しすたーこんぷれっくす
小説のタイトルを変えました。流石にあれだとただのあれなので。ともあれリンルートも山場。この話で、リンとハルの関係は少しずつ変わり始めて……
リンは何をしているだろう。具合はどうだろう。苦しんでないだろうか。大丈夫だろうか。
授業中、そんなことばかりを考えてしまう。
朝もあんなに具合悪そうな顔してたし……あぁ、心配だ。
「――君」
「……」
「日高君!!」
「はいっ!?」
今は琴姉の数学の授業。やべぇ、俺としたことが琴姉の授業で上の空になるなんて……。
「うふふ、随分と上の空だったわねぇ?」
「あ、あはは」
「はい、黒板前まで来てこの問題解きなさい」
「うえ……」
まぁ仕方ないか。
俺は渋々黒板前まで出て、チョークを手に取る。
その時、琴姉が小さな声で話しかけてくる。
「リンのことが心配?」
「そりゃ、ね」
「ふぅん。心配するのもいいけど、ほどほどにね」
「分かってるよ」
俺は問題を解き終え席に戻る。
うん、間違わなくて良かった。
やがて放課後になり、俺は急いで帰り支度をする。
部活を休むことを風花に伝えて俺は昇降口へ向かう。
風花が『お見舞いに行ってもいいかな?』と聞いてきたが、風邪を移すかも知れないので今はまだ遠慮してくれと言っておいた。
家に着き、一旦キッチンへ行く。リンに食べさせるために帰宅途中に買ってきたゼリーやヨーグルト、アイスなどを冷やしておく。
手を洗ってうがいをしてからリンの部屋へ向かう。
正直手洗いうがいなんて習慣にはしていないが、今はしておかないとダメな気がした。
リンの部屋の前に立ち軽くノックをする。
返事がない、もしかして寝てるのかな?
「ただいまー」
小さな声で言いながらリンの部屋に足を踏み入れる。
やはり、リンは眠っていた。
静まり返った夕方の部屋に聞こえるのは小さな寝息だけ。
足音を極力立てないようにしてベッドのそばへ行き、リンの寝顔を見る。
「……」
なんか驚いたな。
こうしてみると、リンの寝顔はとんでもないほど可愛い。
「……ってじろじろ見たらダメだよな、うん」
俺はベッドの枕元の空いていたところに座る。
すると、リンの目がぱちっと開いた。
「ハル兄……?」
「よう、リン。具合はどうだ?」
「っ……ハル兄っ!! ハル兄!!」
次の瞬間、リンが俺の体に腕を回してくる。
そして悲鳴にも聞こえるような声で俺の名前を呼び続ける。
「リン!? どうしたんだよ!?」
「ひぐっ……ハル兄っ……」
「泣いてるのか……?」
リンの腕の力が強くなる。
制服の胸の部分が少し濡れてくるのが分かった。
「リン、落ち着け」
俺はリンを軽く抱きしめ頭を撫でてやる。
「ん、うん……」
少ししてリンが落ち着いた後、俺はリンに尋ねる。
「それで、どうしたんだ?」
「ハル兄が……死んじゃう夢を見たの……」
「俺が?」
「うん……それで、目が覚めたらハル兄がいたから……」
それで泣いて抱きついてきたのか。
しかし、そんな夢を見たくらいでここまで泣いてすがってくれるなんてな……リンは本当に可愛いと思う。
「ハル兄がいなくなるなんて絶対に嫌……」
「大丈夫だって、そんなことないから」
俺は笑ってリンの頭をもう一度撫でてやる。
リンはくすぐったそうに首をすくめる。
「それより、熱はどうなんだ?」
「ん……まだ熱いかな」
「……ちょっと失礼」
俺はリンに顔を近づけて、額をくっ付ける。……これは。
「まだかなり熱いな……病院には行ったのか?」
「う、うん。行った……ただの風邪だって」
「そっか……飯は?」
「何も食べてない……食欲無いんだよね」
「でも何かしら食べないとな……ゼリーかヨーグルトなら食べられるか? さっき買ってきたんだ」
「え? うん……ハル兄、お母さんみたい」
リンがくすくすと笑って言った。
「私の周りにもお兄ちゃんがいる人はいるけど、ここまでしてくれるのは多分ハル兄しかいないと思うよ?」
「そうか? 妹が風邪引いたらこのくらいはするんじゃないか?」
「それが普通なら世の中良いお兄ちゃんで溢れかえっちゃうよ」
リンは微笑しながらそう言うと、俺の目を見て……。
「ハル兄、いつもありがと……」
急にそんな照れくさいことを言われる。
「お、俺。ゼリーとかヨーグルトでも持ってくるから」
俺は顔が熱くなるのを感じて、逃げるように部屋を出る。
再びリンの部屋に戻る頃にはなんとか落ち着き、平常心を保てそうだった。
「自分で食えるだろ?」
「え、食べさせてくれないの!?」
「……仕方ないな」
若干涙目になられたので仕方なく食べさせることにした。
ゼリーをスプーンですくい、リンの口元へ運ぶ。
「ん、美味しい……」
リンは子供のような幼い笑顔を見せる。
そんな感じで食べさせ続けること十数分、ゼリーの容器が空になった頃。
「そういえばハル兄……部活は?」
「部活行ってたらこういうことはしてないだろ」
「休んだんだ……別に無理して看病してくれなくてもいいのに」
その言葉に、俺は学校行ってる間ずっと心配してたなんて言えるはずもなく。
「……俺が看病したいからいいんだよ」
「……」
リンはこちらをじっと見つめてくる。熱のせいだろうか、頬が少し赤い。
「……本当はね……ずっと、寂しかった」
「え?」
