第十話「オリジナル魔法」
翌朝、レイはすっきりとした目覚めで朝を迎えた。
(魔力切れの次の日がどうなるのか心配だったけど、杞憂だったようだ)
今日も天気はよく、木窓から差し込む朝日を受け、夜明けと共に目覚めたため、そのまま装備を着けて、裏庭に向かった。
珍しくアシュレイはおらず、一人で素振りを繰り返していく。
三十分ほど一人で素振りをしていると、眠そうなアシュレイが現れた。
「お早う、今日は遅いな。もしかして、昨日心配を掛けすぎて眠れなかったとか?」
「いや、少し飲みすぎただけだ。汗を流せばすぐに楽になる。体が暖まったら、模擬戦でもやるか?」
彼女の体が温まった後、木剣と木の棒で模擬戦を始める。
やはり槍の方が相性はいいのか、昨日より更に様になっていた。
「やはり、槍の方がうまいな。槍術のスキルレベルはいくつになったんだ?」
「スキルが見れないんだ……なぜなのか判らないけど……」
「まあ、気にすることはない。手合わせした感じだと、二十から三十といったところだろう。十分兵士としてやっていけるレベルだ」
傭兵であるアシュレイに太鼓判を押され、彼は少し気が楽になる。
(今日も魔物討伐の依頼を受けるはずだ。その前にお世辞であっても気が楽になる。今日は無様なところを見せないように頑張ろう)
三十分ほど二人で汗を流し、今日も午前八時にギルドの入口をくぐる。
昨日と同様、掲示板には人だかりが出来ていた。
彼はどんな依頼を受けるつもりか気になり、アシュレイに尋ねると、
「今日は大物を狙う。昨日行ったラットレー村の近くで灰色熊が出たそうだ。そいつを狙うつもりだ。もしかしたら、今日はラットレー村で泊りになるかもしれない」
彼はなぜ泊りになるのか疑問に思い、理由を尋ねると、
「灰色熊の行動範囲は広い。湖で分断されているから、移動距離も多くなるしな。今から行って、運が良ければ手掛かりくらいは見付かると、思っておいた方がいい」
彼はそんなものかと思うが、マタギの話を思い出し、納得した。
(そう言えばマタギは何日も山に入るって聞いたことがある。それも犬を連れていてもだ。なら、追跡手段のない僕たちが一日で熊を見つけられると思う方が間違いなんだろう)
彼は少し勘違いしていた。この世界の魔物と違い、基本的に日本の熊は臆病な生き物だ。だが、この世界の魔物・野獣の類は積極的に人を襲うし、逃げ隠れすることは少ない。
猟犬がいなくても魔物を狩れるのは、向こうから勝手に襲ってくるからであって、この世界の冒険者たちが猟犬以上に索敵能力に優れているからではなかった。
灰色熊討伐の依頼票は、”ドラメニー湖及びクルーニー湖周辺の灰色熊の討伐:報酬一匹、百C”とあり、かなりの高額報酬だった。
彼はこれだけの報酬なのに、なぜ残っているのか気になり、理由をアシュレイに尋ねてみる。
彼女の答えは、灰色熊は五級相当の魔物―― 一対一では第五級冒険者が必要な魔物――で、通常は、中堅どころの第六級程度の冒険者が三、四人、駆け出しの第七、八級程度だと六から八人は必要になる。
それだけの人数で二日掛ければ、百Cの報酬ではあまりうまみがない。更に灰色熊の防御力はかなり高く、弓での攻撃があまり効かないことから、同じ程度の報酬ならもっと防御力の低い魔物や獣を狙う方が安全で割がいいそうだ。
それなら、なぜ報酬が上がらないのかと聞いてみると、単純にそれ以上出せないからだという答えが返ってきた。
つまり、ラットレー村程度の規模であれば、一回当たり百Cの報酬が限界であり、更に灰色熊のような大型の野獣を駆逐しても、すぐに同程度の魔物か野獣が入り込んでくるため、金が続かなくなるそうだ。
