第七十四話「凱旋:前篇」
十月十日。
昨日の夕方、ミリース村に光神教の司祭たちが到着し、残っていた重傷者の治療を済ませていった。このため、義勇兵たちは、行軍が可能な程度にまで回復していた。
治療を始めた光神教の司祭たちは、重傷者が少ないことに疑問に持ち、誰が治療したのかを調べようとしていた。だが、レイの存在を知られないようにとのハミッシュの配慮で、先遣隊の兵士たちは、皆、口を濁し誤魔化していく。
光神教の司祭たちは若干不審に思ったものの、彼らの目的、魔族との戦いを優先するため、前線に急ぐことにした。このため、彼らは深く調べることをせず、更にフォンスの大司教たちに報告することも思いつかなかった。
レイは光神教の司祭が到着すると、彼らとのトラブルを警戒する。自分の鎧、雪の衣が目立つと考え、それを脱ぎ、極力目立たないよう注意していた。
そして、司祭たちは、今朝早くにチュロック村に向けて出発していった。
(助かった。光神教にばれると厄介だからな。特にモルトンのこともあるし……みんなに感謝しないと……)
午前十時。
義勇兵の指揮官、ハミッシュ・マーカットは、王都フォンスに向け、帰還することを決める。
「我ら魔族討伐軍義勇兵部隊は、王都に向けて帰還する。第二中隊の諸君は、リーランド大隊長の指示に従い、この場で待機してほしい」
第三大隊第二中隊の平民の兵士の一人が、声を上げる。
「俺は護泉騎士団を除隊するぞ! 団長! 自分をマーカット傭兵団に加えて下さい!」
その言葉に十人以上の兵士が同調する。
ハミッシュはやや困惑した表情を見せ、
「今は待ってほしい。君たちが勝手に王都に戻れば、脱走兵扱いとなる。せめてリーランド殿の許可を受けねば、同行は許可できん」
兵士たちは集まり、相談を始める。そして、結論が出たのか、最初に声を上げた兵士が、
「了解しました! 今からリーランド隊長の許可を貰ってきます。それならいいですよね。ブリッジェンドまでには追い付きますから、一緒に連れて行って下さい!」
ハミッシュは騎士団を辞め、傭兵になることに反対だったが、彼らの想いも理解していた。
「良かろう。だが、無理はするなよ。俺たちは急がないからな。それでは、義勇兵たちよ。王都に凱旋するぞ!」
彼の言葉に全員が「「オウ!」」と応え、ミリース村を出立した。
アシュレイは、そのやりとりを見ながら、昨日レイに言われたことについて、考えていた。
(一緒に来てほしいと差し出された彼の手を、私は取ることができなかった。本当は一緒に行きたい。だが……)
何となくレイとも距離を取ってしまい、一人で馬に揺られていく。
(ここから王都までは、十日ほどか……それまでに結論を出さなければならない……)
一人考え込むアシュレイを、五番隊隊長のヴァレリア・ハーヴェイが眺めていた。
(アッシュはどうしたのかしら? 妙に塞ぎ込んでいるけど……レイ君と喧嘩? まさかね。少し気にしておく方がよさそう……)
ヴァレリアはアシュレイからレイに視線を移す。
(レイ君の方は昨日より晴れ晴れとした顔をしているわ。何かあったみたいね。ここは“ヴァレリア姐さん”が、一肌脱がないといけないようね……)
ヴァレリアは心の片隅にそうメモをした後、仕事に戻っていった。
護泉騎士団第三大隊の元大隊長、アーウェル・キルガーロッホは、ボグビー村からブリッジェンド市に身柄を移されていた。
軍監を務めていたダウランド男爵も、彼と同様にブリッジェンド市の守備隊宿舎に軟禁されている。
十月七日に騎士団長ヴィクター・ロックレッターの前で泥酔し、醜態を曝したアーウェルはともかく、軍監としての職務を遂行していただけのダウランドまで軟禁されたことに、ブリッジェンドの守備隊は首を傾げていた。
この数日間、ダウランドは自分のこれからの身の振り方について、考え続けていた。
(私の証言次第では、キルガーロッホ隊長の処分が軽くなるだろう。だが、あのような醜態を曝した大隊長を庇い切れるのか? 公爵様より依頼されたが、取り繕いようのない失態。これを覆すような証言をして、私は無事でいられるのか?)
