どんな手を使ってでも
ようやく心を開き始めた沙夜。もっとストーリーを練り込みたいのですが……一人のストーリーに何十話も費やすのは大変そうなので……断念orz
「なぁなぁ、三年生の氷室朝香先輩って超美人だよな~」
「だよな! あのクールでドSっぽい雰囲気がたまんねーよ!」
休み時間、クラスのとある男子達がそんな会話をしていた。
どうやら、あの人の噂は一年生の男子の間でも広まりつつあるようだ。
あの人の性格や目的までも知りつつ、それを何とかしようとしている俺からすればそれは全て外面だ。まぁ確かにドSではあるんだけど。
その話を氷室も聞いていたのか、自分の席に座っていた彼女はいつにも増して不機嫌そうな顔になる。そりゃ、一番あの人に困らされてるのは氷室だしな。
「日高」
「ん?」
野上が穏やかな口調で話しかけてくる。
「彼らが話してるのって、もしかして氷室の姉?」
「もしかしなくてもそうだな」
「ふーん……まぁ、結構氷室と似てるしねぇ。多分、このクラスで感づいてる男子も少なくないんじゃないかな」
「へぇ……てか、お前はどうなんだ?」
「何が?」
「氷室の姉さんのこと、どう思う?」
「どうって……」
野上は少し考える素振りを見せる。
「確かに美人だねぇ。でも……」
「でも?」
「あの人には裏がある。なーんて僕の目には映っちゃうわけで」
「ほぉ……」
流石野上。鋭いな。
もしかしたらこいつもあの人に惑わされない男子かもなぁ。
「人間見た目が全てじゃないってのは、ルックスがいい人にも当てはまると思うよ」
「ホントにお前は敵に回したくないな」
「それが賢明だと自分でも思うよ」
昼休み。俺はいつものように教室で皆と一緒に昼食を食べていた。
「んー、今日のハル君のお弁当も美味しい~」
「そりゃどうも」
風花はニコニコ笑顔でぱくぱくと弁当を食べている。
そんな笑顔で喜んでもらえると、もっと料理の腕を上げて更に美味しい物を作ってあげたくなるな。
そう思いながら俺は教室を見渡す。
そこにはやっぱり彼女の姿がない。
「あれ? 日高、どこか行くの?」
「ちょっと飲み物買いにな」
野上に尋ねられ、そう答える。
そして教室を出た。
正直氷室がどこに行ったのかは分からないけど、きっと一人なんだろう。だったら、少しは場所が絞られる。
俺はまず最初に中庭、次に食堂を隅から隅まで探してみる。しかし見つからない。
次に屋上へ向かう。
屋上へのドアを開け、屋上に踏み入る。
すると、屋上の隅には……。
「氷室……」
どうやらまだこちらには気づいていないらしい。まぁ、俺に背中を向けてるしな。
「……」
氷室は屋上から見える街をぼんやりと見つめているようだった。
風が彼女の綺麗な髪を靡かせる。その姿があまりにも美しくて、俺は見惚れてしまう。
どこか淑やかで落ち着いた雰囲気を醸す彼女は、いつもの彼女ではなかった。
「って、違う違う」
氷室を捜していた目的を危うく忘れるところだった。ここに来たのは氷室と話をしたかったからだ。
俺は少しずつ彼女に近づく。
と、次の瞬間。
彼女の肩が少し震えていることに気がつく。
「え……?」
思わず声を漏らす。
「う……くっ……」
必死に声を殺そうとする氷室の後姿。
わざわざ確認するまでもない。彼女は泣いていた。
「く……ぁ……っ」
風が穏やかに吹く屋上に響く彼女の嗚咽。
俺はどう声をかければいい?
上手い言葉が思い浮かんでこない。力になりたいと思っていた女の子がすぐ目の前で泣いているのに。
「氷室……」
やっと搾り出した言葉はそれだった。
「っ!? 日高っ……!?」
氷室は驚いた様子で振り返る。
そりゃ、いきなり後ろから呼ばれたら驚くか。
「お前っ! いつからそこに!?」
「あ、えと……ついさっきかな」
「……見たのか?」
「え?」
「見たのか?」
いつの間にか泣き止んでいる氷室は俺を睨みつけてくる。
「えっと、それってつまり……泣いてる」
「見たんだな!?」
「うわっ」
氷室は俺の言葉を遮り、物凄い剣幕で俺の胸倉を掴む。
「ちょっ、苦しいって!」
「忘れろ! いいな!?」
「わかった、わかったから!」
そう言うと氷室は俺の胸倉をぱっと離す。
なんとか死なずに済んだ……。
「私としたことが……まさか……くそ……」
壁に寄りかかるようにして座り、ぶつぶつと独り言を漏らす氷室。
彼女もまさか誰かに見られるとは思ってなかったんだろう。
「ところで、氷室は何をしてたんだ?」
「ただの考え事だ」
俺としては普通に近づいたつもりだったのに、それさえも気づかないほど考え込んでいたのかな。
そう思うと、胸の奥がチクリと痛む。
「お前は私に何か用か?」
「いや、用ってわけじゃないけど……ちょっと話したくなってさ」
「……そうか」
俺はそれ以上何も言わず、黙って氷室の隣に座る。
彼女は特に拒絶する様子も無く、あっさりと隣に座ることを許してくれていた。
少しは仲が深まった証拠かな?
