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僕らに吹く風に揺れる花  作者: ヨハン
兄を慕って想う少女
42/49

彼女はいつでも妹で

リンとハルが更に絆を深める話。正直終わりが見えなくなりそうでどうしましょうか迷ってますです(白目)

 合宿初日。

 時刻は学校を出発してから二時間が経過し、午後二時となった。

 この自然の家は山のちょうど中腹部辺りにあり、回りは斜面からそびえ立つ木々囲まれている。芝生の生えたグラウンドなどもあり、そこはキャンプなどに利用されるらしく簡易キッチンなどがあり調理などもしていいとのこと。

 また、歩いて十分ちょっとで山のふもとに下りることが可能で、そこから更に数分歩けば海にもいける。

 俺達が三泊四日の合宿で利用するには十分過ぎるほどの場所だと思う。

 しかしこんな半端な昼下がりの時間に調理をするわけにもいかないので


「よし、じゃあ夕ご飯時までは遊んでようか」


 と優希先輩が提案し、全員が同意した。

 というわけで、今は皆で山のハイキングコースを歩いている途中。

 どうやら今日の夜、正確には明日の丑三つ時にこの山で肝試しをするらしくその時歩く道の下見らしい。   

 お盆近い時期にそんなことをするのは正直どうなのかと思ったが、協議の結果、結局やることになってしまった。

 ちなみにリンは怖いものとかが大の苦手なので当然拒否をした、俺も流石に危険だと思って拒否はしたが先輩達の好奇心に勝てなかった……というか学生だけでそんなことをして良いのかとも思う。


「あ、そうそう。夜になったら美里先生が保護者ってことで来てくれるから」


「琴姉が?」


「うん、あの人この間から調理部の顧問になったんだよ」


「へぇ……」


 知らなかった。

 以前料理部の顧問だった女の先生(部活にはたまに来ていた)が産休に入ったのは知ってたけど。

 ……正直琴姉が保護者として相応しいのかは分からない。

 あの姉ちゃんドジっ子だし。


「んー、それにしてもいい空気ー」


 風花が伸びをする。

 山の中は思ったよりも綺麗で木がまばらに生えており、道が広い。空気も美味しいし、手入れが行き届いているようだ。


「皆、今日の肝試しはこの道を歩くからね。道的にも安全だし安心してね」


 優希先輩の言葉に皆が「はーい」と返事をするが、リンだけは浮かない顔をしていた。


「やっぱ怖いか?」


 俺は隣を歩くリンに尋ねる。


「……うん」


 リンは浮かない表情のまま小さく頷く。

 そんな彼女の頭に手を置いて、周りには聞こえないくらいの声で言う。


「まぁ、何かしらあっても俺がちゃんと守ってやるから」


「ハル兄……じゃあ、頼りにしてるね?」


 俺の目を見つめるリンの表情に、少しだけ笑顔が戻った。

 それから数時間後、夕食を皆で作って食べ終えた後、それぞれの部屋にぞろぞろと戻る途中に優希先輩が


「じゃあ午前二時頃にこのグラウンド集合ね。今のうちに寝ておくように」


 と指示をした。

 とはいえまだ部の皆は風呂には入っていないので、風呂へ向かう。

 

