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僕らに吹く風に揺れる花  作者: ヨハン
ツンとしてデレる少女
28/49

帰郷

沙夜のお祖母ちゃん家に行く話。割と甘いですが、もうすぐクライマックスなのですよ……

 がたんがたんと揺れる電車。窓の外の景色は常に移り変わり、目的地へと少しずつ近づいていく。

 八月某日。期末テストも無事終わり(風花や清川は無事ではなかったらしい)、何事も無く夏休みに突入して早くも数週間が経った。

 今日は沙夜が久しぶりに祖母の家に行くらしい。

 なのにどうして俺が一緒なのかというと……。


「いつかは紹介することになるんだ。どうせなら早い方がいいだろう。というわけで一緒に行くぞ、ハル」


 だそうで。

 なんだか潔い感じがカッコいいが、そんな彼女は今俺に寄りかかって夢の中だ。

 これも俺にしか見せない一面……なんだよな。……なんて、一人勝手にドキドキしていると。


「ハル……」


「起きたの?」


「ん……まだ眠いけど起きる」


「無理しなくていいぞ? 今日は朝早かったし」


「じゃあ……寝る」


「おやすみ、沙夜」


 まるで寝起きの子供のような沙夜も可愛い。

 頭をそっと撫でてやると彼女はまた目を閉じる。

 小さい頃、沙夜はお母さんにこんな風にしてもらったんだろうか。ふと疑問に思う。

 今は少しでも長く沙夜に心が安らぐ時間を与えたい。

 こんなことで心が安らぐのかは疑問だが、沙夜も安心してるみたいだしきっとこれでいいのだろう。

 それに、俺も今はこうしていたい。

 隣にこの子がいるだけで、凄く安心するし幸せだと感じていられる。


「……ハル」


「わ、起きてたのか」


「流石にもう眠れそうにない……ふあぁ」


 沙夜はあくびをしながら体を伸ばす。

 こうしてみると、沙夜は華奢で小さいと感じる。

 

「なぁ、沙夜。沙夜のお祖母さんってどんな人なんだ?」


「お祖母ちゃんか……どんな人だと思うんだ?」


「えー……なんか、ピシっとした凛々しい感じのご老人みたいな」


「ふふっ……なんだそりゃ。まぁ、もう亡くなってしまったが父方の祖母はそれに近かったかもな。今日会うお祖母ちゃんは……一言で言えば母さんに似てるかな」


「お母さんに?」


「うん、優しくて暖かくて……大好きなお祖母ちゃんだ。早く会いたいよ」


 嬉々とした表情でお祖母さんのことを話す沙夜。その様子からどれだけお祖母さんのことを好いているか伝わってくる。

 こんなに嬉しそうな表情をするんだな、この子も。


「でも、会うのは結構久々なんだ。ちょっと緊張するな……急に彼氏を連れて行ったらどんな反応するのかな……」


 一人でぶつぶつと呟き始める沙夜。

 実は俺も、ちょっと会うのを楽しみにしてるんだけどな。

 目的地まであと一時間くらいか。





 でこぼことした道。それを挟む広大な面積の田んぼ。

 たまに吹く気持ちのいい風がまだ青々としている稲を揺らしながら通り抜けていく。

 自然が自然な形で残る土地。老後とかはこんな土地で暮らすのもいいかもなぁ、と今から遥か未来のことを考えてしまう。

 沙夜の後ろを歩いてしばらく経った頃。少し遠くに一軒の家が見えてくる。

 

「あそこだ」


 沙夜が言った。

 もうしばらく歩き、その家の前まで辿り着く。

 