「それにしても暑いな……もうすぐ夏休みか。その前にテストもあるけど」
青空に浮かぶ入道雲を眺めながら呟く。何も考えず、のんびりとしているとどこからか蝉の鳴き声が聞こえてくることに気がつく。
「そういえば、もうそんな時期か」
「氷室は夏休み、何か予定とかあるのか?」
「いや、別に。夏休みだからといって特別な用事なんかない」
夏休みを前にして浮かれる生徒が多い中、氷室はそんなことを言ってのける。
「じゃあどっか出かけようか」
「断る」
「即答かよっ」
「何故私がお前なんかと出かけなければいけないんだ。涼しい室内で勉強していた方がマシだ」
「夏休みの課題があるとしても、それは寂しくないか?」
「寂しくない」
「うわ、また即答」
「私は元々一人が好きみたいだしな」
だったら、どうしてさっき泣いていたんだろう。
きっと理由はあの人絡みだと思う。
本当に、氷室は一人が好きなんだろうか。
彼女は鳥つく島もないような性格だけど、それでも俺は少しずつ関われている。だったら、きっともっと関わることだって出来るはずだ。
「氷室」
「ん?」
「人との関わりを極力避け、一人で生活することを悪いとは言わないよ。でも、やっぱり一人は寂しいもんだと思う。てか少なくとも俺は寂しいと思ってる」
「急に饒舌だな……まるで分かっているような口ぶりに聞こえるが?」
そう聞こえるのは間違いじゃない。
だって……
「俺も中学の時は人と関わることを避けてた時期があったからさ、よく分かるんだ」
「そうなのか……?」
「嘘言っても仕方ないだろ?」
「……そうか」
氷室は詳しく聞いてはこなかった。でもあまり人に話せる内容でもないし、俺にはそれがありがたい。
それに、本当に伝えたいことは別にある。
「あの時は友達なんてほとんどいなかったなぁ。クラスの人にもあんまり快くは思われてなかったみたいだし」
「まるで今の私みたいだな」
自分を嘲笑うように氷室は言った。
少なくとも、快く思われてないなんてことはないと思うが。
「そんな中でも仲良くしてくれたのが、風花と久代だった」
「あいつらが……だから、お前達はあんなに仲が良いんだな」
「かもなぁ……俺にとってはありがたかったよ。一人でいたい、一人にしてくれ、なんて思ってる割に本当は……凄く寂しかったから」
「っ……」
そうだ。俺は一人でいたいと思いつつ、一人が嫌で仕方がなかった。
だからこそ、そんな時に多少強引にでも関わってくれる風花と久代の存在がありがたかったんだ。
きっと、氷室だって寂しいんじゃないかと思う。
中学の時の俺にとって二人が大きな支えだったように、今の氷室にとって俺が支えでいられるようにしたい。そう思う。
「日高……」
「ん?」
「……お前は……どうしてそんなことを私に……」
「……なんでだろうな」
誤魔化すように言った。
「……まぁいい。最初から答えなんて期待してはいない」
「ははっ、だったら何で聞いたんだよ」
「さぁな……気がついたら聞いていた」
氷室は立ち上がってそっと微笑む。
やっぱり、笑うと滅茶苦茶可愛いな。
「私はどうしたらいいんだろうな……」
しかし、笑ったのも一瞬のことだった。
独り言のような問いかけには僅かな嗚咽が含まれていた。
「っく……っ」
「氷室……!」
俺は立ち上がる。
そして氷室の肩に手を置き、優しく宥めるように言う。
「大丈夫だ……俺が何とかしてみせるから」
「ひ……だか……」
氷室は涙を目に浮かべてこちらを見つめる。
こうして泣き顔を見るのはもちろん初めてだけど……不思議な気持ちが芽生えている。
目の前で弱弱しい姿を見せるこの女の子のことを、どうしても守りたいと思う自分がいた。
「っ……」
「わっ……氷室?」
「すまない……日高。少しだけ、こうさせてくれ……っ」
そう言って氷室は俺の胸に顔を埋める。
彼女の背中に腕を回そうか迷い、結局彼女の肩に手を置く。
「……氷室……お前は我慢し過ぎだったんだ……今は、我慢しなくていいから」
氷室の頭にぽんと手を置く。
すると、嗚咽は少しずつ……確かな泣き声に変わる。
「っ……あぁぁ……うあぁぁぁ……」
俺はこの子を守りたい。
あの人がどんな手を使ってでも俺を自分に崇拝させようとするならば……。俺だってどんな手を使ってでも……あの人から氷室を守るんだ。




