愛しているから
後半は琴音さんがハルへの愛を淡々とry
「やっぱり歳なのかなぁ」
「リン、それを琴姉の前で言ったら間違いなく死ぬぞ」
今日もいつものように風花、リンと一緒に登校していた。
俺達の今の話題は『最近お疲れ気味の琴姉について』だ。
早々にリンが言い放った危険極まりない発言を注意する。
「んー、やっぱり学期末って忙しいのかな」
「多分な」
「こうなったらハル君が琴ちゃんを癒すしかないね」
「どうやって?」
「年下男子の魅力でだよ」
「意味が分からないんだが」
風花が力強く言ってみせた。
そんないい顔で言われても困るんだけどな……。
「あははー、細かいことは気にしないで」
「笑ってごまかすなよ……」
「でも、ハル君やリンちゃんみたいな弟と妹がいれば癒しになってるんじゃないかな」
「だといいけどな」
俺はなんとなくリンをちらっと見た。
「……」
その時、リンの表情が少し曇っていたことに気が付く。
なんとなくだけど、今のリンの心情は分かるような気がする。
「リンは俺の妹だからな」
「え、うん……」
「だから琴姉の妹だ」
「……くすっ、何それ。変なハル兄」
リンの表情に笑顔が戻る。
まぁそういうことだ。
リンと俺の関係が兄妹になって随分と長くなったのだ。もう過去の余計なことは考えないでいてほしい。
父さんも母さんも俺も、それに琴姉もそれを望んでいるのだから。
そんな話をしているうちに学園へ到着。
門の付近には今朝早くに家を出た姉さんの姿が。
登校してきた生徒達ににこやかな朝の挨拶を送っていた。
琴姉はちょっとがさつなところもあるけど、基本的に明るくて気さくだ。生徒達にとってはそんな教師の方が親しみが持てるんだと思う。
「おはよ、琴姉」
「学校で呼ぶ時は美里先生よ、日高君」
「俺はまだ校門に入ってません」
「……それもそうね」
納得しちゃったよ。
「琴ちゃんおはよー」
「琴姉、おはよう」
「おはよう二人とも。今日もハルの両手に咲く花だったみたいね」
琴姉がニヤっと笑って二人を交互に見つめた。
「ハル兄の女の子好きー」
「ハル君のむっつりー」
「琴姉、二人を煽るなよ。風花、お前の今日の弁当はずっと俺の鞄の中な」
「あ、嘘嘘嘘ですごめんなさいっ! お弁当無しは嫌ぁぁぁ!」
「よし」
「ハルもなかなかずる賢いのね~」
「元凶は琴姉だろ」
今日は朝からボケをちょいちょい挟んでくるなー、琴姉。
「てか、そろそろチャイム鳴るわよ。早く自分の教室に入りなさい」
「ハル兄! 琴姉が先生みたいなこと言ってるよ!」
「先生なのよ!」
「……もうどうでもなーれ」
駄目だ、朝からこの三人をいっぺんに相手にするのは疲れすぎる。
「朝から騒がしいな。お前達は」
「おっはよー、皆ー」
仏頂面と笑顔がなんとも対照的な二人が歩いてきた。
「沙夜ちゃんと陽菜ちゃんは今朝も仲良く登校かー。さすが夫婦」
「ぶち殺すぞ」
「ひいっ!」
殺気に満ちた沙夜に胸倉を掴まれた風花ががたがたと震える。
「わ、私は結ちゃんの真似をしただけで……」
「結か……」
「私がどうかしたー?」
と、そこに久代結が呑気な様子で登場。
俺でも分かる。結、一番来てはいけないときに来てしまったな……。
「いや、なんでもない。ただお前を締め上げようかどうか検討中なだけだ」
「えっ、締め上げっ……えっ!? ちょ、沙夜っちタンマっ!」
「問答無用!」
「うおっ、女の子のくせに物騒だ!」
「がさつなお前よりマシだ!」
結が走って逃げ出し、その後を殺気を纏った沙夜が追う。
陸上部を走って追うあたり沙夜も凄いチャレンジャーだな……運動神経は良さそうだけど。
「沙夜ちゃん可愛いー」
……笑顔は天使のようだけどこの子も結構トラブルメーカーだと思う。
そして琴姉はそんな俺達のやり取りを端から見守っている。
なんか……変だ。
どこか上の空というか、感慨深げというか。寂しそうにも見える。
「陽菜ちゃん、リンちゃん。私達もそろそろ行こうか」
「ハル兄は?」
「琴ちゃんが寂しそうだから話相手になるってさ。さ、行こ行こ」
風花がリンの背中を押して歩き出し、その隣を陽菜が歩き出す。
その際、風花がこちらを見て確認するような視線を向けてきた。
相変わらず勘が良くて気が利くやつだな……。
どうやら俺が琴姉を見ていたことに気付いていたらしい。ついでに琴姉がどこか寂しそうなことも。
