第十二話「蛙退治」
街を散策した翌日、二人は依頼を受けるために、朝早くから、ギルド支部に来ていた。
今日の天気は曇りで、今のところ雨は降りそうになかったが、明日には完全に崩れるだろうと、周りの冒険者たちは話している。
アシュレイは、掲示板を見ながら、
「今日一日で終わるものにしよう。雨が降りそうだから、巨大蛙がよさそうだ」
「巨大蛙? 何でそれにするんだ?」
「こいつは臆病でなかなか出てこない。だが、この時期の雨が降りそうな日には、なぜか森の中に現れる。こいつらは繁殖力が強いから、狩れる時に狩ってほしいと、この時期には特に報酬が上がるんだ。だが、こいつは麻痺毒を持っている。その点にだけは気を付ける必要があるがな」
巨大蛙は、体長一・五mほどの巨大なガマガエルで、長い舌と体表面から噴き出す麻痺性の毒が主な攻撃手段である。
基本的にはおとなしい魔物なのだが、春から夏にかけて、一気に増殖するため、春に出来るだけ数を減らしておくようにと、この時期は常に依頼が出ている。
二人はその依頼票を持ち、受付に向かうが、そこで昨日であったセロンという男と再び顔を合わせる。
「何だ、同じ蛙退治か。どうだ、一緒にやらないか?」
セロンはアシュレイにそう話し掛ける。
「いや、レイと二人で十分だ。私たちには構わないでくれないか」
彼女はそう言って、セロンから離れようとした。
セロンはアシュレイの腕を取り、
「恥ずかしがらなくてもいいんだぜ。そんな生白い男より、俺と一緒の方が楽しいぜ。他の奴らも待っているから、早く行くぞ」
彼女は掴んでいる手を乱暴に振り払い、セロンを睨みながら、
「私に触るな! 何度も言わせるな、私はレイと行くと言っているんだ!」
その声に、ギルド内は一瞬、沈黙に支配された。
セロンを見て、やれやれと思っている者もいるが、セロンに同情的な雰囲気が漂っていた。
(何だこの空気は? 明らかにアシュレイに非はないだろう。なぜなんだ?)
レイはこの雰囲気が理解できず、戸惑うが、これ以上ここに居ても良いことはないと、アシュレイの腕を取って、「早く行こう」とギルドから連れ出す。
その姿を憎々しげにセロンは見ていた。
(舐めた真似を……あの女、親父のハミッシュと同じで、俺を見下していやがる。俺に靡けば許してやろうと思ったが、俺を無視して、他の男を咥え込みやがった……くそっ、どこまでも俺のことを馬鹿にしやがる。いいだろう、俺を馬鹿にした罰を与えてやろうじゃないか……)
アシュレイも知らないことだが、セロンは十年前、彼女の父、ハミッシュ・マーカットに挑み、敗れていた。
それは、彼が最も自信に充ち溢れていた時期、そう、彼がまだ一級冒険者になる夢を捨てていない時期、ラクス王国でも有数の剣の使い手であるハミッシュに挑み、完膚なきまで叩きのめされた。
その時、ハミッシュに言われた言葉「己を知れ」が、彼の人生を変えた。
ハミッシュはまだまだ、ひよっこのセロンに対し、肥大した自尊心を捨てろと言っただけだが、彼はそれを「お前は取るに足らない奴だ」と解釈した。
プライドをズタズタにされた彼は、それから大いに荒れ、一緒にいた仲間たちも次第に彼から離れていった。
そして、四級まで上がったところで、比較的小さな町である、ここモルトンにやってきたのだった。ここなら、自分が”一番”でいられると思ったからだ。
一年前、アシュレイが、この街にやってきたのは偶然だが、その時から、セロンは彼女をものにすることで、ハミッシュに意趣返しをしようと考えていた。
何度か非合法すれすれの罠を張るが、悉く彼女に回避される。そして、自分ではない男=レイとコンビを組んでいると知った彼は、更にその偏執的な想いを強くしていった。
レイとアシュレイは、モルトンから南に五kmほど行ったところにある、ターバイド湖に向かっていた。
彼女はまだ機嫌が悪いようだが、彼はそのことを忘れさせようと、今日の依頼に関係する話題、巨大蛙について聞くことにした。
「なあ、その巨大蛙の弱点を教えてくれないか。それと毒以外の注意点も」
彼女はいつになくレイが、必死に話し掛けてくることに、最初は戸惑ったものの、それが、自分を気遣ってくれているのだと気付き、少しだけ気分が良くなる。
さっきまでの暗い表情から、やや明るい表情になり、魔物について話し始めた。
「弱点というか、奴らは皮が薄くて、剣や槍に対してほとんど防御力がない。特に腹は簡単に切り裂ける。注意する点は舌だ。思った以上に長い。一・五m程度の体なのだが、舌の長さはその倍以上に伸びてくる。厄介なことに舌だけは丈夫で、生半可な斬撃では切り裂けない」
そんなことを話しながら、一時間半ほどでターバイド湖に到着した。
美しい白樺のような木に囲まれた美しい湖で、周囲が五kmほどあり、中央には小さな島が見える。
