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トリニータス・ムンドゥス~聖騎士レイの物語~  作者: 愛山 雄町
第三章「冒険者の国・魔の山」

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第八話「ランダル・オグバーン」

 “荒鷲の巣”の食堂で、のんびりと食事をしていると、明らかにアシュレイかステラが目当てといった感じの二十代半ばくらいの人間の男が近づいてきた。

 ところどころに傷がある浅黒い顔だが、剣呑な雰囲気はなく、すぅっという感じで空いた椅子に座る。


「初めて見る顔だな。俺はキースっていうんだ。これでも五級だぜ」


 レイは胡散臭そうだなと思ったが、トラブルを起こすことも無いと思い、「レイです。五級です」と軽く頭を下げる。

 キースはお前には聞いていないという顔をするが、五級と聞いて驚いた顔になる。


「五級なのか? その歳で……まあいいや、そっちのお嬢さん方のお名前は?」


 アシュレイはちらりと一瞥するだけで、「アシュレイだ。同じく五級」とぶっきらぼうに答える。ステラに至っては、視線すら合わせず、「ステラ、六級」と喧騒に掻き消えそうな声で呟くだけだった。


(しかし、こういう宿じゃテンプレなのか? でも、アッシュはセロン――モルトンの街の冒険者。アシュレイに横恋慕しレイと決闘――のことがあるから、この手の男は嫌いなんだよな。ステラは元々警戒心が強いし、このキースっていう人も来るところを間違えたね)


 キースは二人に歓迎されていないことに気付いていないのか、一人でしゃべり始める。


「その若さで五級と六級か。凄いな。で、どこから来たんだい? ここには何をしに?……」


 べらべらとしゃべるキースに、アシュレイが苛立ち始め、目に剣呑な光が宿っている。

 レイはアシュレイが苛立っていることに気付き、この男を何とかしなければと考え始めていた。


(セロンほど陰湿そうじゃないけど、空気の読めないタイプだな。アッシュもステラも嫌そうにしているのが判らないのかな)


 アシュレイの苛立ちが限界に達したようで、「べらべらと良く回る口だな。私たちは三人で食事をしているのだ。用が無いならどこかに行ってくれ」と強い口調でキースを睨む。


 キースはそんな彼女に構わず、「つれないことを言うなよ」と、彼女の肩に手を回そうとした。

 アシュレイは嫌そうな顔をし、手を払おうとするが、その前に素早く立ち上がったレイがキースの腕を掴んでいた。


「それ以上は止めてもらえないかな。それともここの冒険者のやり方なのか、嫌がる女に手を出すのが」


 レイも自分の恋人に手を出されることは我慢ならなかった。

 キースは軽い口調を変えず、へらへらと笑っている。


「こんなきれいどころを二人も独占するなよ。ちょっとくらいいいじゃねぇか」


 レイは出来るだけ声を低め、迫力を出そうと努力しながら、キースを睨みつける。


「僕はここで揉め事を起こしたくないと思っている。でも、僕の(・・)アッシュに手を出すなら黙っていない」


 アシュレイはその言葉に顔を赤らめているが、横にいるステラは無表情でその様子を見ていた。


(アシュレイ様だから、レイ様はお怒りになられた。もし、私だったらどうされたんだろう……)


 キースはアシュレイを諦め、ステラに向かおうとした。

 レイが「ステラにも手を出すなよ」と釘を刺すと、


「美人を独占するのは罪だぜ、色男。こっちの獣人の姉ちゃんもお前さんのもの(・・)なのかい?」


 その言い方にレイが「ステラはもの(・・)じゃない!」と切れる。

 そして、キースの前に立ち、怒りを込めた言葉を叩きつける。


「さっきも言ったけど、嫌がる女に手を出すのが、ここペリクリトルの冒険者の流儀なのか!」


 怒りをぶつけられたキースがあまりに突然のことで呆然と立ち尽くしていた。

 レイはアシュレイにちょっかいを出されたことには何とか我慢できた。だが、ようやく人らしい感情を見せ始めたステラを“もの”扱いされたことが我慢ならなかった。

 ステラはレイの怒りを見て目を大きく見開いていた。


(どうしてそこまで……私のことも……)



