第九話「魔力切れ」
レイとアシュレイはリザードマン七匹から魔晶石を採取し始めた。
アシュレイはリザードマンの心臓辺りに手を当て、何か呟くように念じていく。すると、その手が輝きだし、リザードマンの体から直径一cm程の緑色の宝玉がゆっくりと浮き上がってきた。
(僕にできるのか? しかし、やってみるしかない)
彼は覚悟を決め、白目をむいて死んでいるリザードマンの胸に手を当てる。
その姿を見ると、槍で突き刺した感覚が蘇り、生き物を殺したという罪悪感が湧き上がってくる。
(殺してしまった……これで良かったのか? 自分が生きていくためとはいえ……駄目だ。ここは日本じゃないんだ。自分の常識に囚われると自分だけじゃなく、周りの人にも被害が及ぶ……実際、アシュレイの命を危うくしたんだ……強くならなくては……)
彼は日本の常識、十八年間生きてきた常識を捨てることを決意した。
(でも、本当にそんなことができるんだろうか……)
彼は気持ちを切り替え、魔晶石を取り出すことに専念することにした。
冷たいリザードマンの死体――元から冷たかったのか、死んで冷たくなったのかは分からない死体に手を当てて念じ始めると、彼の手からやわらかい光が漏れてきた。
徐々に光は強くなり、直径一cmの緑の宝玉が浮き上がってきた。
「できた!」と彼は思わず声に出していた。
二人で手分けして、七匹分の魔晶石を回収した。リザードマンは皮以外に有用な部分はなく、その皮も鱗状であるため、加工がしにくく需要が少ない。
彼らはリザードマンの死体を放置することに決め、そのまま湖の方に戻っていった。
湖の岸にたどり着いたが、漁師のコーダーの迎えが来るまで、まだ二時間近くある。
アシュレイは、自分の体を見ながら、
「リザードマンの血で汚れた。鎧と剣を洗うから、見張りを頼む」
彼は槍で戦っていたため、ほとんど返り血は浴びていないが、彼女は広範囲に返り血を浴びていた。彼は自分に出来ることがあると思い提案する。
「清浄魔法できれいにできるけど……体は無理だけど、剣と鎧だけなら……」
レイはそう提案するが、
「魔力は温存しておくべきだ。剣と鎧だけだから、すぐに終わる」
「魔力はほとんど使わないんだ。それに血の臭いは魔物を呼ぶんだろう? それならできるだけきれいにしておいた方がいい。いや、そうさせて欲しい」
彼は先ほどの失態を少しでも挽回したいと、頭を下げて頼み込む。
彼女もそれならということで、彼に任せることにした。
彼が清浄魔法をイメージすると、三色の光――青、金、銀色の光――が彼女の体を包んでいく。二十秒ほどで光が弱まり、彼女の体に付いていた血や汚れはきれいになくなっていた。
彼女はその光景を目の当たりにし、目を丸くして驚く。
「本当にきれいになるのだな……この魔法を教えるだけでも食っていけるぞ! これから一生、レイに頼みたいくらいだ。い、いや何でもない……」
彼はその最後の言葉に「えっ?」と驚き、言葉に詰る。
二人の間に気まずい雰囲気が流れる。
その雰囲気を振り払うようにレイが話しかけた。
「さっきは本当にごめん。自分に向かってくる魔物を見たのは初めてなんだ。リザードマンがドラゴンのように思えるくらい恐ろしかった……」
彼の眼には涙が浮かんでいた。それは恐怖を思い出したことから流れたものではなく、不甲斐ない自分に対する悔し涙だった。
「もう二度とあんなことはしない! 誓うよ。君にあんな眼で見られるくらいなら……」
彼女は彼の姿を見ながら、
(本当に記憶を失っているのだな。確かに初めて魔物と一対一で戦った時は恐ろしかった……あれは八歳の時、初めて小鬼と戦った時だった。そう思えば、レイの恐怖は分からないでもない……ふっ、我ながら彼に甘いとつくづく思う……)
「もう言うな。明日からも討伐依頼を受ける。いいな。それももっと強い魔物だ」
彼は大きく頷き、話題を変える。
「分かった。でも、もっと強くなるために魔法の練習がしたい。どこかでできないか。できれば人目に付かないところで……」
彼女は少し不可解な顔をして、
「街の外の森の中なら人目には付かないと思うが……なぜ、人目に付かないところなんだ?」
彼は言葉を選ぶかのように慎重に話し始めた。