二人は周囲を警戒しながら、慎重に巨大蛙を探していく。
三十分ほど水辺を歩いていると、グォーグォーという低い鳴き声が聞こえてきた。
「見付けたぞ。二、三匹はいそうだ」
アシュレイは剣を引き抜き、レイも槍を構える。
突然、草叢から黒い大きな影が飛びあがった。
巨大蛙が彼らに向かって、飛び掛かるように跳ねてきたのだった。
二人は申し合わせたわけでもないが、きれいに左右に避け、蛙はその間を、弧を描くように飛んでいく。そして、彼らから三mくらいの距離に着地した。
「レイ、挟み撃ちにするぞ! 先に攻撃を掛ける!」
彼女はそう叫ぶと、方向転換をしている蛙に向かって、一気に距離を詰め、その背中に剣を突き立てる。
蛙はダメージを負っているはずだが、痛みを感じていないのか、鳴き声も上げずに、毒液を飛ばし始めた。
その攻撃を予想していたアシュレイは、剣を引き抜き、後ろに飛んで、再び距離を取る。
レイはその姿を見て、次は自分の番だと、彼女の反対側から槍を突き立てる。
槍のレンジが長いため、毒液はほとんど届かず、彼はのそのそと動く蛙に数度、槍を突き立ててから、一旦距離を取った。
蛙は思った以上に体力があるのか、ダメージをものともしていない。
ぬらぬらとしている体皮から血を流しながら、二人のどちらに攻撃を掛けようかとでも言うように、きょろきょろと目を動かしている。
レイはアシュレイに目配せした後、蛙の後ろに回るように横に移動する。
蛙はその動きに釣られ、彼の方に猛烈なスピードで舌を伸ばしてきた。
彼は慌ててその舌を槍で弾くが、弾力性のある舌はほとんど軌道を変えずに彼に向かって伸びてくる。
(やば!)
その舌の攻撃を避けるため、体を投げ出すように蛙の横に飛び込んだ。
飛び込みながら、彼は槍が蛙に届くと判断し、その勢いを利用して、蛙の柔らかい横腹を槍で切り裂いていく。
蛙の腹はほとんど何の抵抗なく切り裂け、遂に痛みを感じたのか、弾けるように跳ねて、その場から逃げ出し始めた。
アシュレイはその飛び上がるタイミングを見逃さず、走り込むようにして、伸びた蛙の左後ろ脚を斬り落とす。
蛙は片足になったため、跳ねることができず、ズリズリと這うようにして逃げようとするが、彼らは毒液にだけ注意しながら、止めを刺していった。
「一匹目か。毒は大丈夫だったか?」
アシュレイがそう尋ねるが、彼は「問題ない」と答え、魔晶石の回収に入った。
(レイも大分慣れたようだな。後は慢心にだけ注意しておけばいいだろう)
その後、二匹の巨大蛙を倒し、見通しのいい湖畔で昼食を取ることにした。
湖を見下ろす少し小高い場所を見付け、倒木に座って弁当を広げる。
湖には水鳥がのんびりと浮かんでおり、巨大な毒蛙がいるとは思えないほど、平和な風景が広がっている。
「これで天気が良ければ、最高にいい景色なんだろうな……」
彼は誰に言うでもなく、一人そう呟いていた。
「景色か……そんなふうに考えたことはないな。森を見ても敵がいるのか、いないのかしか興味が無いからな。お前は良く“ここの景色がきれい”だとか、“夕焼けが美しい”とか言うが、どういった環境で育ったのだ? 私のような傭兵でなくとも、騎士の家ならそんなことを言っている余裕はないはずだが……」
彼は少し照れながら、
「ああ、そうだね。でも、ここが美しい場所だと君も思わないか。この神秘的な美しさ、水の女神が現れてもおかしくないと思うんだけどな……」
彼は自然豊かなこの土地に、徐々に愛着を持ち始めていた。
まだ半月もここに住んでいないのだが、街を出て森を歩くことが、とても楽しい。
いずれはこの土地を離れ、日本に帰る方法を探しに旅に出なければならないと判っていても、どうしてもそう思ってしまう。
そんなのんびりとした休憩時間を過ごしたが、まだ街に帰るには時間も早く、巨大蛙も狩れそうだったので、あと二時間ほど狩りを続けてから、街に帰ることにした。
準備をしながら、ふと湖の方に目を向けると、湖の中央にある島に向かう小舟が目に入った。
(何をしに行くんだろう? 漁師の船でもなさそうだけど……)
その小舟を見つめていると、アシュレイが、「準備は終わったか」と言ってきた。
彼は湖から視線を外し、湖畔に戻るため、荷物を拾い上げ、再び湖に視線を向けると、その小舟から火の玉が飛んでいくのが見えた。
「アシュレイ! あの船から火の魔法が……何を狙っているんだ?」
彼女が湖に視線を向けた時には、既に火の玉は消えており、小舟は島から遠ざかるように向きを変えていた。
「何のことだ? 何かあったのか?」
彼女は何があったのか判らず、彼にそう聞くが、彼も一瞬の出来事であり、「いや、何でもない……でも、あの島には何かいるのかな?」と独り言のように呟きながら、湖畔に向かって歩き始めた。