「ハル兄、また後でね」


「変なことされたらすぐ逃げろよ」


 一応リンに助言しておく。


「春斗君が酷いこと言ってる!」


「そんなこと言うと君の彼女を寝取っちゃうぞ!」


「んなことしたら山に埋めますよ先輩方」


 俺にとって一番されては困ることを言われ、笑顔で脅しにかかる。


「は、ハル君が柄にもなく怖いこと言ってるよ……」


 先輩達の隣では風花が恐れ慄いている。

 それだけリンのことは大事なんだっつーの。


「ま、今日この自然の家を利用してる人は私達調理部だけだしね。何をしても迷惑にはならないよ」


「せめて自然の家への迷惑くらいは考えてください先輩」


 風呂でレズ行為をされたり人があの綺麗な山に人を埋められたらこの施設の人も困りすぎてしまうであろうに。てか後者って立派な大事件だし。


「あ、そうだハル君。……覗いちゃ……ダメだよ?」


 のれんと女湯への入り口の枠の隙間から風花がちょこんと顔を出して、やけに恥らっているような言った。


「全く興味ないから、お前の裸とか」


「ひどっ!! そんなこと言うとここで脱ぐよっ!?」


 と叫んだ風花が服に手をかけ、周りにいた先輩達がそれを止める。


「風花、春斗君が興味あるのは凛子ちゃんの裸だけなんだよ?」


「なるほどっ!」


 いや、なるほどじゃねぇよ。 

 そして先輩の言うことも意味が分からん。

 確かにリンの裸だけは見たくないわけじゃないけどさ……。


「ハル兄……他の女の人の裸を見たら……どうなるか分かるよね?」


 うおぉ……リンが怖い。

 

「だ、大丈夫だよ」


「ならいいの。じゃあね」


 リンは笑顔で女風呂へ向かった。その後に他の女性陣も続く。

 さて、俺も入るか。

 そして風呂に入って思う。

 ――――一人でこんな大きな風呂を利用できるのはとても有意義だ。

 誰もいないから見たくないものも見なくて済むし、風呂はちゃんと掃除されているので気持ちよく利用できる。

 俺はその後しばらく、俺は静かな風呂を思う存分満喫した。

 ……この自然の家ってマジで滅茶苦茶良い所じゃないか。








 先輩達がきゃっきゃとはしゃいでいる。

 正直、その裸はとても綺麗で皆スタイルがいい。胸も大きいなぁ……。

 私は自分の胸を見て、現実の酷さを実感する。

 

「あれれ? 凛子ちゃん? もしかして……貧乳のお悩み?」


「えっ!?」


 その時、三年生の先輩二人が話しかけてきた。

 核心を突かれ動揺してしまう様子もばっちり見られた。


「あ、図星か。じゃあお姉さん達が」


「え、遠慮しますっ!!」

 

 私はとっさに先輩から離れる。

 あれ……生きて帰れるかな、私。


「ふー姉、助けてよ……」


「……リンちゃん。人間、諦めも大事だよ」


 ふー姉は妙な哀愁を漂わせながら言った。……きっとふー姉も被害者側なんだろうなぁ。


「こらこら、あんまりリンにちょっかい出すとハルが本気で怒るわよー」


 と、そこでガラガラと浴室の戸が開きバスタオルを巻いた琴姉が入ってくる。


「あ、美里先生だー!」


 先輩達が琴姉に笑顔で近づく。

 琴姉の胸を見た先輩達はしばらく硬直して、自分の胸を見て……涙目になる。

 琴姉は服を脱ぐとかなり豊満な体なのできっと差を思い知ったのだと思う……いいじゃないか、それだけあれば……。先輩達の胸を山だとするなら私の胸なんて崩れかけた砂山だよ……。

 なんだか私まで悲しくなってきたので湯船に浸かって落ち着く。

 ふぅ……気持ちいい。


「隣、いい?」


「琴姉。いいよ」


 琴姉が隣にやってくる。

 やっぱり近くで見ると、琴姉の体って凄いなと思う。

 胸も大きいしすらっとしてるのにむちむちしてるというか……。


「胸が小さいこと、気にしてるの?」


「そ、そりゃ……」


「あはは、女の子らしくていいじゃないの」


「琴姉には分からないもんっ」


「私だってあんたくらいの時はそんなもんよ、人間成長するんだから心配しないの」


「でも……」


「なんならハルにでも揉んでもらいなさいよ」


「なっ、何言ってんの馬鹿!!」


 皆がいる前でそんな恥ずかしいことを言わないでほしい。


「ふぅ……私なんて今も昔もそんな相手いなかったけどね」


「琴姉モテるんだしよりどりみどりじゃん」


 美人だしスタイルいいし、性格も細かい気遣いが出来る良い性格だし。むしろそんな相手がいない方がおかしいと思う。ドジっ子だけど、そんな所も男の人には好感を持たれることも無い訳ではない。


