接近とギャップ
ルート2話目にして早くも……
「ふぁぁ……」
登校中、ふとあくびが出る。
朝はどうしても眠気が抑えられない。
「ハル君、寝不足?」
「別にそういうわけじゃないかな」
風花が尋ねてくる。こいつは朝から元気そうだな。
ただ、朝は自然とあくびが出てしまう。きっとそれが自然の摂理というものなのだろう。
校門を通ると昨日も目にした集団がいた。
「あ、結ちゃんだー。おーい」
風花が手を振った先には久代がいた。
「おー、風花とハルっちー。おはよー」
久代も挨拶をしながら手を振り返す。
「おはよー結ちゃん」
「おはよう」
「仲良く夫婦で登校かー?」
久代はニヤニヤした顔で尋ねてくる。
「違う」
「即答!?」
風花が露骨にショックを受けたような顔をする。
「まぁ冗談だしなー」
「えぇ……」
久代のネタばらし。風花は更に複雑そうな顔をする。
「久代は朝練か?」
「そうそう、朝からいい感じに汗をかけていいぞ」
久代は爽やかに笑ったが、汗の量はかなりのものだった。
「一体何km走ってきたんだ?」
「んー……ざっと10kmくらいかな?」
「な……」
それで軽い運動なのか。
俺なら1km走っただけで走ること自体に飽きてしまいそうだが。
純粋に尊敬する。
「凄いな、陸上部って……」
「あはは、結構楽しいぞ」
久代には特に疲れた様子はない。本当に凄いな。
「流石結ちゃんだね」
「とりあえず、さっさと着替えて教室行かなきゃなー。じゃな、二人とも。また後でー」
久代は軽く手を振ってその場から去っていった。
俺達もそろそろ教室行くか。
キーンコーン……。
放課後になり、俺は机に突っ伏す。今日の授業が終わったと思うと、肩の力が抜ける。
「日高、眠そうだね」
「あぁ……うん」
確かに凄く眠い。このまま少し寝てしまおうかな。
「ハル君、帰らないの?」
「ちょっと寝てから帰ろうかな……先に帰ってていいぞ」
「ん、じゃあ私達は先に帰るね。じゃあね、ハル君」
「春斗君また明日ねー」
風花と清川はそう言い残し帰っていった。
「野上は?」
「僕は部活だよ。新聞部」
「新聞部? どうしてまたそんな……」
「色んな情報が手に入るからね、結構好きなんだ」
「そうなのか……」
野上に色々な情報を与える、想像すると何故か少し怖い。
なんでだ?
「それじゃまた明日」
「あぁ、じゃーな」
野上も教室から出ていった。
こうして教室は俺一人になった。静かな空間は俺の眠気を増幅させる。
意識が眠りに落ちるのに、それほど時間はかからなかった。
どれくらい眠っただろう。時計を見ようと俺は少し目を開ける。
まだ寝起きなので瞼は重く、視界もぼやけている。
しかし、それでも認識出来た。目の前によく知る顔がいることに。
「おっ……ごめん、起こしちゃったか?」
「いや……久代、何してんだ?」
久代は俺が顔を上げると申し訳無さそうな顔をした。
彼女が今ここにいる理由が気になり、尋ねてみる。
「部活終わって教室に忘れ物したから取りに来たんだ。そしたらハルっちが寝てたからさ」
「そうか、つか今何時だ?」
「もう七時近いぞ?」
「うおっ、マジか。じゃあ急いで帰らないとな」
俺はがばっと立ち上がりカバンを肩にかける。
その時、ふと気になったことを訊いてみる。
「そういや久代は一人で帰るのか?」
「う、うん。そうだけど」
「じゃあ一緒に帰るか? 夜道の一人歩きは危険だし」
「え? いやでも、家の方向反対だぞ?」
「女子一人で歩かすよりマシだ」
久代だって男っぽいところはあるけど、結構美人だし流石に一人だと危険だろう。
家の方向が反対だとしても、ここは送るべきだと思う。
「そ、そうか……じゃあ、一緒に帰る……」
久代は何故か急に静かな口調になる。
「どうかしたのか?」
「い、いや……ただ、女子扱いされるの……慣れてないというか」
「まぁ、性格が性格だからな。そりゃ慣れないだろ」
