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トリニータス・ムンドゥス~聖騎士レイの物語~  作者: 愛山 雄町
第二章「湖の国・泉の都」

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第八十五話「収拾」

 十月二十二日、午後三時。


 キルガーロッホ公爵に招かれたハミッシュは、レイと共に豪華な応接室に招き入れられる。

 その応接室は王宮の応接の間に匹敵する豪華さで、ふかふかとした絨毯は足首まで沈みこむのではないかと思わせるほど柔らかく、壁に掛けられたタペストリーは、金糸や銀糸をふんだんに使った豪奢なもので、キルガーロッホ家の財力を見せ付けるのに充分なものが揃っていた。

 既に公爵はソファに掛けており、彼の後ろには数人の貴族が立っていた。

 二人が入ってくると、公爵は革張りの豪華なソファに座るよう促す。


「お召しにより参上しました。ハミッシュ・マーカットでございます」


 ハミッシュが公爵の前で深々と一礼すると、それに合わせるようにレイも頭を下げる。


「そう堅苦しくすることはない。まずはそこに座りたまえ」


 ハミッシュは更に一礼し、ソファに腰を掛ける。

 レイはどうしたものかと迷った末、ハミッシュの後ろに立つことにした。


(ハミッシュさんの横に座るわけには行かないよな。僕は護衛なんだから)


 公爵はレイを一瞥すると、ハミッシュに「この者は護衛か?」と尋ねる。


「いいえ、レイ・アークライトと申す、我が娘の婚約者にございます」


 公爵は微笑みながら頷くと、レイにも座るよう促してきた。


「アークライト、そなたも座れ」


 レイは公爵の後ろに立っている貴族をちらりと見て、


「私はマーカット団長の護衛でございますので、お気遣いなく」


(敬語が使えないよ。ブレイブバーン公とか、騎士団長みたいに無礼講でいいって言ってもらわないとしゃべれないよ……)


「護衛は不要じゃ。後ろの者たちを気にすることはないぞ」


 困ったレイはハミッシュに助けを求めるが、彼も目で座れと命じてきた。

 レイは居た堪れない雰囲気に飲まれそうになりながら、ゆっくりと腰を下ろす。

 そして、現実逃避するように、自分の鎧でソファが痛まないか考えていた。


(このソファも高いんだろうな? 鎧の角で傷が付いたらどうしよう? 弁償とかは言われないだろうけど……今はそんなことを考えている場合じゃなかった……)


 そして、現実逃避から回復したレイは、キルガーロッホ公がイメージと違うことに違和感を覚えていた。


(話を聞いていたイメージと全然違うな。白髪で鋭い目付きの野心がギラギラした、如何にも上級貴族っていうイメージだったんだけど、温和な柔らかい感じの人に思えるな……)


 レイが座ると、公爵はすぐに本題に入っていく。


「此度の暴動を鎮めてくれたこと、大儀であった。ブレイブバーン公の命令か?」


 公爵の問いにハミッシュは気負いもなく、答えていく。


「御意にございます。ブレイブバーン公爵閣下より鎮圧の命を受けております」


「そうか……アーウェルのことでも迷惑を掛けた。済まぬことをした」


 公爵はそう言うと、ハミッシュに向かって頭を下げる。

 その様子に後ろにいた貴族たちが声を上げる。


「傭兵風情に閣下が頭を下げる必要などございませぬ!」


「そのようなことをすれば、平民どもが増長しますぞ!」


 公爵は後ろを振り向き、「静まれ!」と短く命じる。貴族たちはビクッと体を硬直させ、すぐに頭を下げるが、公爵が前を向くとすぐに不満気な表情を見せ始める。


(今の感じは正に権力者っていう感じがする。でも、取巻きたちは駄目だな。この状況を全く理解していない)


