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トリニータス・ムンドゥス~聖騎士レイの物語~  作者: 愛山 雄町
第二章「湖の国・泉の都」

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第七十二話「チュロック砦解放」

 十月九日、午前六時。

 騎士たちは夜明けと共に進軍の準備を開始する。

 義勇兵たちは、チュロック砦の救援には向かわず、ミリース村に移動することが決まっていた。


 出陣の準備を整えた国王ライオネル十二世が天幕から姿を現すと、数人の騎士たちが「国王陛下万歳」という声を上げる。

 だが、兵たちは、準備で気付かない振りをして、その声を無視していた。中にはあからさまに嫌な顔をし、顔を背ける者さえいた。そのため、一部の騎士が上げる万歳という叫びは、次第に小さくなり、尻すぼみになる。


(これがヴィクターの言っていた結果か……声を上げた者は、近衛か上級貴族出身のものばかりか……セオドアは何を言ったのだ? 余は本当に平民の支持を失ってしまったのか……いや、まだ取り戻せるはずだ。この戦いに勝利し、王都に凱旋すれば……)


 国王はいつもの柔和な笑みを浮かべながら、準備をする兵たちに声を掛けていった。



 騎士団長のヴィクター・ロックレッターは、二十km先のチュロック砦救援のため、一個大隊を偵察に送り出したあと、残りの六個大隊に出撃を命じていた。

 先遣隊の主力だった第三大隊は、大隊長アーウェル・キルガーロッホが解任され、昨日、臨時の大隊長として、元副隊長のナイジェス・リーランドが就任していた。

 ヴィクターは、第三大隊の第一中隊と第三中隊に対し、オークたちの死体の処理を命じていた。


「貴様らは、”生きた”オークの相手をすることを拒んだ。だから、”死んだ”オークの相手をしてもらう。お前たちが見捨てた義勇兵、第二中隊の生き残りが、どれだけのことを成し遂げたのか、そのまなこで、とくと見るがいい。リーランド。そなたには面倒ばかり押し付けるが、そなた以外に任せられる者がおらぬ。頼んだぞ」


 リーランドは深く頭を垂れて一礼すると、部下たちに命令を下す。


「義勇兵たちは丸二日戦い続けたと言う。我らも二日ですべてを処理する。友軍の遺体を見つけた場合は、丁重に扱うのだ! オークどもの魔晶石の回収も忘れるな! 掛かれ!」


 彼の命令に上級貴族出身の騎士たちが反発する。


「我らは騎士! このようなことは我らのするべきことではない!」


 その声にヴィクターの怒声が応える。


「貴様らは騎士ではない! 周りを見よ! ここにいる騎士たちの蔑みの目に気付かぬか! 貴様らは護泉騎士団の名誉に泥を塗った! やるべき任務を放棄し、助けを必要とする友軍を見棄てたのだ! 貴様らに騎士を名乗る資格など無い!」


 声を上げた騎士たちは、その剣幕に恐れを成した。そして、自分たちに向けられる他の大隊の騎士たちの蔑む視線に気付く。

 彼らはここに至って、自分たちの騎士としての将来が失われたことに気付いた。そして、自らの栄達、家門の行く末を考え、愕然とする。


 再び、リーランドの命令が響くと、彼らは意志を失った人形のように、オークの死体を片付け始めていた。





 夜明けを迎えたチュロック砦では、静かな朝を迎えていた。

 周囲は明るくなりつつあったが、砦の周囲はベールのような朝霧が立ちこめ、城壁の下すら見通せない。

 砦の中には、逃げ込んできた多くの村人が空腹と疲労のため、そこかしこに転がるように眠っている。彼らの多くは、あと二日ほどで食料が底を尽くことを知っており、奇跡が起こる以外、自分たちに助かる道はないと諦めかけていた。


 砦の司令、ソール・ヒンシュルウッドは、一ヶ月近く続いた魔族軍の攻撃が昨夜から途絶えたことに、不気味さを感じていた。


(オークやオーガの雄叫びも聞こえぬ。静か過ぎる……三日ほど前から、敵の数が減った気がするが、救援が来たのかも知れぬな……)


