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トリニータス・ムンドゥス~聖騎士レイの物語~  作者: 愛山 雄町
第二章「湖の国・泉の都」

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第七十話「決着:後篇」

 トリア歴三〇二五年 十月八日、午後四時。


 丸二日間続いたミリース谷の戦いにも遂に決着の時がきた。


 テイマーたちが撤退したため、あとに残されたオークの攻撃は単調だった。


 それに引き換え、雪辱に燃える騎士たちの動きは、マーカット傭兵団(レッドアームズ)のベテランたちですら瞠目するほどの猛攻だった。


 その中でも、騎士たちの先頭に立つ騎士団長、ヴィクター・ロックレッターの働きは際立ち、強引とも思える攻撃は、恐れを知らぬオークたちにすら、恐怖を与えていた。

 彼はその体躯に見合った大剣を振り回し、オークたちを次々と葬っていく。

 更に団長に後れを取るものかと、損害をものともしない騎士たちが加わり、戦闘開始から三十分後の午後三時には、隘路出口に築かれた強固な肉の壁を突き破っていた。


 その時点では、数の上ではオークの方が勝っていたが、統率の取れた騎士たちの一団が、突破口から背後に回ると、形勢は一気に騎士たちに傾いていった。


 指揮官のいないオークたちは、次々と小集団に分断されていき、各個に撃破されていく。

 更に続々と後続の騎士たちが到着し、戦闘開始から一時間半後の午後四時になると、戦場に立つオークの姿は全く見えなくなっていた。


 この時点で、ミリース谷で戦った先遣隊の戦死者は七十五名。

 軽傷者を含めた負傷者は九十七名。

 アルベリックら奇襲部隊を除くと、二日前、二百五名いた先遣隊は、実に八十パーセント以上の損害を出していた。


 精鋭と名高いマーカット傭兵団でも戦死者二十名以上を出し、奇襲を受けた際の戦死者と合わせ、五十名、四割近い仲間を失っていた。

 特に損失が多かったのは、六級の上位から五級クラスの傭兵で、レベル三十代の者の損失が際立っていた。

 彼ら、彼女らは、若い第三大隊第二中隊の生き残りと義勇兵たちをフォローするため、普段なら引くような状況でも、奮戦していたからだった。

 このことが、後にレッドアームズの名声を更に高めることになった。




 午後五時。

 魔族討伐軍本隊のほぼ全数が、戦場であった隘路の出口に到着した。

 残敵の掃討を終えた騎士団は、草原の中央部に野営地を設営し、先遣隊の負傷者たちの治療を開始していた。


 本隊の最後尾と共に到着した国王ライオネル十二世は、数百体にも及ぶ腐敗し始めたオークの死体と、回収された七十体以上の先遣隊の遺体を目の当たりにし、その凄惨な戦場の姿に、いつもは絶やさない柔和な表情を消していた。

 だが、すぐに気持ちを引き締め、兵士たちを労っていく。


「ご苦労であった。此度の働き、必ず報いるぞ……」


 だが、疲れきった先遣隊の兵士たちは、それに機械的に応えるだけで、王都で受けたような熱狂的な反応はなかった。


(余の言葉が兵たちの心に響かぬ。傭兵たちですら、恩賞に興味を示さぬ。なぜだ……)


 彼は丸二日間指揮を執っていたマーカット傭兵団の団長、ハミッシュ・マーカットを呼び出す。


「此度の働き、誠に見事。そなたの望む恩賞を授けよう」


 それに対し、ハミッシュは深々と頭を下げ、共に戦った者たちへの配慮を願い出る。


「負傷者の治療を。そして、戦死者、戦傷者へのご配慮を」


 国王は鷹揚に頷き、


「それは当然のこと。今も騎士団の治癒師たちが手厚い看護をしておる。明日には光神教の神官たちもやってくる。傷つき、倒れた英雄たちには手厚い恩賞を約束しよう。その上で、そなたの望みを聞こう」


