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僕らに吹く風に揺れる花  作者: ヨハン
ツンとしてデレる少女
29/49

思い出の場所で

多分まだもう少しだけ続きそうです

 目を開けるとまぶしい光を感じた。

 体を起こし、顔をしかめながら軽く目をこする。

 いつもとは違う布団の感覚。そして部屋の風景。

 ……そういえば今は氷室のお祖母さん家にいるんだっけ。

 

「くぁ……」


 伸びをしながらふと隣を見る。

 すると、そこには……。


「すー……すー……」


 沙夜が可愛い寝顔をしながら眠っていた。

 一瞬驚いたが、昨夜のことを思い出す。

 ……やっぱ疲れちゃってるのかな。


「おはよ、沙夜」


 聞こえるかどうかも分からない小さな声で呟き、沙夜の髪を優しく撫でる。


「んん……ハル……ふあぁ」


「あ、ごめん。起こしちゃったか?」


 沙夜はうっすら目を開け、俺の名前を呼ぶとあくびをする。


「ハル……んっ」


「沙夜? んんっ……」


 まだ寝ぼけた様子の沙夜は俺の首に腕を回し、唇を重ねてくる。

 少しして、柔らかい唇が離れる。


「朝から大胆だな……沙夜」


「ふぇ……? ハル……おはよう」


 どうやら寝ぼけてたみたいだな。


「私、何をしたんだ?」


「唇で朝の挨拶」


「っ……すまない、寝ぼけてたんだ!」


 沙夜は顔を真っ赤にして俯く。

 

「いや、俺は嬉しいからいいんだけど」


「え? そうなのか……ならいいか」


「でも、沙夜は今したこと覚えてないんだろ?」


「あ……うん……」


 頷く沙夜の頬に軽く触れ、顔を近づけて再びキスをする。


「ん……」


「これでよしっと……なぁ、沙夜。本当に辛いならその時は言ってくれないか?」


「え? ……いや、もう大丈夫だ。ハルと一緒にいたら、悩みなんて忘れてしまったからな」


 沙夜は笑う。

 でも、心から笑っていないことが分かる。その目も、俺を見ようとはしていない。


「そっか……ならいいけどさ。じゃあ俺は顔を洗って着替えたらお祖母さんの手伝いでもしてこようかな」


「……ハルはお客さんなんだからいいんだぞ?」


「はは、なんか家事するのが日課だからさ」


 実家だろうとお邪魔してる家だろうとやることは変わらない。

 それに、一宿一飯の恩義もあるし(正確にはもう少し色々とごちそうになったけど)。

 でも、一番は沙夜と一緒にいるのがなんとなく気まずいと思ったからだ。今の彼女にどんな態度で接すればいいのか、まだ分からないから。

 そう思いながら台所に入ると、華奢ながらも上品な後姿があった。


「おはようございます」


「あら、おはよう。早いのねぇ、もっと寝ててもいいのよ?」


「いえ、毎日これくらいが普通なんで……それより、何か手伝うことありませんか?」


「手伝うこと? 春斗君はお客さんなんだからお手伝いをさせるわけにはいかないわよ……?」


「お手伝いさせていただきたいんです。恩義もありますし、早く沙夜の家族とは馴染みたいし」


「あらあら、そうなの? それじゃあお願いしましょうかねぇ」


 お祖母さんはクスクス笑ってそう言うと、俺に手伝うことを指示してくれた。

 お手伝いしてる途中、お祖母さんが尋ねてきた。


「昨日は沙夜と一緒に寝たのかしら?」


「なななななっ!?」


 突然そんなことを聞かれ慌てふためいてしまう。

 

「あら、その様子だと図星ねぇ」


「す、すみません……」


「謝らなくていいのよ。というより、謝らないでちょうだいな。あなたはそのことを聞かれたら謝るくらいの覚悟しか持ってなかったわけじゃないでしょ?」


「……はい」


「ふふ、それならいいのよ。それに、この地域だと沙夜も嫁入りを考える年頃だしねぇ」


「そうなんですか」


「だから別に文句を言いたいわけじゃないのよ。ただ、あの子を大事にしてあげてほしいの」


「最初からそのつもりですよ」


「あら、いい返事ね。あの子もいい人を見つけたものだわ」


 お祖母さんはぱっと笑顔になった。

 俺は沙夜を大事にするって決めたんだ、それにお祖母さんもこんなに笑顔になってくれている。

 今まで以上に大事にしなきゃな。






 朝食などを済ませ、時刻はおよそ午前10時。

 玄関先から声が聞こえた。


「あら、来たのかしら」


 お祖母さんは嬉しそうな顔をしながら玄関へ向かった。

 少ししてお祖母さんと朝香さん、夕さんが居間にやってきた。


「いらっしゃい、日高君」


「春斗君、元気そうだね」


「え、あ。どうも、こんにちは……」


 予想以上に気さくな二人に戸惑う。 

 特に朝香さんってこんな雰囲気だったっけ?


