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僕らに吹く風に揺れる花  作者: ヨハン
ツンとしてデレる少女
26/49

素直な思い

一ヶ月ぶりの更新でございます。ここのところ小説のアイデアが思い浮かばないというか暑いというか……(オイ)。今回は沙夜ルートの山場でございます。

 ふと暗くなりかけた空を見上げると灰色の雲に覆われている。何だか雨が降りそうな湿気もあり、気持ちが沈みそうになる。そういえばもうすぐ台風が来るってテレビで言ってたっけなぁ。心成しか少し風も強い。

 今日は委員会の仕事で少し遅くなってしまった。

 風花達には早く帰るように言っておいたので、一人で下校することになる。

 雨が降る前に帰ろう、そう思いながら歩いていると校門付近に人影が見える。

 近づくとだんだん人影がはっきりと見えるようになってきた。

 その人影は俺に気づいたのか、俺を見ては目をそらし、また見ては目を逸らす。何してんだろ。


「氷室?」


「あ、あぁ、なんだ」


「何してんの?」


「えっと……お前を待ってた」


「俺を?」


「ん……」


 氷室はこくりと頷くと歩き出した。


「もし良ければ、一緒に帰らないか。日高」






「……」


 隣を歩く氷室はどこか大人しい。いや、いつも大人しいんだけどさ。

 俺が氷室の横顔を見ていると、ふと目が合った。


「日高……この間はすまない……あの時はちょっと混乱してたんだ」


「あぁ、アレか。別に気にしてないよ?」


「え……?」


 確かにあの時はショックだったけど、よく考えてみれば意地っ張りな氷室だし。

 多分とっさに思ってもないことを口走ってしまった……んだと思う。

 それでも、俺と氷室はあの日から数日間全く話してなかった。


「んー、やっぱりアレが不味かったかな……ごめんな、氷室」


「ん……そうだな……」


「?」


 気のせいかな。

 さっきは落ち着きなかったように見えるけど今は妙に落ち着いている。というか無気力な感じにも思える。


「氷室? どっか具合でも悪いのか?」


「い、いや。ただ……正直拍子抜けしたんだ。こんなにあっさり許してもらえるとは思ってなかったし、日高の態度もいつもと変わらないから……」


「ん……まぁ、それなりにショックは受けたけど……よく考えりゃ氷室は素直じゃないしさ、あれだってきっと照れ隠ぐふっ」


「黙れ! わ、私がいつ照れ隠しなんかしたんだ!」


 氷室の鋭い裏拳が飛んでくる。

 その恥ずかしそうに顔を真っ赤にしてるのが照れ隠しだと思うんだけどなぁ。


「いってー……手加減無いなお前……」


「あ、ごめん……大丈夫か?」 

 

 腹部をさすりながらそう言った俺に、氷室は我に返ったように謝る。


「いや……大丈夫だけどさ」


「そうか……」


 氷室に笑いかけると彼女はふいっと顔を逸らす。

 その時、頬に冷たい粒が落ちてきた。


「げ……降ってきた」


 それから数秒後には絶え間なく雨粒が地面を叩くようになり、その雨粒は容赦なく俺たちを濡らした。

 俺と氷室はばしゃばしゃと水を跳ねながら走り出す。


「とりあえずどこか雨宿り出来そうなとこに行こう!」


「あぁ、そうだな……ここからだとウチが近い」


「え?」


「だからウチに来いと言ってるんだ、早く行くぞ」


 氷室はそう言いながら走る。意外と足速いな。

 それから数分後、氷室が住んでいると思われるマンションまで辿り着いた。しかしその時にはもう衣類がぐしょぐしょになってしまっていた。






「ほら、タオル。風を引く前にさっさと拭け」


「あぁ、ありがとう」


 俺をあっさり部屋に上げてくれた氷室は、おもむろにタオルを投げてきた。

 氷室から投げられたタオルをキャッチして頭を拭く。なんかいい匂いがするな……。

 

