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僕らに吹く風に揺れる花  作者: ヨハン
兄を慕って想う少女
39/49

忌々しき過去、幸せ未来

リンルートもだいぶ進みましたね、でもまだ半分くらい

 家に帰ると電話が鳴っていた。

 どうやら母さんは出かけているようで、家にいるのはまだ微熱で学校を休んでいたリンだけだ。

 俺は少し急いでリビングへ向かい、電話の受話器を取る。


「もしもし、日高です」


『もしもし。春斗?』


 電話から聞こえてきたのは女性の声。


「あの、どちら様ですか?」


『忘れちゃったの? お母さんよ、お母さん……』


「っ!!」


 背筋が冷たくなった。

 電話の主は自分でお母さんと言ったが、母さんの声ではない。

 となると考えられる人間はただ一つ。

 俺が中学の時に男を作って家を出た、『元』母親だ。


「……今更何の用だよ」


『お母さんにそんな言い方しないで? ねぇ、春斗』


 名前を呼ばれることすら不快になる。

 まるで機嫌を取るかのような声で元母親は続ける。


『やり直しましょう? 私が間違っていた……もう二度とあなた達を裏切らないわ』


「ふざけんな」


 俺は冷たく言い放つ。


「勝手に家を出たくせに急にそんなことを言い出して。虫が好いにもほどがあるだろ」


『……ごめんなさい、春斗。でも私は、あの日からあなたのことを忘れたことなんて一度も無いのよ?』


「あんたが何言おうと、何を思おうと勝手だけど。俺らにはもう新しい家庭があるんだ。あんな荒んだ家庭じゃなくて、幸せな家庭が。今更何を言われようと、俺は絶対にあんたの話なんかに乗らない」


