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トリニータス・ムンドゥス~聖騎士レイの物語~  作者: 愛山 雄町
第二章「湖の国・泉の都」

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第八十四話「代弁者」

 十月二十二日、午後一時半。


 マーカット傭兵団本部にブレイブバーン公からの使者が到着した。

 使者の口上を聞いたハミッシュは、直ちに傭兵たちを集める。

 昨夜の、一部の者は今朝までの宴会で、まだ本調子でない者もいたが、精鋭らしく、すぐに中庭に整列する。


「ブレイブバーン公より、緊急出動の命が下った。キルガーロッホ公爵邸で暴動が発生し、市民に多数の犠牲が出た。それを収拾しに行くのが、俺たちの任務だ」


 彼はここで言葉を切り、部下たちの反応を見る。

 部下たちはなぜ自分たちがという顔をし、困惑していた。


「騎士団が出払っていることが一番の理由だが、公爵邸に行った連中は、俺たちのことに憤り、行動を起したのだ。ならば、我々が説得すれば、彼らは納得してくれる。これ以上犠牲を出さないためにも、直ちに現場に急行する。武器は持つな。防具はあるものだけでいい。五分で準備を終わらせろ!」


「「おう!!」」


 傭兵たちは自分の部屋に駆け込んでいく。


 元々、出発準備をしていたレイは特に準備をする必要がなく、これからどう対処すべきか考えていた。


(確かにハミッシュさんが説得すれば、一番確実なんだけど、ハミッシュさんの話で逆に興奮することは無いかな? 一つ言葉を間違えると、火に油を注ぐことにもなるよな……そうだ! 適任者がいたよ)


 装備を整えたハミッシュが到着すると、彼にどうするつもりか尋ねていく。


「現場に行ってどうするつもりなんですか?」


「行ってみねば判らんが、俺がみんなを説得する。それしかあるまい」


 レイは自分の考えを簡単に話していくと、ハミッシュもニヤリと笑って同意した。


「なるほど、確かに俺より適任だろう。話す内容はお前から伝えておいてくれ」



 五分以内に全員が揃い、彼らは駆け足で西地区に向かっていく。


 レイは五番隊のハルを見つけると、彼に近づき、走りながら話を始める。


「ハルに頼みがあるんだ。君にしか出来ないことで、もうハミッシュさんの了解も貰っているんだ」


 笑いながらレイがそう言うと、ハルは胡散臭そうな顔で、


「何か、嫌な予感がするんすけど……」


「簡単なことだよ。ハルに演説を一発ぶってもらいたいんだ。千人くらいの人たちの前でね」


 ハルはレイの言葉に思わず足を止めそうになる。


「げっ! 千人? 俺が……レイさん、それはないっすよ。無理、無理だから……」


「大丈夫だって。話す内容は僕が考えてあるから、後はハルがみんなに語り掛けてくれるだけでいいんだ。ハミッシュさんが最後に決めてくれるから、その前座みたいなものだよ。ハミッシュさんもハルに頼むって言っていたしね」


