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トリニータス・ムンドゥス~聖騎士レイの物語~  作者: 愛山 雄町
第一章「湖の国・丘の町」

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第十四話「帰還」

 ヒドラの毒で苦しむアシュレイを助けるため、レイは水属性魔法での毒消しに挑む。


(毒を消す……血液中の毒の成分を水の精霊に浄化してもらう……浄化のイメージが難しい……毒の成分を無害な成分まで分解してもらうというのはどうだろう? 魔力は足りるのだろうか……いや、ぶっ倒れてもやってやる!)


 彼は左手に水精霊を集めるようにイメージし、精霊の力が溜まったところで、アシュレイの右足に左手を当てていく。

 左手から青い光が彼女の体に流れ込み、何かが起こっていることが判る。

 彼は彼女の右足の付け根を縛ったロープを外し、更に左手を彼女の全身を巡らせるように動かしていく。

 一分ほど魔法を掛け続けていると、苦悶に歪んだ彼女の表情が僅かに緩んだように感じられた。

 彼は魔力切れギリギリまで魔法を掛け続けたあと、彼女の様子を見ていた。


(さっきより、楽そうな表情になったけど、毒が消えたのか判断が付かない。モルトンの街に行けば、治癒師だか治療師だかがいる。意識が戻らなくても、連れて帰らないと命に関わるかも……)


 彼は十分間様子を見る事にした。その間にヒドラの魔晶石を回収することにした。

 彼は魔力切れの症状が出始め、体がふらつく中、ヒドラの胴体に手を当て、魔晶石を取り出す。すると、五cmほどの水色の魔晶石が現れた。


「でっかいな。さすがにあれだけの強さだと、こんなに大きいのか……」


 その魔晶石を見ながら、思わずそう口に出してしまった。そして、今更ながら、ヒドラとの死闘を思い出し、


(さっきは危なかった。リザードマンの時のようなパニックは起こさなかったけど、これはアシュレイがいてくれたからだ。もし、一人だったら……死んでいたかもしれない……)


 急速に蘇る死の恐怖に一瞬怯えの表情を見せるが、すぐに表情を引き締める。


(大丈夫だ。あの強敵、ヒドラに勝てたんだ。自信を持ってもいいはず……でも、アシュレイが捕まったのは解せない。彼女の動きなら、アクシデントが無い限り、捕まることはなかったと思うんだけど……)


 魔晶石を回収し、荷物をまとめながら、アシュレイの様子を見ているが、一向に目覚める様子がない。

 地面に叩きつけられた時に頭を打っている可能性もあり、不用意に動かしていいものか判断に迷うが、このままここで一夜を明かすわけには行かないと、彼は街に戻ることを決意した。


 二人分の荷物を収納魔法アイテムボックスに入れ、意識を失っている彼女を槍に座らせるように背負う。

 幸い、荷物はすべてアイテムボックスに入ったため、放棄する必要はなかった。

 彼は重量軽減のため、彼女の鎧を外そうか悩むが、できるだけ早く移動することと、途中で魔物に襲われることを考え、そのまま彼女を背負い、森の中を歩き始めた。

 時刻は午後二時過ぎ、大柄なアシュレイを背負い、魔力切れでふらつく体に鞭を打ち、森の中を進んでいった。


(何も出てくるなよ。この状況じゃ、雑魚モンスターでも対応できないぞ……)


 ターバイド湖の湖畔を抜け、丘陵地帯の森に入る。

 曇りの空の下、四月の涼しい風を受けているが、さすがに人ひとり背負っての移動は、かなりきつい。

 安全な街道までは湖畔から四・五kmほどある。一時間ほど掛けて、ようやく一kmほど進んだが、疲労と腕の痺れのため、休憩を取ることにした。

 大きな木にもたれかかるように座り、荒い息を整えていく。

 横に座らせたアシュレイは、未だ意識が戻る気配はなく、彼は早く街に連れて帰りたいという気持ちだけが強くなり、更に焦りが大きくなっていく。


(今は三時くらいか……まだまだ街は遠い。門は午後八時まで開いているけど、それまでにたどり着けるのだろうか……そんなことより、早く治療師に見せないとアシュレイが……)