(なるほど、依頼が減ってきたら、自然と討伐に来てくれる。それまでに被害が出なければ御の字で、被害が出そうになったら、止む無く報酬を上げるという構図なのか)
二人は依頼票を手に受付カウンターに向かった。
昨日のレイの姿を見ていた冒険者たちから、冷ややかな眼で見られるが、アシュレイはそれを無視して、カウンターに座った。
受付嬢はレイの登録を行ってくれたエセルで、心配そうな顔で、
「失礼かと思いますが、アシュレイ様はともかく、レイ様には少し荷が重いのではありませんか? 昨日もかなりお疲れのようでしたし、もう少し簡単な依頼の方が……」
アシュレイはその言葉を途中で遮り、
「大丈夫だ。心配してくれるのはありがたいが、レイも納得している。早く受付してくれないか」
やや不機嫌そうに自分のオーブを差し出す。
エセルはそれ以上何も言うことができず、受付作業を黙って行っていく。
受付が終わるとアシュレイはすぐに立ち上がり、レイはエセルが心配してくれていることに礼を言ってから、アシュレイの後を追って、ギルドを出て行った。
残されたエセルは、
(本当に大丈夫なのかしら? 彼女が判断ミスを犯すとは思えないけど、昨日の状態を見る限り、無事に帰ってこれると思えないのだけど……)
彼女は二人が出て行った入口を見つめた後、すぐに受付作業に没頭していった。
レイとアシュレイの二人は、再び馬を借り、ラットレー村に向かった。
昨日と同じ工程を繰り返し、キアラン村長から情報を仕入れるが、特に手掛かりとなる情報はなかった。アシュレイはとりあえず近くの森に向かおうと歩き始める。
レイが歩き始めた彼女を呼び止め、思いついたことを話し始めた。
「ちょっと考えたことがあるんだけど、いいかな……」
彼はまず昨日のリザードマンとの戦闘現場に、向かうことを提案した。
理由は灰色熊の鼻がどの程度いいのかは判らないが、あれだけの血の臭いを嗅げば、リザードマンの死体を食いに行くのではないか。
仮に行っていなくても、近寄ってくる可能性があるのではないかと。
「そうかもしれないが、逆に別の肉食系の魔物が潜んでいる可能性もある。うーん、灰色熊以上の魔物がいるとは思えないから、その方法でいってみるか」
再び村長の家を訪ね、昨日と同じように向こう岸に渡してもらう。
帰りに魔法で合図をするから、それを見たら迎えに来て欲しいと伝え、森の中に入っていった。
午前十時に昨日のリザードマンとの戦闘現場に到着した。
リザードマンの死体はすべて食い荒らされ、その中には大型の魔物の噛み跡らしきものもあった。
「どうやら既にここに来ていたようだな。リザードマンの死体の内臓だけ喰らって、硬い皮に覆われた肉はそのまま残している。まだ、この辺りに潜んでいる可能性が高いな……」
二人は熊の足跡を見つけ、慎重に追跡を開始する。熊は水辺に行ったり、森の奥に戻ったりと迷走しているが、どうやら、水辺近くにいるようだった。
アシュレイは剣を引き抜き、足音に注意しながら、
「気を抜くなよ。この辺りにいそうだ。魔法で先制攻撃を掛けてくれ。奴は見た目以上に足が速い。二発目は欲張らなくていいからな」
彼は頷き、槍を構えながら、彼女の後ろを歩いていく。
十分ほどすると、湖岸で水を飲んでいる巨大な熊を発見した。
灰色の毛皮に覆われたその熊は、彼らから二十m程度離れた位置におり、体長三m以上の大物だった。
そして、すぐに近づく二人に気付く。
低い咆哮とともに後足で立ち上がる。そして、頭を下げ、突進の体勢に入ろうとしていた。
レイは昨日練習した光の矢の魔法を発動した。
白く眩い光の矢が灰色熊の顔に向かって加速しながら飛んでいく。
熊はそれほど脅威とは思っていないのか、煩わしげに首を振って避けようとしただけで、突進を中断することはなかった。
