第五十三話「討伐軍先遣隊出陣」
傭兵ギルド長のデューク・セルザムとマーカット傭兵団の団長ハミッシュ・マーカットは、王宮から真っ直ぐギルドに向かった。
そして、ギルドの掲示板に義勇兵の募集を張り出すとともに、主要な傭兵団に声を掛けていった。
また、ハミッシュは小雨が降る中、ギルドの前でレイの策の通りに演説を行っていた。
「……今回の魔族の侵攻はいつもとは違う! 三ヶ月前、俺はこの目で奴らを見た。だから、俺は断言できる! 間違いなく、今回は本気なのだと……このことを俺は何度も騎士団に伝えた。だが、騎士団は真面目に取り組む素振りを見せない。陛下に正しい情報が入っていないのかもしれんが、今回の勅命は危険だ! 騎士団が全滅するだけならいい。だが、チュロックの砦、ブリッジェンドまでの村々、そして、東の要、ブリッジェンドすら危険に曝している。俺はギルドの募集する義勇軍を指揮することにした! 国を思う者は俺に命を預けてくれ! 頼む……」
若い傭兵たちはハミッシュの言葉に熱く応えるが、ベテランの傭兵たちは、雨を避けるようにギルド内に入り、掲示板に張り出された募集条件を見て、渋い表情になる。
通常の護衛より危険である上、報酬が良くない。はっきり言ってリスクの割にリターンが少なすぎると。
更に悪いことに、討伐軍先遣隊の指揮官が護泉騎士団第三大隊長であるアーウェル・キルガーロッホと知ると、ベテランになるほど、指揮官の資質に疑問を持ち、参加した際の自分たちの身の安全を考え、二の足を踏んでいた。
予想通りとはいえ、ハミッシュとデュークは苦々しい表情になっていた。
「さすがにお前の演説でも、ベテランは難しいそうだな」
「ああ、指揮官があの男では、まともに戦えるのか疑問に持つのは当然だ。せめて他の大隊長なら良かったのだが、傭兵嫌いのあの男ではな」
それでも、その日の夕方には二百名近い応募があり、二人は編成について、頭を悩ませていた。
騎士団長のヴィクター・ロックレッター伯爵は、その日の夕方に到着したブリッジェンドからの伝令の報告に頭を悩ませていた。
「まだ、定期連絡便は到着しないか……追加情報もない。これでは判断が付かぬな。シーヴァー、卿の考えを聞かせてくれ」
副団長のシーヴァー・グラッドストーン男爵は、慎重に言葉を選んで話し始める。
「定期連絡の伝令に何かあったことは、間違いないでしょうな。ですが、これと魔族の侵攻を結び付けるのは、些か無理があります。ここはもうしばらく待つというのが、常道でしょう。そう言いたいところですが、もし万が一、魔族の侵攻であった場合、確定情報を待っていたのでは間に合いません。ここは早急に先遣隊を出立させるべきかと」
予想外の言葉にヴィクターは驚く。
「卿がそのように博打に近い策を献ずるとはな……良かろう。俺の独断で先遣隊を出立させる。キルガーロッホ公にはブレイブバーン公より、うまく伝えて貰おう」
そうして、護泉騎士団第三大隊を主力とする魔族討伐軍先遣隊は、明後日の九月二十七日の早朝に出陣することが決まった。
九月二十六日。
昨日までの雨は小降りになったが、不快な蒸し暑さが続いていた。
レイ、アシュレイ、ステラの三人は、騎士団からの指名依頼を受けるため、冒険者ギルドに向かう。
「依頼内容は魔族討伐軍先遣隊に同行し、魔族の行動を探ること、対魔族戦略の検討材料を収集することです。期間は魔族討伐軍の行動期間とし、報酬は前金として五百C、一日当たり五十Cとなっております。四級相当の依頼として、取扱うことに決まりました」
受付嬢の説明を聞き、レイはその報酬に驚く。
(前金で五百Cということは五十万円。一日の報酬は五万円。ブリッジェンドに行くだけでも三日は掛かるから、最低三十万円。恐らく一ヶ月は掛かるから、全部で……二百万円か。必要経費込みとはいえ、騎士団も気合を入れて出してくれたみたいだな)