『春斗? どうしたの? なんでそんなこと言うの? お母さんなのよ?』


「俺の母さんは今の母さんだけだ。あんたじゃない。あんたなんか、親でも何でもない。ただの他人だ」


『酷いわ、春斗……昔はあんなに素直で優しい子だったのに。親を悲しませて楽しいの?』


「愛情の一つも注げなかったくせに何言ってんだよ。昔から父さんにばっかり苦労させて自分は遊んでたくせに。二度と親面なんかするな、あんたは他人なんだ」


 自分でも驚くほどに冷酷な言葉が出る。

 心のどこかで、俺は思った以上に元母親を嫌っているのかもしれない。


『そう……やっぱり、新しい家庭で生活してるからそういうことを言うのね……もういいわ……』


「……」


『奪ってやる……あんたから……大事なもの全て……そしたら、また一緒に暮らせるよね?』


「っ、何言ってんだ! ふざけんな!!」


 まるで気が狂ったような、嘲笑うかのような声。

 俺は気味が悪くなり声を荒げてしまう。


「父さんや母さん、それに妹のこと傷つけたら俺はあんたを一生恨む! 一生許さない!」


「は、ハル兄?」


「っ……リン」


 俺が声を荒げたことが気になったのか、パジャマ姿のリンが戸惑ったようにリビングへ入ってきた。


「ど、どうしたの?」


「……なんでもない、気にするな」


『ねぇ、もしかして新しい妹って子がそこにいるのー? 可愛い声ねー。悲鳴を上げても可愛いんだろうなー』


「いいかげんにしろ……もう二度と俺達に関わるな!」


 俺は受話器を叩きつけるようにして電話を切る。


「はぁ……はぁ……」


 声を荒げたせいで呼吸が乱れる。

 リンが心配そうな顔をして近づいてきた。


「は、ハル兄? 大丈夫? 今の電話の相手って……」


「……元母親。今は赤の他人だ」


「な、なんて言われたの?」


「それは聞くな。思い出したくもないから」


「そ、そうなんだ。分かった……けほっ」


「ほら、リン。ちゃんと休んでなきゃダメだろ?」


 俺はリンの頭を軽く撫で、部屋へ連れて行く。

 ……この子だけは、絶対に守らなければいけない。そう思った。






 夜。琴姉は仕事が忙しく、今日は学校に泊まりらしい。

 俺は電話が来た旨を伝えるため、リンには部屋にいるように言う。その後、リビングにて父さんと母さんに電話の内容を告げた。


「そんな電話が……今になって急に何を言っているんだ……あいつは」


「でも、ちょっと怖いわね……気をつけなきゃ」


「春斗、凛子のことは……」


「リンは絶対に俺が守るから大丈夫だよ」


「……ねぇ、ハル」


 母さんがやけに小さな声で呟く。


「何?」


「こんな時に言うのもおかしいんだろうけど……ハルとリンは兄妹、そのことだけは忘れないでほしいの」


「え……?」


「親なんだもん、見てれば分かるわよ。リンがハルのことを大好きなのは……。家族として、兄としてだけじゃなく……異性として」


 母さんは俺の目を見て静かながらもよく通る声で続ける。


「でも、兄妹の一線を越えることはやっぱりおかしいと思うから――」


 その時だった。


「お母……さん……?」


 リンが震える声で呟く。

 どうやら、部屋から出てきていたらしい。


「どうして……ダメなの……?」


「リン、考えれば分かるじゃない。あなた達は兄妹なのよ?」


「……好きで兄妹になったわけじゃない……お父さんとお母さんが結婚したせいで私達は兄妹になったんだよ?」


「リン、やめろ……」


「ハル兄、言わせて?」


 俺の制止も届かない。

 リンは震える声で途切れ途切れになりながらも続ける。


「昔からハル兄のことが好きで、いつか一緒になりたいと思ってた……なのに、二人が結婚してハル兄とは兄妹になって……それは叶わなくなった」


「……」


「お母さんのこともお父さんのことも大好きだけど……やっぱり私はハル兄と兄妹でいることが嫌だった! 前みたいに、他人でいたかった! こんなのってないよ!」


 リンは怒鳴るようにして走り去る。少しして玄関のドアが開く音がし、閉じる音がすると共に、部屋には沈黙に包まれた。


「俺、追いかけてくる。今はリンを一人で外に出しちゃダメだ」


「ハル、待って」


 そう言ってリビングを出ようとすると、母さんに引き止められる。


「あの子の幸せって……なんなのかしらね……」


 悲しそうにも、無気力なようにも聞こえるその問いかけ。


「私達はあなた達二人の幸せを願ってきた……二人を幸せに出来るように努力してきたんだけどな……リンの本心を聞いたら分からなくなっちゃった……」


 母さんが涙を流す。


「母さん、俺もリンの俺に対する気持ちには気づいてるよ。正直、俺も母さんと同じ考えだったんだけど……」


 そう、俺は兄妹であることを理由にしてリンとはどこか距離を置くようにしていた。


「でも、リンが風邪を引いてそれを看病して、二人だけで時間を過ごして気づいた。俺はリンと一緒にいる時が一番幸せなんだ。俺のために泣いて、俺のために笑ってくれるあの子といると……凄く」