光の矢はその顔に目掛けて、軌道を変えていく。
全くのまぐれ当たりなのだろうが、光の矢は熊の右目に深々と突き刺さっていた。
矢は長さの半分ほど――二十cm程度――入り込み、砕け散るように消滅する。
灰色熊は激しく痙攣したあと、動かなくなってしまった。
どうやら、矢の先端が脳にまで達し、即死したようだ。
彼は「えっ? 終わり?」と声を上げ、アシュレイの方を見る。
(クリティカルヒットってやつか……それにしても実戦で……ビギナーズラックという奴かもしれない……)
彼女も唖然とし、そして何か物足らなさを感じつつも、灰色熊が再び起き上がってこないか警戒していた。
「どうやら、本当に死んでいるようだな。眼を狙ったのか?……しかし、これでは訓練にならないな……ところで、魔力切れの方は大丈夫なのか?」
苦笑しながら聞いてくる彼女に対し、
「顔は狙ったんだけどね……魔力切れは大丈夫みたいだ。昨日は雷の魔法を何発も撃っていたから、魔力が切れたんだと思う。この光の矢なら二、三十発は撃てる気がする」
アシュレイは呆れたように首を振りながらも、慎重に灰色熊に近づき、魔晶石の回収に入る。
レイは熊が擬態を取っている可能性を考え、いつでもサポートには入れる体勢で彼女を見守っていた。
灰色熊はやはり息絶えていたようで、直径三cmほどの大き目の魔晶石を無事回収できた。
レイは迎えの船を呼ぶため、火属性魔法を試してみる事にした。
花火をイメージして、火の玉を打ち上げたあと、空中で爆発する魔法をイメージする。
(火の玉と打ち上げてから、上空で爆発するようにしたいけど、どうやってやればいい? 火薬はイメージしても精霊がついていけそうにないし……空気の玉も一緒に打ち上げたら……火で熱せられて膨張しないかな……うーん、それだといきなり爆発するかも。難しいことは考えずに空中で爆発するイメージでやってみるか)
彼は考えるのを諦め、火の精霊に理解できるように、できるだけ鮮明な花火のイメージを思い浮かべる。
二十秒ほどで左手に火の玉が形成され、それを打ち上げるように手を振り上げると、その火の玉は上空に向かって、ヒュルヒュルと昇っていく。
そして、木の高さより高くなったところで“パン”と弾け、市販品の打ち上げ花火くらいの大きさに広がった。
昼間の明るい時間ということもあり、火の花はきれいに見えないが、上空には白い煙の雲が浮かんでいる。
(できたけど、思ったより貧相だな。狼煙代わりにちょうどいいかも知れないけど……)
彼はもう少し大きな花火を想像していたため、満足できなかった。
だが、横で見ていたアシュレイは、そのゆっくりとした動きの後に大きな音が起こったことに唖然としていた。
(今のは何だ? てっきり普通の“火球”を打ち上げるのかと思ったが、音まで出せるとは……夜襲でうまく使えば、敵に混乱を与えられるぞ……)
彼女は傭兵時代を思い出し、この初めて見る魔法の有効性にすぐに気付いた。
「今の魔法は何なんだ? それもオリジナルなのか?」
「ああ、気付いてもらうには音があった方がいいかと思って。それにしてはちょっとしょぼかったな。もう少し大きく火が開くはずだったんだけど……」
「今の魔法もあまり見せないほうがいい。かなり珍しいし、奇襲攻撃に使えるから、軍に知られると厄介なことになるかもしれない」
その言葉に彼は絶句する。
(ただの花火のつもりだったんだけど……爆発系の魔法はないのか? よく考えてからじゃないとオリジナル魔法は使えないな)
しばらくするとコーダーの船が迎えにやってきた。
「さっきのは何だったんですか? 初めて見ましたけど」
レイは苦笑いしながら、「魔法が失敗したんだ」と言い訳をする。