「あ、しまった。悪い、床濡らしちゃってるな」


 玄関からここまで濡れたまま来たせいで床はかなり濡れていた。


「そんなの放っておけば乾くだろう。気にするな」


「そんなわけにはいかないって。拭かなきゃ」


「……じゃあ拭くか」


「うん」


 氷室が持ってきた雑巾で廊下を拭いていく。

 何気なく氷室を見たとき、俺は思わず目を逸らしてしまった。


「ん? どうしたんだ? ……っ!!」


 氷室も自分の様子に気づいたのだろう。

 今の彼女はびしょ濡れで帰ってきてから着替えないまま廊下を拭く作業をしていた。つまり……Yシャツの下が透けていたのだった。


「っ見るな!」


「あ、悪い!」


「ッーー!! 私は着替えてくる……!!」


 氷室は顔を真っ赤にさせながら近くの部屋に入っていった。

 廊下を拭き終わって俺は思う。マンションの一室とはいえ……凄く広い。

 流石大きな会社の家庭と言うべきだろうか……。


「何をきょろきょろしてるんだ?」


 少しして氷室が帰って来る。


「あ、うん。なんか凄く広いなーって」


「こんな部屋がか? まぁ確かに一人で暮らすには広いが」


「こんな部屋って……てか一人暮らし!?」


「言ってなかったか?」


「初耳だよ!」


 うわぁ……一人暮らしでこんなに広い部屋か。

 なんというか、住んでる世界が違う気がする。

 それとさっきから思ってたんだけど……。


「氷室、その私服……なんか可愛いな」


「え!? ななな、急に何を言ってるんだ!」


「いや、氷室もそんな服着るんだなーって思ってさ」


 氷室の今の格好は黒のノースリーブ。

 白くて細い腕が綺麗に映る。こうしてみると、氷室の体は思った以上に華奢だ。


「そ、そんなにじろじろ見るな……それより、お前どうするんだ? 外の雨、物凄いことになってるぞ?」


「え?」


「どうやら台風が直撃してるらしいな」


 リビングの窓から外を見ると、空は厚く黒い雲に覆われていてそこから激しい雨が降り注いでいる。

 雨の轟音がその凄まじさを物語っている上に風も轟々と吹いている。

 学校を出てからもうすぐ一時間ほど経とうとしている。その間に空は真っ暗になっていた。


「……やべぇ」


「すまない、日高。私が一緒に帰ろうと言ったばかりに……」


 氷室が申し訳なさそうに言ってくる。


「いや、気にしなくていいよ。氷室は待っててくれたんだろ?」


「……うん」


「ならいいんだ。正直嬉しかったから」


 リンを撫でる感覚で氷室の頭を撫でる。


「ん……」


 氷室は何も言わずただ撫でられていた。


「でもそろそろ帰らなきゃな」


「馬鹿かお前は……こんな台風の中帰るなんて自殺行為だぞ?」


 氷室は窓の外を見ながら言った。


「つっても、まさかここに泊まるわけにもいかないだろ」


「べ、別に泊めるわけじゃないぞ! ただ一時的に雨宿りさせるだけだ! ……幸い明日は休みだし」


 クールなようで意外と感情の起伏が激しいんだよな氷室は。

 そういうところが可愛くて面白い。


「雨が止んだら夜中でも帰らせるからな!」


「とは言っても……」


 今日中に止むのだろうか、と思えるほどに雨脚は強い。雷も鳴ってるし……。


「それに……別に変なことをするわけじゃないんだから問題ないだろ……?」


 氷室はちょっと頬を染めながらそう言った。

 その顔がどうしようもないほど俺の心を揺らす。気がついたら顔が熱くなってきた。


「っ……ちょっと飲み物でも取ってくる。ついでだからお前にも用意してやる」


 そう言ってキッチンの方へと走っていった。

 氷室がキッチンの方へ消えると、なんとなく落ち着かない。

 俺は窓の外をもう一度見る。雨はやっぱり止みそうにない。

 ため息をつきながら部屋を眺める。

 あるのは生活に必要そうな家具などばかりでどこか殺風景のように思う。

 かといって氷室の部屋が女の子過ぎたらそれはそれで驚きだが。

 ただそれでも寂しい印象を受けるのはきっと気のせいじゃない。


「ぼーっとしてどうしたんだ?」


「うん? いや、なんでもない」


 気がつくと、麦茶が入ったグラスを二つ持った氷室が隣にいた。


「怪しいな。何か探してたのか?」


「何も探してないって」


「ふーん、まぁいい」


 氷室からグラスを受け取り、一気に飲み干す。


「ふーっ、美味しいな。ごちそうさま」


「……もっといるか?」


「いや、遠慮しとくよ。ありがと」


「そうか」


 俺はグラスをテーブルに置くと、もう一度部屋を眺める。

 さっきは気づかなかったけど、家具はどれも高そうなものばかりだった。


「あまり他人の部屋をじろじろと見るな。それともなんだ、他の部屋でも見たいのか? まぁ、ほとんど物置になってるが」


「そうなのか? 寝室とかは?」


「……面倒だからここで寝てるんだ、いつも」


「……まぁこのソファなら寝心地も良さそうだけどさ」


 見るからにふかふかなソファを見て言った。


「いいからほっとけ――わっ」


 その時、部屋が真っ暗になる。

 

「あっ、停電か?」


 俺がそう言うと同時に、胸に何かがぶつかってくる。


「わっ……氷室?」


「うぅ……」


「もしかして……暗いのが怖いのか?」


「そ、そういうわけじゃ……」


 おそらく反論したいのだろうけど、見るからに怖がっている。

 それに言葉に力もない。

 そんな氷室がどうしようもなく可愛くて、気がついたら頭を撫でていた。


「大丈夫大丈夫……怖くないから」


「ん……」


 氷室の手が俺の着てるYシャツをギュッと掴む。てっきり子ども扱いするな、とでも言われるかと思ったけど。

 こうしてると氷室の体温が伝わってくる。あったかいな……。

 それに、なんだかうるさかった雨や風の音が急激に遠ざかっていく気がして……。


「実は寂しがりで照れ屋だよな……氷室は」


「……あぁ。そうかもしれない」


 氷室の口調はいつもよりも優しい。


「元々……人見知りの激しい性格だった。だけど、そんな私をいつも大丈夫って励ましてくれた人がいた……それが母さんだ」


「……そっか」


「母さんは私達きょうだいをいつでも優しく見守ってくれたし、時には叱咤してくれた。会社の社長や学園の理事長をしている人間の妻とは思えないくらいに普通の人って感じがした……でも、そんな母さんはある日死んでしまった。ちょっとした理由で、事故に遭ったんだ」


