お姉ちゃんにはお見通し
琴音ルート二話目です。無理があるようですがこの時点で一話目から三ヶ月くらい経ってるんです……はい。
「ただいまー……」
時計の針が十時を差そうとした頃。
玄関の方からやけに疲れた声が聞こえてくる。
今日はやけに遅い帰りだな……。
「おかえり、琴姉。今日は随分と遅くまで……」
玄関に出迎えに行くと、琴姉が疲れた顔をしていた。
「仕事が立て込んでてね……お腹空いたー」
「作っといたの温めるからちょっと待ってて」
俺は踵を返してキッチンへ向かう。
どうやら空腹のようなので出来るだけ早く用意してあげるか。
「ありがと、ハル。そういえばおじさんとおばさんは?」
俺が琴姉の前に夕飯を並べると、琴姉は早速食べ始めつつそんなことを訊ねてくる。
「父さんはまたしばらく出張。母さんは風呂」
「そっか。リンは?」
「もう寝たよ。いつも調理部で張り切ってるから疲れてんだろ」
俺は肩をすくめて答える。
リンは新学期が始まってからすぐに調理部へ入り、何故か俺も引っ張り込まれそうになった。
学校に専攻科生として残っている優希先輩や最初から調理部だった風花がいたお陰で断るに断れなかったのだ。
ただ先輩は俺があまり気が乗っていないことを察してくれたのか、遊びにくるだけでもいいからと言ってくれた。
それからは時々遊びに行くようにしている。
「そっかそっか……いいなぁ……初々しくて……ふふっ」
なんだその怪しい笑みは。
「琴姉、相当疲れてんだね」
「そんなこと無いわよ~……まだまだ若いし」
「頑張ってるねぇ……風呂上りにマッサージでもしてやろうか?」
「……私のこと年寄り扱いしてない?」
「いらないなら俺はもう寝るよ」
「待って! お願い! 体中が重くて仕方ないの!」
随分と早く掌を返したな……。
時々意地っ張りなんだもんな、この姉ちゃんは。そこがらしいといえばらしいんだけど。
「あ~……」
「随分と凝ってるな」
風呂上りの琴姉の肩をマッサージするがあまりにもがちがちに固まっていた。
どれだけ無理をしたんだか。
今まで両親やリン、友人の肩をマッサージしたことはあったがここまで固いのは初めてだ。
「あ~……気持ちよくて溶けそう~……」
「一体どんな仕事をしたらこうなるのやら……」
授業をする以外の仕事はよく分からないが色々と大変なことがあるのだろう。
「学期末って色々と面倒なのよ」
「大変なんだな」
「本当よ……私の青春はいつになったらやってくるのよー!」
「もう終わってるんじゃ?」
「なんだと?」
「う、嘘です……」
やべぇ、怖い。
今完全にヘビに睨まれたカエルだよ俺……。
「でも……やっぱ変だよな」
「何が?」
「ほら、琴姉って男子生徒や男性教師に人気あるじゃん? なのに彼氏いないから……作ろうとしてないだけなんじゃないの?」
俺の知る限りじゃ琴姉はモテてると思うんだけどな……むしろ選り取り見取りじゃないかと思うくらいに。
「んー……そりゃね、手紙貰ったりお誘いがあったりはするんだけど……どうもピンと来ないのよ」
「ピンと来ないって?」
「だから交際したいとか思う相手じゃないのよ皆。この歳だし、遊びやノリで付き合うわけにもいかないし……」
「ふーん……でも、交際してみてから好きになるかもしれないじゃん」
「じゃあハルはとりあえずって理由で女の子と付き合うの?」
「……いや……それは……ない、かな」
言葉に詰まりつつ答える。
「でしょー? それと一緒よ。そ・れ・よ・り、ハルは好きな子いないの? あんたの周り美少女いっぱいじゃん」
琴姉がニヤニヤしながら訊ねてくるが俺は特に特別な反応も見せず淡々と答える。
「皆友達だとは思うけど好意は抱いてないんだよな、何故か」
「あんたも選り好みするタイプだったりするの?」
「……分からないよ、そういうことは」
そもそも恋愛自体よく分からないからな……。
ゲームだとひょんなことから恋心が芽生えて……っていう展開もあるが、そんな展開は現実には存在しないとだいぶ前から悟ってるし。