「やっぱり、あなたと沙夜……付き合ったのね」


「は、はい」


「あの沙夜がねぇ。なんだか感慨深いわ」


 朝香さんは苦笑しながら俺と沙夜を交互に見る。


「もう……したの?」


「「っ!!!」」


 何をしたのか聞かないところが逆にエグイと思った。


「あはは、その様子だと期待して良さそうねぇ」


「姉さん、そこら辺でね」


 夕さんが朝香さんを止める。 

 むしろ俺と沙夜が付き合うにあたって厄介なのは夕さんかと思ってたんだけどな……前に彼氏がいたら殴り殺すみたいなこと言ってなかったか?


「あ、春斗君。ちょっと二人で話さないか?」


「? わかりました」


 夕さんは俺を見てそう言った。

 よく分からないけど、きっと二人だけで話したいこともあるんだろう。

 溺愛してる妹の彼氏に対して思うことが無いはずがない。

 外に出て、庭先の大きな木の下に二人並んで座る。


「沙夜と付き合い始めてどのくらい?」


「えっと……」


 俺は頭の中で計算する。

 今が八月の中盤、付き合ったのは夏休みのおよそ二週間前。

 

「大体一ヶ月くらいでしょうか」


「そっか。沙夜とはどんな感じ?」


「どんな感じ……ですか」


 うーん、夏休み中にたくさん会ってたわけでもないし……電話やメールはよくしたし、たまにご飯作りには行ったけど。

 それに付き合ってから時々甘えてきたりはするようになったけど、大体の場合はいつもと変わらずツンとしている。

 

「仲は良いと思いますよ。沙夜は未だにクールなことが多いですけど」


「それは照れの裏返しだね。今思えば、一ヶ月くらい前から沙夜は少し雰囲気が変わったし」


「そうなんですか?」


「うん。沙夜の部屋を姉さんと何度か訪ねたけど、料理をした痕跡があったりしたし、笑ってる顔も増えた気がしてたんだ。それは春斗君と付き合い始めたからだったのか」


「へぇ……」


 沙夜が料理か。食べてみたいな。

 それにしても……


「きょうだいの仲がいいんですね」


「ん? まぁ、ウチの事情は知ってると思うけど、父さんは忙しいからね。三人とも親元を離れてるんだ。だから自然と仲良くなるよ。それに沙夜だけ一人暮らしだし。しかも料理が苦手だったり、部屋の片付けが苦手だったりもするから」


「あはは……」


 沙夜、なんとなく琴姉と似てるかもな。 

 それと、話を聞いているとどうやら朝香さんと夕さんは同居してるらしい。


「姉さんは意外と世話焼きだからそんな沙夜を放っておけないらしいんだ。沙夜もそんな姉さんを陰では慕ってるし、だから言うことも聞いてたみたい。姉さんは別にそれが目的じゃないみたいだけどさ」


 朝香さんって実は滅茶苦茶いいお姉さんじゃないか。


「でも夏休みに入る直前、姉さんが学校で男子生徒を従えることを止めたんだよね」


「え?」


「沙夜に何かを言われたらしくてね、それで急に自分が馬鹿らしくなったらしいよ。黒歴史にしかならない、ってちょっと後悔してたし」


「……そんなことが」


「多分それも君のお陰なんだろうなぁ」


「俺がですか?」


 そんなことはないと思うが。

 夕さんの顔はなんとなく嬉しそうだった。


「君が沙夜を変えて、それから姉さんも変わった。お陰で前よりも俺らの仲は良くなったんだ」


「そうなんですか……」


 そう言われると反応に困ってしまう気もするが、悪い気はしない。


「姉さんも夏休みに入ってから笑顔が増えたし、優しさも増したよ」


「やっぱり一緒に暮らしてると分かるんですか?」


「なんとなく、だけどね」


 でも、それは間違いじゃないと思う。

 明らかに朝香さんの口調は優しくなったと俺も思ったし、雰囲気も変わったと思った。


「まぁ、その。俺が言うのも変な気がするけど……沙夜を末永くよろしく頼むよ」


「はい、分かってます」


「……いい返事だね。多分、君じゃなかったらこんなことは言ってないよ」


 姉や妹を大事にしている夕さんに認めてもらえたのは嬉しい。

 