「なんかねぇ……今まで人を好きになったことがなくてね」


「へぇ……」


「あんたはどうなの? ハルのこと」


 琴姉が尋ねてくる。

 私は笑顔で即答した。


「大好きだよ?」


「うわ、即答……多分ハルに同じ質問しても同じ感じになりそう」


「だって十年以上も前から好きだったし……やっと実ったし……」


 少しうっとりとした気分になる。

 ハル兄は憧れのお兄ちゃんだったから……ふふ。


「んー、いいわねぇあんた達は。私もハルみたいな彼氏ほしいなー」


「ハル兄はダメだよ?」


 思わず釘を刺してしまう。


「あんたは私があんたから大事な人を奪うほど汚れてないっての。むしろずっと応援しててあげたいくらいだし」


 琴姉が肩をすくめて笑いながら私の頭を撫でてくる。

 やっぱり、そんな琴姉は優しいお姉ちゃんだなぁと思う。


「だからね、あんた達を引き裂くような真似は絶対にしないし誰にもさせないから。……あんたらも聞きなさいよー!」


 と調理部の先輩達に呼びかける琴姉に思わず苦笑がこぼれてしまう。


「ありがと、琴姉」


 私にとってハル兄が大好きで大事なお兄ちゃんであり恋人だとしたら、琴姉は大好きで大事なお姉ちゃんであり良き相談相手になるのかな。

 何はともあれ、私をちゃんと守ろうとしてくれる琴姉のことは大好きだ。

 琴姉はまた肩をすくめて笑って


「いいのよ。私はあんた達のお姉ちゃんだもん」


 と、優しい声で言ってくれた。


 お風呂を上がり、ちょうど同じ時間に上がってきたハル兄に安全確認をされた。

 琴姉が守ってくれたといったら、ハル兄は琴姉がいなかったらどうなってたんだろう……と呟いた。確かにどうなってたんだろう……?

 ハル兄と一緒に部屋に戻り、一旦寝る準備をする。

 部屋の造りは至って普通の自然の家で、部屋の左右に二つずつ、計四つの二段式ベッドがある。畳が敷かれた床、奥には窓がある。

 ちなみにどこで寝てもいいらしいので私は入り口に近い場所を選んだ(ハル兄は反対側)。

 電気を消して布団に入る。疲れていたのか、横になってすぐに眠気を感じる。

 と、その時。

 廊下からこそこそと話し声が聞こえてくるのが分かった。どうやら先輩達が、私達の部屋の様子を知ろうとしているらしい……本当によく分からない人達だと時々思う。


「ハル兄……先輩達、なんか聞き耳立ててるのかな?」


「放っておけばそのうち帰るだろ。俺達が何をするわけでもないのに何してるんだろうな?」


 私がぼそぼそとした声で訪ねると、ハル兄もぼそぼそとした声で返す。

 ……意外とハル兄は先輩達に厳しい気がする。

 というよりは……私のためなのかな?


