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トリニータス・ムンドゥス~聖騎士レイの物語~  作者: 愛山 雄町
第三章「冒険者の国・魔の山」

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第十八話「待ち伏せ:後篇」

「敵襲! 前方左手側から岩猪五頭! 樹上に灰色猿多数です!」


 ステラの叫びが森の中にこだまする。

 アシュレイはすぐに「チェスター、フランク、ライアン! 前衛に回れ! 他は後衛に! アルド、ボリス! 後ろは任せる! 倒すより攻撃を喰らわないようにしろ!」


 アシュレイが全員に指示を出し終わったところで、ステラが戻ってきた。

 アシュレイはすぐに「お前は後ろに回りこむ灰色猿の相手をしてくれ」と指示を出す。


 岩猪は彼らの左前方五十mのところを、草をなぎ倒しながら突進してくる。

 レイは既に呪文を唱えることなく、彼の前方に三m×三m、深さ三十cmほどの泥沼を作っていた。


(呪文を考えておけばよかったな。無詠唱だと魔力の消費がきつい……)


 五頭の岩猪は最短距離を一団となって突進してくる。だが、岩猪たちの視線は低く、潅木や草が生い茂る森の中では、レイの作った泥沼の存在に気付くことはなかった。


 数秒後、岩猪は次々と泥沼に突っ込んでいく。

 レイは大きさを小さくした分、深さを取っていた。猪たちは泥を派手に跳ね飛ばしながら、頭から泥に突っ込んでいった。


「今だ! 横に回って腹を突け!」


 アシュレイの叫びにフランクらが反応する。

 両手剣を持った大柄のフランクは沼から這い上がろうとする岩猪の右横に周り、その短い首辺りに剣を叩きつける。だが、岩猪の硬い皮はその強力な斬撃を弾き返していた。

 それを見たアシュレイは再度指示を出す。


「横から足で蹴倒して腹を突くのだ! 背中の皮には剣は効かぬ!」


 アシュレイは自ら手本を示すべく、泥沼から半ば這い上がった一頭の岩猪の背中を足で思いっきり蹴りとばす。岩猪は後足を滑らせ、僅かに泥に汚れた腹を見せたところで、彼女は、両手剣を力一杯突きいれる。岩猪は苦しげな悲鳴を上げて泥沼にずり落ちていった。

 彼女の姿を見たフランク、チェスター、ライアンもそれに倣った。

 泥沼の端に足を掛け、這い上がろうとする岩猪の背中を蹴ったり、武器で押したりして、横倒しにしていく。三人はそれぞれ武器を岩猪の柔らかい腹に叩き込んでいった。


 レイは岩猪をアシュレイたちに任せ、灰色猿に対応しようと身構える。

 彼の目に飛び込んできたのは、上空を舞う十羽近いハーピーの姿だった。


「右手上空にハーピーがいるぞ! 弓術士! 矢を撃ち込め!」


 彼がそう叫んだ瞬間、樹上から黒っぽい毛皮の塊が次々と降ってきた。


「灰色猿だ! クソ! 動きが速い……うわぁ!」


 アルドのパーティの弓術士、長身のニールの悲鳴が響き渡る。

 彼は真上から飛び降りてきた灰色猿に矢を射掛けたあと、別の猿に取り付かれる。

 必死に腰の短剣に手を伸ばすが、灰色猿の強力な腕が振られ、顔面を掻き毟られていく。

 ステラはニールを助けようと灰色猿に近づこうとしたが、彼女にも二匹の猿が襲い掛かってきた。

 襲い掛かってきた灰色猿は、太い木の幹を足掛かりに三角飛びのようなトリッキーな動きで彼女に飛びついていく。

 ステラはその動きにも全く動揺することなく、軽く横にステップしてかわしながら、双剣で灰色猿の首を跳ね飛ばした。

 灰色猿の首は胴体から離れて飛んでいき、胴体側の切り口からは赤い血が噴水のように噴出していた。


 アルドは仲間の魔術師、ジニーを庇いながら戦っていた。

 アルドは木の幹を背にしながら、灰色猿の攻撃を捌くが、時折、跳ねるように上から攻撃を掛けてくる敵に徐々に押されていく。

 ジニーも杖を構え、何とか支援しようと呪文を唱えるが、乱戦状態に巻き込まれ何度も呪文を中断されてしまう。


(やばいぞ……ニールを何とかしてぇが、敵を捌くので一杯一杯だ……ボリスも手一杯のようだし、このままじゃ全滅する……)


