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トリニータス・ムンドゥス~聖騎士レイの物語~  作者: 愛山 雄町
第二章「湖の国・泉の都」

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第六十二話「ミリース谷の戦い:その二」


 ミリース村を出発したステラは、馬に乗って走らせたいという誘惑に耐えていた。


(馬に乗れば早く戻れる。でも、この暗闇、馬が足を滑らせたら、そこで運ぶことが出来なくなってしまう……一刻も早く戻りたいのに……)


 彼女は焦りを感じながらも、自らに暗示を掛け、冷静に任務を遂行しようとしていた。


(焦りはミスを呼ぶ。落ち着きなさい。そう、冷静に、どんな事態になっても冷静に……)


 彼女の目から一切の感情が抜け落ち、機械のように暗い隘路を駆けていった。



 十月七日の午前三時頃。

 ステラを送り出してから二時間半ほどの時間が経ち、オークたちの死体が、方陣の前に溜まり始めていた。


 昨日と違い、疲労が溜まっている討伐軍先遣隊にも被害が出始め、二十人近くが棍棒での攻撃を受け、大きなケガを負っていた。そのうち、五人が治癒師の治療も空しく死亡していた。

 更にレイやアルベリックら治癒師たちの魔力も、限界を迎え始め、けが人は応急処置を施されただけで、地面に座らされていく。

 魔力をギリギリまで使ったレイは、目の下に隈を作り、顔から生気を失っていた。


(魔力切れだ。せめて二時間横になれれば、かなり回復出来るのに……方陣で頑張っているみんなの方がしんどいんだから、そんなことを言っちゃいけないんだけど。本当にきつい)


 彼は自分たちの未来について考えていた。


(まだ、一日も経っていないのに、五人も死んでしまった。最低あと二日は耐えなければいけないのに、絶対にそこまでもたない、もつはずがない……僕も、アッシュも、ステラも、ハミッシュさんも……みんな死ぬんだ……)


 彼は疲労と魔力切れのため、かなり弱気になっていた。そして、口数が極端に減り、必要なこと以外、口にしなくなっていた。

 アシュレイは、彼の様子に危惧を抱いていた。


(拙いな。あの様子ではかなり参っているようだ。レイはこういう逆境にあったことがない。セロン――モルトンの街で彼らに襲い掛かってきた冒険者――に襲われ、更にアザロ――光神教の司教――に襲われた時も酷い状況だったが、今の方が考える時間があるだけに余計に厄介だな。自暴自棄にならぬよう、見張っておかなければならないな)


 彼女はレイに少し休むよう声を掛けるが、彼の反応は芳しくない。


「僕だけ休むわけにはいかないよ。みんな苦しい思いをして頑張っているのに……そう言えば、ステラはまだ帰って来ないんだね。何か起こったのかな? 一人で行かせたのが失敗だったのかな?……もう間に合わないかもしれないな。このまま、みんな死んでしまうんだね……」


 アシュレイは、彼の力の無い言葉に、危険な兆候を感じ取る。

 彼女は考えることを止め、いきなり彼を抱きしめた。

 そして、彼の唇に自らの唇を重ねる。


「私は生きている。お前も生きている。どうだ? 少しは実感したか?」


 何が起きたのかと、困惑する彼を無視して、話を続ける。


「お前は休むべきだ。この後、ステラがやってくる。そして、かなり無理な戦闘をするのだろう? そうすれば、更にけが人が出る。その時、お前の魔力が残っていた方が、皆のためになる。仲間のため、いや、私のために今は休んでくれないか」


 レイは静かに笑い、「そうさせてもらうよ」と呟いて、地面に腰を下ろした。

 アシュレイは彼のその様子に心の中で安堵の息を吐く。


(何とかなりそうだな。後はステラがいつ戻ってくるかだが、いくらステラでも、あと一時間は掛かるだろう)


 足元の悪い暗闇の中、いくら夜目の利く獣人とはいえ、片道一時間半は掛かると見ていた。

 ロープを見つけ、馬に載せるのに三十分とすれば、三時間半はかかると計算していた。


(後になればなるほど、厳しくなる。早く戻ってきてくれ、ステラ……)


 彼女の願いが通じたのか、数分後、馬の蹄が立てるカポカポという音が聞こえてきた。

 暗闇からステラが馬を引き、荒い息でレイに声を掛ける。


「お、遅くなりました。ロープを、ロープを持ってきました」


 レイは息の荒いステラを抱きしめ、「ありがとう、休んで」と言って座らせる。


「団長! ロープです! 短く切るんで何人か回してください!」


 彼の叫びにアシュレイら抜刀隊がロープを切り始める。

 一mほどの長さに切られていく間に、レイは注意事項を説明していく。


「しっかり縛る必要はありません。引張って抜けなければ、どんな縛り方でもいいです! とにかく、素早く出来るだけ多くの死体を繋いでください。それから、正面は縛る必要はありません。左右の、側面側だけに集中してください!」


 彼は敢えて正面は空けられるようにしておき、左右の壁を排除しなくても、正面から攻撃できるようにしておいた。


(正面から攻撃できれば、危険を冒して左右に向かってくることはないはず。”囲む師は欠く――退路を塞いではいけないという孫子の言葉――”の逆バージョンだ……要は休む時間を稼げればいい。正面だけなら六班のうち、一斑でいいから、かなり休憩時間を稼げるはずだ)