「僕の魔法は一般的じゃない気がするんだ。清浄魔法も収納魔法もあれだけ驚かれた。もし気が付かないうちに、変な魔法を使ってしまうと悪目立ちしてしまう。そんなことになりたくないんだ……変かな?」
「なるほど。それもそうだな。依頼の帰りにどこかで目立たないところを探そう」
その時、彼は自分の右耳が痛むことを思い出した。
彼はアシュレイに「治療の魔法ってどんな物か知っている?」と尋ねるが、
「治癒魔法は光、水、木の精霊の力を借りると聞いたことはあるが、詳しくは知らない。……前に光の治癒魔法で直してもらったことがあるが、傷口に手を翳して光に包まれているうちに治ってしまったから、よく分からないな」
彼はやはりそうかと思い、自分の耳に手を翳し、細胞の活性化をイメージして魔法を掛けてみた。
自分ではよく見えないが、光が患部を包んでいるようで、徐々に暖かくなり、痛みが消えていく。
「治っているかな? ちょっと見てくれないか」
驚きの表情で見ていたアシュレイは、慌てて彼の耳を確認する。
「治っている。治癒魔法も使えるのか……聖騎士の可能性がますます高くなってきたな……」
彼女は独り言のようにそう呟くが、耳元であったため、彼に聞こえていた。
「どういうこと? 聖騎士だから光属性か……だからと言って……」
「噂でしか聞いた事はないが、聖騎士は攻撃魔法より治癒魔法を得意とするそうだ。まあ、弓の代わりに馬上から“光の矢”を打ち出すそうだが、それほど多く使うという噂は聞かない」
彼はなぜ何だろうと考えるが、情報が少なすぎ、答えが思いつかない。
(魔法と剣は両立しにくいのかな? そんな設定にした覚えはないんだけど……)
彼の設定では、火の魔法を使う魔法剣士や、風の魔法を使うエルフの戦士などがいるはずだった。
「もしかして、魔法を使う魔法剣士とかってあんまりいない?」
「そうだな。いないことはないが、両方とも一流以上の腕を持った魔道剣術士というのは聞いたことがないな。魔法は杖などの魔道具の補助が無いと、使用回数が極端に少なくなるらしいから、魔術師が護身程度に剣を使うくらいだと思うが。但し、エルフは別のようだがな」
(何となく分かった気がする。この世界の魔法はイメージが重要だ。イメージが不明瞭だと燃費が悪いから、魔力の消費量が多くなる。それを防ぐには効率を上げる道具、すなわち杖なんかの魔道具でカバーするから魔法剣士が少ないんだ。魔法の効率を上げる武器を持たない限り、両立は難しいんだろう。まあ、エルフのように特定の属性に才能があれば燃費の問題は解決するが……余計に魔法の練習には気を使う必要があるな)
そんなことを話していると、あっという間に二時間がたち、コーダーが迎えにやってきた。彼は既にリザードマンを倒し終わったと聞き、猫耳をピーンと立てて、驚いていた。
「もう、倒してしまったんですか? それじゃ、船に乗ってください」
ラットレー村に戻ると、キアラン村長のところに行き、魔晶石を見せて、依頼が完了したことを告げる。
村長もたった二人で、僅か三時間ほどで討伐を終えるとは思っていなかったようで、丸い眼を更に丸くして驚いていた。
村長宅にある魔道具で、オーブに依頼完了と書き込み、モルトンの街に戻ることにした。
時刻はまだ午後二時、このまま街に戻っても午後三時前にはギルドについてしまう。
時間があるので、さっき言っていた魔法の練習をするための場所探しを行った。
街の近くまで街道を進み、街の東側にある森の中に入っていく。
馬を引きながら十分ほど歩くと、窪地になった場所を見つけた。
「ここでいいと思う。アシュレイ、悪いけど見張りを頼めないか」
彼女はすぐに了解し、窪地の上の方に向かう。
それを確認し、
(さて、どの魔法の練習をするかな。とにかく、アシュレイの足を引っ張らないように確実に使える魔法に集中すべきだろう。そのためには、光属性を極めることと、奇襲用に土や木属性を練習した方がいい。まずは光属性から……)
彼はリザードマンに投げつけた“光の槍”を召喚する。
窪地の斜面に向かって投げ付けるが、イメージよりスピードが遅く、威力が思ったほど出ない。
(光の槍の大きさはいいとして、問題はスピードと威力だな。スピードを上げるにはどうすればいいんだろう?……待てよ、そもそも光の槍にする必要があるのか? ビーム兵器の定番はビームライフルやレーザー砲だろう。わざわざ槍の形にする必要は無いんじゃないか?)
