安堵する時
もうちょいリンルートは続きそうですね
「春斗と帰るのは久々だよね」
「そういやそうだな。いつ以来だろ……」
夏休みが明けてから一ヶ月ほどの月日が流れた。
いつもリンと下校していたが、たまには友人と帰るのも必要だと思い、今日は別々に帰っている途中。
俺は久しぶりに誠也と二人で帰っていた。
こいつも新聞部で忙しいみたいだから、こうして一緒に下校する機会はあまり無い。
「春斗はいつも凛子ちゃんと一緒に帰ってるからね。僕らもあんまり邪魔はしたくないから無理はしなくていいんだよ?」
「それは気を遣っているのか?」
「ははっ、初々しいカップルだもん。見てて楽しいし気を遣いたくもなるよ」
誠也はいつもと変わらず飄々とした口調でそう言っているが、きっと腹の奥では滅茶苦茶笑ってるんだろうなぁ……。
「ま、これからも仲良くしなよ」
「分かってるよ」
「……そういえば、凛子ちゃんと付き合ってることを知ってるのって春斗の周囲の人だけ?」
「んー、どうだろうな……リンもいつも一緒にいる友達には話してそうな気がするけど」
実はというと、リンと付き合い始めてから真由子ちゃんや真央ちゃんとは接する機会が無かった。
だからあの子達が知っているかどうかは、俺はまだ知らない。リンも特に何も伝えてこないし。
「でも、あんまり色んな人に知られるのもな……兄妹で付き合ってるわけだし」
「……」
誠也が何か疑問がありそうな表情を浮かべた。
まるで俺が何か変なことを言っているかのような空気が流れる。
「ん? どうした?」
「いや……」
と言いつつも誠也は何かを考えている。
……気になるな。
「何か言いたいことがあればどうぞ」
「じゃあ一つだけ……春斗と凛子ちゃんって血のつながりあるっけ?」
「無い。連れ子同士の再婚で兄妹になったからな」
「だよねぇ……」
俺が淡々と説明すると誠也は神妙に頷く。
「……誠也?」
「もう一つ疑問追加してもいいかい?」
「え……うん」
「春斗は凛子ちゃんと将来結婚したいと思ってるの?」
「――っ!?」
不意の質問に心臓が掴まれたようだった。
急に変なことを聞く奴だな……。
俺はおそるおそる、小さな声で答える。
「そりゃ……したいけど、無理だろ。関係的に」
俺とリンは兄妹だ。
つまり、いくら一緒になりたいと思ってもそれは叶わないのだ。
しかし、誠也が不思議そうな顔で尋ねてくる。
「……春斗。もしかして知らない?」
「え、何が?」
「血縁関係が無いなら兄妹でも結婚出来るってこと」
誠也が平坦な声で言った。
「……え、なんだって?」
今、凄く重要なことを言われた気がする。
耳を疑った俺は念のために聞き返してみる。
「だから、春斗と凛子ちゃんは結婚出来る関係だよ?」
「……えぇ!? それって……本当なのか?」
「うん。何の問題もないよ?」
「……そうだったのか……そうかそうか」
俺はこの時、驚きと共に飛び上がりたいくらいの喜びを感じたが、誠也の前なので必死で冷静を装う。
「完全に喜んでるねぇ……春斗」
「う……」
誠也が苦笑した。どうやらこいつにはお見通しらしい。
まぁいい。とにかく、家に帰ったらリンに教えてやろう。
「凛子と帰るのは久しぶりだね」
「そういえばそうだね。いつ以来かな?」
夏休みが明けてから一ヶ月ほどの月日が流れた。
いつもはハル兄と一緒に下校していたけど、たまには友達と帰るのも大事だと思い、今日は別々に帰っている途中。
私は久しぶりに、真由子ちゃんと真央ちゃん、私の三人で帰っていた。
真由子ちゃんは新聞部で、真央ちゃんは文学部。部活がばらばらなので一緒に帰る機会もあまり多くはない。それにプラスして私はハル兄と一緒に帰ってばかりだったし……。
「夏休みの直前くらいからかな? 凛子がちょうどお兄さんと付き合い始めた時期頃」
「そ、そっか……そんなに……なんか、ごめん」
私が謝ると、真由子ちゃんは頭を撫でて笑顔を見せてくれた。
「いいのいいの。私は凛子が幸せそうならそれで」
「真由子ちゃんって……もしかして凛子ちゃんのことが?」
真央ちゃんが首を傾げた。
「え? 大好きだよ。もちろん親友としてだけど」
真由子ちゃんは最後まで言われないその問いかけに笑顔で即答した。
……同い年なのにまるでお姉ちゃんみたいな真由子ちゃんのことは私も大好きだな。
「あ、凛子ちゃんが赤くなってる」
「おっといけないいけない。凛子にこんなこと言ったらお兄さんに怒られちゃうね」
「ハル兄はそこまで独占欲強くないよ……あはは」
もう少し束縛してくれてもいいのに、私の行動を尊重しようとするんだもんな。……ちょっとからかってみようかな、ハル兄のこと。
「それにしても凛子とお兄さん、本当にお似合いだよねー。……そうだ、今度の学園祭で企画される『ドキドキ☆告白計画』にでも参加したら?」
「「何それ?」」
またえらく安っぽいネーミングだなぁ……と思いつつ、真央ちゃんと声を揃えて聞き返す。
「新聞部のとある人が調査した結果によると、学園祭でのカップル誕生率は八割を超えてるらしいんだ。それで、どうせなら皆の前で思い切って告白して幸せになってもらおー、ってことでこの企画が出来たんだよ。主催は私達新聞部だよーん」
かなり説明口調で饒舌な真由子ちゃんはどこか楽しそうだった。
「えと……それに、私が?」
「うん。付き合ってるカップルも改めて愛を再確認するために参加していいからさ。……そろそろ愛が冷え切る頃じゃありませんかねぇ、ねぇお嬢さん?」
わざとらしく挑発するように囁いてくる真由子ちゃんに少しムッとする。
「そんなこと無いもん! ちゃんと毎日おはようからおやすみまでラブラブだもん! 朝だっておはようのキスはするし夜もおやすみのキスしてるし、時々一緒にお風呂にだって入ってるんだから!!!」
「…………」
「…………」
そして、私は気がついたら反論していた。
真由子ちゃんと真央ちゃんが呆然とした顔でこちらを見つめてくる。
あれ……私……今なんて……?
