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僕らに吹く風に揺れる花  作者: ヨハン
ツンとしてデレる少女
27/49

二人揃って

ガス抜き的な二人のひと時。時間的には前の話から少し経った程度ですけどね。

 まだ止まない雨の音だけが部屋の中に響いている。


「……はぁ」


 ソファに座っている俺の隣には氷室が座っている。彼女は力無くため息を吐き出し、俺の肩にそっと寄りかかってきた。


「疲れちゃった?」


「ん……まぁ、そりゃ……な」


「そっか」


 色々と初めてのことが多すぎて疲れちゃったのかもな。

 氷室からすれば異性とこうして二人きりの時間を過ごすことさえ稀なことだろうし。


「日高……」


「ん?」


「ありがとう……」


「急にどうしたんだ?」


「なんとなく……言いたくなった」


「じゃあ俺もありがとう」


「え?」


「他は誰も見ることが出来ない氷室の一面を見せてくれて」


「っ……恥ずかしいことを思い出させるな……」


「……後悔してる?」


「バカ……あんな一面は日高にしか見せないぞ……後悔なんかしてない」


 普段は毅然としててクールな氷室が、今はこうして甘えてきてくれている。その事実がこの上なく嬉しい。

 俺は氷室の額に軽く口付けをする。


「ん、俺も」


「っ……」


 かあぁ、と顔が赤くなる氷室。そんな顔も可愛くて仕方ない。


「さっきよりは雨、止んだかな?」


 俺はわざと話題を変える。


「どうだろう……風は収まったみたいだけどな」


 まぁ台風が少し弱まろうと今日はもう帰らないんだけどな。

 さっき家に電話して外泊の許可も貰ったし。

 

「そういえば日高……お腹空いてないのか?」


「ん? あぁ、そういえばもうそんな時間か……」


 今は八時半を回っている。いつもの夕食の時間帯はとっくに過ぎてしまったけれど、何も食べていないから俺も氷室も空腹だった。


「俺、何か作ろうか?」


「でも冷蔵庫には何も……私、あんまり料理とかしないから」


「え? じゃあいつもはどうしてるんだ?」


「出前を頼むか……時々姉さんが作りに来てる」


 あの朝香さんが作りに来るのか。いくら学校でいがみ合ってるとはいえ、やはり姉妹だし仲が良いのかな、と思ってしまう。


「雨が弱ければ買出しにも行けるかもな」


「それはそうだが……」


 閉められたカーテンを開けて、窓を少し開けて外の様子を見る。

 確かにまだ雨は降っているが、風はあまり強くない。この程度なら行けるかな?


「じゃあ俺ちょっと行ってくるよ」


 俺はカバンから財布を取り出しポケットに入れる。


「ちょ、ちょっと待って」


「どうしたんだ?」


 俺が尋ねると氷室は顔を赤くして


「あの……か、彼女を一人で待たせるつもりか……?」


「あ……」


 そういうことか。


「じゃ、一緒に行こう」


「……うん」


 氷室はこくんと頷く。

 そして、二人で玄関を出てマンションの外に出る。

 

「傘、俺が持つよ」


「ん、ちょっと狭いか?」


「いや、寄り添えば大丈夫」


「……そうだな」


 体温が伝わるくらいにお互いに寄り添って歩く。

 こうしてる時はぱらぱらと雨が傘に当たる音が心地よく聞こえる。


「まさか、お前とこんな風に過ごす時がくるなんてな」


「ははっ……俺も意外だよ。でも、今は本当に氷室のことが好きで仕方ないんだよなぁ」


「ーーッ!」


 また顔真っ赤にしてるなぁ。

 そんなほっこりした気分になっていると、スーパーが見えてくる。


「そこのスーパーでいいの?」


「あ、あぁ……」


 傘を閉じてスーパーに入る。

 台風だったからか客はあまりいないようだ。

 

「とりあえず色々と見て回ろうか」 


「何を作るんだ?」


「何がいい? とりあえず大体の物は作れるけど」


「じゃあ……和食がいい」


「和食?」


「うん……出前ばかりだと食べる機会があまり無いから」


「そっか……じゃあ気合入れて作らないとな」


 今日はちょっと頑張って料理しないといけない。何故なら、氷室に食べさせるのだから。

 自分が作ったものを他人に美味しいと言ってもらえるのは嬉しい。それが好きな人なら、尚更だ。

 俺と氷室は二人並んで歩き出した。





 会計を済ませ、買った物を袋に詰める。二袋分だから、結構買ったなぁと思う。

 ちなみに料金は俺が払おうとしたけど、氷室が作ってもらうんだからこれくらいは私が出す、と言って全額彼女持ちになった。彼女からすればこのくらい大したことないだとか。ただ、払う代わりにとびっきり美味しい夕飯を作ってくれ、ということだった。