 それに対し、ハミッシュは頭を垂れたまま、十秒ほど押し黙ったあと、僅かに震える声で、


「私の望みは……チュロック砦への早急な救援にございます。それ以外に望みはございませぬ」


 横に控えていたヴィクターが、「激戦で疲れておるようです」と言って、ハミッシュを国王の前から下げさせる。

 残された国王はここに至り、ようやく自らの失敗に気付く。


(傭兵たちの表情、それにマーカットの悲痛な顔。国を守ってくれた兵たちに対し、余は恩賞を与えることしか考えておらなんだ。此度の失態は、余が勅命で任じたアーウェル・キルガーロッホが引き起こしたもの。余はまず彼らに謝罪し、感謝すべきであった……兵たち、平民たちには恩賞、金品を与えれば、事足りると考えておった……)


 彼は負傷した兵たちに感謝の意を伝えるべく、馬に揺られ、疲れ切った体に鞭打って兵たちの天幕に向かっていった。




 時は騎士団本隊が到着した午後二時半に遡る。


 街道でゲリラ戦を仕掛けていた三番隊隊長ラザレス・ダウェルとステラの二人は、数匹のオークを倒し、更に森の中を駆け回っていた。

 当初、彼らを執拗に追い回していたオークたちの動きが、急に鈍くなったことに気付く。


「ハァハァ、奴らの動きが変わった。どう思う?」


 ラザレスは荒い息をしながら、ステラの考えを聞く。

 彼女は首を横に振り、


「判りません。ですが、私たちを追うよりも、重要なことができたということではないでしょうか?」


「そうだな。街道周りから離れなくなった気がする。街道の警備をしているようだな……敵は俺たちを追ってこない。これ以上仕掛けても無駄だな。よし、引き上げるぞ」


 二人は街道から離れ、戦場を迂回するように森の中を南に進み始めた。




 同じ頃、魔族軍の将、中鬼族のユルキ・バインドラーは、失意のうちに街道を東に向かっていた。

 後方では戦闘の音が激しくなり、敵の援軍が到着したことを感じさせている。そして、彼らの進む街道でも、味方のオークたちが倒され、更に火を放たれたという報告を受けていた。


(敵の襲撃部隊が潜んでいる可能性があるぞ。後ろからも敵が追ってくるかもしれん。早く撤退しなければ……だが、敵の弓使いがどこかに潜んでいるはずだ。森を抜けたところで狙撃されるかもしれぬ……)


 彼も、レイを恐れた翼魔族の呪術師、アスラ・ヴォルティと同じように、敵の弓使いアルベリックを、必要以上に恐れるようになっていた。


「街道の警備を強化しろ! 俺の周囲、百m以内に敵が潜んでいないことを確認しろ。それより遠くの敵は無視して構わん!」


 彼は姿勢を低くしながら、街道を進んでいく。


(アスラ殿の言うとおりにして良かった。我を張って戦場に留まっていたら、敵の援軍と襲撃部隊に挟み撃ちにあっていたかもしれん。奴らは強い。“南”で戦っていた仲間の話より遥かに強い。どうやら俺たちは、敵の精鋭と遭遇してしまったようだ。命があっただけでも僥倖であったと思うべきか……)


 彼の姿は、二日前に堂々と追撃を命じた人物とは思えないほど、卑屈になっているように見えた。




 同じ頃、翼魔族の呪術師、アスラ・ヴォルティは、街道を西に進む大鬼族の操り手(テイマー)、バルタザル・オウォモエラを見付け、合流していた。


「敵の援軍が来たわ。すぐにユルキも撤退してくるわ」


 バルタザルは表情を変えず、事務的と言えるような口調で彼女に問い掛ける。


「お前はどうするつもりだ?」


「撤退するわよ、完全に。だって、三千いた主力のオークが、四分の一以下になったのよ。それに私の翼魔も半分以上失ったし、敵の援軍がどの程度か判らないけど、チュロックに固執すると全滅するわ」


 バルタザルは数秒ほど目を瞑って考え、アスラに向き直る。


「了解した。我らの目的は敵を釘付けにすること。チュロックから更に奥にある、デンウッドの廃村を拠点に敵を撹乱する。それでいいな」


 彼女は大きく頷き、「先に行って撤退の準備をする」と言って、東に飛び去っていった。

 残されたバルタザルは、チュロックに引き返すことを命じた後、西に目を向けた。


(あの“白の魔術師”と再び、相まみえるか……強敵ではあるが、南に行かれると厄介だ……しかし、あれほどの術者を引き付けねばならんのか。かなり厳しい戦いになりそうだな……)


