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僕らに吹く風に揺れる花  作者: ヨハン
ツンとしてデレる少女
20/49

氷室沙夜の憂鬱

沙夜は苦労人だと思うんです

 階段の踊り場から離れ、腕を引かれるがまましばらく歩いた途中でぱっと腕を放される。

 氷室は俺を睨んで言った。


「お前はバカなのか?」


「いや、バカじゃないとは思うけど」


「いや、バカだ。あの女は冗談抜きでやりかねないぞ」


「そうなのか……てか、氷室の姉さんって……」


 氷室は呆れた顔で頷く。

 薄々気づいてはいたけど、きっとそういうことなんだろうな。


「あの女は、私を快く思っていない。何より自分勝手で傲慢で理不尽で暴君で、この学園を支配しようとしているような奴だ」


「どうしてそんなこと……」


「簡単だ……権力があると、人間は支配欲に溺れる。ただそれだけだ。アイツは自分自身の美貌を疑っていないし、男子を全員崇拝させようとしている」


「まぁ……確かに美人だとは思ったけどさ……性格が……」


「それがそうでもない。あの女は三年生と二年生の男子の間では女神としてもてはやされている」


「……どういうこと」


 あんな性格を好きになるなんて一部のマゾ男子くらいだと思うけどなぁ。


「さぁな。まぁ、いずれ一年生の男子も支配するだろうが……」


 話を聞いて、なんとなく氷室の言いたいことは予想出来た。


「氷室がその障害になると」


「そう考えたのかもしれないな」


「まぁ、氷室も相当美人だしな」


「なっ--! いきなり何を言い出すんだお前は!!」


「あ、悪い」


 頬を赤らめて怒る氷室。

 意外と恥ずかしがりやなのかも、と思いつつ俺は謝った。


「ったく……とにかく、アイツは私が男子と関わるのが許せないらしい。だから私にもう構うなよ」


「あれ……じゃあ何で清川や風花とは関わらないんだ?」


「あの二人と関われば高確率でお前とも関わるだろう」


「あぁ……じゃあ、俺があの二人と関わらなきゃ氷室は--」


「お前、さっき自分で言っただろう。自分を抑える必要はないと」


「…………」


「それに、あの二人はお前に懐いてるようだしな……だから、私はいいんだ」


 氷室は微笑んだ。初めて見た彼女の笑顔は純粋に綺麗だった。

 でもその微笑みはどこか悲しそうで、自分を嘲笑っているような……そんな気がした。


「……とりあえず、ありがとう。氷室」


「何故礼なんか言うんだ?」


「俺のこと、助けてくれたんだろ? さっき。多分氷室が腕掴んで無理やり連れ出してくれなかったら俺何言ってたか分かんないよ」


 まるで笑い話のように言ってみせた。

 あそこで氷室が俺を止めてくれなかったら、きっと俺は言いたいことを言ってあの人を怒らせてしまったと思う。


「別に、私は権力者に楯突こうとするバカを止めただけだ」


 氷室は素っ気無く言った。

 何気に氷室は気遣いが出来ると思う。今ならもしかしたら……。


「……なぁ、氷室。もし良ければさ、これからは俺達と一緒に行動しないか?」


 氷室は少し驚いたように、そしてすぐに呆れたような顔になる。


「お前、人の話を理解してないのか? する気はないのか? それとも出来ないのか?」


「俺はあの話を理解したつもりだし、する気はあるし、出来る。だから誘ってるんだ」


「……じゃあ何故」


「俺が氷室に言った言葉を、氷室はそのまま俺に返した。だから、それを俺は更にそのまま返すだけだよ。自分を抑えて生活する必要なんかない」


 氷室だってきっと清川や風花と仲良くしたいんじゃないかと俺は思う。


「……」


「俺も風花も久代も野上も、それに清川も……氷室と一緒に学園生活を送りたいんだよ」


「…………くだらない」


 氷室は呆れたように言って歩き出そうとする。

 きっと教室に戻るんだろう。俺もその隣を歩く。


「ついてくるな」


 氷室はキッと俺を睨む。


「どうせ教室に行くんだからいいじゃん」


「……ふん」


 これは同行していいってことかな。


「……どうしてだろうな」


「何が?」


「どうして、お前に……あんなに詳しく話したのか疑問だ」


「俺が話しやすい相手とか」


「それはない」


 即答かよ。


「まぁでも、あの女に歯向かおうとした男子はお前が初めてだが」


「じゃあ、それが理由じゃないのか? 明日の我が身、みたいな」


「それが実現したらお前は自由な学園生活を送れないぞ」


「それは困るけど」


 でも、さっきの行動もそうだけど……氷室は俺の身を案じてくれている。

 どうにかして、俺は彼女を姉の権力による制限から開放したいと思う。