 だが、それまでキースがちょっかいを出すのはいつものことと笑っていた冒険者たちだったが、レイの言葉に数人が立ち上がる。


「聞き捨てならねぇな。他所から来た奴がここ(・・)ペリクリトルの冒険者を馬鹿にするのはよぉ」


 そうだそうだという声が食堂に広がっていく。


「何度でも言ってやるよ。大事な仲間にちょっかいを掛けられても、ここの冒険者はなんとも思わない連中だとな!」


 ある程度状況を判っている者たちは、キースが引き際を誤ったと気付いていたが、状況が判らない者たちは、レイのその言葉に激しく反応した。

 ガタガタと椅子を倒しながら、冒険者たちが立ち上がる。

 レイは心の片隅で“言い過ぎた”と思っていたが、ここで引く気はなかった。


(別にここにいたいわけじゃないんだ。こんな連中しかいないなら、別の街に行けばいいだけだ)


 その時、奥から野太い声が響いてきた。


「静かにしろ! こんなことだから、ここの冒険者は馬鹿しかいねぇって言われるんだろうが!」


 一番奥のテーブルに座る偉丈夫――四十代後半の厳つい顔の大男――が一喝すると、水を打ったように静まり返る。


「今回はその若造の言い分が正しい。キースとか言ったな。少しは相手を見ろや。お前に目が無ぇのはすぐ判っただろうが」


 その言葉にキースはバツが悪そうに頭を掻く。

 だが、周りにいる冒険者たちはそれでは納まらない。


「だがよ……ですがね、こいつは俺たちを馬鹿にしたんですぜ。こんな若造が俺たちを……」


「馬鹿か、お前は? 俺たちの間じゃ、実力が物を言うんじゃねぇのか? そいつらの腕を見てみな、レッドアームズだぜ」


 周りの男たちは一斉にレイたちの腕に目を向ける。

 偉丈夫が「そうなんだろ?」というと、三人は小さく頷く。


「アクィラの山の中じゃどうか知らんが、こと戦いだけならレッドアームズの若造でも結構強ぇぞ。それにその三人はかなりの腕だ。お前らでも勝てる奴は少ねぇだろうな」


「でも、ランダルさん、こいつらが本物だとは限らないんじゃ……」


 一人の男がそういい掛けたとき、ランダルと呼ばれた男の雰囲気が変わる。

 ランダルは「俺の目が節穴だと言いたいのか?」とその男をギロリと睨むと、場の温度が一気に下がっていった。

 レイはランダルという名を聞き、ハミッシュから聞いたことを思い出していた。


(確か、ランダル・オグバーンという人を訪ねろってハミッシュさんが言っていたよな。この人がそうなのか?)


 そして、皆の視線がランダルに集中した時、彼は大声で笑い始める。


「ハハハ! まあ、今回はタネがあるんだ! アシュレイだろ? ハミッシュの娘の」


 その笑いに緊迫した空気が一気に緩む。レイはその人心掌握の旨さに驚いていた。


(たった一人で殺気立った空気を変えてしまった。凄いな……)


 一方、アシュレイは、ランダルが自分のことを知っていることに驚いていた。


「面識は無いはずだが?……どこかでお会いしたことが?」


「十五年ほど前だ。ハミッシュと仕事をしたとき、一度だけ会ったことがある。まあ、お前がこんなにちっちゃい頃だがな」


 彼は手で一mくらいの高さを示して笑っている。


 周りでは「ハミッシュって言えば、あの“赤腕”か?」とか、「何でレッドアームズがいるんだ」というボソボソという声が囁かれていた。


「もしや、ランダル・オグバーン殿でしょうか?」


 アシュレイがそう尋ねると、彼は笑顔で大きく頷く。


「アシュレイ・マーカットです。父からよろしくとお伝えするようにと言付かっております」


 アシュレイはキースや立ち上がった冒険者たちを無視して、立ち上がりランダルに一礼する。


「ランダル・オグバーンだ。たまにここで飲むんだが、今日は運がいい。どうだ? こっちで一緒に飲まねぇか?」


 彼も周りの冒険者たちを置き去りにして、笑っている。

 レイはこの状況に苦笑するしかなかった。


(完全に僕と、ここにいる冒険者たちは置き去りだな。何か馬鹿馬鹿しくなった)


 アシュレイが頷くと、レイとステラと共にランダルのテーブルに移動する。

 残された形のキースは、呆然としたまま立ち尽くしていたが、行き場を失った冒険者たちの怒りを一身に受けることになる。


「てめぇが空気を読まねぇから、こんなことになるんだろうが!」


「半端もんの癖に相手を見ろや! 自分に釣り合う尻軽女の尻でも追っていろ!」


 周りから散々に言われ、キースは半泣きになっていた。


 レイとステラも自己紹介を済ませ、ランダルと談笑を始めるが、レイはランダルがここにいることが本当に偶然なのかと疑っていた。


(ランダルさんはこの街の治安責任者だと聞いた。そんな人がこの状況でのんびり飲みに行くなんてことがあり得るのか? ハミッシュさんの昔の戦友だそうだけど、信用しても大丈夫なんだろうか?)