「一人でずっと寝てて、どうしようもなく不安だったよ……それで、あの夢を見て……」
リンの声が震える。
「でも……ハル兄はちゃんとここにいてくれるんだね」
「そんなの当たり前だろ」
リンの目から涙がこぼれる。それでも、リンはその涙を拭おうとはしなかった。
「ハル兄、ちょっと……」
「リン?」
リンの顔が近づいてくる。そして……。
「ん」
柔らかくて暖かいリンの唇が……俺の唇に触れた。
数秒間触れ続けた唇が離れ、リンは微笑む。
「……え?」
「じゃあ、私はもう一度寝るから……」
リンはそう言って横になり目を閉じた。そしてすぐに寝息を立てて眠り始める。
俺は唇に指を触れる。そして、キスをしたことを理解し顔が急激に熱くなってきた。
どうしたらいいのか分からない感情がこみ上げてきて、俺はベッドを背に体育座りをしながら膝に顔を埋めた。
『母さんが家を出て行った』
父さんが言った。
まぁ、いつかこんな日が来ることは分かっていた。
昔から軽薄で薄情とも思える母親だったし、この人に貰った愛情なんて覚えていないから。
父さんは甘いからそんな母親を容認していたみたいだけど。
でも、母親は最近他の所に男作って逃げた。正直、家事に文句を言われないし家事が楽になるから清々した。
しかし、どこか落ち込んだ様子の父さんを見ていると辛かった。そして元母親への怒りが沸いてきた。
俺はそれ以来、愛情なんて所詮一時の迷いだと考えるようになった。人間関係なんてほとんどが上辺だけだと思うようにもなった。
『ハル君……』
『……何?』
『ハル君、最近おかしいよ? いつも上の空だし……お母さんが家を出たことが――』
『あんな奴の話なんかするなよ!』
『ひっ! ごめんなさい……』
『春っち! 落ち着け!』
『……お前ら、俺に同情でもしてんのか? 言っておくけど俺は全然悲しんでなんかいない、むしろ清々してんだよ』
『ハル……君……?』
『ただ単に人間関係を築くのがアホらしいと思えただけだ。愛情だとか友情だとか、そんなのどうせ上辺だけだろ?』
『春っち! いくらなんでもそんなことを言っちゃダメだ! 愛情や友情を否定したら、春っちは風花やリンちゃんとの思い出まで否定することになるんだぞ!!?』
久代に本気で叱咤され、俺は少しだけ考え直すようになった。
それでもやっぱりもやもやした感情は晴れなくて、毎日が楽しいと思えないでいた。
『日高、そんなお前にこれをやろう』
『何これ……』
『美少女と楽しく日常を過ごすゲームさ』
『いらねーよそんなもん』
『まぁまぁ、とりあえずやっとけって』
友人にギャルゲなるものを貰い、やってみた。
正直悪くないとは思ったけど、これだって所詮作り物だろって感想だった。
それからしばらくして、琴姉が俺に会いに来た。
琴姉は言った。
『ハル。秋斗叔父さんは優しいから何も言わないけど……そんな腐った考え方はさっさと捨てなさい』
『……琴姉』
『まだ中学生の子供が人生に絶望して、人間関係を否定なんかしてどうするのよ。あんたにはまだまだ未来があるじゃない』
『でも……俺はあの女が許せない』
『まぁね。あの人はいつかこうなるって私も思ってたのよね。だから驚きはしないけど、やっぱり怒りは覚えるわよね』
『琴姉……分かってるならなんで……』
『だからこそよ。あの人の人間性なんかであんたが自分の人生を悲観するのは間違ってる』
『……っ』
『今はまだ払拭しきれない思いもあるでしょうけど、きっとすぐに晴れるわよ』
琴姉にはそんなことを言われた。
お陰であんな奴の人間性なんかでこれから先の未来を悲観することは大きな間違いだと気づけた。
それからしばらくして、父さんが女性を連れてきた。
昔から知っているご近所さんであり、リンのお母さんでもある女性だった。
旦那とはリンが生まれる少し前に離婚したらしく、今まで女で一つでリンを育ててきた人だ。リンはそんな母さんを心から愛していた。
きっとこれが本当の母親なんだ、と俺は気づかされた。
こんな人が母親になるなら何の問題もないだろう、そう思っていた。
だけど同時に、それは俺とリンの関係が変わることを意味していた。
肩が少し重い。まるで何かが寄りかかっているような……。
「リン……」
「すー……すー……」
俺が顔を上げると、隣でリンが俺の肩を枕にして寝息を立てていた。
部屋はもう暗くなっていて、時間を見れば七時。
「……母さんはなんで起こしてくれないんだか」
ため息をつく。
まぁ、いいや。とりあえずリンをベッドに寝かせよう。
俺はリンを抱き上げてベッドに寝かせ、タオルケットを掛ける。
……あの時はこんな関係になるなんて思ってもなかったけどな。
「……リン」
名前を呼んでみる。
リンはぐっすり寝ているようで、全く起きようとしない。
「俺だって……リンがどうして妹なのか分からなくなることがあるよ」
きっとリンには聞こえていない。
だから俺は続ける。
「こんなに可愛くて自分に懐いてくれる女の子が妹なんて……損だもんな」
リンの髪に触れる。そして優しく撫でる。
暗い部屋で、ただ静かに眠るリンの顔はやっぱり綺麗だ。
こんな状況で何もしないほど俺だって紳士じゃないさ。
「……これは仕返しだ」
俺はリンの額に軽く口付けをして、部屋を出た。