「済まぬな。後ろの者たちはまだ判っておらぬのじゃ。今、我がキルガーロッホ家がどれほど危機に瀕しているかを」


 レイはその言葉に思わず驚きの表情を見せてしまう。


「一連の騒動、我が身から出た錆とはいえ、この状況で収拾することは我が一門には不可能。まあ、護泉騎士団だけでも無理であったであろうな。そなたらの働きなくば、我が屋敷が、いや、王都そのものが、暴徒の手で破壊されておったかもしれぬ」


 レイは公爵の言いたいことが理解できた。


(確かに僕たちレッドアームズが出てこなかったら、暴動は更に大きくなっていたはず。あと一時間遅ければ、本格的な暴動が始まって、それに煽られた若者たちがそこら中を壊していっただろうな。一度、暴れだしたら、簡単には止まらなくなる。反日デモで街を破壊した某国の若者たちのことを思えば、公爵の感覚は正しい。でも、どうも違和感が拭えないな……)


 公爵はハミッシュに向かって,更に話を続けていく。


「此度のことといい、そなたは世間で言われている以上の知恵者じゃな。そこで一つ問いたいのだが……」


 彼は言葉を切り、僅かに躊躇いを見せる。

 後ろの貴族たちは更に不満を募らせ、ハミッシュを睨みつけていく。

 僅かな躊躇いのあと、公爵はハミッシュを真直ぐ見つめ、


「我がキルガーロッホ家は何をすべきか、民たちに近いそなたの意見を聞きたい」


 突然の問いにハミッシュは当惑する。

 彼は頭を深く下げ、


「私は一介の傭兵に過ぎませぬ。閣下のご下問にお答えできる知恵を持ちませぬ」


「先ほどの演説、儂ですら感じ入った。我がキルガーロッホ家は、いや、儂は、今まで民たちのことを考えなんだ。恥を晒すようじゃが、我が一門に我らを救える策を出せる者はおらぬ。どのようなことでもよい。そなたの考えを聞きたい……」


 突然、後ろに立っていた二十代後半の若い貴族が公爵の横に跪き、


「閣下! これ以上は見るに堪えませぬ! 我らにご不満がありましょうが、傭兵風情にこれ以上謙るのは、栄えあるキルガーロッホ公爵家の名折れ! 何卒、何卒、これ以上は……」


 公爵はその貴族を一喝する。


「黙れ! そなたにいつ発言を許した! 我が一門が危機的状況にあることすら理解できぬ、そなたに何が出来る!」


 若い貴族はその一喝に言葉を失い、頭を下げたまま、動くことができない。

 横で見ていたレイですら、公爵の迫力に思わずたじろいでいた。


(これが本来のキルガーロッホ公の姿か。僕に向けられたものじゃないのに、思わず頭を下げそうになったよ。ハミッシュさんのものとは違うけど、威厳というか、オーラというか、長年、国政に関わってきた権力者って、迫力が違うな……)


 公爵はもう一度、ハミッシュを見て、


「見苦しいところを見せたな。重ねて頼む。そなたの意見を聞かせてくれぬか」


 ハミッシュは困った顔をして、レイをちらりと見る。

 レイはその視線に嫌な予感がしていた。


(まさか、僕に振る気じゃないよね。とりあえず任すっていう視線を送るのは止めてくださいよ……)


 ハミッシュはレイの逡巡を了解と解釈した。


「閣下、先ほども申し上げたとおり、私はただの傭兵に過ぎませぬ。ですが、ここにおりますアークライトは我が軍師と頼む知恵者。この者の考えでよろしければ、お答えすることは可能かと」


 ハミッシュの言葉に、公爵はレイを見つめ、あることを思い出す。


「その白い鎧……そなたが、うたに聞く、”白き軍師”なのか? まさか、これほど若いとは……」


(何で公爵まで知っているんだよ。それにしても、これからこの名前がついて周るのかな……)