 彼は自分の思惑通りいくか自信はなかったが、少ない戦力を三方に回すよりは、側面を固めた方が良いと判断した。


 数分ほどでロープの切断は終わり、ハミッシュは全員に声を掛けていく。


「俺の合図で一気に攻勢を掛けるぞ!」


 そして、自らも愛剣を引抜くと、「抜刀隊! 俺に続け!」と叫び、全員に合図を出す。


「突撃!」


 彼の声に、疲れきっていたはずの兵士たちから、「「オウ!!」」という雄叫びが上がる。



 オークたちは仲間の死体で足元が悪くなっている上、予想もしていなかった敵の攻勢に浮き足立ち、次々と刺し殺されていく。

 そこに両手剣を使う剣術士たちで構成された抜刀隊が踊りこみ、更に弓術士の射撃が加わったため、オークたちの混乱に拍車が掛かっていく。すぐにテイマーたちの指示だけでは、収拾がつかぬほどの大混乱になっていった。


「四班、五班、六班! 前へ!」


 レイの声にロープを持った三つの作業班が、方陣の前に走りこんでいく。

 ハミッシュに率いられた抜刀隊が大暴れしているため、オークたちの注意はそちらに向き、オークの死体を積み上げ、ロープで縛っていく兵士たちの姿に気付くのが遅れる。

 数分後、ようやく気付いたオークたちが作業班に向かうが、数百m離れた場所にいる操り手(テイマー)たちの目には、何をやっているのか判らず、より危険な抜刀隊に向かうよう指示を出していった。


(とりあえず成功だ。高さは一mくらいか。もう少し高くしたかったけど、これ以上は無理だな。これくらいの高さだと、押しても倒れないはずだし、重さも充分なはず。それに乗り越える時に無防備になる。ちょうどいい高さと考えよう……)


 彼は虚ろな目をしたオークの死体を見て、自分がやっていることに一瞬疑問を持ってしまった。


(魔物とはいえ、こんなことをしていいのか。死者に対する冒涜になるんじゃないか……いや、今はそんなことを言っていられない。僕たちが生き抜くためには仕方がないんだ)


 両側に出来たオークの死体の土塁が完成した。

 吟遊詩人たちがこの戦いを歌う時、必ずこの言葉を使った。

 “レッドアームズは、オークのむくろとりでを築いた”と。




 魔族の将、中鬼族のユルキ・バインドラーは、突然の敵の攻勢に、まだそんな力が残っていたのかと驚くが、最後の足掻きと余裕を持って眺めていた。


 盾を持たぬ両手剣使いたちを追い回し、数人を殺し、更に前に出てきた前衛にもかなりのダメージを与えたように見えていた。


(最後の足掻きだな。この後に撤退でもするつもりか? それとも玉砕か?)


 混乱が収まり、灯りの魔道具の光で、闇の中に浮かぶ敵の陣地を見た時、彼は一瞬声を失う。

 彼の目には、数十、数百に及ぶ眷族たちの死体で築かれた塁が映っていた。

 だが、すぐに余裕の笑みを浮かべていた。


(何をしていたかと思えば、奴らはオークどもの死体で土塁を築いていたのか……だが、先ほどと同じく崩せばよい。既に敵にもかなりのダメージを与えている。あの呪術師も魔法を使わなくなった。いや、使えなくなったのだろう。あと一押しで勝てる。正面から攻撃を掛けている隙に塁を崩せばよい……)


 彼は正面から攻撃を掛けさせるとともに、左右の死体の山をどけるよう指示を出した。


 正面からの攻撃は、今までと同じくほとんど効果は無かったが、敵の注意が正面に向いている隙にオークたちが塁に近づいていく。


 アルベリック率いる弓術士たちは、矢を節約するため、射掛けることはせず、静観していた。


 ユルキは敵の矢が尽き、更に死体を片付ける作業の邪魔をする気力も無くなったと解釈した。


(やはりな。さっきのが最後の足掻きだ……死体が片付けば、一気に攻勢を掛けて押し潰してやる)


 彼の命令を受けたオークが、死体の山に近づいていく。

 ギリギリまで接近しても攻撃してこないため、そのまま死体を引き摺り出そうと力一杯引くが、オークの怪力を持ってしても僅かに動く程度で崩すことができない。

 力を入れるため、立ち上がったところで、突き出された槍の餌食になっていった。


「何! なぜ動かん! 何が起こっているのだ?!」


 ユルキの疑問に答えてくれる者はおらず、彼は闇雲にオークを突撃させ、戦力を消耗させていった。




 レイの策により、正面に二十名、左右に槍術士十名ずつが配置される。左右の槍術士には、敵が見えた時だけ、攻撃するよう指示されていた。

 これにより、大幅に休息する時間を増やせ、先遣隊は体力を回復することができた。

 レイは、その間にもケガをした兵の治療を行っていた。


(抜刀隊で三人やられた。前衛も四人……もっとうまくできたんじゃないのか? 駄目だ。考えがネガティブになっていく……)


 彼を心配したアシュレイが再び、休憩することを提案すると、今度は素直に横になった。


(横になると、血の匂いが鼻を突く。空気中の水分が全部、血に変わったみたいだ……僕は、僕たちは数時間後の朝日を見ることができるのか……今日の夕日は。そして、明日の朝日は……)


 彼は横になると、一分もしないうちに意識を失うように眠りに落ちていった。




 ハミッシュは状況を改善できたことに満足していた。

 だが、自らの傭兵団員はともかく、騎士たちと若い義勇兵たちの疲労が回復しないことを気にしていた。


(やはり経験の差が出るな。うちの連中は若くとも経験がある分、うまく疲れを取っている。だが、他の連中はそうはいかないようだ。この分ではいつまでもたせられるか……)


 彼の心配を他所に、その後、三時間を戦いぬき、十月七日の朝を迎えることができた。



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