「そろそろ終わったかしら?」


「姉さん、どうしたの?」


「日高君を貸しなさいよ。ちょっとあたしも話がしたいから」


「え……」


「はは、春斗君も多忙だね」


「とりあえずどっか別の場所行こうか」


「……はい」


 俺は朝香さんの後ろを歩く。

 しばらく歩くと、小さな公園に着く。

 ちょうど木の陰にベンチがあったので、俺と朝香さんはそこに座った。


「まずどうして沙夜と一緒に来たの? ちょっと早めの結婚報告?」


「違いますよ!?」


 俺は思わず慌てて否定する。


「あはは、冗談よ。どうせいつか紹介するんだから、って感じで沙夜に連れて来られたんでしょ」


「おぉ……」


 正にその通りです。


「なんだかいいわねぇ。あなた達を見てると幸せそうで」


「俺らを見てたのってさっきのほんの数分じゃ……?」


「……あの数分で十分よ、それに沙夜を見てればどれだけ幸せにやれてるのか分かるもの」


「凄いですね」


「姉だからね。母さんのことであの子は寂しいと思うから、あたしが何とかしてあげないと」


「……親代わりってやつですか?」


「そんな感じね。あの子はあたし達より母さんと過ごした時間が短いんだから」


「なんだか……朝香さん、凄い変わった気がします。初めて会った時のあなたはどこへ行ったのやら」


「あんなあたしは銀河の彼方へ捨てたわよ」


「それはまた壮大ですね」


「正直、学校じゃ演技してた部分も多かったしね。沙夜のことを邪魔、なんていった覚えもあるけど、実際は可愛くて仕方がないのよ」


「そうですか」


 この人も夕さんと一緒だ。

 沙夜、家族に大事にされてるんだなぁ。


「……あなたには悪いことをしたわね。ごめんなさい」


 急に声音が変わり、朝香さんは俺に頭を下げた。


「朝香さん……」


「ホント、馬鹿ね。あたしは。あんなことしても意味がないってすぐに分からないなんて。結局……あなたにあたしは助けられたわ」


「そんなことないですよ……俺は何も」


「沙夜を変えたもの、あたしを変えたのもあなた。それは事実よ。だから……ありがとう」


「……いえ」


 真剣な眼差しで朝香さんはお礼を言った。

 

「それと、沙夜のことよろしくね。あの子、強がってるけど本当は寂しがりやだから」


「分かってます……痛いくらいに」


 沙夜はきっと、今も寂しがっている。


「それにしても、沙夜は相当あなたのことを好いているのね」


「っ……それはどうでしょう、俺には分かりませんよ」


「あたしには分かるのよ。この田舎はあの子にとっては母さんとの思い出の場所、そんな場所に連れて来るんだから」


 思い出の場所か。

 沙夜はこの田舎へ来て色々と思うことがあっただろう。きっと思い出を思い出して、辛い思いもしたはずだ。

 だったら……ここにいる間は沙夜と少しでも一緒にいなければならないだろう。


「そろそろ帰りましょうか」


「沙夜に会いたいの?」


 朝香さんは悪戯っぽく笑う。


「そうですよ」


「ふふ、惚気てくれるわね」


 朝香さんはぽんと俺の背中を叩いた。


「なら早く行ってあげなさいな。あたしはゆっくり帰るから」


「はい」


 俺は軽く走りながらお祖母さんの家へ戻る。

 途中、朝香さんとの会話を思い出す。朝香さんが本当は良い人だと分かり、心が少し晴れた気がした。そして、心が晴れたことで……俺がすべきことは分かった。

 皆に沙夜のことを頼む、そう言われた。なら俺がすることは何が何でも沙夜の本音を受け止めて、どんな彼女をも支えることだけだ。






 家に戻ると庭先に夕さんが立っていた。


「何してるんですか?」


 俺が近づきながら尋ねると、夕さんは困り顔で


「沙夜がいないんだ」


「え? 家のどこかにいるとかじゃ?