「琴姉、どうかした?」
「いや、朝から元気だなーって思って。年寄りには羨ましいわ」
「普段歳のこと言うと怒る琴姉の発言ではない……あぬし、何奴?」
「ふっふっふ……気づいたようだな……って、朝からノリツッコミさせないでよ。自分で言うのはいいのよ」
「そういうもんか」
「そういうもんよ」
琴姉は肩をすくめて笑う。
「風花、本当にいい子ね」
「そう思う?」
「うん。何気に一番周りを見てるし気も利くし……」
「確かにそうかも」
昔から他人の変化に敏感だしなぁ、あいつ。
「それに、他の子も皆いい子よ」
「沙夜は少し物騒じゃないか?」
「あれくらい元気があるんならそれでいいじゃない。あの子はちょっと素直じゃなくて喧嘩っ早いだけよ」
「それはそれでどうかと」
「でも、私には彼女も楽しんでるように見えるけどな」
「そうかなぁ……」
沙夜は結構マジのように見えるんだけど……殺気も凄かったし。
「陽菜と結はそんな彼女をからかうのが好きみたいだし」
「あれが無ければ平和になると思うよ」
「いいじゃない、今のままでも。あんた達はそうやってふざけて馬鹿やって、青春を謳歌しなきゃ」
「……風花以上に皆のことよく見てるんだね、琴姉は」
俺は素直な尊敬の意味を込めて琴姉にそう言った。
すると、琴姉はにこやかに笑って。
「だって皆の姉貴分だもん」
と楽しそうに言った。
「そっか。そういえば、琴姉の高校時代ってどんな感じだったの?」
「え?」
不意の質問だったのか、琴姉は驚いたような表情になる。
「ん~……そうね。今は時間がないからそのうち教えてあげる。さ、あんたも早く教室行きなさい」
「う、うん」
はぐらかされたようにも思えるが仕方ない。
また今度聞こう。
「あ、そうだ。琴姉」
「どうかした?」
「俺、皆との生活は楽しいよ。その皆の中に琴姉が入ってること、忘れないでね」
俺は琴姉に自分が思ったことを伝えた。
時に皆と同調して、時に皆を見守ってくれる琴姉。
何故かこの人がいるだけで……俺は安心する。
「……ふふっ。うん、ありがと。ハル」
「ったく、生意気になっちゃって……」
ハルの後姿を見送りながらそんなことを呟く。
だけどそんなハルも可愛いなぁ。
出来ることなら『お姉ちゃん』って呼ばせていっぱいスキンシップしたいくらいよ。
でも、そんなことしたらリン……それに風花にも怒られちゃうかな。
リンがハルのことを好いてるのは見てて分かるし、風花だって……。
あの子は周りを見るというより、ハルとハルの周りを見ている。
もしかしたら自分でも気付かないくらい無意識に。
そのくらい風花は自然だ。
義妹と幼馴染に好かれてるなんて、どこの漫画の主人公なのかな。あの子
そんなあの子の成長を見ていると、嬉しい反面なんだか寂しい。
なんせもう高校生だもんね……そろそろ恋愛もするかもしれない。
お姉ちゃんは複雑な気分よ、ハル……。
私の可愛いハルが……小さな頃から可愛がってきたのに……うぅ。
でも、それを見守るのも私の役目か。
ハルは今の生活を楽しめている。
あの子の過去を見てきたからこそ、あの子が今の生活を楽しんでいることが嬉しい。
そして周りには個性が豊かな女の子達や友達がいる。言うことなし、最高の学園生活じゃないの。
私も女子高で勉強ばっかりしてたあんな灰色な学園生活じゃなくて、今のハルみたいに友達とたくさん笑って馬鹿やれる学園生活を送りたかったな。
だけど過去は変えられない。
だから今出来るだけあの子達の近くにいてあの子達を見守っていく……私はそうすべきよね。
そんなことを思いつつ、門を閉めようとする。
その時、少し離れたところにある電柱に女性が立っていることに気が付いた。
「なっ……なんで……」
あれは……まさか……。
「うそ……なんでこんなところに……」
女性は私に気付いたのか、微かに笑みを残してそっと去っていく。
「……っ」
あの人が何を思ってここに来たのかは知らない。
でも、私はあの人を絶対に許さないし許す気もない。
……ハルのことを捨てた人間を許せるはずがない。
私はハルの両親にだって負けないくらいハルを愛してる。
愛情だってハルが幼い頃からたくさん注いできたつもりだ。
だから絶対にお姉ちゃんが守るからね、ハル。
すごく……ブラコンです。