そして、アシュレイが話題を変えるように、
「灰色熊を倒した。目を撃ち抜いたから、ほとんど傷が無いし、運ぶのを手伝ってくれれば手間賃を弾むぞ」
その言葉にコーダーは「もう倒したんですか!」と驚き、すぐに「一時間待っていてもらえますか! みんなを呼んできますから」と言って、大急ぎで村に戻っていった。
約束より早く、四十分ほどで漁師たちは岸にやってきた。
灰色熊は一トン近い重さがあり、かなり苦戦したが、無事に村に到着した。村長に完了報告を行い、灰色熊を引き取ってくれるか聞いてみた。
「灰色熊ですか……大物ですし、金貨一枚、百Cで如何ですか?」
レイには相場が判らないので、彼はアシュレイに「任せるよ」と言って、傍観する。
彼女は暫し考えた後、了承した。手伝ってくれた漁師たちに銀貨二十枚、二十Cを支払い、村を後にした。
思ったより早く依頼が完了し、昨日と同じ森の中で魔法の訓練を行うことにした。
レイは、アシュレイから、「魔力切れにならないように注意してくれよ」と釘を刺される。
彼も「昨日みたいな連発はやらない」と笑いながら、魔法の練習を始めた。
(今日は木と土の魔法を練習しよう……)
彼は木属性の魔法で木の根を武器に出来ないかと考えていた。
(木の根を急速に成長させ、下から突き上げる。先端を硬くすれば、槍代わりにならないだろうか……)
彼は木の根が成長する姿を思い浮かべる。イメージは植物が生長する姿を、微速度撮影した映像だ。昔、テレビで見た森の木が、成長する姿を撮ったドキュメンタリーの映像を思い浮かべる。
彼の足元から、木の根がウネウネと這い出てきたが、思ったようなスピードはなく、触ってみると普通の硬さの柔らかい根だった。
(槍にはできないか……自在に動かせれば、拘束具にできないか。自在に動くイメージか……食虫植物、いや、この世界なら植物系の魔物がいるはずだ。それをイメージすれば……)
彼は再び魔法を発動した。
木の根はさっきと同じように這い出てくるが、スピードは蛇が動く程度で、まだ人を拘束できるほどのスピードには達していない。
(スピードアップか……植物に瞬発力を求めるのが間違っているんだよな。瞬発力? そうか、”しなり”を加えて、それを解放すれば……)
木の根を弓なりにしならせ、その反動を利用する。すると、ピシッという音を立て、鞭のような勢いで根は伸びていった。
(成功だ! あとは巻き付くような硬さにすることと、そのあと、急激に硬化させることができれば、かなり有効な魔法になる。特に森の中なら……どの範囲まで有効か確認する必要はあるけど、今日はこれで止めておこう)
次に土属性の魔法で落とし穴ができないか、考えてみた。
イメージは亀裂。地面を割るイメージを土の精霊に伝える。
(地面に亀裂……地盤が動くイメージ……うわっ!)
地盤が動くイメージを精霊に伝えると亀裂ではなく、地震が発生してしまった。
局所的だが、突き上げるような地震で、魔法を掛けたレイ自身がその振動で尻餅をついてしまった。
見ていたアシュレイもその揺れに驚き、「大丈夫か!」と叫んでいる。
彼はバツが悪そうに「大丈夫だ」と答え、土を払いながら、立ち上がる。
(これは意外に使えるかもしれない。どの程度硬い地盤まで使えるのかは判らないけど、相手を転倒させることができれば、その後の展開はかなり有利になる……でも、新しい魔法を試す時は、注意しておかないと怪我をするかもしれないな)
まだ、魔力的には行けそうな気がしたが、アシュレイを心配させたくないので、これで止めることにした。
(まだ、三時くらいだろうから、この後、槍と剣の訓練もできるかな。何にしても早く一人前になりたい)
彼らは街に戻っていった。