更に受付嬢から、三通の封書と階級章が手渡される。
「騎士団より、レイ・アークライト様に臨時の階級として小隊長の階級章を、アシュレイ・マーカット様とステラ様には、騎士の階級章をお渡しするようにとの依頼がございました」
渡された階級章は、勲章のようにメダルのような形の金属製のトップを、緑と白のストライプの布で吊るす形になっており、鎧の首のところに吊せるような金具が付いている。
(臨時の小隊長ね。それにしても、小隊長ならアッシュの方が合っているのに、どうして僕なんだろう? 話を持っていったからかな? どちらにしてもあまり関係ないか)
三通の封書には、それぞれ三人の名が記されており、中には騎士団長のヴィクター・ロックレッター伯爵の命令書が入っていた。
(これで大隊長からの干渉は防げる。さて、後はこれからのことを相談だな)
三人はオーブを差し出し、依頼の受付を行った後、ギルドの受付の前にあるテーブルに座り、この後の相談を始める。
「これで遠征軍、魔族討伐軍の先遣隊に同行できる。僕たちは員数外だから、食料なんかの必要なものを自前で揃えないといけない。アッシュ、何をどのくらい準備したらいいと思う?」
彼の問いに、アシュレイは少し考え、「お前の予想ではどのくらいの期間を見込んでいる」と尋ねる。
「そうだね。チュロックまで順調に行くとすると、片道十日、チュロックで十日間の作戦期間を考えると、全部で一ヶ月くらいかな?」
「そうだな。私の予想と同じだ。一ヶ月分の食料だと、かなりの量になる。レイ、お前の例の収納が役に立つようだな」
アシュレイはレイの収納魔法、アイテムボックスに期待していた。
「食料は十日分ずつ持ってもらって、残りは僕が持つよ。まだ、寒くはないから、毛布くらいがあればいいし、アッシュとステラが持つ弓の予備の矢も持っていこう。後はステラの投擲剣の予備だよね。僕の槍は丈夫そうだからいいけど、アッシュとステラの剣の予備っているのかな?」
「私は予備の剣を持っていくが、ステラ、お前はどうする?」
彼女は頷き、「一本だけ用意したいと思います」と答える。
その後、アシュレイとステラの予備の剣を武器屋街に買いに行くが、すでにハミッシュの演説の後であり、手ごろな値段の武器は根こそぎ買われていた。
駄目もとでステラの双剣を作ってもらったバルテルの店に行くと、アシュレイ用の両手剣と、ステラの短剣、更に投擲剣も準備されていた。
「お前さんたちが来るはずじゃと思って取っておいたわ。弟子が打った物じゃが、予備の武器なら十分じゃろう」
三人はバルテルに礼をいい、アシュレイの剣を五百C、ステラの剣と投擲剣十本を四百Cで購入した。
(助かった。それにしても、まだ昼前なのに動きが早いな。義勇兵が予想より多いのか、それとも投機目的で買い占めている者がいるのか……そうか! 商人たちか! 昨日、ハミッシュさんたちがその話をブレイブバーン公に話しにいったから、昨日の夜には商業ギルドに話がいっているはず。それで、軍需物資の武器を買占めに掛かったのか。待てよ、そうすると、保存食も買い占められているかもしれない……)
レイはアシュレイにそのことを話すと、彼女は首を傾げている。
「父上たちがブレイブバーン公を通じて、インヴァーホロー公に話を持っていったのは判るが、その話で保存食の買占めに入る必要はなかろう。騎士団は十分な備蓄をしているはずだからな」
「魔族との戦闘が長引くと考えたら? 念のため、知っている食料品店を回った方が良さそうだね」
彼の予想通り、フォンスの街の食料品店から保存食に適した干し肉、干果などが軒並み消えていた。
アシュレイの伝手で、何とか自分たちに必要な分は確保したものの、彼は自分の策が与える影響の大きさに驚いていた。
