうこうできる相手ではないことは、森の中で嫌というほど味わったはずなのに、それを理解しようとしないなんて……でも、良かったのかもしれない。これで心置きなくこの街を離れられる……)
一方、席を立ったルナも激しい怒りを感じていた。
だが、その怒りはレイに向けたものではなく、自分と自分の運命に対してだった。
(私がいたから村が襲われた……私だって馬鹿じゃない。なぜティセク村なんてちっぽけな村が魔物の大群に狙われたのか、いつも考えていたわ……)
ルナ自身知らされてはいなかったが、彼女はティセク村の猟師の子供ではなかった。
彼女の育ての父である猟師が、村近くの森で倒れている身重の女性を助けた。その女性はボロボロになった服を纏っていたが、その服の生地はかなり上質な物で、高貴な生まれの女性であると思われた。
猟師はその女性を助け、そのまま家に連れ帰り介抱する。
そして、一人の女の赤ん坊、ルナが生まれた。
ちょうどその頃、村の周辺でオークとオーガの群れが確認された。ペリクリトルから千人にも上る討伐隊が派遣され、オークたちを殲滅し、事なきを得た。
彼女の母はその猟師と結婚し、村に溶け込もうとした。
ルナが三歳の時、自分に前世の記憶があることに気付く。
日本の高校二年生であった記憶が突然蘇り、自分が転生者又は憑依者であると気付いたのだ。
その後、彼女は自分の前世の記憶について、両親にすら話さなかった。閉鎖的な村では悪魔付きと呼ばれ、排斥される可能性があったからだ。実際、彼女の母が流れ者と言うだけで彼女の家は敬遠されていた。
彼女は自分の容姿が父に似ていないこと、母の立ち居ふるまいから、本当の父ではないと思っていた。そのことを何度か両親に尋ねるが、いつもはぐらかされ、結局最後まで真実を聞くことは叶わなかった。
彼女が十歳の時、再びオークの群れがティセク村を襲った。
体は幼いながらも精神は大人になっていたルナは、父に入れられた地下の貯蔵庫で恐怖に震えながら難を逃れた。
その後、一人の冒険者に助けられ、彼の家の養女となった。
その時、彼女の村ティセク村にまつわる魔族の影について、聞かされていたのだ。
(その話を聞いた時には、母を狙ったものだと思っていたわ。母を追って魔族はやってきたのだと。確かに私には闇属性魔法の素質があったけど、それ以外に何か特別なことがあるわけじゃない。いいえ、前世の記憶を持っているから、それは特殊かもしれないけど……)
彼女は頭を振りながら、レイの言葉を思い出す。
(でも、レイの話を聞くと、私を狙ったものとしか思えない。うすうすそうかもしれないと思っていたから、余計に腹が立ったのかもしれない……)
そして、この八年間のことを思い出していた。
(あれから八年、私の周りでは何も起こっていない。だから、私が目的じゃなかったと思いたかったのかもしれない。でも、それはあの人たちが私を守ってくれたから、私が危険な目に遭わないように助けてくれたからかもしれない……もしそうなら……)
彼女はこの先のことを不安に思い始める。
(……もしそうなら、この先、彼が言うように魔族が私を狙うかもしれない。そうなれば、ライアン、ヘーゼルさん、ファンさんにも迷惑が掛かる。それにこの街にも……)
彼女は自分のベッドにうつ伏せになり、この世界での初恋の相手を思い出していた。
(あの人がいてくれたら……ううん、あの人は私を守ると言ってくれた。でも……逢いたい。あの人に……助けて! 私は怖いの……)
十一月十六日の朝。
冒険者ギルドの西支部で魔晶石を換金する。総額は約七百五十Cで一人当たり五十Cだった。
金を受取った後、アルドらと別れの挨拶をする。
アルドが、「世話になったな。また、どこかで一緒に仕事をしようや」と三人の手を取り、肩を叩いていく。
ボリスは、アシュレイに対し、「済まなかったな。大分気を使わせたみてぇだ」と苦笑いを浮かべながら右手を差し出していた。
レイは別れの挨拶をするたびに「大規模な襲撃に気を付けてください」と注意を喚起するが、皆、半信半疑といった感じだった。
レイたちはジニーと合流した後、約二百km離れた学術都市ドクトゥスに向けて出発した。