「意外と辛口だね」


「先輩達は皆良い人だけど、時々暴走するからな……何でも許容してはいけない気がする」


「……それは私のため?」


「まぁな」


 私は布団を抜け出し、ハル兄が寝ているベッドへ向かう。


「お邪魔します」


「お帰りください」


「なんでっ!?」


 即効で拒否されてしまった。


「なんでって……ベッドいっぱいあるし」


「うぅ……ハル兄と一緒に寝たいのに……」


「……仕方ないな……ほら」


 ハル兄は渋々ベッドのスペースを開けてくれる。

 私はそのスペースに横になり、ハル兄と向き合う。


「なんかドキドキするね……先輩達が外にいるのに」


「……今はこれが限界だぞ?」


「分かってる……あ、でも……腕枕くらいはいいよね?」


「いいけど、起きた時の痺れが半端ない」


「……」


 私が目で催促すると、ハル兄は軽くため息をついて腕を伸ばしてくれる。

 その腕を枕にし、出来る限りハル兄に体を寄せる。


「……いつも思うんだけど、なんでこんなに積極的なんだ?」


「ハル兄が奥手だからだよ?」


「……俺ってそんなに奥手なのか」


 本人は気づいていないけど、普通の男子高校生よりは奥手だと思う。 

 その分安全だし信頼出来るんだけど。


「まぁいいや。さっさと寝よう」


「あ、待ってハル兄」


 私は横になって丸めていた体を伸ばし、ハル兄の唇に口付けをする。


「おやすみ。ハル兄」


「あ、あぁ……おやすみ」


 恥ずかしそうに目を逸らすハル兄はとても可愛くて、やっぱり愛おしい。

 そんなことを思いながら、私は大好きな人の腕の中で眠りに落ちた。






 ふと目を覚ます。

 携帯で時間を確認すると、時刻は午前一時四十分。

 起きるにはちょうど良い時間か。

 リンはまだすやすやと眠っていて、正直起こすのが申し訳なくなる。

 柔らかい頬を指で突くと、なんだかぷにぷにしてて癖になる質感だった。

 

「ん、んん……んにゅ……」


 リンがむにゃむにゃと声を出し

 

「……ハル兄?」


 そして目を覚ます。

 俺はそんなリンの頭を軽く撫でる。


「ちゃんと起きたな、偉い偉い」


「んっ、ふぁ……」


 リンはくすぐったそうにした後軽くあくびをする。

 

「とりあえず行くか」


「うん……」


 まだ眠たそうなリンと一緒にグラウンドへ向かう。

 足取りがふらふらしててちょっと危なっかしいな……。


「おーい、起きろー」


「あぅ~……」


「……」


 ここで俺は妙案を思いつく。

 いや、しかしこれはどうなんだろ……。

 ……物は試しだ、うん。


「……ん」


 俺はリンの口を自分の唇で塞ぐ。


「んん……ふぁ、ん……」


 そして軽く舌を入れると、リンはすんなりと受け入れた。

 むしろリンの方から舌を求めてくるような……こいつ寝ぼけてるのかな?

 無人の廊下で真夜中に何してるんだろう俺達は……。

 

「んっ……」


 俺は口を離す。

 

「ハル兄……寝起きから……大胆なんだね」


 とろんとした目で頬を染めてそんなことを言うリンに俺は


「お前の足取りが危なかったからだ」


 と返す。……実際のところ、キスする言い訳に使える理由が出来て幸運だと少し思ったが。


「目は覚めたけどね……とりあえず、早く行こうよ」

 

 リンは俺の腕に自分の腕を絡め、歩き出す。

 また先輩達にからかわれるんだろうなぁ……なんて思いつつも、俺も歩き出した。


 俺達はグラウンドに集合していた。

 肝試しのルールは二人一組で山のハイキングコースを回り、所々に置いてある目印の鈴(全部で三つ)を持って帰って来ることだ(鈴は昼の時に優希先輩が置いていた)。


「ふあぁ……全く、あんた達はこんな時間になんで肝試しなのよ」


 と琴姉はえらく不機嫌そうだった。

 まぁ、本人からすれば迷惑だよなぁ……と俺は琴姉には同情していた。


「じゃ、最初はハルと凛子ちゃんね」


 優希先輩が俺達に言った。

 さっさと終わらせて帰るか、なんてことを考えつつ俺とリンや山に入る。

 ハイキングコースを懐中電灯で照らすも、ただでさえ暗いので不気味さもなかなかのものだった。


「リン」


「ひゃっ」


 リンはかなりびくびくしていて、話しかけようとするとびっくりしたような反応を見せる。


「リン、怖いなら手つなぐか?」


「うん……」


 リンの手を握ると、その手は小刻みに震えていた。

 ちょっと本気で大丈夫なのか心配しつつ俺は歩く。

 ハイキングコースは結構な長さで、歩くのにも時間がかかる。

 数十分ほど歩いて、ようやく三つ目の鈴を見つける。


「ふぅ、やっと帰れるな……」


「うん……早く帰ろ」


 と、その時。背筋が震えるような冷たい突風が吹きつけ、草木をざわざわと揺らした。

 