「あら……」


 玄関の前にいると、庭の方から一人の老婆が歩いてきた。

 端正な顔立ちのその老婆は俺の隣にいる女の子にどこか似ている気がした。


「お祖母ちゃん! 久しぶり!」


「沙夜、よく来たわねぇ……久しぶり」


 間延びしたような優しい声が聞こえると、沙夜は嬉しそうな顔を声が聞こえた方へ向けた。

 あの沙夜があんなに無邪気な笑顔を送る相手というのは、確かにとても優しそうな人だった。

 そんな祖母との再会を心から喜ぶ沙夜を見て、なんだか俺も嬉しくなる。


「そちらの男の子は……? 沙夜の彼氏さんかしら……?」


「っ……う、うん。そう」


「あらあら、沙夜ったら顔が真っ赤よ……?」


「あ、あのっ。こんにちは。僕、日高春斗っていいます」


「はい、こんにちは……あなた、いい男ねぇ。おじいさんの若い頃を思い出すわね……」


「あ、ありがとうございます……」


 真正面から褒められると照れるな。


「ところで、春斗君……」


「はい?」


「将来は沙夜の旦那さんになるのかしら……?」


「ぶっ!! 急に何を!?」


「なっ!! お祖母ちゃん!」


 俺と沙夜がほぼ同時に同じような反応をする。

 急に核心を突かれたような気がするな……。


「あらあら、若いっていいわねぇ。青春青春……流石にまだ気が早かったかしらねぇ……」


「もう……お祖母ちゃんは……」


「はいはい、ごめんなさい。ささ、二人とも。縁側にでもいらっしゃい。何か冷たい飲み物と食べ物でも用意しますからね……」


 縁側へと案内された俺達は、冷たい飲み物やスイカ、とうもろこしやトマトなどの野菜、おにぎりなどをご馳走になった。少々多いのではないかと思いつつも、お祖母さんの厚意に感謝しつつもてなしを受けた。

 どれもこれも美味で、正直感動してしまった。これだけでも時間をかけてこの町に来た価値が十分にあるというものだ。

 その後世間話などに花を咲かせていたら、いつの間にか日が沈みかけていた。

 見晴らしのいい田舎の町に草木などの影が伸び、幻想的な風景がそこにはあった。その風景を見ることが出来た時、改めて来て良かったと思った。

 やがて夜になり、夕食もご馳走になる。風呂にも入らせてもらい、それからしばらく暇な時間になる。

 俺と沙夜は縁側で並んで座っていた。

 風呂上りで髪を後頭部にまとめている沙夜は少し色っぽくてドキドキしてしまう。時々いい匂いもするし……綺麗な首筋にも目が行く。

 俺がこんな美人の彼氏で本当にいいんだろうか、とまで思ってしまう。


「何をじろじろ見てるんだお前は」


「いや、なんかすげー……アレだな。風呂上りの沙夜は」


「アレってなんだアレって」


「え、言っていいのか?」


「言わないと分からないだろう」


「じゃあ……綺麗だよ」


「っ!! バカっ、急に恥ずかしいこと言うな!」


「わ、ごめん。ごめんって、だから叩くな」


「ったく、ハルはどうして時々恥ずかしいことをストレートに言うんだ」


「今のは沙夜から聞いてきたんだろ?」


「お前がじろじろ見てたからだ!」


「だって沙夜が可愛すぎたから」


「だからそういうことをさらっと言うな!!」


「あはは、よしよし」


「お前のその余裕がムカつくぞ……っ」


 うーん、どうも静かな雰囲気は続きそうにないな。

 