「アークライト、そなたに考えがあれば、聞かせてくれぬか?」


 レイはハミッシュを盗み見る。彼にはハミッシュが目で”答えろ。だが、調子に乗るなよ”と言っているように見えていた。


「私のような若輩者の考えなど、既に閣下はお判りのはず。閣下のご参考になるような考えはございません」


 レイは更に断るが、


「構わぬ。どのような意見でも良い。そなたの考えを聞かせてくれぬか」


 困り果てたレイは、軽く一礼したあと、


「判りました。耳の痛い意見もございますが、よろしいでしょうか?」


 公爵は「構わぬ」と先を促す。


「それでは、閣下が取り得ることは、四つあるかと考えます」


 公爵は理知的なレイの話し方に感心し、「四つか、続けよ」と先を促す。


「まず、今回の暴動の責任を明らかにし、直ちに責任者を処罰した上で、犠牲者に謝罪と補償をすること、次にアーウェル様の行いについて、再度、遺憾の意を表明すること、そして……」


 彼はここで言葉を切り、先を続けるべきか、悩む。


「この先は、ご不快に思われる事柄にございます。私はともかく、マーカット団長の身の安全をお約束していただけなければ、お話しすることは出来ません」


「約束しよう。そなたとマーカットの安全は、儂、キルガーロッホ公爵の名において保証すると」


 彼は「ありがとうございます」と頭を下げ、


「三つ目ですが、今回の一連の騒動の責任を取るため、閣下が家督をご嫡男にお譲りになると表明します。そして……」


 その瞬間、「貴様! 無礼であろう!」と、再び若い貴族が暴発する。

 そして、彼は剣に柄を握り、「平民如きが公爵家の……」と唸りながら、斬りかかろうとしていた。


「黙れ! エリオット! 我が名において身の安全を保証したのじゃ! 下がれ!」


 エリオットと呼ばれた貴族は、「しかし! これ以上は聞くに堪えませぬ!」と言って、尚も、レイたちに、にじり寄っていく。


「愚か者が! そなたがこの者を斬り殺せば、どうなるのか判っておるのか!」


 そして、その様子を静かに見守るレイを見ながら、


「アークライトは自分が殺されれば、キルガーロッホ家が滅ぶと判っておる。だから、このように平然としておるのじゃ! そのようなことすら判らぬ、そなたにこの場で発言する資格など無い!」


 エリオットは訳が判らず、


「傭兵一人斬り殺したところで、筆頭公爵家たるキルガーロッホ家が揺らぐことなど考えられませぬ。閣下は弱気になっておられるのです。いつものような……」


 公爵は更に睨みつけると、


「この者を殺せば、マーカットも殺さねばならぬ。そうなれば、外におる傭兵、一騎当千の傭兵たちが襲い掛かってくるわ。それより、そなたの腕で王国一の猛者、マーカットを殺せるのか? 仮にマーカットを殺せたとして、更に傭兵たちも大人しく帰ったとしても、民たちが我らを襲う。それを誰が止めるのじゃ? 騎士団ですら止められなかったものを、誰が止める! 民たちは迷うことなく、我がキルガーロッホ一門の屋敷を襲うはずじゃ。王都には十万の民がおる! 我らを守る兵は合わせても三百もおらぬ。どうやって、それを防ぐ! 答えてみよ!」


 エリオットは、公爵の剣幕に押され、剣から手を離してしまう。


 レイは過大評価されていると、頭を掻き毟りたくなっていた。


(別にそんな深い考えがあったから、平然としていられたわけじゃないんだけど……この“ど素人”の貴族に斬りかかられても、僕が負けるわけはないし、斬りかかってきた瞬間にハミッシュさんが抑えてくれると思っていたから、余裕があっただけなんだけど……どうも、何だっけ? ”ハロー効果”っていうんだっけ、そいつが効いているみたいだ……)


 エリオットはすごすごと後ろに下がり、悔しそうな表情を浮かべている。


(また、敵を作っちゃったかな。ハミッシュさんも睨んでいるような気がするし、あとで怒られるんだろうな……)