彼は光の精霊に向かって、集まるように命じ、その集まった光を瞬時に撃ち出すことにした。
彼は左手を前に突き出し、光を集め始める。なかなか光は集束せず、一分ほど掛けてようやく光を集めた後、前方に向かって撃ち出す。
雷のような“バリバリ”という音が鳴り響き、斜面に小さな穴が開く。
(集束しすぎて空気を切り裂く時に音が出たのかな? ほとんど銃と同じ扱いで使えるけど、集束させるまでに時間が掛かるのが弱点か。もう少し威力を抑えれば、時間が短くなるのかな)
何度か試行錯誤を繰り返すが、威力を抑えると発動せず、やはり一分ほどの集束時間が必要との結果だった。
(レーザー砲というより、雷だな。射程はどの程度なのかは分からないけど、五十mくらいは飛びそうだ。狙えるかどうかは別だが……これ以上、改善は難しいだろうな。光の矢で追尾ができないか試してみるか)
彼は長さ三十cmほどの光の矢を作り出し、斜面に向かって撃ち出す。光の槍よりはスピードはあるものの、普通の矢と同じ程度の速度しか出ていない。
(イメージに左右されるのか? 槍は槍投げのスピード、矢は弓のスピード、雷は光のスピード……もう少し工夫のしようがありそうだ……)
再び光の矢を作り出し、今度は追尾機能をイメージする。
矢というより、ミサイルをイメージしてみたため、初速は遅くなったものの、加速していく感じで終速は速くなった気がする、
矢をイメージした場合より、射程が延びる感じがするが、狭い窪地であり、実際のところはどうなっているのかは分からない。
肝心の追尾については、多少軌道を変えられるが、追尾といえるほどの機動性はなかった。
(追尾は改善の余地があるな。それにしても“光”を集めて槍や矢にするのは、物理的にどういう感じなんだろう。光の精霊が集まって硬くなるイメージなんだろうか? 良く分からないな……)
そんなことを考えながら、再び光の矢を発現しようとした時、急に眩暈を起こし、その場にしゃがみこんでしまった。
その様子を見たアシュレイが、慌てて駆け寄り、
「大丈夫か? かなり魔力を使っていたから、心配していたんだが……」
心配顔の彼女に対し、彼は、「大丈夫。少しフラフラしただけだから」とすぐに立ち上がった。
その姿を見て、「今日はもう帰ろう」と彼女が提案し、本日の訓練は終了となった。
アシュレイは斜面の上から、彼の魔法を見て驚いていた。
(今まで見た最高の魔術師、サルトゥースのエルフの魔術師でもこんなに魔法を連発しなかった。最初の光の槍、その後の雷の連発、そして軌道を変える光の矢……あの雷で狙われたら避けようがない。あの光の矢も防ぐのはかなり骨が折れそうだ……それにしても、あれほど短い時間で打ち出せるとは……彼は本当に人間なのか?)