「探したけどいなかった。おかしいなぁ……俺達がここに来て、君を呼び出して話してる間は家にいたはずなのに」


「朝香さんに聞いてみるとか……」


 朝香さんなら話が終わるまで家にいたはずだし。

 俺達は朝香さんが帰ってくるのを待つ。少しして彼女が帰って来て、沙夜のことを尋ねる。


「沙夜? さぁ……私はちょっと沙夜と話した後、ずっと家の中を見て回ってたから」


「お祖母ちゃんにでも聞いてみようか?」


「そうね、お祖母ちゃんっ」


 朝香さんが家の中に向かって呼びかける。


「どうしたの?」


「沙夜がどこに行ったのか知らない?」


「沙夜? そういえば、さっき散歩してくるって行ってたわよ?」


「散歩? そうなんだ……ありがと、もういいよ」


「もうすぐお昼時だから、それまでに呼んで来てね」


 お祖母さんはそう言い残すと家の中に消えた。

 

「……」


「春斗君? 浮かない顔してどうしたの?」


「いえ……ただ、昨日の沙夜。ちょっと様子がおかしかったので」


 俺は昨日の沙夜を思い出す。

 彼女の寂しそうな顔が鮮明に脳裏に浮かぶ。


「流石に日高君も気づいてたのね」


「朝香さんも気づいていたんですか?」


「当たり前でしょ、妹だもの。夕が日高君を連れて外に出た後、軽く話したんだけど……いつもより雰囲気も暗いし、愛想も良くなかった。それに、あの目はあたしを見てなかった。……まるで母さんが亡くなった直後に戻ったような気がして」


「そんな……」


「あなたの前ではそんな風に振る舞いたくなかったんでしょうね……きっと。でも、心配ね。母さんが亡くなった直後のあの子は……目に光が無くて、精神が不安定で、抜け殻のようだった。流石にそこまで戻ったわけではないでしょうけど、いずれにせよ放ってはおけないわね」


「っ……俺! ちょっと探してきます!」


 急に嫌な予感がした。


「行く場所があるとすれば、きっと家を出て北に進んだ場所にある小さな丘かな。あそこは母さんとの思い出の場所なんだ」


 俺はそれを聞くと、家を出て北の方向へ走り出した。





 言われた通り、北には丘があった。

 そして丘を下った先にはまるでひまわりの海のような畑。

 少し歩くと人影が見えた。


「沙夜……沙夜!!」


 俺は彼女に駆け寄る。


「ハル……? どうしてここに?」


「それはこっちの台詞だよ……」


「ここは母さんとの思い出の場所だから……」


 やっぱり、沙夜は……。


「沙夜」


「どうして私はここにいるんだろうな。あの時、一番年下でまだ物心が付いて間もない私が養子に出ていれば母さんは死なずに済んだだろうに……」


「それは違うだろ、沙夜」


そんなたらればの話をしたって意味がないことは彼女も分かってるはずなのに。


「……母さんに会いたい」


 心臓がどくんと跳ね背筋が冷たくなる。

 初めて聞いた沙夜の冷たい声。


「沙夜!!」


「っ!! きゃっ!」


 俺は沙夜の腕を掴み半ば強引に抱き寄せた。


「は……ハル……?」


「沙夜がこうなっているのは、お母さんのことを色々と思い出してしまったからか?」


「……うん」


「それじゃあ、どうして俺をお母さんとの思い出がたくさんある場所に連れて来たんだ?」


「それは昨日も言ったように……」


「違うだろ……」


 俺が沙夜に対して言ったその言葉は、自分でも驚くほどに強い響きが込められていた。


「……違わないよ」


「だったらなんで母さんに会いたいって言ったんだ? 朝のあの態度はやっぱり嘘だったのか?」


「それは……ハルにこれ以上すがりたくなくて……きっと、迷惑だろうから」


「……すがってたら、いつか離れてしまうとでも思ったのか」


「そうだ。私はハルが好きだから……そんなことになったら、何も意味が無いから……」


「そうか……」


 気が抜けたような平坦な声。

 自分でもどうしてそんな声が出たのかは分からない。


「……沙夜」


「え?」


「俺は……お前のなんなんだ?」


「それは……恋人だろ?」


「……本気で言ってるのか?」


 俺は沙夜の体を離し、肩を掴む。

 胸の奥から色々な感情がこみ上げてくる。怒り、哀しみ、不安、呆れ、そして愛情。

 それらの感情は全て、目の前の女の子へ向けられていた。


「本気って、私はっ!!」


「お前は、昔から……お母さんが亡くなった時からそうだったのか?」


 急に視界が霞んでくる。

 