 ハルはまだ納得できない表情をするが、尊敬する団長の頼みと聞いて、渋々、引き受けることにした。


「それで何を話したらいいんですかね……」


「簡単なことだよ。僕たち、レッドアームズが……」


 レイは演説の内容を説明していく。

 ハルもその内容を聞き、徐々にやる気になってきていた。


「了解っす。そういう話なら、みんなも納得するはず。さすがは”白き軍師”殿だ」


 レイはその言葉に「それは言わないでくれ」と悶えるように身を捩る。

 二人は詳細を詰めながら、キルガーロッホ邸に向かって走っていった。




 午後二時。


 マーカット傭兵団(レッドアームズ)は、キルガーロッホ邸近くに到着した。

 道はまだ市民たちで塞がれているが、リーランドらの尽力で徐々に道は開けていた。


 ハミッシュはリーランドに軽く会釈し、


「ここは任せて頂こう。レイ、リーランド殿に説明しておけ」


 リーランドが頷くのを確認したハミッシュは、市民たちの間を進み始める。

 彼の前では、ハルがやや高い声でレッドアームズが到着したことを叫んでいた。


「通してくれよ! レッドアームズが到着したんだ! “赤腕ハミッシュ”が、レッドアームズが助けに来たんだ。ほらそこの兄さん、ぼうっとしていないで通してくれよ!」


 彼のよく通る声に、市民たちは一斉に振り返る。

 そして、彼らのよく見知ったハミッシュの巨体が現れると、「レッドアームズ」の連呼が始まる。

 ハミッシュらはその歓声に手を振りながら、少しずつ正門に近づいていった。


 レイはその間にリーランドにこの後の手筈を説明していく。


「団長が彼らを説得しますから、騎士団の皆さんは混乱しないように誘導をお願いします」


 リーランドは笑顔で頷くと、兵士たちを街路に配置するよう命じていく。

 レイはそれを確認した後、数人の傭兵に指示を出した後、ハミッシュの後ろに向かう。


 レッドアームズの人気は高く、市民たちから肩を叩かれたり、握手を求められたりし、暴動が起こる雰囲気は少しずつ緩んでいった。


(これならうまく行きそうだ。あとはハルの”講談師”としての才能に期待しよう)


 ハミッシュたちは睨み合いの続く正門前に到着した。そこには百人以上の市民たちが倒れており、笑顔を浮かべていた傭兵たちの表情も一気に曇っていく。


「治癒師はけが人の治療に当たれ! 双方、武器を収めろ!」


 ハミッシュの大音声が響くと、武器を持った市民たちは素直に武器を収めていく。

 一方、守備隊の方は指揮官であるマッカラムの命令がなく、どうすべきか悩んでいるように見える。

 レイたち、治癒師たちはすぐにけが人に近づき、治療を開始していった。


 そして、レイが指示を出した傭兵たちが、台になりそうな大きな木箱をハミッシュたちの前に並べていった。


 ハミッシュはすぐにその台に飛び乗り、市民たちに向かって話を始める。


「武器を収めてくれて感謝する。この騒ぎは俺たち義勇兵のためだと聞いた。だが、俺たちは騒動が起こることは望んじゃいない……ああ、俺はしゃべるのが苦手だ。ハル! お前が代わりに、ここにいるみんなに、俺たち”レッドアームズ”の想いを話してやってくれ!」


 ハミッシュの横にいたハルが、台の上に上がっていく。


「我らが団長殿は生粋の戦士だ。だから、この俺、五番隊のハル・ランクルが団長に代わって、俺たちレッドアームズの想いって奴をしゃべらせてもらう。俺みてぇな若造が何を言うんだって思っただろう? もし、俺が変なことを言えば、隣の団長殿がここから叩き落してくれるから、それまではちっと我慢して聞いてくれ!」


 市民たちはハルの言うとおり、若い彼に代わったことが不満であった。


「俺たちレッドアームズは、確かにアーウェル・キルガーロッホ隊長、いや、元隊長に見棄てられた。だが、俺たちはそんなことは全く気にしてねぇんだ! だって、そうだろう? 俺たちには英雄、赤腕ハミッシュがいるんだ。団長が死ねと命じたんなら、俺たちは笑って死んでいける」


 ハルの話に市民たちは、すぐに引き込まれていった。


「でも、俺たちだけじゃなかったんだ、見棄てられたのは! そう、第二中隊の連中、そして、俺たち以外の義勇兵だ! ここにもその縁者がいるんじゃねぇのか?」


 彼の問い掛けに「ここにいるぞ!」という声が、いくつも上がる。


「そうだよな。確かに死んでいった連中は悔しかったと思う。もっとまともな指揮を執ってくれれば、団長やうちの軍師の意見を聞いてくれれば、こんなに死ぬことはなかった。俺も悔しい! いや、悔しかったんだよ!……」