 ヒンシュルウッドは襲撃以来、見張り台に上るのが朝の日課となっていた。彼が見張り台に上りきったところで、厚く覆っていた朝霧が、朝日を受けてゆっくりと晴れていく。


「こ、これは……」


 目の前にいるはずの敵の姿がなく、彼は言葉を失う。

 見張りの兵に監視を強化するように命じ、自身はすぐに見張り台を降りて、部下たちと協議するために砦の中に走りこんでいった。


 彼は部下たちと再び見張り台に戻り、敵の様子を窺った。彼は敵の罠の可能性を考え、しばらく様子を見ることを告げる。


「警戒を強めよ! 敵の罠、大規模な攻撃の前触れの可能性がある。気を抜くな!」


 だが、二時間経っても、昨日までは砦の麓に溢れていたオークやオーガたちの姿は現れず、常に空中から魔法を打ち込んできた小魔たちの姿もなかった。


 彼は決死隊を募り、偵察を命じた。


「村の中を偵察し、状況を報告せよ。大規模な罠の可能性もある。不用意に家屋に入ることはならんぞ」


 彼は以前ハミッシュらが見た、魔法を組み込んだ罠を懸念していた。


 決死隊に選ばれた五名の兵士が、砦の壁に垂らされたロープを伝って、するすると降りていく。


 砦の全員が緊張して待っている中、三十分ほど経つと、兵士の一人が敵影がないことを報告してきた。


(撤退したのか? ならば、味方が近くにいるはず。決死隊に連絡させるか……)


 彼はここに至ってもまだ慎重な姿勢を崩さなかった。

 少なくとも救援が現れ、罠の可能性が否定されるまでは、城門を開くつもりはなかった。


「そのまま、西に向かえ! 味方を見付けたら、砦を囲む敵影がなくなったことを伝えろ。罠の危険についても喚起しておくのだ。頼んだぞ!」



 西に向かった兵士たちは、三十分後の午前十時に斥候隊と遭遇した。

 彼らの報告を受け、騎士団長、ヴィクター・ロックレッターは更に警戒を強めながら、チュロック村に向かった。



 午前十一時。

 魔族討伐隊本隊はチュロック村の手前一kmの位置に到着した。

 ヴィクターは、村の内部を調べさせると共に、四方に斥候隊を派遣する。


「我々を見て逃げ出したのか? 決断が早すぎる感じがするが……シーヴァー、どう考える?」


 彼は副団長のシーヴァー・グラッドストーン男爵に意見を求めた。


「普通に考えれば、主力のオークを失ったため、撤退したと考えるところですが、奴らの意図が読めぬ以上、予断を持って当たることは避けたほうがよろしいかと」


「そうだな。どうも敵の考えが判らん。少なくともオークが二千五百。オーガが数十。それに翼魔まで投入したのだ。いかにチュロック砦が堅牢でも、砦の守備隊は僅か二百だ。戦力的には二十倍近い差がある。これだけの戦力差があれば、どれほど凡庸な将でも数日で砦は落とせる。そうは思わんか?」


「そうですな。援軍が到着するのは判っていたこと。先遣隊に奇襲を掛けるまでは、何となく理に適っておりますが、その後が……どう言ったらいいのでしょう? 敵の対応がチグハグとでも言いますか……敵の目的がここでは無いような気が致しますな」


 ヴィクターは腕を組み、シーヴァーの言葉を反芻する。


(ここが目的ではないか……確かにそう思える節がある。レイを借りてくるべきだったな。奴なら何か思いついたかもしれん……)


 彼のもとに、村内に偵察に行った兵が戻ってきた。


「村内に敵の姿、及び、罠らしきものは発見できませんでした」


「ご苦労。シーヴァー、一個大隊を使って、民家を虱潰しに調査させろ。安全が確認出来るまでは、全軍を入れることはできん」


 更に詳細な調査を行ったが、敵の姿も罠も見付けることはできなかった。



 十月九日、午後一時。


 ヴィクターは魔族討伐隊本隊をチュロック村に進め、チュロック砦を解放した。


 これにより、チュロック砦襲撃から始まった魔族との戦いに、一応(・・)の決着がついた。

 討伐軍の兵士たちは、あとは残敵を掃討するだけだと、楽観していた。



 騎士団の上層部は、兵士たちほど楽観できず、魔族軍の動向を探るべく、行動を開始していた。


 ヴィクターは、奮戦していたソール・ヒンシュルウッドを労った後、砦での戦いの様子を確認していく。


「……敵の翼魔たちは慎重でしたな。我らの矢が届く範囲には一切入ってこないのです。更にオーガたちの動きにも違和感を覚えましたな」


「違和感?」


「はい、あれだけの巨体、破城槌を持って城門を破ろうとすれば、破れたはず。少し離れてはおりますが、村の周りには深い森があり、材料には事欠きません。私が見る限り、積極的に攻めてきたのは、オークのみといった感じでしたな」