「ハル……」


 俺はリンのことを可愛い妹だと思っているし大事だと思っている。これは絶対に嘘じゃない。

 だけど、きっとそれだけではない。

 俺を慕い、俺に懐き、俺を想ってくれるリンのことを……愛しいと思い始めていた。

 うぬぼれじゃなければ、きっと。


「リンにとっての幸せは、俺と一緒にいて……俺がリンの気持ちに応えてやることだと思うんだ」


「ハル…………そうよね」


 母さんは苦笑するような、そんな声で言う。


「二人が一緒にいて幸せなら……二人は一緒にいるべきだと思うもの」


「母さん……」


「私はあなた達の幸せが何よりも大事……二人で一緒にいることが幸せなら、もう反対はしない……でもね、ハル。これだけは約束してほしい」


「……何?」


 俺は母さんの目を見て聞き返す。

 母さんも、俺の目を見てしっかりと答えた。



「リンのこと……一生大事にしてあげて」



 そんなことは言われるまでもなかった。


「春斗、これは父さんからのお願いだ」


 父さんは俺を見据えて言う。



「凛子のことを……何が何でも守ってあげてくれ」



 俺は微かに笑みを浮かべ、二人に答える。


「最初からそのつもりだよ」


 すると、父さんと母さんの顔が緩む。


「そんなお前達を、俺達は命がけで守るし、ずっと大事にするから」


「……うん、ありがと」


 父さんの言葉を背で受け、俺はリンを追いかけた。





 私はハル兄が好きだ。

 昔から好きだ。

 この公園も、ハル兄と出会ってずっと一緒に遊んできた思い出の場所だ。

 ここにいると、昔の私達が幻になって目に見える気がする。


「……あんなこと言って家を出てきちゃったけど……やっぱりハル兄がいないと寂しいな」


 ベンチに座って俯く。

 すると、誰かに肩を叩かれた。

 目の前に立っていたのは妙齢の女性。


「はい……?」


「あなた、春斗の妹なのかしら……?」


「え……?」


 ちょっと待って、この人ってもしかして……ハル兄のお母さんだった人……!?

 女性はうっすらと笑みを浮かべて続ける。


「あなた達のせいで……春斗はあんな風になってしまった……ねぇ」


「……っ!」


「春斗を返してよ! ねぇ! あんた達のせいで私は春斗に嫌われたの!」


 肩を掴まれ揺さぶられる。

 足が震えて逃げることも出来ない、声も出せない。


「っ……や……めて……」


 絞り出せた声は掠れていた。


「あんたなんか殺してやる……殺してやる!!」


「うぐっ……あっ……あぁ……」


 首を両手で絞められ、呼吸もままならなくなる。

 目から涙がこぼれてくる。

 怖い、苦しい、辛い……誰か助けて……。

 意識が薄れかける。


「ハル……兄……」


 ハル兄は私のこと……どう思っててくれたのかな。

 ごめんね……こんな妹で……。

 最後に大好きな人のことを思い出した時……私を呼ぶ声が聞こえた気がした。






「……」


 ベンチにはリンが横たわっている。

 そして目の前には顔面を押さえこちらを睨むように見てくる女性がいた。


「春斗……なんで……なんでお母さんを殴ったりするの?」


「……」


「春斗!」


「っ……」


「うぐっ!!」


 俺は元母親の胸倉を掴み、無理やり立ち上がらせる。


「……リンを傷つけたら絶対に許さないって言ったよな?」


 今感じていることは、目の前の人間に対する怒りと恨み。


「は、な、せ……」


 次の瞬間、腕に鋭い痛みが走る。


「――ぐっ!?」


 思わず掴んでいた胸倉を離してしまう。

 そして左腕の痛みを感じた部分に右手を触れる。すると、血でべっとりと濡れていた。


「……刺したのかよ」


「そうよ……私にあんなことをしたあんたなんか……もう子供じゃない……その子もろとも殺してやる……」


 完全に狂ったような声と顔つきでナイフを構えてくる。


「……どこまで自分勝手なんだ、てめぇは」


 怒りと恨みの感情は、いつの間にか哀れみと呆れに変わっていた。

 そして、俺はまだ動く右腕を振り上げて……。


「がっ!!」

 

 刺される前に殴り飛ばした。

 ナイフが宙で数回回転して地面に刺さる。俺はそのナイフを手に取り、後ろに放った。


「もう終わりだ。お前は」


「そんな……春斗ぉ……」


「誰よりも大事な俺の妹を傷つけたんだ……これでもまだ全然軽い方だ」


 その後、たまたまパトロールをしていた警察に事情を聞かれ元母親は警察に連れて行かれた。

 俺とリンも同行させられそうになったが拒否しておいた。……普通なら拒否出来なさそうな気もするけど。







「ん……」


 膝の上に寝かせたリンが目を開ける。

 