あ……真由子ちゃんがまんざらでもなさそうな笑みを……真央ちゃんは顔を赤くしてもじもじしてる……。
…………あはは。
「嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘!! 嘘だから!! 今言ったことは全部嘘だから!!!」
「ほー、ほー……お目覚めのキスをしてー、一緒に登下校してー、一緒に夕飯作ってー、勉強を見てもらいつついちゃいちゃしてー、一緒にお風呂に入ってー、その後二人で一緒のベッドに行ってー、しばらく色々としてー、最後におやすみのキスをするんですねー?」
「なんで分か――じゃなくて! そんなことしてないからぁ!!」
顔から火が出るように熱くなる。
なんでそこまでお見通しなんだよもう……うぅ。
「り、凛子ちゃんって意外と大胆なんだね……」
「真央ちゃんも信じちゃだめぇ!!」
「あははー、涙目で顔真っ赤な凛子きゃーわーいーいー」
真由子ちゃんがヘッドロックのような抱擁を繰り出してきた。
く、苦しい……そしてなんかもう滅茶苦茶だよ……。
――それから十数分、やっと場が収束した。
「……引いた?」
「引いてない引いてない」
「わ、私も大丈夫だよ?」
自分が口走ったあまりにも恥ずかしい話を思い出して悔いる。
あんなことをしてるって知られたら……引かれるよね。
「嘘」
「嘘じゃないよー。むしろ一つ屋根の下のカップルがそれくらいしないでどうするのー?」
「で、でも……私達は兄妹だし……さっき言ってた企画だって、多くの人に兄妹で付き合ってるって知られちゃうし出れないよ……」
「血縁関係無いんだし大丈夫じゃないの? だって結婚も出来る関係じゃん?」
「……え」
「え? ……いや、だからね。血縁関係が無いあなた達カポーは結婚出来る関係じゃないんですかと聞いてるんですよん私は」
真由子ちゃんは独特のおどけた口調で一つ一つ確かめるように聞いてきた。
「……そうなの?」
私が真面目に聞き返すと、真由子ちゃんはしばらく沈黙して……一言呟いた。
「知らなかった?」
「……うん」
どうやら私はハル兄と結婚出来るらしい。…………今夜はお赤飯を炊こう。
「なんだか今日の赤飯は美味かった気がするな」
「ハル兄の作ったものは何でも美味しいよ?」
夕飯を食べた後、俺とリンは俺の部屋にいた。
ベッドに座る俺の正面にリンが座っている。
学校から家に帰って来た直後のリンが「お赤飯炊こう!」と言い出した時は何事かと思ったが、俺のことを見てもじもじとした反応を見せたことからなんとなく察しがついた。
どうやらこいつも友達(おそらく真由子ちゃん辺り)から血縁関係のない義兄妹についての話を聞いたのだろう。
「……それにしても、ちょっとほっとしちゃった」
「ん、そうだな」
「ハル兄と付き合ってても何も問題無いって分かって、嬉しいよ。私」
「これで心置きなく一緒にいられる……よな?」
「……うん」
リンが静かに、だけど嬉しそうに頷いた。
そして、俺は何も言わず小さく手招きをする。
するとリンはおもむろに俺の隣へ来て手を握ってきた。
「……本当に良かったぁ……」
リンが安心していることがこちらにも伝わってくる。
妙にしんみりとした雰囲気になってきたので、俺はあえて話題を変える。
「そういえば……もうすぐ学園祭だな」
「ん……そういえばそうだね」
「リンのクラスは何するんだ?」
「えっと、メイドクレープ屋さん……だったかな」
「なんだそりゃ」
店員が全員メイドさんにでもなるんだろうか。
「店員がメイド服着てクレープ作って売るの」
まんまだった。
「リンもメイド服着るのか?」
「うん……私も売り子をしてほしいって言われてさ……あはは」
「……うーん」
「どうしたの?」
「なんか……リンのメイド服は見たいけど他の男には見せたくないなーって」
こんだけ可愛いメイドさんがいればさぞ客は増えるんだろうが……やっぱり他の男の目にはあまり晒したくない。
「じゃあ……売り子する時間は出来るだけ短くしてもらうから……それでいい? 私だってハル兄以外の男の人の前でそんな格好したくないし……」
……この様子だとクラスが満場一致でリンを推薦したんだろうか。
「ハル兄のクラスは?」
「コスプレとかしない普通の喫茶店。風花と結と沙夜と陽菜が主な接客だってさ」
「絶対男の人に人気出るね、それ……」
「だよな」
あの四人はそこにいるだけでも目立つ美少女だしな。
ちなみに決めたのは誠也だ……あの男は流石分かってらっしゃる……。
誠也のことを絶対に敵に回したくない相手だと再認識しつつ、俺はリンとゆったりとした時間を過ごした。
リンのために「義兄妹 結婚」でググった真由子ちゃん