 彼はレイが一介の傭兵であるとは考えていなかった。

 普段は、戦士としても将としても侮れない敵将ハミッシュの傍らに常にあり、危機に際しては単独で行動する権限を有している。それほどの権限を持ちながら、魔族、特に魔法を得意とする翼魔族の呪術師以上の魔法を使いこなす術者が、ただの兵であるとは想像すらできなかったのだ。


(恐らくは魔術師部隊の指導者なのだろう。見た目は若いが、エルフや竜人の例もある。その者を我らが抑えることができれば、計画は成功といえるはずだ……)


 彼はもう一度西を睨んだ後、東に引き返していった。




 午後五時。

 レイは負傷者たちが収容された天幕で、治癒魔法を掛け続けていた。

 特に頭に大きな怪我を負った者や内臓に肋骨が突き刺さった者など、通常の治癒師では治療が難しい重傷者の治療を行っていた。


(四人目か。魔力が心許ないけど、まだ危険な状態の人が多い。僕にしかできないとこだけやっているけど、あと二、三人が限界だ……それにしても、ステラやアルベリックさん、レンツィさんはどうなったんだろう?)


 彼が四人目の治療を開始したところで、天幕の外でどよめきが起きる。

 彼もその理由が気になったが、治療に専念していた。


「怪我人なんだけど、頼めるかな」


 アルベリックの声が聞こえ、レイは思わず顔を上げた。

 アルベリックは、共に夜襲をかけた王虎族のベルタを抱え、天幕の入り口に立っていた。


「無事だったんですね。良かった。ステラは、レンツィさんは」


「途中で分かれたんだ。まだ帰ってきていないんだ。それより、ベルタの治療をしてやって。頭を強く殴られたんだ。僕じゃ、無理だったんだ」


 ベルタは頭から血を流した跡があり、その顔には生気が無く、意識はなかった。


 ベルタの症状は思ったより重く、レイは真剣な表情で治癒魔法を掛けていた。

 レイが治療を開始すると、その横でアルベリックが大まかな説明をしていく。


「敵の指揮官の狙撃には成功したんだけど、オークたちに追い回されてね。途中で、ラザレス、レンツィ、ステラちゃんの組と、僕とベルタの組に分かれたんだ……街道で煙が上がっていたから、ラザレスが何かやったと思うんだけどね……」


(誰かは生き残ったみたいなんだ。まだ、希望はある。ステラ、無事でいてくれ……)


「多分これで大丈夫だと思います。もし、目を覚まさないようなら、もう一度治癒魔法を掛けてみます。ところで、団長のところに報告に行かなくてもいいんですか?」


「うん、今から行ってくるよ。ベルタが心配だったからね。それじゃ」


 アルベリックは疲れを感じさせない足取りで、ハミッシュを探しに騎士団の天幕に向かった。

 残されたレイは、時に冷徹とも言える判断をするアルベリックが、怪我をした仲間を心配し、報告を後回しにしたことに驚いていた。


(アルベリックさんって、もっとドライな人だと思っていたよ。駄目だな、僕は。全然人を見る目がないよ……)


 そして、再び天幕の外がどよめく。

 すぐに豪奢な鎧を纏った男が天幕の入り口を潜ってきた。

 騎士団の治癒師たちが一斉に片膝をついて頭を下げる。


「陛下。何故このような場所に?」


 レイは他の治癒師と同じように片膝を着き、頭を下げながら、国王の方を盗み見ていた。


(陛下? そういえば国王が一緒だって、誰かが言っていたな。忙しくて気付かなかった……しかし、この忙しいのに邪魔しに来なくてもいいのにな)


 国王は「余に構わず、治療を続けよ」と宣言した後、負傷者たちに声を掛けていく。


 レイはその言葉を聞き、すぐに立ち上がって、次の重傷者に向かっていった。


 国王はレイの白い鎧、雪の衣(ニクスウェスティス)に気付き、控えている近衛騎士――二十代半ばの貴公子然とした男――に、素性を尋ねる。


「あの者は? 見たところ、ルークスの聖騎士のようだが?」


「マーカット傭兵団の治癒師と聞いております」


「そうか。それにしても、なかなかよい腕をしておるな。最も重い症状の者の治療に当たっておる。後ほど、あの者の手が空き次第、余のところに連れてまいれ」


 近衛騎士は「はっ」と答え、深々と頭を下げていた。


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