 もちろん最初からそのつもりだったが、尚更頑張らないと。


「こんな食材で良かったのか? 別にもっと高くても構わなかったんだが……」


「いいのいいの、いつも使ってるような食材の方が料理しやすいし」


「そ、そうか」


「でも、流石にこの時間だとあんまり色々は売ってなかったな。今度はもっと早い時間に来よう」


「……うん。そうだな」

 

 そしてまた二人並んで帰ろうとした時。


「あれ? 春斗君に沙夜ちゃん?」


「清川!?」


「陽菜!!」


 ふいに声をかけられ、その声の主に俺と氷室がほぼ同時に驚く。


「二人でなんでこんな所に?」


「ちょっと夕食の買出しにな……陽菜は何をしてるんだ?」


「え? 私? 雨の日のお散歩がてらにおやつでも買おうかなって」


 清川はそう言って手に提げたスーパーの袋を持ち上げて見せる。

 なんかお菓子がぎっしり入ってるんだけど……。


「こんな時間に何をしてるんだお前は……」


 氷室が呆れたように言う。

 まぁ、俺もこの時間に出歩くのはちょっとどうかと思うけど。


「夜中にお菓子を食べたら虫歯になるぞ」


「あー、春斗君酷いー……私だって高校生なのに」


「小学生にしか見えないぞ、私には」


「がーん!」


 わざとらしくショックを受けてみせる清川。

 

「てか一人か?」


「えー? うん、そうだよー」


「こんな時間に出歩いたら危険だろいくらなんでも。ただでさえ外見が小学生なのに……補導されるぞ」


「春斗君まで小学生って言った! 酷いよー!」


「日高の言うとおりだ、それにお前のような外見の女の子が夜中に一人で出歩いたら変態男が群がってくるだろ」


「大丈夫だよ?」


「何が大丈夫なのかさっぱり分からないんだけど」


「まぁまぁ、それよりお二人さんはどうして一緒にいるの?」


「「え!?」」


 あ、ハモった。


「もしかして……同棲生活でも始めたの?」


「そんなわけあるか! 日高が夕食を作ってくれるからその買出しに一緒に来たんだ……」


「あー、なるほどー」

 

 清川は一人でうんうんと頷いて……。


「それじゃあ私帰るね」


「あ、おい。一人で帰れるのか?」


「子ども扱いしないでよもうー。それに、今は私のことを見るより目の前の子を見ててあげて」


「え……?」


 清川はそう言うと、氷室の前にちょこちょこと移動して


「沙夜ちゃん」


「な、なんだ?」

 

 手を握りつつ、氷室の目を見てふっと微笑み


「おめでとう」


 満面の笑顔で彼女を祝福した。氷室もその笑顔に顔を綻ばせ、優しい微笑みで礼を言う。


「それに春斗君もね」


「あぁ……ありがと」


 ちょっと照れくさいな。


「それじゃーねー」


 清川は手を振ってスーパーから出ていった。

 俺は隣にいる氷室を見る。


「なんかバレちゃったみたいだな」


「そうだな……まぁ、遅かれ早かれ気づかれてたと思うしいいんじゃないか」


「だな。とりあえず、俺達もそろそろ帰ろうか」


「あぁ」






 外に出ると、雨はかなり弱まっていた。


「このくらいなら傘はいらないかもな」


「あぁ、そうだな……それより、日高」


「ん?」


「袋、一つ私に持たせろ」


「え? いいよ、大丈夫。重くないし」


「重くないなら私が持ってもいいだろ?」


 氷室はそう言って、俺から袋をひったくるようにして奪った。


「このくらいなら重くない」


「そっか、疲れたら俺に渡せよ?」


「分かってる。じゃあ帰ろう」


 その時、一瞬吹いた風が氷室の髪を揺らし――彼女はクスッと微笑んだ。


「氷室――?」

 

 あまり彼女が見せないその表情に、俺が見惚れた時。

 氷室はそっと俺の右手を左手で握った。


「あ……」


「……」


「氷室?」


「この袋を持ちたいか?」


「ふふっ……いや」


 氷室の手の方がいいに決まってる。


「早く帰ろう……ハル」


 彼女はそっと微笑んで、俺の名前のあだ名を呼んだ。


「えっ……今、ハルって」


「だ、ダメか……?」


 頬を染めて上目遣い気味にこちらを見てくる彼女の顔はとても美しくて――愛らしい。

 それに彼女の手の温もりが雨で冷えた体を温めてくれるようだった。


「ダメじゃないよ……なあ、沙夜」


「なんだ……?」


「夏休み、二人でどっか行こうか」


「……あぁ」


 もうすぐ夏休み。彼女と一緒に過ごす、最初の。

 どんな毎日が待っているんだろうか。


「それじゃ、早く帰って夕飯作らなきゃな。もう九時過ぎちゃってるけど」


「わ、私にも手伝うことがあれば手伝わせてくれよ?」


「ん、分かった。じゃあ行こうか、沙夜」


「あぁ……ハル」


 さっきよりも、今の方が二人が一つになった気がした。

 たった今、改めて俺達は……恋人同士になったのだ。

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