暖かい周り
思ったより長くなってしまったのです。次が最終回、その次がエピローグになるはず。
朝、自然と目が覚めた。
酷く気分が悪く、頭痛もする。
あまり眠れなかったし、やっぱり昨日が原因か……。
ハルは自分を頼れ、そう言ってくれた。その後、あの場をあの形で治めたのはお互いに頭を冷やすためだろう。
「心のどこかで、俺を信じきれなかったんだろ……きっと」
ハルの言葉。
私は違う、そんなことない。そう言えなかった。
ハルは私のために涙を流してくれた、震えた声で必死に気持ちを伝えようとしてくれた。
彼をそうさせてしまったことは、全て私が原因だ。
私達のために最後まで尽くそうとした母さんのこと、私のために全てを尽くそうとしてくれているハルのこと。
昨日から何度も考えている。
まだ気持ちの整理はついていない。
でも、私はハルが好きだ。これだけは絶対に揺らがない。
私は昔からずっと母さんとの思い出に囚われていた。そんな私の心を和らげ、幸せをくれた人。
ハルと一緒に過ごしていると、今までに感じたことのない気持ちで満たされていた。
平和な日常を過ごしながらも、常に誰かのために行動しようとする優しさをハルは持っている。だから周りの人間もハルに惹かれているのだろう。
私もその一人であり、そんな彼の優しさに救われた。
このままじゃダメだ。
「おはよう」
居間に行くと兄さんがいた。台所の方に姉さんとお祖母ちゃん、三人で朝食の準備をしていたらしい。
「おはよ、沙夜。あんまり眠れてなさそうだね」
「……うん」
「まぁ、何かがあったことくらいはお祖母ちゃんや姉さんも察してるよ」
「そっか……ハルは?」
「さっきまで朝食の準備を手伝ってたけど、電話をかけてくるって言って外に出たよ」
「……やっぱり気まずいのかな」
「そうじゃないよ、きっと」
兄さんの声音は優しい。
「あら、沙夜。もう起きてたの」
「おはよう」
姉さんが台所からお盆に朝食のおかずを乗せて持ってきた。
「おはよ、やっぱりなんかあったのね。あなた達」
「……」
私がバツの悪そうな顔をすると、姉さんは私の両頬を軽く摘む。
「っ……」
「な~によ、その顔は! そんな顔してたらいつまでも日高君と仲直り出来ないんじゃないの?」
「……」
姉さんは私の両頬を離す。
「沙夜が昔からずっと無理をしてたのは分かるわ。それに、人との関わりを極力避けてたのも。でも、中学であの女の子と出会って少し変わったように思えたし、高校で彼と出会ってからは楽しそうに笑う顔も増えたじゃない」
「それは……」
「あなたが笑ってればあたしも夕もお祖母ちゃんも日高君も、母さんも嬉しいのよ。でもそんな辛気臭い顔してたら誰も嬉しくないでしょ」
「……そうなのかな」
「そうよ。だから、自分が笑顔になれる生き方をしなさい。辛さを一人で背負わないで」
「……」
「まぁ、その……私が偉そうに言えることでもないけど……いっぱい迷惑かけちゃたし」
「そうだな……あの時の姉さんは黒歴史になりそうだ」
「言わないでよそれをっ! 思い出すだけで枕に顔を埋めて足をバタバタさせたくなるんだからっ!」
姉さんは顔を真っ赤にする。
「と、とにかく。さっさと仲直りしてきなさいよ……ん、ふぁぁ……」
「姉さん?」
「姉さんは心配で眠れなかったんだよ、沙夜のことが心配で。お陰で俺まで巻き込まれちゃったよ、眠くなるまで話に付き合えって」
兄さんが代わりに説明する。
よく見たら、兄さんも眠そうな顔をしている。
「……ごめん」
私だけが辛い、心のどこかでそう思っていた。でも、本当は違う。辛いのは皆一緒、当たり前のことだ。
どうしようもなく自分が愚かに思えてくる。
「沙夜」
「お祖母ちゃん……」