「お前はずっとそうしてきたのかよ……」


「な、何が……? 意味が分からないぞ……」


 沙夜は動揺したような声を出す。


「そうか……分かってないんだな。お前は……ずっとそうだったのか……」


 肩を掴む手に自然と力が入る。


「ハル……?」


「結局、沙夜はずっと『独り』で『孤独』に生きてきたのか……辛いことがあっても、全部自分だけで何とかしようとして……その度に独りで悲しんでたのか」


「それは……」


「お前は俺を恋人って言った。好きって言った……本当にそう思ってるのか」


 静かな声に確かに響きが込められた問いかけ。

 そんなことは聞くまでもない、彼女が本心で言ってるのは分かる。


「あ、当たり前だ!! どうしてそんな疑うようなことを……!」


「なら、どうして朝にあんな無理をしたんだ?」


 朝の偽りの笑顔。

 まるで、少し前までの沙夜が見せていた自分を嘲笑うかのような笑顔。

 俺はあんな顔が見たいんじゃない。悲しんでる顔なんて論外だ。


「だからそれはハルに……心配をさせたくなくて」


「その行動がどんなに自分勝手か分かってるのか」


「分かってる……それで、ハルが愛想を尽かすなら……私は――」


 もう、我慢が出来なかった。


「ふざけんな!」

 

 彼女の服の袖を強く握りしめる。

 

「そんなことで愛想を尽かすくらいなら、最初から付き合ったりしない! どうして俺がこんなことを言っていると思ってるんだよ!」


「は、ハル……」


 沙夜は初めて見せる俺の怒りに戸惑っている。

 霞んでいた視界は更に霞み、視界を霞ませるそれは雫になってこぼれる。


「沙夜……俺だってお前のことが好きだ、仕方ないくらいに大好きなんだよ……!」


「あ……」


「そんな大好きな人が今にも壊れてしまいそうな顔で『大丈夫』なんて言ってるのを間近で見てて、黙ってられると思うのか!? 俺は孤立しようとしてたお前に強引に関わろうとする位おせっかいなのに、今のお前を見て黙ってられると思うのか!?」


「…………」


「沙夜が決めたことなら、俺はその気持ちを尊重するよ。でも……でもっ」


 涙が止まらない。

 どうして俺はこんなにも泣いているのか、そんなことは分かりきっていた。


「辛いなら言ってくれよ。支えて欲しいなら頼ってくれよ。傍にいて欲しいなら示してくれよ……」


「ハル……」


「沙夜が寄りかかってくるなら、倒れそうならいくらだって支えてやるよ! 何があっても絶対に! 恋人なんだから当然だろ……」


「……私は」


「沙夜は無理をしてる。無理して哀しみに耐えて、一人で抱え込んでる。俺にはそんな沙夜に手を差し伸べる資格も、肩を貸す資格もないのか……!?」


「そういうわけじゃないんだ……!」


「じゃあ、なんで言ってくれないんだ……? 心配もさせてくれないのか……?」


「……」


「今の俺達は……形だけの付き合いなのかな」


「……ハル、違う……私は……」


 視界を拭う。

 そして見えた沙夜は、今までに見ないほど弱弱しい顔で泣いていた。


「私は……ハルのことが大好きだ……失いたくないんだ……こんな私を見せることも怖くて仕方ないんだ……」


「心のどこかで、俺を信じきれなかったんだろ……きっと」


「ハル……」


 本心を見せ合った上での付き合い。

 口で言うのは簡単だ。しかし、実行するとなると凄く難しい。

 

「お互いに好きだって分かってるのに、どうしてこんなことを言ってるんだろうな……」


「……」


「今日はもう帰ろう」


「……うん」


 俺は沙夜の手を握って歩く。

 でも、その手には以前のような暖かさも無くて……繋いでいることに何の意味も無い、そう思えてしまうくらいに冷たかった。

 どうして、こんなにもこじれちゃうんだろうな。

 俺と沙夜は終始無言で帰宅し、その日はそれから一度も話さなかった。

 朝香さんと夕さんは状況を察したのか、特に何も聞いてはこなかった。ただ、二人の心配するような視線を受けるのは正直辛かったかも。

 こんな時、風花や清川、久代や野上ならどんな言葉をかけてくれるんだろうな。

 俺はしばらく会ってない仲間達のことを思い出しつつ、夜が更けていくのを見送った。

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