「しかし、本当にいい場所だねここは。風も気持ちいいし空気も美味しい」


「そうだな……私もこの場所は大好きだ」


「老後とか、こんな場所で過ごせたら幸せだろうなぁ」


「ハルの場合、私を挑発し過ぎて老後を迎える前に……ふふっ」


「何!? 最後まで言えよ怖いから!」


「最後まで言わないのも中々いい攻撃になるんだな、覚えておこう」


 あれ、俺の彼女ってこんなに物騒だっけ……。


「まぁ、老人になったお前の隣には誰がいるのか……今は分からないがな」


 沙夜は苦笑気味に呟く。


「沙夜がいてくれるんじゃないのか?」


「そんな遥か未来のこと、今から分かるわけないだろ…………まぁ、なんだ。その……私もそんな未来だったらいいとは思うけど……」


 素っ気無いフリをしてそんな風に言う沙夜がどうしようもなく愛おしくなる。


「それに、母さんが愛したこの土地は……一度長く住んでみたい」


「沙夜……」


 今の沙夜はどこか寂しそうな目をしている。

 彼女はその目でもうこの世にはいない最愛の人を見ているのだろう。

 俺には何も言うことが出来ない。


「……どうして、母さんは……」


 頼むからそんな寂しそうな顔をしないでくれよ。


「沙夜」


「なんだ……んっ。んんっ……」


 俺は彼女の名前を呼んで、振り向いた彼女の唇に自分の唇を重ねた。

 何も言ってあげられない代わり、といえば変なのかもしれないが。


「ふぁ……ハル……」


「そんな顔するなよ、沙夜」


 唇を離し、まだ二人の顔が近づいたままの状態。

 呟くように俺は言った。


「分かってる……でも」


「?」


「お祖母ちゃんに見られたらどうするんだ」


 ジト目を沙夜に向けられる。


「あ……見られてないよな?」


「多分大丈夫……今電話に出てたみたいだし」


 と、沙夜が言ったその時。


「二人とも~」


「「!!」」


 お祖母さんがやってくると同時に俺達は距離を取る。


「あら、お取り込み中だったかしら……」


「取り込んでないぞお祖母ちゃん!」


「ふふふ、いいのよ。隠さないでも……そうそう、明日になったら夕と朝香がこっちに来るって」


「兄さん達が?」


「えぇ、春斗君のことを話したら二人ともちょっと乗り気だったわねぇ。朝香なんか特に……彼氏の前で色々と沙夜に根掘り葉掘り聞かないとって」


「なっ!!」


「夕は春斗君に色々とお話がしたいそうよ」


「……」


 なんか嫌な予感がするなぁ。

 シスコンの夕さんだし……ちょっと怖いかも。

 そんな不安を抱えつつ、しばらくしてから俺は用意していただいた布団に入る。

 外から虫の鳴き声が聞こえてきて落ち着くな。

 …………。

 でも、なんだか眠れない。

 他人の家だからと言えばそれまでかもしれないが、それだけじゃない。

 あの時の沙夜の寂しそうな目が、忘れられない。

 

「沙夜の……お母さん……」


 俺は彼女のお母さんが亡くなった詳しい理由を知らない。かといって聞けるはずもない。

 でも……このままだと、沙夜が遠くに行ってしまうような気がしてならなかった。

 どうすればいいんだ……俺は。


「……」 


 その時、ふすまを開ける音と共にギシッ……と床の音が鳴る。

 俺は体を起こし、音の方向を見る。


「沙夜……どうしたんだ?」


「ちょっと……眠れないんだ」


 暗くてよく見えないが、そこにいるのが沙夜だということは分かる。


「俺も眠れなかったとこだよ」


「そっか……なぁ、ハル」


「ん?」


「この地域では昔、夜這いの風習があったんだ」


 沙夜は布団にぺたんと座ると、だんだん俺に迫ってくる。


「夜這い?」


「あぁ。その風習を今日だけ復活させても……いいと思うか?」


「沙夜、何を言って……」


 そこでなんとなく気がつく。


「今日はダメだ、お祖母さんだって寝てるんだし……」


「そうか……それなら仕方ないな」


 あっけなく引き下がる沙夜。

 なんとなく気がついたことは、どうやら本当なのかもしれない。


「……どうしたんだ、沙夜」


 きっと夜這いなんて口実に過ぎない。俺はそう思っていた。

 今の沙夜はどこか虚ろで静かだ。

 少なくともいつもの沙夜ではない。


「なんて言ったらいいのかな……急に母さんに会いたくなってしまったんだ」


「……沙夜」


「でも、母さんはもういない。だけど母さんに似た暖かさをくれるハルはここにいる……だから来たのかも」


「……あぁ、そうだ。俺はここにいる。お母さんの代わりにはなれないと思ってるけど……俺でいいならいくらでも傍にいるよ」


「ん……ありがとう、ハル」


 目の間に座っていた彼女をそっと抱き寄せる。

 沙夜も俺の首に腕を回し、ぎゅっと軽く力が入る。

 やっぱり……この子は寂しがっている。そんな気がした。


「沙夜……お前はやっぱり……まだお母さんのこと」


「……ここ最近はあまり考え込まなかったんだがな。やっぱり、ハルと関わったからかも」


「ごめん」


 沙夜が今苦しんでることは、少なからず俺にも原因がある。

 

「何故謝るんだ。それ以上に私はハルが好きだ……だから全く気にする必要は無い」


「……俺も沙夜のことが好きだ。だから、何とかしたい……」


「……どうすればいいのか、私にも分からない……」


「俺に何か出来ることがあるなら、何でも言ってくれよ?」


「じゃあ一つ…………ハルで、私を満たしてくれないか?」


 沙夜の哀しみは深い。その哀しみを俺に癒すのは難しいだろう。

 ただ、それでも。俺は彼女の力になりたい。

 一生をかけて一緒の居場所を作りたい。そう思っている。

 沙夜がもしもそれを望むのならば……俺は全てをかけて、彼女と生きたいと思った。

 でも今は、彼女の願いに応えよう。

あと2話くらい、といったところでしょうか

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