「あなたのお母さんはいつも笑顔であなた達を見守ってくれてたでしょ……? 沙夜がそんなに辛そうな顔してたら、お母さんも悲しむわよ。あなたを支えてくれる人が近くにいるんだから……支えてもらって、少しでも笑顔になりなさい。それに、相手が辛い時はあなたが支えてあげればいいんだから……」
「お祖母ちゃんっ……姉さんっ……兄さんっ」
声が震え、涙が止まらなくなる。
私はたくさん周りに迷惑をかけていた。
それなのに皆、黙って私を見守ってくれていた。
「あー、もう。泣かないの、よしよし……」
姉さんは呆れたような口調で私を抱きしめ、頭を撫でてくれた。口調とは逆に、姉さんの手はとても優しかった。
こんなに優しい人達がいるんだ。もう、一人で何もかも抱え込まなくていい。皆と共有すればいい。
誰かに頼っても……いい。
「私っ、行って来る」
「あ、沙夜。これを……」
お祖母ちゃんが私を引きとめ、近くのタンスから小さな麦わら帽子を取り出した。
とてもぼろぼろで、今にも解れて壊れてしまいそうだと思った。
「これは……?」
「お母さんが小さい頃に使ってた物よ。きっと、あなた達はひまわり畑に行くでしょうから持って行きなさい。そして、これをひまわり畑に……おかあさんが一番愛した場所に返してあげて。それで、もう終わりにするの。そこから、また一歩ずつ……春斗君と一緒に歩き出しなさい」
俺は今、ひまわり畑にいる。ちょっと外に出ようと思っただけなのに、いつの間にかここまで来ていた。
電話のコール音が5回ほど鳴った時
『もしもし? ハル君?』
風花が電話に出た。
「もしもし。おはよ」
『おはよー、朝早いねー。私まだ眠いよー』
「悪い。ちょっと話したくてさ」
『……もしかして、沙夜ちゃんと何かあった?』
風花の声が少し真剣になる。
「流石幼馴染だな」
『なんとなくね。何があったの?』
俺は状況をかいつまんで説明する。
風花は何も言わず聞いていた。そして話し終える。
「――ということなんだけど」
『そんなことがあったんだね。……ハル君、もしも沙夜ちゃんが頼ってくれなかったらどうする?』
「え? その時は、沙夜の気持ちを尊重するけど……」
『本当は嫌じゃないの?』
「え……それはそうだけど……でも、沙夜が決めたことなら……俺は」
『ハル君。きっと、ハル君は怖がってる。沙夜ちゃんが自分を頼ってくれないことで、いつか離れちゃうんじゃないかって』
「え?」
そう言われてみれば……確かにそうだった。
俺は沙夜が離れてしまうのを怖がっていたのかもしれない。
『何が何でも支えるって言ったなら、何が何でも支えなきゃ。沙夜ちゃんを一生支えることは、きっとハル君にしか出来ないから……』
「風花……」
『なんて、ちょっと偉そうだったかな。ごめんね?』
「いや、ありがとう……お前は本当に俺より俺のことを分かってるよ……」
ちょっとだけ笑みがこぼれる。
『ずっと一緒だったからね。なんとなく気持ちは分るし……でも、ハル君にはもう沙夜ちゃんがいるんだからね。これからずっと一緒にいるべき相手は沙夜ちゃんだよ?』
「あぁ、分かってる。だから、ここで折れたらダメだよな……」
『うん……そうだよ。……私は大好きな幼馴染と大好きな友達の幸せを願ってるから』
「風花……ありがとう」
風花の微かに震える声を最後に、電話を切る。
「……風花」
俺にとってもお前は大好きで大事な幼馴染だよ。
そんな風花の言葉で、俺は気づかされた。きっと沙夜と俺は同じ心境にあったのだ。
俺も沙夜を失いたくない、離れたくない。だから……あんなことを言ったんだろう。
彼女はきっとここに来る。何故かそう思えた。
少しして、優しく暖かい風が吹いた。
足音が聞こえてくる……振り返るとそこには麦わら帽子を持った沙夜が、風に髪を揺らせながら立っていた。
そろそろこの小説にも分かりやすい題名をつけなければ(この題名は実は仮なのです)




