第八十七話「魔族たちのその後」
十月二十三日
王都フォンスは、昨日までの混乱が収まり、平和な朝を迎えていた。
レイは昨日の混乱を考え、今日の出発を見送ることに決めていた。
(昨日の今日で出発するわけには行かないよな。ブレイブバーン公からの呼び出しも有りそうだし、キルガーロッホ公のところからも何を言ってくるか判らないし……今日一日は予定を入れず、大人しく、マーカット傭兵団本部に篭っていよう)
彼の予想通り、ハミッシュ・マーカットにブレイブバーン公からの呼び出しがあり、レイにも同行するようにとの指示があった。
(予想通りだけど、昨日のキルガーロッホ公との話のことかな? それとも、チュロックのことかな?)
だが、彼の予想とは全く違う話を聞かされることになる。
ブレイブバーン公の執務室に入ると、いつものように気さくな公爵の声に出迎えられる。
「昨日はご苦労だったな。よくやってくれた」
公爵はハミッシュの肩を叩きながら、笑顔で椅子を勧める。
そして、その後の市民たちの動向や、負傷者たちの状況などを話していき、更にキルガーロッホ公爵のことに話が進んでいく。
「昨日の夕方は久しぶりに驚いたぞ。リーランドからの報告で暴動の危険もなくなったと聞き、屋敷に戻ろうとしておったのだがな、突然、陛下からのお召しがあり、急いでいったら、キルガーロッホ公の隠居の話なのだ。まさか、あの男が自ら隠居すると言い出すとは思わなんだわ」
笑顔で話す公爵に対し、真相を知るハミッシュとレイは微妙な顔でその話を聞いていた。
「どうしたのだ? まさか……ハミッシュ、そなたは知っていたのか?」
ハミッシュは「いえ、あの、はい……」と答えに窮していた。
「リーランドからの報告にキルガーロッホ公に招かれたとあったが、まさか、そなたが……」
そして、公爵は目の端にレイの姿を認め、
「報告にはなかったが、レイ、お前も同行したか?」
レイは「はい。団長の護衛で……」と、もごもごと答える。
公爵は呆れた顔で、
「まさかと思うが、そなたが知恵を出したのではないだろうな?」
レイは困り果てて、ハミッシュと公爵を交互に見るが、最後には諦め、素直に頷く。
「ようやく納得がいったわ。キルガーロッホ公にしては大胆な策をと思ったが、黒幕はレイであったか」
ハミッシュが「申し訳ございません」と頭を下げる。レイも釣られて一緒に頭を下げていた。
「いや、構わぬ。キルガーロッホ公があの決断をせねば、未だに王都は不穏な状況であったからな。しかし、レイ……」
公爵は真剣な表情でレイを見つめ、
「貴族のこと、いや、国政に口を出すなら、身分は重要だぞ。低き身分のまま口を出せば、不遜と言って排除される。そなたなら、判っておろうが、今一度、私の提案を考え直してみぬか?」
彼はレイを伯爵家の養子にし、王国に仕えてはどうかという提案を示唆した。
「閣下のおっしゃることはよく判ります。ですが、やはりその件はお断りいたします」
公爵はやや残念そうな顔をし、「そうか」と呟く。
「まあよい。旅に出ることは変わらぬのだな?」
「はい。近いうちに出発しようかと思っております」
レイがそう言うと公爵は大きく頷く。
「それがよい。今日、そなたを呼んだのは、伝えたきことがあったからなのだ」
レイは不思議そうな顔で「“伝えたきこと”でございますか?」と疑問を口にする。
「ああ、光神教のことだ。光神教の神官たちがそなたのことを調べ始めた。どうやら、ミリース谷の戦いで、類稀なる治癒の魔法を使った治癒師がいたと報告が送られてきたようなのだ。更に先遣隊が奇襲を受けた際にそなたが翼魔を殲滅したという話を聞きつけてもおる。今、それらの裏を取っておるようなのだ」