 十分ほど休憩した後、再び彼女を背負い、森の中を歩いていく。

 時折、獣の鳴く声が聞こえるが、今のところ、近づいてくる感じはない。


 時々休憩を入れながら、更に二時間移動するが、未だ森から抜けることができない。

 午後五時を過ぎた辺りだろうか、深い森の中はすでに闇に包まれ始め、足元が覚束なくなってきた。


(拙いぞ。道は何とか判るけど、あと三十分もしないうちに真っ暗になる。そうなったら歩くことができない……まだ、半分近く距離は残っているはず。どうしよう……)


 日帰りの予定であったため、照明器具は持っておらず、両手が塞がっているため、松明を灯すこともできない。

 夜目も効かず、暗闇を歩く危険は、彼のような初心者でも容易に想像できた。


(困った時の魔法か……光属性魔法で簡単に光は作れるんだろうけど、それだと魔物を呼び寄せることにならないか? 身体能力向上系で暗視能力を付けるというのもありなんだろうけど……)


 彼はリスクを減らすため、暗視能力を自分に付与できないかと考えた。

 イメージはスターライトスコープで、弱い光を増幅するというものだが、直接自分の眼にその能力を付与する安全な方法が思いつかない。


(ゴーグルでもあれば、それに付与できるのに……自分の眼を改造するのはちょっと怖い。失敗したときのことを思うと、今試すのは無理だ)


 彼は光の玉を飛ばす方法で、灯りを確保することにした。

 イメージは人魂。彼がそれを思い浮かべると、二つの光の玉が現れる。彼は自分の足元近くとその先を飛ぶように調整し、再び歩き始めた。


 更に一時間。

 既に周りは完全に暗闇に包まれていた。曇天の厚い雲に阻まれているため、空に月はなく、光の玉が無ければ、ほとんど何も見えない。

 彼の体力も限界に近づき、僅かしか使用しないとはいえ、光の玉の魔法のため、魔力も限界に近づきつつあった。

 徐々に歩く速度が遅くなることに、更に彼の焦りが増大していく。

 未だ目覚めぬアシュレイの様子も気になるが、息は規則正しく、その点だけが安心材料となっていた。


(早く街に着かなければ……アシュレイの容態が安定しているうちに……あとどのくらいなんだろう……)


 彼の時間感覚は暗闇に包まれたことと疲労のため、かなり狂いが生じてきていた。

 彼が一時間歩いたと思っていても、それは三十分であったり、十分しか休憩していないと思っていても二十分だったりと、彼が思うより距離は稼げていなかった。


(この世界に来た時にアシュレイに出会っていなければ、今頃どうなっていたのか判らない。その恩を返すためにも、何としても街に着かなければ……恩を返すとかはどうでもいい。彼女を死なせたくないんだ。絶対に……)


 彼は疲れた体に鞭を打ち、更に歩いていく。

 もうどのくらい歩いたのか、本当にこの方向でいいのかすら判断できない。

 もし、このタイミングで魔物や野獣、いや、野犬程度に襲われただけでも、二人はその命を散らせていただろう。

 それほどまでに、彼の消耗は激しかった。


 結果的には、彼の歩む方向は正しかった。

 前方のやや上方に、うっすらと明かりが見え始めてきた。

 彼はその明かりを見つけると、更に歩みを早くしていった。


(良かった……モルトンの街だ。あと少し、あと少しだ……)


 近づいていくと、その明かりはやはりモルトンの街の物で間違いなく、最初に見えたのは男爵の屋敷の明かりだったようだ。


(もう少し、あと、五百mくらい。門が閉まる前に……早く……)