彼は騎士団の主要な役職者の顔を思い浮かべる。
(騎士団長は元より、副団長、第一大隊長など、主な騎士団関係者はブレイブバーン公に与している。陛下が私の嘘の証言をお認めになったとしても、私の騎士団での将来は潰えるだろう。逆に真実を告げた場合はどうなるのか。キルガーロッホ公のお力は強大だ。騎士団にも着々と手を伸ばしている。だが、今回の件で公の力は間違いなく削がれる。ならば……)
自分のいる部屋を見回して、更に考えを進めていく。
(私がここに軟禁されたのは、騎士団長の意向だろう。だが、陛下も疑義を唱えられなかった。陛下はキルガーロッホ公の力を削ごうとしておられる。ならば、私はキルガーロッホ派から、ブレイブバーン派に鞍替えすればよい。ブレイブバーン公はともかく、騎士団長閣下は、生粋の武人。私が名誉を重んじて正しい報告をしたと思えば、放逐されることはないだろう。後はキルガーロッホ公のお怒りを、どうかわすかだけだ……)
彼は関係者が王都に戻る前に報告書を書き上げ、ブレイブバーン公に送ることを考えつく。
(ブレイブバーン公に私の報告書が届けば、公も私のことを見直してくれるのではないか。うん、それがいい。すぐに報告書を作成しよう……)
ダウランド男爵はその日一日で報告書をまとめると、守備隊の早馬を使って、ブレイブバーン公に送付した。
その報告書は十月十三日に、無事、王都のブレイブバーン公の手に渡った。
ダウランドは更に手を打っていた。
守備隊の騎士たちと面会し、今回のキルガーロッホ隊長の醜態をすべて曝け出したのだった。当初は脚色しようかとも考えたが、すぐに脚色の必要がないことに気付く。
(あれだけの醜態を見せたのだ。無駄に大げさにする必要はないな。逆に脚色したことがばれてしまうと、私の報告書の信憑性が疑問視されてしまう。既に義勇兵たちは敗れ、ハミッシュ・マーカットも死んでいるだろう。彼はこの辺りでも人気があったから、彼の死に関する噂なら、すぐに王都に届くだろう。私の報告書と噂の内容が一致していれば、ブレイブバーン公も私を重用して下さるはずだ……)
ブリッジェンドには未だ昨日の勝利の報は届いておらず、彼は義勇兵たちが魔族に殺されたと信じていた。
彼がブリッジェンドに到着した十月十日の夜に流し始めた噂は、思惑通り、五日後の十月十五日には、王都にまで伝わっていた。
ダウランドには、誤算が一つあった。
アーウェル・キルガーロッホが実家である公爵家の力を使って、先遣隊の指揮官となったことと、国王が力量不足と知りながら、この人事を政争の具にしようとしたという噂が、すでに巷に広がっていたのだ。
このため、彼の流したアーウェルの醜態が広まると、キルガーロッホ公爵家と国王に対する反感が幾何級数的に増大していった。
彼が自分の保身のために行った情報操作が、この後、ラクス王国を揺るがすことになる。
アーウェル・キルガーロッホは、ボグビー村で国王らに見せてしまった醜態について、ほとんど覚えていなかった。翌日、部下のほとんどが騎士団長と共に戦場に向かい、残された部下たち――アーウェル子飼いのキルガーロッホ家の家臣たち――も、その日を境に、彼と距離を取り始めていた。
(昨日のことが思い出せん。団長に何を言ったのだろう? しかし、このように早く本隊が到着するとは思っていなかった。そうと判っていれば、戦いようがあったのだ……私はこれからどうなるのだ? 父上にお願いすれば、どこかの国の駐在武官として、ほとぼりが冷めるのを待つことができるだろう。それとも、懲罰として、田舎の砦の司令をやらされるのだろうか……)
彼はここに至っても、自分の失態が実家の権力を使えば、もみ消せる程度の物だと思っていた。
そのため、騎士団長が出発前に、第三大隊長を罷免すると言われても、そして、ブリッジェンドに移送されると聞いても、特に取り乱すことなく、横柄な態度を崩すことはなかった。
十月十日にブリッジェンドに到着し、軟禁されても、食事に注文を付けるだけの余裕を持っていた。
十月十三日。
ハミッシュ・マーカット率いる先遣隊の義勇兵たちは、ラクス王国の東の要衝、ブリッジェンド市に到着した。
途中、リーランドの許可を得た十五人の元第三大隊の兵士たちが合流していたが、十日前には三百名いた先遣隊義勇兵が約三分の一の百名強にまで減っていた。
市民らは、オークの血でどす黒く変色し、ところどころ凹んだ鎧を身に纏った義勇兵たちの姿に、惜しみない称賛の声を浴びせていく。
義勇兵たちは、自分たちの活躍を称賛されていることに素直に喜んでいたが、いつの間に話が伝わったのかと疑問に思ってもいた。
特に指揮官のハミッシュは、
(我らの前に状況を報告する早馬を出したのか? 陛下が同行されておるから、報告する必要はないはずだが? ヴィクター殿がブレイブバーン公に報告を送ったのかもしれんな……)
実際、騎士団長のヴィクター・ロックレッターは、ミリース谷の勝利を王都に伝えるとともに、ブリッジェンドから物資を輸送するよう手配していた。
その早馬から、もたらされた情報と、ダウランド男爵の話が融合し、義勇兵たちの活躍は、市民たちのほとんどが知ることになる。
義勇兵たちは、久しぶりに安全な街で、戦いの汚れを落とすことができ、羽目を外していた。
その中には、元第三大隊の兵士たちもいた。
彼らは義勇兵の偉業を讃えるとともに、その後の国王や、上級貴族出身の騎士たちの言動を自らの憤りと共に酒場で吐き出していく。
その話を聞いた多くの冒険者が、ギルド内でその話を広め、更に取引先の商人たちも町中に噂をばら撒いていった。
ブリッジェンドは小さな町であるため、わずか二日でほとんどの市民がその話を知ることになった。
レイ、アシュレイ、ステラの三人は、義勇兵たちの馬鹿騒ぎに参加することなく、自分たちだけで静かに食事をしていた。
時折、義勇兵の話を聞きたがる者たちに捕まるが、同席を断り続けていた。