レイは「光神教ですか……」と呟き、公爵の話に更に耳を傾けていく。
「そうだ。それもラクス本部が直々に動き出していると聞く。大事になる前にここを離れるべきであろうな」
レイは光神教に付き纏われる鬱陶しさを感じていた。
(ここでも関わってくるのか……まあ、今回は特に対立したわけでもないし、それに王国から出れば、ラクス本部の手も伸びてこないだろうし……あっ、そういえば、閣下にお礼を言わないと……)
彼は突然、報告書の報酬のことを思い出した。
「お礼を申し上げるのが遅れました。先日の報告書の件です」
公爵は笑って、
「構わぬ。あれでも安いのだ。ヴィクターがおれば、更に倍の一万でも安いと、ギルドに捻じ込んだかもしれん。あれは四級相当の依頼、あまり多額の報酬を付けるわけにはいかなかったのだ。あの当時はそれで充分だと思っておったのだがな……」
「いえ、あれでも充分すぎます。僅か数ページの報告書に……」
公爵はレイの言葉を遮り、真剣な表情で語りかける。
「レイ、お前は自分の報告書の価値が判っておらぬようだな。あの報告書でどれだけの兵が救われることか……今現在、戦場で戦っているヴィクターが一番判っておるだろうが、闇雲に戦っておっては勝利など掴めぬ。今まで、我らは魔族の情報を欲していたが、断片的な情報すら手に入れられなかった。そう、奴らにどう対処してよいのか判らなかったのだ」
「ですが、あれが正しいとは……」
自信無げなレイに苦笑しながら、公爵はハミッシュに話を振る。
「そなたもそう思うであろう、ハミッシュ?」
「確かにその通りでございますな。鬼人族ならともかく、翼魔族については判らぬことが多過ぎます。直接話をしたというだけでも、価値は充分にあるかと」
公爵は満足げに頷くと、
「そういうことだ。お前は時々、自信無さ気な態度を取るな。堂々と私に意見することもあるのにだ。そこが面白いといえば面白いのだが、もう少し自信を持て。その価値は充分にあるのだからな」
レイは居た堪れなくなり、俯いてしまう。
(自信がないのが本当の僕で、自信有り気に調子こいているのが、おかしいんだけど。元の聖 礼と、今のレイ・アークライト。今ではレイ・アークライトに慣れてしまったけど、半年ちょっと前はただの高校生だったんだから……現実感の違いなのかもしれないな。まだ、こっちがリアルっていう感じがしないのが、調子に乗ってしまう原因なんだ……)
三人は暫し談笑した後、レイとハミッシュは執務室を後にした。
その頃、チュロック砦にいる騎士団長ヴィクター・ロックレッターは、昨日届いたレイの報告書「アークライトレポート」に従い、敵の拠点を探すことに全力を傾けることにした。
副団長のシーヴァー・グラッドストーン男爵は、損害が大きかった斥候隊の編成を改め、十名程度であった編成を、その十倍の中隊単位とした。
更に、弓や弩を装備させ、小魔や翼魔に対抗できる体制を整える。
また、上空からは有翼獅子隊を使って、各偵察中隊が連携を取る方法を編み出し、徐々に索敵範囲を広げていった。
レイの報告書が来るまでは、魔物が森に潜んでいる程度という認識であったため、闇雲に敵の姿を追っていたが、敵の拠点という目標が定められたことにより、討伐軍の動きは目に見えて効率的になる。
更に増援の傭兵たちも続々と集まり、戦力は充実していき、捜索時の損害も激減した。
十日後、十一月に入り、寒さが厳しくなり始めた頃、彼らは敵の拠点らしき場所を発見した。それは、魔族の侵攻が相次いだ頃に廃村となったデンウッド村であった。
デンウッド村はチュロックから更に北北東に三十kmいったところにあり、チュロックの村民たちですら忘れているほど昔に放棄された村で、有翼獅子による空中偵察によって、村の存在が明らかにされた。そこにはオークらしい人影が見え、魔族の拠点である可能性が高かった。