 彼は走るように足を進める。だが、それは彼の思いだけであり、疲れ切った体は彼の思いに応えてくれない。


 午後七時三十分。

 彼は通用門のみ空いた正門に、ようやくたどり着いた。


 門を守る守衛は、ただならぬレイの様子に、


「大丈夫か? オーブを見せろ。確認したら、人を呼んでやる。おい、聞こえているか」


 レイは自分のオーブとアシュレイのオーブを守衛に見せると、


「はぁはぁ。ち、治療師のところに、つ、連れて行きたいんですが、はぁはぁ、どこに行ったら、いいんでしょうか?」


 荒い息が混じる疲れ切った声でそう聞くと、守衛は冒険者ギルドの近くに、治療師の診療所があることを教えてくれた。

 それを聞いた彼は、すぐにギルドのある南地区に向かって歩き始める。

 後ろでは守衛が、何か叫んでいるが、彼はその言葉が耳に入っていなかった。



 モルトンの警備兵であるバート・フレッカーは、この日は正門の警備に当たっていた。

 今日の勤務は遅番で、午後八時の閉門で終わるが、閉門の三十分前に奇妙な男が走りこんできたことから、予定が変わった。

 最初、その男が見えたとき、足元を照らす不思議な光の魔法を使い、白い鎧を着ていることだけが見て取れた。

 徐々に近づくにつれ、後ろ手に槍を持ちながら、誰かを背負っているのが見えてきた。

 彼はそのただならぬ様子に、


「大丈夫か? オーブを見せろ。確認したら、人を呼んでやる。おい、聞こえているか」


と声を掛ける。その男はオーブを見せながら、焦ってはいるが、丁寧な口調で、


「はぁはぁ。ち、治療師のところに、つ、連れて行きたいんですが、はぁはぁ、どこに行ったら、いいんでしょうか?」


 そう荒い息で聞いてきたため、


「冒険者ギルドの支部は判るな。その裏手側を五十mほど進めば、エステル・ビニスティというエルフがやっている診療所がある。もう閉まっているかもしれんが、俺が付いていってやる。ちょっと待ってろ」


 彼は背負われている女傭兵が、以前、男爵(御館様)の護衛をしていたアシュレイ・マーカットであることを見て取り、同僚たちに事情を話して同行しようと思っていた。

 だが、その白い鎧を着た男は話も聞かずに、そのままフラフラと南地区の方に歩いていく。


「待てって! 一緒にいってやるから……」


 仕方なく彼は、「済まない。奴を追いかけるから、後を頼む」と同僚に言って、男を追って走っていく。


 すぐに追いつくと、その男に手を貸しながら、診療所に早足で向かっていった。



 レイは正門で聞いた場所に向かって、一分一秒でも早く、アシュレイを治療師に見せようと、必死に足を動かしていた。

 後ろから門にいた守衛が追いかけてくるが、オーブも確認したはずだと、後ろも振り向かなかった。


「ようやく追いついたぜ。俺はバートだ。案内してやるから、付いて来い。って、お前さん、まだ歩けるか?」


 その守衛は三十前くらいの人間の男で、軽い口調だが、真剣な目付きでレイを心配している。


「大丈夫。はぁはぁ。は、早く、治療師のところに……」


「大丈夫って、感じじゃないが……まあいい。こっちだ」


 彼らはギルド支部の裏手に入り、ようやく、診療所に到着した。


 バートが言ったとおり、診療所は既に閉まっていた。

 バートは、「ちょっとここで待っていろ」と言った後、裏口の方に向かう。


 じりじりとした思いで、一、二分待っていると、ようやく入口の開き、バートとその横に若い女性――エルフらしい特徴の女性――が立っているのが見えた。

 その女性――エステル・ビニスティ――は、アシュレイの様子がおかしいことに気付き、すぐに診療所に入るよう促す。


「何があったのかは判らないけど、すぐに入りなさい!」


 診療所の中は、日本の病院といった雰囲気ではなく、待合室と治療用のベッドが三台ある診察室だけの質素な作りだった。

 エステルはベッドの一つに、アシュレイを寝かせるようレイに指示を出すと、すぐに治療の準備を始める。

 そして、手を動かしながら、レイに何があったのかを尋ねていく。


「何があったの? ただのケガじゃなさそうだけど……毒? 何の毒かしら?」


 レイは荒い息を静めながら、


「ヒ、ヒドラに噛まれました。頭も打っています……助けてください……」


「ヒドラ!? いつのこと! 噛まれたのはいつ!」


 エステルはヒドラと聞き、口調が焦った物に変わっていく。


「昼過ぎです。ターバイド湖で昼過ぎに……」


「昼過ぎ……手遅れかも……うん? 何か治療はした?」


 その”手遅れ”という言葉にレイの中に絶望が広がっていく。

 エステルは時間が経ちすぎていることから、既に手遅れではないかと思ったが、アシュレイの顔色が思ったより悪くないことから、何か治療を行ったのではないかと思い当った。


「毒を吸い出して、持っていた毒消しを飲ませました。一応、毒消しの魔法も掛けてみたんですが、初めて使ったんで、効いているのか判らないんです……」


「毒消しの魔法? あなたも治癒師? そんなことはいいわ。”解毒”の魔法を掛けてみるわ。あなたは疲れているようだから、そこに横になっていなさい。バート、あなたもご苦労様だったわね」