何をどうしたらそれを恋愛と呼べるのか、考えても答えが出ないことをふと考えてしまう。
「お互い苦労しそうね」
琴姉が苦笑して言った。
「俺はともかくとして琴姉はそろそろ危機感持った方がいいんじゃ……」
「もしもの時はハルに貰ってもらうからいいわよ」
「俺を最終手段にしないでください姉さん。てか俺ら従姉弟じゃん」
「あら、従姉弟でも結婚出来るのよ?」
「ホントに? それじゃあ――」
琴姉と結婚することも可能なことは可能なのか……って、俺は何を本気で考えているんだ。
琴姉のことだから冗談かからかいに決まってるじゃないか。
「……冗談はいいから早くいい人見つけて幸せになってください」
「もー、冗談じゃないのにー」
不満げに口を尖らせる琴姉はなんだか子供っぽくて可愛いなと思いつつ、俺はマッサージしていた手を止める。
「このくらいでいい?」
「ん、だいぶ楽になった。ありがとね、ハル」
琴姉はそう言うと俺の頭に手を乗せ、わしゃわしゃと撫でる。
「琴姉……くすぐったいよ」
髪の毛をぐちゃぐちゃにされる感覚が大半だが、どこか懐かしい感じがした。
こうして琴姉に撫でられるのが久しぶりだからだろうか。
「……可愛いなぁ」
琴姉はしっとりとした声で呟く。
なんだかいつもと違う甘美なその響きに少し心臓がうるさくなる。
「やっぱり、ハルは私の可愛い弟ね」
「そうかな……」
俺は急に恥ずかしくなって目を逸らしてしまう。
「あ、目逸らした。もー、照れなくていいのよ? よしよし、うりうり」
「そろそろ止めて欲しいんだけど……」
「もうちょっとだけ我慢して私を癒せっ」
「俺を撫でてると癒されるのか琴姉は」
「うん」
さいですか。
まぁ……これくらいのことで疲れてる琴姉の癒しになれるならそれはそれでいいけど。
「でも、ハルもおっきくなったわね」
「そりゃ高校生にもなれば、な」
「昔はあんなに小さかったのに……なんだか感慨深いなぁ」
「琴姉は俺の母親なのか――あ……っ」
ふと思い浮かんだことをそのまま口に出し、自分ではっと気づく。
……嫌なことを思い出したな。
琴姉はそんな俺を見て困ったように小さく微笑む。
「そうよ。私はハルのことを小さな頃から知ってるし、愛情もあの人より注いだつもり。だからハルの成長が嬉しいの。母親でも構わないわ」
「うん……」
「ふぅ……こら、未来ある若者がそんな暗い顔しないの」
琴姉が俺の両頬を摘んで子供を諭すように言った。
「琴姉も十分未来ある若者のうちに入る……ような?」
「なんで疑問系なのか三文字で答えなさい」
「歳」
「一文字で人の心をえぐるなっ!」
「……」
「……ぷっ。あはは、そんな冗談が言えるなら大丈夫そうね」
「そうだな。とりあえず俺はもう寝るよ、おやすみ」
「おやすみ、いい夢見なさいよ」
なんだかんだ言って、美人で優しい姉ちゃんなんだよな琴姉は。
……それにしても、いざとなったら貰ってもらうとか。
何故だか、琴姉が相手ならそれも別に悪くないんじゃないかと思えてしまう。
俺はリビングを出ようとして、琴姉の方に向き直る。
「琴姉」
「ん?」
「あ、えっと……いや……。また疲れた時は言ってくれよ、俺に出来る事なら何でもするからさ」
俺は言おうとした言葉を飲み込み、とっさにそんなことを言ってしまう。
「ハル……もう、生意気になっちゃって。あんたに心配されるほどヤワなお姉ちゃんじゃないのよ私は」
琴姉は口ではそう言うも、どこか嬉しそうに笑っていた。
「ありがと、ハル」
「……おう、それじゃおやすみ」
「おやすみ。言いたいことがあるならなるべく早くね」
「っ!!」
あの時俺が何を言おうとしていたのかまでは分からないだろうけど、一瞬躊躇して言いたいことを飲み込んだことには気づいていたようだ。
相変わらずよく見てくれてるな……この姉ちゃん。
俺は逃げ帰るように部屋へ入りベッドへ潜り込む。
ドキドキと心臓がうるさく、いつもより寝付くのに時間がかかった夜だった。
美人で優しい従姉のお姉さんとか実際にいたら素敵ですよね。