 ハルはそこで涙を浮かべ、もう一度叫ぶ。


「俺たちも悔しかったんだ! 死んでいった奴は帰ってこねぇ。逃げ出した騎士たちが魔族以上に憎かった! そうだろう、無駄死になんて誰もしたくなかったんだ……」


 ここで市民たちも彼と同じように怒りを見せ始める。


「そう、俺も最初はそう思った! だが、団長の言葉で俺は奴らへの恨みは消えた……団長が何を言ったか聞きたいか?」


 興奮し始めた市民たちは、その言葉に一気に落ち着きを取り戻す。

 その様を見て、レイは感心していた。


(本当に才能があるよ。自分に共感させて、怒りを煽った後に、今の言葉で一気に収める。この後、ハルが何を話すのか、内容を知っている僕でも聞きたくなるよ……)


「団長はミリース谷の入口でこう言ったんだ。”俺たちがここを守らねば、王国が滅ぶ。指揮官の逃亡など些細なことだ”と。そして、こうも言った。”俺たちは奴らのために戦うんじゃねぇ! 後ろに残してきた、愛するものを守るために戦うんだ”と。それを聞いても、まだ、そんなちっちぇえことが気になるのかい? 俺たちは、いや、ミリース谷で戦った連中は、国のため、家族のために戦ったんだ……」



 ハミッシュは隣に立つアルベリックにそっと囁く。


「そんなことを俺が言ったのか?」


 アルベリックは小さく肩をすくめ、


「僕も記憶に無いね。でも、それに近いことは言ったんじゃないのかな?」


 ハミッシュは納得できないものの、再び、ハルの話に耳を傾けていく。



「死んでいった奴らは、ここにいるみんなのために戦い、死んでいったんだ。判るか! お偉い貴族様に殺されたんじゃなく、自分の意志で、国を、家族を守ろうとして死んでいったんだ! それがよう、こんなところで無駄死にされたら、死んでいった奴らはどうしたらいいんだよ。なあ、そこの兄さん、教えてくれ。俺の戦友(とも)にどう報告したらいいのかを……」


 ハルに指を差された若い男は、見るからにうろたえ、答えに窮していた。


「答えられねぇよな。なぁ、みんな! 死んでいった英雄たちのために、ここは引いてくれ!……」


 ハルは感極まり、「団長、もう無理っす。これ以上、話せねぇっす……」と号泣する。


 それに釣られ、市民たちの目にも涙が浮かび、むせび泣く声が辺りを覆っていく。


 ハミッシュはハルの肩を軽く叩き、


「ハルが言ったとおりだ! ここは俺に、俺たちに免じて、引いて欲しい!」


 そして、未だ武器を構える守備隊を睨みつける。


「守備隊もこれ以上の流血は望まんだろう……騎士団の方々! これ以上けが人が出ぬよう、皆の誘導を頼みたい……」


 市民たちはハミッシュの言葉に素直に従い、騎士団の誘導どおり、ゆっくりと家路に向かい始める。

 残されたけが人と遺体については、騎士団が引き取ることになり、マーカット傭兵団の傭兵たちもホッと息を吐いていた。


 家路に向かう市民たちは、傭兵たちに声を掛けていく。

 その中でも、ハルに対しては、多くの市民が声を掛けていった。


「兄さんの言葉、心に響いたぜ!」


「うちの旦那の言葉に聞こえたよ。本当にありがとう……」


 ハルは恥ずかしそうに顔を赤くしているが、誇らしげな表情を見せていた。

 そんな彼を、レイは軽く肘でつつく。


「本当に凄かったよ。僕の考えた話なんて、いらなかったんじゃないのかい?」


「からかわないでくださいよ。最後の方は自分で何をしゃべっているのか、良く判っていなかったんすから」


 レイは彼の肩を軽く叩いてから、キルガーロッホ公爵の屋敷を眺めていた。


(公爵がこの後どう行動するかで、収まった暴動が再燃するかもしれない。一体、どうするつもりなんだろう?)