 彼女はアシュレイの様子を見ながら、解毒の魔法の呪文を唱えていく。

 徐々に彼女の右手に青と緑の光が集まり、その手をアシュレイの胸に当てる。

 レイはその様子を見ながら、


(大丈夫なのか……手遅れって言っていたけど……)


 二、三十秒ほど手を翳すと、アシュレイの顔色が土色からやや赤みを増してきたように見える。

 彼はその様子に少しだけ安堵するが、このエルフの女性が下す診断結果を聞くまでは安心できないと目を離せないでいた。


「何とか命を取り留めたと思うわ」


 その言葉にレイは、張り詰めていた気持ちが一気に抜け、へたり込んでしまう。


「ありがとうございました。本当に……うっ、ありがとう……」


 彼はへたり込みながら、感謝の言葉を口にすると、アシュレイが助かったという事実に涙が止まらなくなる。

 エステルはその姿を見て、”この二人の関係は?”と思いながら、横にいるバートを見るが、彼も知らないようで、“さあ”と首を横に振っている。

 そんなことより、ヒドラという強力な魔物に挑んだ無謀さに一言言わずにはいられなかった。


「でも、ヒドラを相手にするなんて、何て無茶なことを……それも専用の毒消しも持たずになんて、死にに行くようなものよ」


「ひっく、急に襲い掛かられたんです。そ、そんな情報はなかったのに……」


 泣きながら、レイは今日あった出来事をエステルとバートに語っていく。


 二人でヒドラを倒したという話を聞き驚くが、更に不完全ながらも毒消しの魔法を考え出し、森の中を人ひとり背負って五kmもの距離を歩いてきた彼に対して、畏敬の念すら抱いていた。

 エステルは、長命種のエルフということで見た目は二十代半ばだが、実際には百歳を超えたベテランの治癒師だ。

 彼女は長く、このモルトンの街に住んでいるため、冒険者や傭兵たちとも付合いがあり、大体の実力は見抜ける自信があった。

 だが、目の前で泣いている白い鎧を着た男の実力は、全く判らなかった。


(今の話が本当なら、凄いことよ。魔術師の支援もなく、たった二人でヒドラを倒し、その上、猛毒のヒドラの毒を浄化できる……私でも薬草の助けを借りなければ、いえ、助けを借りたとしても、ここまで連れて帰れた自信はないわ。話が本当ならだけど……)


「この人はここで預かるわ。明日の朝、もう一度来なさい」


 レイは「ここにいてはいけないでしょうか」と彼女に聞くが、


「あなたは魔力切れ寸前でしょ。宿でゆっくり休みなさい」


 彼は渋々頷き、「よろしくお願いします」と言って立ち上がった。


 横で見ていたバートは、


(今の話が本当なら、セロンの奴が一枚噛んでいるんじゃないか? だが、ヒドラの情報は俺たち警備兵すら聞いていない。その情報をどうやって手に入れたんだ? まあいい。セロンは嫌いだが、証拠がない。もし、奴がこいつらを嵌めようとしたのなら、驚くことになるだろうな)


 バートはふらつくレイに肩を貸し、


「宿まで送ろう。だが、良くやった。お前さんが頑張ったから、アシュレイは生き残れた。今日はゆっくり休め」


 レイは肩を貸してくれるバートに礼を言った後、


「バートさん、ヒドラの話は当分誰にも言わずにいて貰えませんか。どうも、たちの悪い人に嵌められた気がするんです……」


 バートはその言葉に驚くが、「判った。誰にも言わない。エステルにもそう伝える」と約束した。


 宿に戻ると、心配そうな女将のビアンカが声を掛けてきた。


「レイ、大丈夫なの? アシュレイは?」


 疲れ切ったレイに代わり、バートが、


「アシュレイはエステルの診療所にいる。どうやら大物と戦ったみたいだ。アシュレイを背負って街まで戻ってきたから、かなり疲れている。部屋に連れて行ってやってくれ」


 レイは主人のレスターとビアンカに肩を借りながら、三階の自分の部屋に戻っていった。


 バートは、レイのことを考えながら、


(面白い奴だな。ヒドラと死闘を繰り広げたのに、自慢一つしない。それに本気でアシュレイのことを心配している。セロンの奴が噛んでいるなら、一泡吹かせるのに丁度いいかも知れん……)


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