上空からの偵察では、敵の詳しい動向が確認できなかったため、ヴィクター自らが率いる一個大隊が強行偵察に向かった。
だが、魔族側もその行動を監視しており、ヴィクターたちが接近してくる前に、デンウッド村の拠点を速やかに放棄し、撤退していた。
ヴィクターは慎重を期すため、更に二個大隊を召集し、三個大隊でデンウッド村に突入していく。
罠を警戒しながら突入した彼らの見たものは、最近、破壊されたらしい廃屋と、百人近い女性の死体であった。
女性たちは満足な衣服も与えられておらず、ボロ布を巻きつけたような姿で事切れていた。彼女たちの手足は木の枝のようにやせ細り、唯一腹部だけが異様に膨れ上がっていた。
「これはどういうことだ? シーヴァー判るか?」
副団長はその惨状を目の当たりにしても、全く表情を変えず、調査していく。
「これがアークライトの申していたオークの”補充”方法なのかもしれませんな。この者たちがどこから連れてこられたのか判りませぬが、無理やり魔物の子を孕まされたのではないかと……」
ヴィクターはその吐き気のする考察に、怒りを覚えながらも、更に調査を命じていく。
「手紙、魔法陣、食料庫、何でもよい。手掛かりになるものを探せ! シーヴァー、一個中隊を使って、この者たちを丁重に葬ってやってくれ」
翌日、デンウッド村の東側、山側に大きな洞窟があるという報告が入る。
ヴィクターは志願者を募り、内部の調査を命じた。
調査を開始してから五時間後、調査隊が戻り、内部の情報が報告される。
「内部にはかなり広い部屋、直径十五mほどの部屋があり、そこに魔法陣らしき跡がありました。更にその奥には、最近使ったであろう厨房、寝室などがありました」
「最近使った厨房か……少なくとも食事をする奴はいるということだな。ご苦労だった。明日、宮廷魔術師に魔法陣を確認させる。案内を頼む」
翌日、同行していた宮廷魔術師が呼ばれ、魔法陣を確認するが、闇属性の魔法陣であること以外、詳細は全く判らなかった。
大鬼族の操り手であるバルタザル・オウォモエラと、翼魔族の呪術師、アスラ・ヴォルティ、そして、中鬼族のテイマー、ユルキ・バインドラーはデンウッド村から五十kmほど北にいった森の中に潜んでいた。
「どうするの、バルタザル? 拠点も無くなったし、オークの補充も出来なかったわよ」
アスラの問いにバルタザルが感情を交えず、低く答える。
「そうだな。奴らの動きが速すぎた。あと一月は砦近くの森でうろうろすると思っていたのだがな……今から、拠点を探す時間はない。現有戦力で撹乱するしかあるまい」
アスラは肩を竦めるように、
「そうね。今から冬になるわ。敵の動きが鈍くなる。出来るだけ北に引き摺り上げるのが上策ね。雪が降れば、それだけで閉じ込められるから。敵の数もかなり多くなってきたし、目的は達せそうね」
バルタザルは同意するように大きく頷く。
「で、俺たちはどうすればいいんだ? オークの数は六百を割り込んだ。オーガの餌にするにしても、早い者だと、あと一月も経たずに消滅するぞ。野生のオークを狩っても良いが、戦力にはほとんどならん」
ユルキの暗い声が二人に掛かる。
「そうだな。野生のオークを狩る必要はない。餌の問題もあるからな。今いるオークは囮として、敵を引き摺りこむのに使うことにする。奴らをここまで引き摺り込むための”餌”に使う。二人とも、雪が降るまで奴らを足止めするぞ。良いな?」
アスラとユルキの二人が頷くと、三人はそれぞれの部隊に戻っていった。
ラクス王国への魔族の侵攻は最終局面に向かっていたが、未だ決着は付いていなかった。