(こんなことになると思っていなかったな。偉い人を動かす時はよく考えないといけない。思ってもいないことが起きて、いろいろなところに迷惑を掛けるかもしれない……)
三人は必要な物資を揃え、傭兵団本部に戻っていった。
九月二十七日の朝。
昨日までの雨は止んだが、空には厚い雲が垂れ込めていた。
第三大隊のアーウェル・キルガーロッホ隊長は、王都の中央にある泉の広場で、騎士三百人、傭兵三百人の約六百人に対し、出陣の訓示を行った。
「今回の任務はチュロックにいるかもしれぬ、魔物を退治することだ。我が大隊の能力を持ってすれば、容易な任務である。収穫祭の直前ではあるが、陛下より直々のご命令である。皆のもの、心して任務に当たれ!」
彼の緊張感に欠ける訓示に、ハミッシュは苦虫を噛み潰したような表情をしていた。
(収穫祭云々など付け加える必要はなかろう。敵の戦力が判らぬ状況で、味方の油断を誘うような訓示とは。この戦い、先が思いやられるわ……)
アーウェルの合図で、全員が騎乗し、騎士団を先頭に出発していく。
騎士団長のヴィクター・ロックレッターの指示で、足の遅い輜重隊を外し、機動力を上げるため、騎士団の予備の馬を義勇兵である傭兵に貸し与えていたのだ。
レイたち三人は、出発前にハミッシュに見付かることを避けるため、街道に出てから合流するつもりでいた。
(出発してしまえば、何とでも言い訳は出来る。昨日もできるだけ、会わないようにしていたし、諦めたと思ってくれていれば、助かるんだけど……)
三人は義勇兵の最後尾が王都を出た後、ゆっくりと出発した。
王都フォンスから、チュロックまでは約三百四十km。辺境への入口であるブリッジェンド市は全行程のちょうど半分の約百七十km。
ブリッジェンドまでは道もよく、騎乗の兵だけで構成された先遣隊なら、三日で到着できる。
だが、先遣隊は何度も休憩を挟み、初日の行軍距離は僅か三十五km。
通過すると思われていた街、バーナムに午後二時頃到着し、そのまま行軍を止めてしまった。
義勇軍の傭兵たちは、騎士団との連携を図るための訓練を行うためと考え、指示を待つが、一向にその指示はなく、騎士団から翌朝の出発時間などの連絡を受けるだけに留まっていた。
ハミッシュはその連絡を受けると、唖然としたまま言葉が出なかった。
(ヴィクター殿が、何のために無理に出発させたと思っているのだ)
彼はアーウェルの下を訪れるため、街の中にある高級な宿に向かった。アーウェルは既に装備を外しており、酒の入ったジョッキを手に持っていた。
ハミッシュは怒りのあまり怒鳴り声を上げそうになるが、多大な努力を払って落ち着いた声を作り、真意を確認した。
「このように遅い速度の行軍。司令殿は如何なるお考えか」
椅子に座り、酒を飲みながら、アーウェルは一瞥するが、特に何も答えなかった。
再び、ハミッシュが同じ問いをすると、面倒臭そうに話し始める。
「急ぐ必要は無い。まだ、魔族の情報など何も入っていないのだからな。それに兵を疲れさせては戦にならん。そんなことも弁えないのか、傭兵は」
ハミッシュは話にならないと、アーウェルの部屋を出て、副隊長であるナイジェス・リーランドを探す。
街の外の野営地でリーランドを見つけたハミッシュは、同じ問いをした。
リーランドは申し訳無さそうに頭を下げ、
「隊長には何度も具申したのですが、聞き入れるつもりはないようです。このペースで進めば、ブリッジェンドには十月一日に到着することになるでしょう。恐らく祭りの当日に華々しく町に入りたいのではないかと……真に申し訳ない」
呆れ果てたハミッシュは、怒りを爆発させることもできず、騎士団の野営地を後にした。
そして、義勇兵の野営地に戻ると、更に彼の怒りに火をつける存在を見つけた。