「ひっ、いやぁぁぁぁ」


 先ほどからびくびくしていたリンの恐怖は最高潮に達したのか、俺の手をぱっと離して走り出してしまう。

 急の行動に一瞬の反応が遅れた俺はリンの手を強く握ることが出来ず、リンと離れ離れになってしまう。

 まぁ……帰り道の方向に走って行ったし大丈夫だろう。

 俺はそんな甘いことを考えつつ、後を追うようにして走った。


 そして皆のいる場所に戻ると先輩達が駆け寄ってきた。


「あれ、凛子ちゃんは?」


「え? 戻ってないんですか……?」


「う、うん」


 俺は背筋が凍る感覚に襲われる。

 思考が停止し、目の前が真っ白になった。


「え……じゃ、じゃあ凛子ちゃんはまだ山の中に……!?」


「そんな……!」


 先輩達の顔が青ざめる。

 風花も焦りを隠せていない様子だ。

 

「リン……! ちょっと俺行ってきます!」


 すぐに山の中に戻ろうとする俺の腕を琴姉が掴む。


「落ち着きなさい、ハル」


「落ち着いていられねぇよ! だって、リンは暗くて怖い場所が大の苦手なんだぞ!?」


「だからって、ハルが焦ってどうするの! そう遠くへは行ってないはずだから、皆で探しましょう」


「わ、私がこんなことを提案したから……」


 優希先輩の声が震える。

 初めて見る先輩の泣きそうな顔に俺は動揺しつつも宥める。


「先輩のせいじゃないですよ……とにかく、自分を責めるよりも先にリンを探しましょう!」


 




「リン! どこにいるんだ!!」


 山の中で叫ぶ。

 くそ、暗いし広くて探せたもんじゃない……!!


「リン!」


 俺は走りながらリンを探す。

 しかし、全く見当たらない。リンの反応もない。


「ハル君! こっちは!?」


「ダメだ、いないっ……! リン……!」


 自分の声が震えていることに気がつく。

 俺が……あの時手を離さなければ……。


「もし、リンに何かあったら……俺は……嫌だ……そんなの……。でも……これだけ探しても見つからないし……もうどうしたらいいんだ……!」


 そんな弱音を吐いてしまう。

 抑え切れない不安と消えない嫌な想像が更に俺の心をかき乱す。

 その時……パァンと乾いた音が響き、頬に衝撃が走る。


「っ……しっかりしろ! ハル君はリンちゃんの兄で彼氏だろ! ハル君が弱音吐いてどうするんだ!!」

 

「風花……」


「あの子を守るって決めたんだったら、諦めないで探し続けて! 絶対見つけて! 怖がってるリンちゃんを優しく抱きしめてあげなよ!! それがハル君の役目だろ!!」」


 風花は珍しく本気で怒鳴っていた。

 彼女のこんな声を聞いたのはいつ以来だろうか……。

 俺へ向けられたその叱咤は、一瞬で俺の揺れた心を元に戻してくれる。


「悪い……風花……頭が冷えた……。そうだよな、俺が焦ってちゃ意味が無いよな……」


「私達も見つかるまで探すからね!」


 風花はそう言って別の方向へ走り出した。

 俺も早く探しに行こう……。


 それからしばらく探し続け、時刻は午前三時。

 夢中で探し続けたためにハイキングコースからはだいぶ外れた道だが、方向的には可能性のある場所を俺は探していた。

 帰り道もちゃんと分かるので、戻ろうと思えばすぐに戻れる。


「リンー!」


 俺は精一杯の声で呼びかける。

 そして、その呼びかけに……。


「ハル兄……! ハル兄! どこ!?」


「リン!」


 確かにリンの声が聞こえた……!