「おい、日高」


「ん?」


「あの姉をどうにかしようと思うなら、それは無駄な努力だ」


「……でも」


「あの姉を抑えられるのは……多分兄だけだ」


「氷室は兄さんもいるのか?」


「あぁ、この学園の二年生だ」


 親が理事長で、長女が三年生で、長男が二年生で、次女が一年生か。

 中々この学園と共に在りって感じだな氷室家。


「そっか……どんな人なんだ?」


 あの姉さんを制御出来るってことは、それ以上に権力を持っているのか。それとも真人間なのか。


「権力はあの女よりもあるかもしれないがかなりの真人間だ。あの姉を反面教師にしたからかもな」


「そうなんだ」

 

 権力者と真人間の両方だった。

 その人なら氷室を縛る権力から氷室を開放してやれるんだろうか。


「その人なら……」


「辞めておけ。兄だってあの女を止められない時もある。それに……少し変わっている」


「真人間って言わなかった?」


「基本的には……だ」


 その時。

 目の前から人の視線を集める男子が歩いてくる。

 おかしな意味で視線を集めているのではなく、ただ単に顔立ちが整いすぎているからだった。

 特に女子生徒は彼が通るとその姿に目を奪われている。


「よっ、沙夜」


「兄さん」


「兄さん? この人が……」


 この人が兄さんなのか。

 氷室の兄さんであるということが分かると、顔立ちが整いすぎているのも納得出来るのが不思議だった。


「俺は沙夜の兄で氷室夕(ひむろゆう)っていうんだ。 君は?」


「日高春斗です」


「沙夜とはどういう関係か聞いてもいいかな?」


「クラスメイトです」


「そっか。よかった」


「よかった?」


「うん。もしも沙夜の彼氏とかだったら殴り殺してるよ」


「えっ」


 凄い爽やかで女子が見たらすぐにでも惚れてしまいそうな笑顔だったけど、そんな笑顔でとんでもないことを言った。


「まぁでも、二人きりでいるということだけでも君をボコるには十分な理由だけど」


「どこがですか!?」


 全然十分じゃないだろうと思う。

 この人、もしかしなくても。


「俺には沙夜に近づく悪い虫を一匹残らず潰す義務があるんだ」


 どう考えてもシスコンです本当にありがとうございました。


「兄さん、気持ち悪いぞ。これ以上変なこと言ったら兄妹の縁を切る」


「ちょっ!? 沙夜!?」


 これだけイケメンな人を気持ち悪いと言い切れる氷室も大概だよなぁ。


「日高はあの女の面倒ごとに巻き込まれかけている被害者だ」


「そ、そうなのか? 春斗君」


「え、あ、まぁ……多分下手したら怒らせて退学させられたかと」


「……もしかして、あの人に反抗しようとしたのかい?」


 夕さんは驚いたような顔で尋ねてくる。


「反抗っていうか……あの人の言い分が理不尽すぎて、気がついたら思ったこと言いそうになりました」


 きっと止められなければ、あなたは間違っているとか理不尽だとか言ってしまっていただろう。


「……そんな男子は君が初めてだよ」


「私もそう言ったぞ」


「そんなにおかしなことかな……」


「ははっ……」


 夕さんは俺を見てクスッと笑った。


「どうかしましたか?」


「いや、君は面白いな……」


「そうですか?」


「あぁ……もしもあの人のことで困ったことがあれば相談に来るといい。力になるよ」


「あ、ありがとうございます。じゃあ早速ですけど……」


 俺は夕さんにさっきの話の内容と、どうにかして氷室を開放してやりたいことを伝えた。

 夕さんは親身になって聞いてくれてありがたかった。

 そして、どうにかして姉に話をしてみると言ってくれた。

 夕さんと別れ、教室まで氷室と歩く。

 途中、氷室はこんなことを言った。


「兄さんに気に入られるなんて少し驚いたぞ……」


「あれって気に入られてたの?」


「普通の兄さんなら、私が男と一緒にいるだけでその相手の男を殴り倒すだろうから」


 やっぱり変わってる人ではあるんだな。

 理不尽で暴君な姉と、イケメンでシスコンの兄を持つ氷室は苦労が耐えなさそうだと思う。


「……日高」


「ん?」


「私は……少しくらいはお前達と行動してみるのも悪くないと思う」


「ほ、本当か!?」


「あまり期待するな……気が向いたら、だ」


 それでも、少し氷室が変わってくれたのは素直に嬉しい。

 こうなったら、絶対どうにかして彼女を姉の権力による制限から解放してやりたいと思う。

 彼女には自分を嘲笑うのではなく、嬉しさを表すために笑ってほしい。

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