「リン! 良かった……」


 どうやらただ気を失っていただけらしい。


「ハル……兄……」


「もう大丈夫だ。あの女は警察が連れてったから……」


 起き上がり、俺の隣に座ったリンの頭を撫でてやる。

 この子が無事だったことが今は何よりも嬉しい。


「ハル兄……腕、血がいっぱい出てる……どうして?」


「……ちょっと刺されちゃっただけ。大丈夫、すぐに血は止まったから」


 俺が笑いかけると、リンの表情が次第に曇り……雨が降る。


「ごめんなさいっ……私の……せいでっ……」


「リンを守れたんだ。安いもんだよ」


 リンは俺の胸に顔を埋めて泣く。

 そんな彼女を優しく抱きしめ、安心させるように背中をさする。


「ごめんねっ……ごめんねっ……」


 いつもよりも泣きの度合いが高い。

 相当ショックだったらしい……そんなリンだからこそ守りたくなるんだけどな。


「リン、約束しただろ。この公園でさ」


「……」


 俺とリンが兄妹になって少しした頃、ずっと部屋に引き篭もっていたリンを俺は外に連れ出した。


『リン、この公園に来るのは久々じゃないか?』


『そうだね……』


 今まで接してきた中では見せなかったような暗い表情。


『なんでそんな暗いんだよ?』


『だって……ハルお兄ちゃんとまさかこうなるなんて思ってなかったもん』


『ま、戸惑う気持ちは分かるけどさ。てか俺もまだ戸惑ってるし』


『……これからどうなるんだろうね」


『分かんないよ。でも、俺はリンにとっていい兄貴になるように努力するからさ』


『え?』


『妹が困ってたら助けられるような、泣いてたら慰めて安心させられるような、そんな感じ』


『……ハルお兄ちゃんなら出来そうだね』


『んー……まぁ、とりあえずだ。俺は昔から変わらず、ちゃんとリンのこと守ってやるから』


 そう言って俺はリンの頭を撫でた。


『大事な妹を命がけで守る、そんな兄貴になってやるよ』


『ぷっ……ハルお兄ちゃんって中二病なの?』


『なっ!? そんなことないぞ!』


『本当に?』


『本当だ』


『じゃあ、私が危ない時とかは助けてくれる?』


『もちろん。だって――』



『リンは昔からずっと、俺の大事な妹だからさ』



「あの時の約束、ちゃんと果たしただろ?」


「……うん……」


 リンは小さな声で頷く。


「ハル兄……凄く……カッコいいよ?」


「っ……」


 リンは上目遣いをしながら見つめてくる。

 不覚にもドキッと……あれ? でもこれが自然なのか?


「……やっぱり、ちゃんと言わなきゃいけないよね」


 リンが一度俯き、もう一度顔を上げる。


「私は、日高春斗のことが……ハル兄のことが大好きです」


 はっきりと告げられたリンの気持ち。

 俺も今、この子の気持ちに応えなければいけない。


「リン……俺も、日高凛子のことが……リンのことが大好きだよ」


 リンの目が見開かれ、目からは大きな雫がこぼれる。


「っ……嬉しいよ……ハル兄っ……」


 首に腕が回され、リンは体を全て俺に預けてきた。

 俺も彼女をぎゅっと抱きしめる。


「ずっと好きだった……今日やっと届いた……嬉しいっ……」


 リンの言葉が胸に響く。


「随分と待たせちゃったな。ごめん」


「ううん、いいの……だって、ハル兄と両思いになれたんだから」


 リンの嬉しそうな声。

 この子は今、きっと幸せなのだろう。俺も幸せだ。

 父さんと母さんの言葉を思い出す。

 

「リン、俺がお前を一生大事にして、何が何でも守ってやるからな」


「……うんっ」

出来ればこの二人のいちゃらぶをずっと書きたい。そして壁殴りたい

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