 氷室は静かに語り続ける。

 俺はその話に何も言うことが出来ず、ただ氷室の頭を撫でることしか出来なかった。


「それからだな、姉さんが変わったのは。寂しさを断ち切るように毅然と振舞って、強く生きようとして、いつの間にか権力にすがっていって……父さんもその様子に最初は戸惑っていたけど、だんだんそれも仕方がないって容認するようになった。兄さんは私に寂しい思いをさせないようにと、だんだん過保護になっていって……今ではあんなにシスコンになってしまった」


 苦笑混じりに氷室が言った。

 そんな理由があったんだな……あの人達には。


「私はますます人見知りになると共に……時々どうしようもない孤独を感じ始めていた。兄さんがどんなに私の孤独を払おうとしても、決して払えないような……」


「結局、母さんが死んでしまってから私達一家は変わったんだ。悪い方向にな」


「今でも、時々母さんが帰ってくるんじゃないかって思う。そんなはずないのに……」


 氷室は話すのを止めようとはしない。

 俺も無理に止めさせようとは思わない、これが氷室の正直な気持ちだとしたら……最後まで知りたい。


「それからほとんど対人関係を築かないまま高校に入って、姉さんに誰とも関わるなって言われて……正直全然楽だと思っていた。中学時代だって私に話しかけてきたのは陽菜くらいだった。でも、高校に入って風花に話しかけられた……唐突で無邪気で純粋で、誰とでも仲良く接することが出来そうなあいつとはきっと性格が合わないと思った。私は今まで正反対の生活を送ってきたから……そんなあいつが羨ましく思えた」


「それからかな、姉さんに言われたことを実行してると……寂しくなった。お前が無理にでも関わってこようとするから、余計に……」


「不思議なんだ。日高とこうしていると、素直になれる気がして……こんな気持ちを持てたのは母さんの前以来だ」


「もしかしたら、日高と母さんは似ているのかもな…………なんて、私は何を言ってるんだろう。馬鹿みたいだ。笑っていいぞ。というか、こんな話をされて迷惑だったか」


「笑うわけない……迷惑でもない……」


 そう声を漏らすと同時に、氷室の頭を撫でる手を止めた。


「氷室は今までずっと誰にもその孤独を話せなかったんだろ? こうして素直に話せるのはお母さんの前以来なんだろ? それが自分の前なんだ、笑うはずない……迷惑だなんて思うもんかよ」


「日高……」


「どうしようもなく寂しいなら、俺がずっとそばにいるからさ」


「っ……それじゃあまるで……」


 言うなら今しかないだろう。


「だったら一つ言っておく……氷室」


「……なんだ?」


「俺はお前が好きだ。好きな人のそばにいたい、そう思うのは当然だろ?」


「っ!!」


 氷室が目を見開く。


「今日の昼休みにキスしちゃった時さ、あの時はまだ自覚なかったけど……よく考えりゃ好きでもない子にキスなんかするはずないよな」


「……」


「その後清川に聞かれて気づいたんだ、俺は氷室のことが好きだって」


「私も……どうして日高にことになるとムキになってしまうのか考えてたんだ……それに、日高に怪我を負わせた姉さんにあんなに怒りを感じたのかってことも……それで分かったんだ」


 氷室は俺の顔を見据えて言った。


「私も、日高のことが好きだって」


 やっと気持ちが一つになった、言葉を聞いて真っ先に思ったことはそれだった。

 氷室は俺の体に腕を回す。


「私、もう意地を張るのは止める……これからは少しずつ素直になるように努力するから……」


「無理しなくていいよ、氷室は氷室だ。意地を張ってる氷室のことも俺は好きだから」


「あぅ……そんな恥ずかしいことを言うな……」


 上目遣いで恥ずかしさを訴えてくる氷室を誰よりも愛おしく感じる。

 もう離したくない、そう思った。

 俺は氷室をそっと抱きしめながら……その唇に唇を重ねた。


「んんっ……ふぁ……」


 しばらくして唇を離し吐息が漏れる。


「日高……これで終わりにしちゃ……嫌だからな」


 とろんとした上目遣いでそう言う氷室。俺も理性の限界が近づいていた。


「……そういえば、今日はもう俺帰れないのか」


 これから俺たちがどうなるか、なんてことは今から予想できた。

 少しでも氷室が寂しくないように、少しでも長く彼女に触れていたい。

 俺と氷室はお互いに気持ちをぶつけ合って……恋人同士になっていくんだ。

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