 ヴィクターは、ヒンシュルウッドの言葉の意味を計りかねていた。


(翼魔とオーガを温存? オークだけを消耗させるか……全く意図が判らん。だが、奴らの戦力が侮れぬということは判る。ヒンシュルウッドの報告では、オーガが五十から百、翼魔は数体、小魔が百程度、オークは二千から三千だった。オークについては、五百程度に減っていたと言うから、昨日逃げたオークが合流したとしても、多くて千匹。レイがいっていたな。オーガは騎士五人分だと。オークなら、ほぼ互角。ならば、我らだけでも倒せぬ数ではないな……)


「シーヴァー、敵を捕捉するぞ。斥候を出来るだけ多く派遣しろ。逃がすと厄介だからな」


 ヴィクターは騎士団だけで討伐が可能と判断し、敵を殲滅する方針を変えなかった。




 解放された砦からは、疲弊しきった兵士や村民たちが、恐る恐るといった感じで、城門から出てきた。

 彼らは魔族たちが撤退していったことが未だ信じられず、しきりに周囲を気にしていた。

 そんな中、騎士団長の後ろから、国王が現れ、兵士や村民たちを労っていく。

 国王の姿を見て、兵士や村民たちもようやく戦いが終わったと確信する。


「良くぞ耐えてくれた! 貴君らは我が王国の誇りである! 失った財産は可能な限り補償する。今は安心して休め!」


 数百の兵士、村民がその言葉に、歓声をあげ、ようやく勝ち戦らしい明るい雰囲気に変わる。


「ヴィクター、この者たちに出来る限りの支援を頼む。来月になれば、サルトゥース――ラクス王国と連合王国を形成する北の王国――から、援軍の第一陣が来よう。フォルティス――傭兵国家――にも、ギルドを通じて支援を要請しておる。我が国におる傭兵たちは早々に、他国の傭兵たちも来月には、到着するはず。何としてでも魔族を殲滅せよ。頼んだぞ」


「必ずや殲滅いたします。援軍が到着する前には、決着をつけるつもりでおります」


「無理はするな。しかし、砦を押さえられなかったことは僥倖であったな。もし、砦を押さえられておれば、相当数の軍を派遣せねばならんところだった」


「御意」


 ヴィクターは一言、そう答えると、魔族軍の追撃作戦を練るため、砦に入っていった。




 一方、魔族軍は昨夜のうちにチュロック村を放棄し、街道跡を北北東に進んでいた。

 翼魔族の呪術師、アスラ・ヴォルティは、無事脱出できたことに安堵していた。そして、大鬼族の操り手(テイマー)バルタザル・オウォモエラに、今後の方針を尋ねていた。


「何とか逃げることが出来たわね。バルタザル、これからどうするつもり? 予定通りデンウッドまで引くの?」


 バルタザルは翼魔を見下ろしながら、首を横に振る。


「いや、敵の斥候を叩きながら、森の中を移動する。デンウッドにはオークだけを下げる」


 その言葉に中鬼族のユルキ・バインドラーが反応する。


「バルタザル殿、それはどういうことか。俺が失態を演じたから、外すと言うのか」


「違う。お前の戦力を回復させる。幸い、オークは”苗床”さえあれば、二ヶ月ほどで戦力化できる。苗床はアスラに用意させる。いいな?」


「判ったわ。キリシ――翼魔族の見習い呪術師――と、小魔インプを三十ほど置いていくわ。”苗床”はどのくらい必要?」


「五十は欲しい。デンウッドの苗床は弱っているしな。アスラ殿、頼めるか?」


 ユルキが頭を下げると、アスラは驚いた顔を見せる。


(あら、あの傲慢だったユルキが頭を下げるなんて。相当堪えたようね、今回の敗戦が)


「一ヶ月は欲しいわね。そうね、三日で五人くらいは”攫って”これるけど、ちょっと遠いから、少し遅れるかもしれないわ……」


 バルタザルは「良かろう」と頷き、ユルキに向き直る。


「ユルキよ、アスラが戻るまで、俺が仕切るが構わぬな?」


 ユルキは一瞬悔しそうな顔をするが、すぐにその表情を消す。


「構わぬ。中鬼族はバルタザル殿の指揮下に入ろう。ただし、一方的な命令を聞く気は無いからな」


「それで構わぬ。アスラ、お前にも協力してもらいたい。もちろん、翼魔族の利益に叶う限りで良い」


「判ったわ。偵察と撹乱は任せなさい」


 魔族軍側は、このまま敗走するつもりなどなかった。彼らは、更なる策を講じるため、四方に散っていった。


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