 俺は一心不乱に声の聞こえた方向へ走り出す。

 しかし走る途中、急に足ががくんと崩れる。前後左右の感覚がかき混ぜられる感覚に陥り、俺の体が回転する。そして……同時に意識が薄れていくことが分かった。





 ある日、リンは言った。


『わたしにはおとうさんがいないの』


 リンは特に悲しそうな顔をするでもなく、自分にとって当然の事実を受け入れていた。

 今思えばそんな気がする。

 

『なら、ぼくのおとうさんがリンのおとうさんだよ』


 幼い俺はそんなことを言った。

 言葉だけ聞けばかなり変だろう。

 

『ハルおにいちゃんのおとうさんがわたしのおとうさんなの?』


『そうだよ! だって、リンはぼくのいもうとだもん。だから、ぼくのおとうさんはリンのおとうさんでもあるんだよ?』


『そうなんだ……ありがと、ハルおにいちゃん!』


 リンが笑顔になった。

 とても無邪気で、とても明るくて、とても元気が貰えるような笑顔。

 この時はまだ、リンは妹のような幼馴染だった。


 

『お母さん、家を出て行っちゃったの……!?』


『うん。……まぁ、そのことで風花のこと傷つけちゃったり、琴姉に怒られたりしたけどな』 


『春斗兄、ふー姉のことは凄く大事に思ってるのにね……琴音さんとだって仲良いし』


『今は反省してるよ。それから、難しいこと考えるのも止めた』


 中学生だった俺とリンは、二人で公園にいた。

 

『リンのお母さんは凄く優しくていいお母さんだよな』


『うんっ。でも、春斗兄のお父さんも優しくて子供思いだよね』


『うん、良い父さんだよ』

 

 この時、俺は一つ思うことがあった。



『……そんな理想の親の二人が両親なら、俺達は幸せなのかな……』



 俺はそれを何気なくふと呟いた。

 その言葉に、リンは一瞬表情を曇らせた後……弱弱しく笑って共感を示した。


『うん……そうだね』


 今なら、この時リンの様子が変だった理由が分かる。

 リンは俺と兄妹になることを想像し、複雑な気持ちになったのだと思う。

 それからまもなく、俺達は本当に兄妹になったのだ。


 

 以前、リンは俺が死ぬ夢を見たと言った。

 リンはその夢にうなされ、怯え、慄き、泣いていた。

 俺が死ぬなんて……リンから離れるなんて、そんなことあるはずないのにな。

 リンだって、俺がいなくなるはずないって信じているはずだ。

 だったら……なんで……。


(なんで……泣いているんだ……リン)


 うっすらと目を開けた先にはリンの顔があり、その目から大粒の涙がこぼれて俺の頬に落ちる。


「ハル兄ぃっ!! 死んじゃ嫌ぁ!!」


 何言ってるんだよ、リン。俺が死ぬはずないだろ……このくらいで。

 思わず苦笑して、おもむろに体を起こす。


「……っつつ……まさか滑り落ちるとは」


「ハル兄っ!!」


「リン……良かった、無事だったんだな……」


「私のことはいいよ! ねぇ、大丈夫!?」


「ん……頭がくらくらするけど大丈夫……」


 俺はリンの頭に手を置き、軽く撫でる。

 そして、そのまま抱き寄せた。


「っ……ハル兄……?」


「ごめん、また泣かせちゃったな……」


 この子を泣かせることだけはしたくないって思ってたのにな。

 リンを探しに行って、こんなことになって、リンを泣かせて……なんだか自分が情けなくなる。


「ハル兄っ……」


「怖かったな、リン……もう大丈夫だぞ」


 精一杯の愛情を込めてリンを抱きしめる。

 もう悲しませたくない、寂しがらせたくない。もう二度と……離したくない。


「……なんだか……いつにも増して優しいね」


 リンが不思議そうな声で言った。


「夢を見たんだ。小さい頃と、中学の頃の……」


「え……?」


「やっぱり……お前はいつまで経っても俺の可愛い妹なんだよなぁ……」


 自然と笑みがこぼれる。

 穏やかな気持ちと安心する感覚、それは全てリンと一緒にいるからだ。

 俺はリンといる時が一番幸せだ……。


「だから……俺はもう二度と、リンのこと悲しませない……寂しがらせない……」


 強く強くリンを抱きしめる。


「ハル兄……」


「もう二度と離さない……ずっとそばにいるから」


 誰よりも大事な妹であり誰よりも愛しい人であるリンに、俺はそっと告げた。

次回はまたいちゃらぶ回の予定です

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