彼の目には、傭兵たちと談笑するレイたち三人の姿が映っていた。
「何をしている! 部外者は立ち入り禁止だ!」
その言葉にレイが笑みを浮かべて答える。
「僕たちは部外者じゃありませんよ。第五級冒険者である私、レイ・アークライトは正式に騎士団の依頼を受け、この場にいるのです」
そういいながら、騎士団の階級章を見せる。
ハミッシュは忙しさにかまけ、レイたちの行動を監視していなかったことに後悔していた。
(見くびっていた。こいつがすんなり引くわけがなかった。しかし、こんな方法があるとはな……悪知恵を働かせやがって……今回の戦いがどれだけ危険か判っているのか)
「お前は……今からでも遅くない。フォンスに帰れ!」
階級章を見せた時の軽い口調とは異なり、レイは真剣な表情でハミッシュに答える。
「帰りません。いえ、帰れません。今回の戦いで、あなたを失うわけにはいかないからです」
彼の一言にハミッシュは一瞬言葉を失うが、声のトーンを抑えて諭すように三人に話しかける。
「俺を失うだと……俺がそう簡単にくたばると思っているのか。必ず生きて帰る。だから、お前たちはフォンスに戻れ」
レイはいきなり頭を深々と下げ、彼の情に訴えるように何度も一緒に連れてって欲しいと頼む。
「ハミッシュさん、お願いします! アッシュのことを考えてやってください! お願いします! 一緒に連れて行ってください。一緒に戦わせてください!」
ハミッシュは更に何か言おうとしたが、副官であるアルベリックに遮られる。
「ハミッシュの負けだね。レイ君を舐めたらいけないよ。この子は知恵が回るんだ。ここで追い返しても、必ず何か別の手を考えるんだ。だから、大人しく連れて行ったほうがいいと思うけど」
その言葉にハミッシュは唸り、何もいわずに天幕の中に入ってしまった。
「これで大丈夫だね。ハミッシュも認めざるを得ないから。それにしても、さすがはレイ君だね。まさか、そんな手で来るとは思わなかったよ」
レイは照れ笑いを浮かべて、アルベリックに礼をいった。
「ありがとうございました。アルベリックさんが、言ってくれなかったら、力づくで追い返されたかもしれません」
「気にしなくていいよ。ハミッシュも嬉しいんだろうし。それに僕はこんな戦いで死ぬのはごめんだと思っていたから、君が来てくれる方が良かったんだ」
三人はマーカット傭兵団から歓迎されるが、レイは今回の作戦で、ここにいる何人かと永遠に別れることになるだろうと憂鬱になっていた。
(魔族が侵攻してこないっていう、最高にラッキーなことでも起こらない限り、ここにいる仲間たちと永遠に別れることになるんだ。あの大隊長じゃ、まともな指揮は執れないし、ハミッシュさんも自由に動けない。騎士団長たちにはハミッシュさんを助けるって言ったけど、本当は仲間全員に生きて帰ってもらいたいんだ。でも、ハミッシュさんの勘を信じるなら、今笑っている仲間の半分は生きて帰れない……根拠の無いただの”勘”で憂鬱になるのも、おかしな話だと思うけど)
そして、このゆっくりとした行軍にもイライラしていた。
(このまま、ゆっくりと進んでいると、チュロックの砦が落ちてしまう。本当なら、ブリッジェンドまで三日、ブリッジェンドからは斥候を出しながら、四日ほどかけて進むはずだ。それに引き換え、今のペースだとブリッジェンドに五日、その先も同じくらい掛かる……このまま行くと、魔族襲来の早馬がフォンスに着く方が早くなるかもしれないな。そうすれば、僕たちの生き残る確率は上がるんだけど……そうすると、チュロックで戦っている人たちはもっと苦しくなる。本当にイライラするな)
レイは、副隊長であるナイジェス・リーランドにだけは、義勇軍にいることを伝え、ハミッシュらと行動を共にすることにした。