 アルドは必死に剣で敵を捌いているが、その顔には絶望の色が広がっていた。



 ボリスは仲間の剣術士エリスと共に戦っていた。彼らの後ろには弓術士のミレーヌが弓を構えているが、素早い動きの灰色猿に矢を放つことができない。

 ボリスはアシュレイの言ったとおり、敵を捌くことだけを考えていた。


(一対一なら何とかなる。だが、こんな場所じゃ、勝ち目はねぇ。あるとすりゃ……あの三人がどう動くかだ。今は仲間を守ることに集中するしかねぇな……)


 彼はエリスにも守りに徹するよう指示し、後ろのミレーヌには無理に攻撃に出ないよう指示を出していた。


(この場所じゃ、逃げるに逃げれねぇ……ハーピーまでいるとなりゃ、こりゃ詰みかもしれねぇな……)


 彼もこの戦闘を生きて終えられるとは思っていなかった。



 ルナは獣人の剣術士ファンの後ろで弓を構えていた。

 彼女の横には接近戦が苦手なリーダーのヘーゼルがいる。

 ファンは二人を守りながら三匹の灰色猿の執拗な攻撃を受け続け、革鎧は鋭い爪でボロボロになっていた。

 治癒師のヘーゼルが隙を突いて治癒魔法を掛けているため、何とか戦闘を継続しているという状況だった。

 ルナはタイミングを合わせて矢を放っていたが、碌に照準を合わせることができず、敵に当てることすら出来ない。


(歯がゆいわ。この距離まで接近されてしまったら、弓は役に立たない。もっと真剣に剣術を習っておけばよかった……護身術程度じゃ、灰色猿には効かなそうだし……)


 そう言いながらも、ファンの横に回りこむ灰色猿に蹴りを放ち、何とか戦線を維持する。


(もう少しすれば、アシュレイさんやライアンが戻ってくる。それまで時間を稼ぐしか……)


 その時、彼女の右横から灰色猿が飛び掛ってきた。彼女は弓を捨て、そのままの勢いで肘打ちを灰色猿の顔面に放つ。見事に顔面にヒットするが、灰色猿の長いかいなが彼女の革製のヘルメットに掛かっていた。

 駆けつけたライアンの「ルナ!」という叫び声が響く。


 彼女は咄嗟に頭を下げて太い腕の一撃は回避するものの、止め紐が爪で引き千切られ、ヘルメットが大きく後ろに飛んでいく。次の瞬間、彼女の豊かな黒髪が零れ落ちていく。

 その様子は、夕焼けの陽の光を受け、美しく輝く黒い大輪の花のようだった。



 レイは上空を舞うハーピー相手に光の連弩を放っていた。

 昨日からの連戦と、昨夜の睡眠不足が彼の魔力を削っており、更に翼魔への攻撃で、戦いの前から魔力の残量に不安はあった。そこに魔力消費量の大きい“泥沼”の魔法を放ったことから、二度の連射で三匹のハーピーを叩き落したものの、彼の魔力は限界に近づいていた。


(あと一連射で魔力切れになりそうだ。無理をしても二連射が精々。単発に切替えても……一連射分は翼魔用に残しておこうと思ったけど、そんな余裕はなさそうだ……)


 彼の頭上には五匹のハーピーが舞っていたが、彼に攻撃手段がないと判ると、二匹を残して三匹がステラたちの方に飛んでいく。

 レイがステラたちの戦いに目をやると、八匹の灰色猿が飛び跳ねるように襲い掛かっていた。

 特にステラには、二匹の灰色猿が交互に襲い掛かり、さすがの彼女も防戦気味になっている。

 アルドは魔術師のジニーを守りながら、必死に二匹の灰色猿に対して剣を振るっている。

 ボリスたちはアルドより余裕はあるものの、二匹の灰色猿が立体的に攻撃を掛けてくるため、中々有効なダメージが与えられない。

 ヘーゼルのパーティは獣人の剣術士ファンが二人の後衛を守るように戦っているが、彼の革鎧はボロボロになり、ただ闇雲に剣を振りまわすといった感じになっていた。


(あの状態にハーピーが行けば……アッシュたちはまだなのか! アッシュが行けば、状況が変わるんだが……)


 その時、アシュレイたちは泥沼でもがく岩猪(ロックボア)を攻撃し、二頭の岩猪を仕留めていた。だが、生命力が強い岩猪は血を流しながら、泥沼から這い上がり、アシュレイたちに攻撃を加えている。