「どういう意味だぁぁ!」
でも、久代は本当に端正な顔立ちをしているし美少女の部類に入るだろう。
彼女の性格や言動を知らなければ普通に惹かれると思う。
「ったく、ハルっちは相変わらずだな」
「中学の時から男勝りだったのは事実だろ」
「うっ……それは否定しないけど」
「まぁいいや……とりあえず帰ろうぜ」
「なんか腑に落ちないけど……そうするか」
外はもう暗かった。空には点々と星が瞬いている。
俺と久代は並んで街灯に照らされた道を歩いていた。
人通りが少ない道路は静かな夜の空間となり、歩く足音だけが響く。
「そういえば、久代はなんで天鳴に来たんだ? 陸上の強い高校からオファーがいっぱい来たんだろ?」
俺は思い出したように気になっていたことを質問する。
久代は少し唸った後に答えた。
「中学の時、風花やハルっちと一緒にいると楽しかったからかな? 陸上強い高校に行っても楽しくなさそうだし……」
「そうか……まぁ確かに楽しそうなイメージはないな」
「だろ? だからこっちに来たんだ」
久代は苦笑する。
こいつの中では陸上よりも友情の方が優先順位が上らしい。
でも、今のは全国区のスポーツ選手にしては珍しい答えだと思う。てっきり全国に行く選手は皆そのスポーツ一筋なイメージがあった。
「ま、走ることならどこでも出来るしな。私はどの高校でも良かったのかも」
「そっか。ま、俺も久代がいる生活は楽しいしな」
「えっ……?」
「どうした?」
「いや……べ、別になんでもない!」
久代は急に焦った様子を見せる。そして道路に出る。俺との間に距離が出来た。
その時だった。向こうから大型のトラックが走ってくるのが見えた。
「て、てか急にそんなこと言うな!」
「久代ー、危ないぞ」
「大体ハルっちは前から時々不意を突くようなこと言って……」
久代は俺の話を全く聞いていない。一人でぶつぶつ言いながら訝しげな顔で俯く。
そうしているうちにトラックが近づいてくる。
「久代! こっちに来い!」
俺は少し焦って久代を腕を引いた。
「えっ!? ちょっ!」
久代は簡単に引き寄せることが出来るくらい軽かった。身長は俺より少し低いくらいなのにな。
俺はそのまま勢い余った久代の体を受け止める。
トラックは俺達のすぐ傍を通り過ぎた。
「……危ないって言っただろ、ばーか」
「ご……ごめん」
久代もトラックがすぐ傍を通り過ぎたことには流石に驚いたらしい。
目を白黒させながらこちらを見ている。
俺に抱きとめられている今の状況を理解しているのかさえ分からない。
「怪我は?」
「……してないぞ」
「ん、なら良かった。気をつけろよな」
リンを撫でるような感覚で、久代の頭をぽんぽんと撫でた。
「うん……ありがと、ハルっち」
「っ……いや、どういたしまして」
いつも明朗で明るい久代の姿からは想像出来ないような大人しくてしおらしい態度。
頬を赤らめつつ潤んだ瞳で上目遣いをしてくる。それを見て不覚にも少しドキッとしてしまった。
久代の両手は俺の制服をぎゅっと握り締めていた。心臓が高鳴るのが自分でも分かる。
「あ……ごめん、ハルっち」
「いや……」
久代は慌てて離れる。
俺も何事もなかったかのように振舞うが、きっとあまり振舞えていないだろうと思う。
「この辺まででいいよ。家、すぐそこだから」
「家まで送るぞ?」
「いいよ……流石に悪いしな。それに……なんか急に落ち着かなくなってきたし……」
「……そうか。とりあえず、気をつけて帰れよ?」
「ん。ありがとな。ハルっちも気をつけて」
「あぁ、じゃあまた明日」
「また明日」
久代に手を振り俺は踵を返した。
ふと、さっきの出来事を思い出す。思い出しただけで急にドキドキしてきてしまい、俺は歩く速度を速める。
あれ、本当に久代だよな……?
そう疑ってしまうくらい、普段の姿からは想像も出来ないような表情と態度。それは俺を悶々とさせるのだった。