 彼はその疑問が引っ掛かり、ランダルの目をまっすぐ見て「本当に偶然来たんですか?」と単刀直入に聞く。

 ランダルは少し驚いた顔をした後、ぽりぽりと顎を掻き始めた。


「今日、総本部の情報課に行っただろう? ロイドがマーカット傭兵団(レッドアームズ)の傭兵が情報を持ってきたって、俺のところに報告に来たんだよ。若い女が二人に白い鎧の若い男。そいつらが、四手熊に殺人蜂なんかと戦ったって話を聞いてな。どんな奴らかちょっと興味を持ったんだよ」


 レイはその説明では納得できなかった。


「本当にそれだけですか? 忙しいはずの防衛責任者がたったそれだけの理由で?」


 ランダルは「何が言いたい」と少し目を細める。

 その迫力にレイは一瞬たじろぐが、


「情報の信憑性を直接確認しに来たのと、大物の四手熊や、飛行型のキラーホーネット、ハーピーなんかをどうやって倒したのか確認しに来たのでは?」


 ランダルは大きく目を見開いた後、「ハハハ!」と大きく笑う。


「その通りだ! 聞いた話じゃ、ほとんどその三人が倒したってな。だが、その割には両手剣使い、双剣使い、槍使いしかいねぇ。何があるんだって思うだろう?」


 レイはまだ何か隠していると思ったが、この場でする話ではないのかもしれないと頷くだけに留める。


(本当にそれだけの興味で動いたのか? でも、三千人の冒険者がいれば僕たちの戦力をそんなに気にする必要はないし……しかし、これ以上は情報不足で考えようがないか……)


 レイは警戒するものの、ランダルという人物には好印象を持っていた。


(この豪放さはハミッシュさんに通じるものがあるな。周りの冒険者たちも一目置いているようだし)


 その時、ランダルは豪快な笑い声を上げながら、内心ではレイのことを考えていた。


(この若造、優男風の見た目に騙されるが相当頭が切れる。俺がここに来た理由、それに薄々感付いているようだ……)


 冒険者ギルド総本部は彼にペリクリトル周辺の調査と魔物の討伐を命じていたが、捜索範囲を広げるため、十名程度の隊に分けて派遣していた。

 森の中は異常に攻撃的になっている魔物たちで溢れており、普段なら傷付くことを恐れ、積極的に攻撃を掛けてこない魔物までが、見境無く調査隊を攻撃してくる。

 特に高速で移動する飛行型の魔物ハーピーやキラーホーネット、更には樹上を移動する灰色猿グレイエイプなどによる奇襲攻撃で、防御力の低い後衛に損害が続出していた。


(異常に攻撃的な敵に調査隊の被害が馬鹿にならん。それも飛行型の魔物に後衛の弓術士、治癒師がやられている。もし、飛行型を苦にせんのなら、調査隊に組み入れようと思ったのだが、それも察しているようだな)


 アシュレイはランダルと話をし、少しだけ懐かしさを感じていた。元ペリクリトルの冒険者で、マーカット傭兵団三番隊隊長ラザレス・ダウェルと話しているような感じを受けていたのだ。


(どこかラザレス殿を思い出す。まあ、これがペリクリトル(ここ)の空気なのかもしれないが……)


 周りの冒険者たちは、街の防衛司令官であるランダルと、普通に会話する若者たちを遠巻きに見ていた。

 ランダルは冒険者としては三級だが、傭兵としては二級――剣術士レベル八十二の強者(つわもの)であり、その豪放磊落なイメージとは異なり、緻密な計画と的確な指揮で、この街の最高責任者である冒険者ギルド長からも一目置かれている。


 周りの冒険者たちには、その司令官と普通に会話する二十歳前後の若者の姿が異様に見えていた。

 特にきっかけを作ったキースは、何者なのだと考えながら、彼らをチラチラ見ていた。


 一時間ほど談笑した後、


「今日は済まなかったな。この街の冒険者は気のいい連中ばかりだ。今日のことは俺に免じて水に流してやってくれ」


 そう言って頭を下げ、「明日にでも俺のところに遊びに来い」と言って、食堂を出て行った。

 レイはその時に本当の理由を話してくれるのかと思いながら、彼の後姿を見つめていた。

 三人も女将のミラに湯を頼み、部屋に戻っていった。

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― 新着の感想 ―
「そう言って頭を下げ、「明日にでも俺のところに遊びに来い」と言って、食堂を出て行った。」 何かあると疑っているのだから、自分から厄介ごとに突っ込んでいかないで欲しいなと願うよ。
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