彼女はそこまで考えたとき、この三日間で何度自分は驚いたのだろうと思った。そして、自然に笑みが零れた。
(本当に面白い男とであったものだ。ここしばらく不愉快なことが多かったから、この町を出ようと思っていたのだが、これで退屈せずに済みそうだ)
そんなことを考えながら周囲を警戒していたが、彼が魔力切れで倒れそうになった姿を見て、慌てて斜面を駆け降りる。
(魔力切れか? 記憶を失って限界が分からなくなっていたのか? それとも強くなるため、限界近くまで自分を酷使したのか……私の言葉で強くなりたいと思ってくれたのなら……)
魔術師に聞いた話では、極限まで魔力を使うと命に関わることがあるということだった。大規模な魔法を行う場合、限界を超えた魔力の使用で何人もの魔術師が命を落としたという話も聞いた。
彼女は自分の迂闊さを呪いながら、彼を抱きかかえる。
そして、彼が大丈夫だといい、立ち上がるのを見て、ホッとすると共に、彼が記憶を失っていることを改めて肝に銘じた。
レイが発動する魔法は非常に効率がいい。それは左手にある魔法陣のおかげなのだが、魔法に疎い二人はそのことに気付いていなかった。
魔法は術者の魔力と引き換えに、精霊の力を術者のイメージに沿った形に変えることにより発動する。
精霊は高度な知能を持たない存在であり、術者のイメージをより的確に伝えるためには、精霊が理解しやすくする必要がある。
精霊をコンピュータと考えると理解しやすいかもしれない。
コンピュータ=“精霊”を思ったように動かすには、プログラム=“イメージ”が必要になる。
このコンピュータ=“精霊”には、プログラムが常駐していないため、一からプログラミング=“イメージを呪文により伝える”必要がある。
うまくプログラミングできない場合は、無駄に処理時間=“魔力”が必要となる。
プログラミングを簡略化するにはどうするか。
最初からアプリケーションソフト=“魔法陣”を組み込んでおけばいい。
レイの左手にある魔法陣は、八の属性にそれぞれ対応できるアプリケーションソフトであり、彼の現代人としてのイメージ力とその魔法陣の汎用性が相まって、彼の魔法効率は通常の魔術師の数倍の効率だった。
二人は森を出て街に向かった。
レイは魔力切れに近い状態で非常に疲れていたが、それ以外に異常は見られない。正門をくぐり、ギルドに着くと時刻は午後四時を回っていた。
アシュレイがレイを支えながら、カウンターに行き、二人で完了の報告を行う。
七つの魔晶石をカウンターに出し、報酬の七十Cと魔晶石分である十四Cを受け取る。
憔悴したレイを見た冒険者たちのうち、彼が初依頼だと知っている者は依頼に失敗したか、苦戦したのだろうと勝手に想像していた。
また、彼のことを知らない者は、豪華なプレートメイルを纏った大の男が、汚れも付けずに女戦士に寄り掛かっている姿を見て、あざけりの視線を向けていた。
ギルドの中では、「リザードマン七匹であのざまかよ」、「女に助けてもらったんじゃないのか」などという陰口が聞かれるが、二人はそれに構わず、宿に戻っていった。
宿に戻ると、レイは何とか歩けるようになったが、
(魔力切れはきつい……ああ、魔力の数値化を否定しなければ良かった。確か、魔力や生命力がデジタル値で分かるのはおかしいし、極限状態になれば、それを超えることもありえるからって、わざと設定しなかったんだよな……魔力ゲージが欲しいよ……)
彼は夕食もそこそこに、ベッドに倒れこむように眠りに就いた。
アシュレイはレイを部屋に連れ帰った後、再び食堂に戻り、一人酒を飲み始めていた。
(今日はいろいろ有り過ぎて頭がおかしくなりそうだ。彼との関係はこれからどうすべきなんだろうか……)
彼女はリザードマン戦の最初の彼の対応に失望し、見限るつもりでいた。もちろん、命の恩人に対し、彼が独り立ちできるところまでは面倒を見るつもりだったが、最初に思ったような、ときめくような思いは一気に冷めていた。
その後、何とか戦えたものの、それでもその思いが変わることはなかったはずだった。
だが、彼と話しているときに何気なく放った言葉「私の横に立っていたいなら……」で、一気に訳が分からなくなった。
その後の彼の謝罪と、必死に魔法を打ち込む姿を見て、再び彼に対する評価が変わった。
(私と一緒にいたいためと思いたいが、聞くに聞けない話だな……本当のところはどうなのだろう?……出逢ってからまだ二日しか経っていない。しかし、この気持ちは何なのだろうか?)
彼女は自分の気持ちを持て余し、いつもより酒を飲む量が少し多かった。