 レイの内心など全く気付かぬ公爵は、先を促す。


「済まぬな、先を続けてくれぬか」


「閣下がご嫡男に家督をお譲りになることにつきましては、可能な限り早急に発表することが肝要です。そして、家督を譲られたご嫡男がアーウェル様に懸賞金を掛けます。それも生死不問で」


 公爵はレイの話を聞き、頷いていたが、


「そなたの考えは判った。いくつか疑問がある。一つ目、二つ目は判る。三つ目も判らんではないが、陛下のご裁可を待っても良いのではないか?」


「今回の暴動は、王家とキルガーロッホ公爵家への不信に始まったもの。誰かに言われる前に最も厳しいと思われる処分を自らに課すこと、更にそれをできるだけ早く市民たちに知らせることが重要です。人は信じたいことを信じます。後からそうするつもりだったと聞かされても、それに不信感を持つ者は信じません。噂すら出る前に自ら公表することが重要かと」


 公爵は「なるほどな」と大きく頷く。


「儂にその覚悟があるとして、陛下や他の公爵から言われてするのと、自ら進んでやるのでは、民たちが受ける印象が違うというのじゃな。ならば、最後の懸賞金の件も同じと考えれば良いのか?」


「はい、ご嫡男が家督をお受けになれば、アーウェル様が家督を継ぐ可能性は皆無となります。更にご嫡男にとって、アーウェル様の存在は目の上のこぶ。これに”生死不問”で多額の懸賞金を掛ければ、キルガーロッホ家がアーウェル様の死を願っていると、誰もが思うのではないでしょうか?」


「どれだけ言い訳しようが、民たちは自分たちの信じたいものを信じるか……ならば、民たちが信じたくなるようにすればよいと……よく判った。さすがは”白き軍師”じゃな。マーカットよ、そなたはよき後継者を得たな。そうじゃ、この者を我が息子の腹心にくれぬか?」


「その件につきましては……」


 ハミッシュが何か言おうとすると、公爵は思い出したように、その言葉を遮る。


「済まぬな。既にブレイブバーン公が目を付けておったのだな。今の言葉は忘れてくれ。あとで、ブレイブバーン殿に文句を言われるのは叶わんからな。はっはっはっ!」


 公爵は吹っ切れたように笑い出す。


「アークライト、そなたの献策、見事であった。これでキルガーロッホ家も危機を脱することができよう。アークライト、マーカット、此度のこと大儀であった。褒美を取らす。望みがあらば申してみよ」


 ハミッシュは、レイをちらりと見てから、首を横に振る。


「我らへの褒美は不要にございます。もし可能であれば、その褒美の分を、先遣隊の犠牲者、暴動の犠牲者にお回し下さりますようお願いいたします」


「そなたらは欲が無いの。うむ、判った、そのように取り計ろう」


 そして、後ろに立つ貴族たちに向かって、


「この者たちに手出しすることは、我が公爵家に仇成す行為と考えよ。まあ、そなたら程度の知恵と力でこの者たちがどうこうできるとは思わぬ。いや、これは儂でも無理じゃな。良いな、再度申し付けるぞ。この者たちに手出しすることを禁ずる。判ったな」


 貴族たちは渋々といった感じで、頭を下げる。


 面談が終わり、レイとハミッシュは公爵邸の外で待つマーカット傭兵団と合流した。


 公爵邸から離れた瞬間、ハミッシュの雷がレイに落ちる。


「お前はいつも調子に乗る。キルガーロッホ公にあのようなことを言うとは思わなかったぞ。お前といると、命がいくつあっても足りんわ」


 レイはやや不満気に、


「でも、ハミッシュさんが僕に振ったんですよ。僕は嫌だって目で合図したのに」


「あれは了解の意味じゃなかったのか? てっきりそうだと思ったぞ」


 二人は同時に笑い出し、話についていけない周りの傭兵たちは不思議そうにそれを眺めていた。


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