 幸い、突進力を生かした体当たりが使えないため、彼女らに被害はないが、弱点である腹を晒さなくなった岩猪は粘り強く攻撃を加えている。

 アシュレイはステラたちの方が危険だと気付いており、何とかライアンを下げさせたものの、フランクとチェスターを救援に回す余裕はなかった。


 レイは急降下してくるハーピーに槍を突き出しながら、


(アッシュが抜けると、岩猪が突進を掛けてしまう。そうなったら、完全に終わりだ……でも、このままでも……打開策が思いつかない……魔力を限界以上に使うしか方法はない……)


 彼が覚悟を決め、精霊の力を集め始めた時、敵の動きに異変が起こった。

 灰色猿たちがキーキーと鳴きながら、木の上に登り始めたのだ。更に後ろに向かった三匹のハーピーも上空に舞い上がって旋回している。

 彼に攻撃を掛けていた二匹のハーピーの動きもおかしくなっていた。急降下の最後に爪を立てていくのだが、ただ通過しようとしたのだ。

 レイはその瞬間を見逃さず、ハーピーの右の翼を斬りつける。翼を傷付けられたハーピーは錐揉みするように墜落し、バタバタと翼を動かしていたが、レイに後ろから突かれ、その場で絶命した。


(何が起こったんだ? 急に動きがおかしくなった。今は原因を考える時じゃない。このチャンスを生かすときだ!)


 彼は残る一匹のハーピーが上空に舞い上がったことを確認し、アシュレイに合流した。



 月魔族のヴァルマはレイの魔法に狙われないよう、樹上から戦いを監視していた。


岩猪(ロックボア)をあんな方法で無力化するとは……やはり、あの魔術師が一番危険ね。でも、ハーピー相手に魔力を使い尽くしそうね……灰色猿(グレイエイプ)の方はもうそろそろ決着をつけてくれそう。あの獣人の娘が厄介だけど、何とか二匹で抑えられているし……)


 彼女は勝利を確信していた。


(どこか一箇所が崩れればこちらの勝ち。二人の女を守る獣人のところが一番に潰れそうね。ハーピーを何匹か回せば終わりね)


 彼女はレイを抑えていた五匹のハーピーのうち、三匹をヘーゼルのパーティに向かわせた。

 その瞬間、彼女が見ていたパーティ、ヘーゼルのパーティの弓術士のヘルメットが飛んだ。弓術士の美しい黒髪がヴァルマの目に映り、彼女は一瞬その光景に目を奪われる。


(あれは! いいえ、別人のはず。“御子”がここにいるはずが……でも、ペリクリトルから来た冒険者ならあり得るわ……駄目! このままでは“御子”を傷付けてしまう)


 彼女はパニックに襲われ、灰色猿とハーピーに攻撃を中止するよう合図を送る。

 魔物たちは何が起こっているのか理解できず、突然の攻撃中止命令に戸惑い、我が身を守るため調査隊から距離を取った。

 ヴァルマは黒髪の弓術士――ルナ――が、本当に彼女の探す“月の御子”なのか確認するため、闇の精霊の力をルナに向けて放った。

 その時、ルナは灰色猿を警戒し、ヴァルマに背を向けていた。ピンポン球ほどの大きさの漆黒の球が、ルナに向かって矢のように飛んでいく。

 ヴァルマが命中したと思った瞬間、闇の球は弾けることなく、ルナに吸い込まれていった。

 ヴァルマは満面の笑みを浮かべ、


(ようやく見付けたわ。ようやく……あとは御子様をお連れするだけ。さて、邪魔者はどうしたらいいかしら……)


 ヴァルマがルナに意識を向けている間に、岩猪はアシュレイたちによって全滅させられていた。

 アシュレイらはアルド、ボリスらに合流し、樹上にいる灰色猿に警戒する。更にケガを負って倒れていたアルドのパーティの弓術士ニールも、ヘーゼルの治癒魔法で回復していた。


(全滅させることは難しそうね。魔法が使えないとはいえ、あの三人が合流したのなら、灰色猿とハーピーだけでは一気に決めることは無理。どうしようかしら……)


 彼女は自分の目的について思い至り、


(私の目的は御子様を連れ帰ること。ここで仲間を全滅させれば、私を拒まれるはず。それに灰色猿とハーピーでは、御子様を傷つけてしまう恐れもある……一度、腰を据えて考え直したほうがいいわね。時間はまだ一月以上ある。名前も特徴も判ったことだし……魔法陣の情報を持って帰られるのは悔しいけど、あの情報だけでは何もできないはず……ここは見逃してあげるわ、“白の魔術師”さん……)


 彼女は灰色猿(グレイエイプ)とハーピーに撤退を命じ、自らも西の空に静かに飛んでいった。


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