 王宮前にいた市民たちにも、キルガーロッホ邸前で語られた話が伝わっていく。

 市民たちはその話を聞き、少しずつその場を離れていった。


 国王とブレイブバーン公は、王宮前から人が消えていく様子を見て、騎士団とレッドアームズたちが暴動を収拾させたと安堵していた。


「どうやら、キルガーロッホ公の方が落ち着いたようじゃな」


「御意にございますな。リーランド、マーカットがうまくやってくれたようです」


 国王はようやく緊張を解く。

 ブレイブバーン公も事態が収拾できたことに満足しながら、自らの執務室に戻っていく。


(まだ、第一幕が終わったに過ぎぬ。この後の対応を誤ると、再び嵐が荒れ狂うことになる……)


 彼は国王と違い、まだ完全に事態が収まったとは思っていなかった。

 窓から、火種を抱えたままの王都を眺め、この後の対応をどうすべきか考え始めていた。





 キルガーロッホ公爵は、外の騒ぎが収まったことに気付いた。


(外が静かになったが、何があったのだ?)


 彼は家臣の一人に外の様子を確認するよう命じる。

 数分後、家臣が戻り、安堵の表情を浮かべて報告する。


「申し上げます。傭兵たちが正門の前で暴徒たちを抑えようとしております」


「傭兵だと?」


「はい、あの装備はレッドアームズ、マーカット傭兵団ではないかと」


(マーカット傭兵団だと? ブレイブバーン公の指示か……借りができたな)


 公爵はすぐに正門に行き、外の様子を窺う。

 そして、若い傭兵の話を聞き、自らの考えの誤りに気付く。


(儂は民たちのことを、ただの財を生む機械としか見ておらなんだ。傭兵たちも金で動く、荒くれ者としか思っておらなんだ……我らと同じ、心を持っておることに気付けなかった……)


 公爵はハルの演説が終わり、市民たちが解散し始めたことを確認すると、


「外が完全に落ち着き次第、マーカット傭兵団の責任者を呼べ。直接、礼を言っておきたい」


 家臣は一礼して下がっていった。



 午後三時。

 公爵邸周辺に静けさが戻っていた。


 レイたち、マーカット傭兵団が引き上げようとした時、キルガーロッホ公爵から、ハミッシュとの面会を希望する旨の連絡が来た。


「ハミッシュ・マーカット殿とお見受けする。先ほどの暴動を治めた件で、公爵閣下が直接、感謝の意を伝えたいとおっしゃっておられる。真に申し訳ないが、私に同行していただけないだろうか」


 家宰らしき人物は、腰の低い物言いでハミッシュにそう話す。

 ハミッシュは少し怪訝な顔をしながらも、


「了解した。私だけでよろしいのかな?」


 家宰が頷くと、一番隊隊長のガレス・ヘイリングが反対する。


「危険です。キルガーロッホ公はともかく、家臣たちは信用できません!」


「閣下が感謝を伝えたいとおっしゃっておられる。我ら家臣は閣下の命に従うのみ。お疑いなら、他の者も同行しても構わぬ」


 その言葉に、ガレスは頷き、「私がお供します」と、即座に同行を願い出る。

 ハミッシュは笑いながら、手を振り、


「俺一人で十分だ。心配なら、そうだな……」


 彼は周囲を見回し、レイの姿を認めると、


「レイ、お前が同行しろ。それなら文句は無かろう、ガレス?」


 ガレスは不満ながらも、知恵者であり、魔術師でもあるレイが同行すれば、危険を回避できるだろうと、無理やり自分を納得させていく。


「了解です。我らは外で待っています」


 その律義さにハミッシュは苦笑するが、レイを引き連れて公爵邸に入っていった。


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