迷いと覚悟
今回はちょっぴりアレな方向ですね
翌日。俺は家ですることも無くぼうっとしていた。
家事も済ませ、セミ達の鳴き声を鬱陶しいと感じつつ室温の高いリビングでテレビを眺める。
何かしよう、そう思った時に携帯の着信音が鳴る。携帯には『久代結』と表示されていた。
「もしもし?」
『おはよハルっち』
「おはよう。どうかしたのか?」
『んとな、今日は色々な所を散歩したいんだ。だから……その、一緒に付き合ってくれないか?』
「あぁ、いいぞ」
色々な所を散歩するのも結にとってはいい運動になるだろう。俺は二つ返事で引き受けた。
俺は結を迎えに行くために、電話を終えすぐに部屋へ戻って着替える。
気がつくと、空いていた部屋のドアの隙間からリンが覗いていた。
「何してんだ?」
「……さっきの電話の相手って誰?」
「誰って……久代だけど」
「なんだ、結姉か」
そういえばリンと結も結構仲が良かったな。リンは気にいった相手には「~兄」「~姉」を付けるし。
「二人で出かけるの?」
「まぁな」
「へぇ……二人で……」
訝しげな目をこちらに向けるリン。
「ちなみにお兄と結姉はどんなご関係で?」
「どんなって……」
恋人同士、というには少し恥ずかしいな。他に何かいい名称は無いだろうか……。
「まぁいいや。とりあえず恋人同士水入らずで楽しんできてねー」
リンは笑顔でそう言った。
「あぁ……ってどうして知ってんだよ!?」
「えっ!? 本当に恋人同士なの!?」
驚く俺に対して驚き返すリン。
どうやらカマをかけられたようだ。
「あっ……えーっと……」
「…………結姉の馬鹿ぁぁぁぁ」
リンは泣きながら自分の部屋に飛び込んだ。まぁ、放っておくのが一番いいかな。
俺は少し気になりながらも家を出る。
結の家まではそれなりに距離がある。少し急ぎ足で向かう。
結の家の玄関の前に立ちチャイムを鳴らす。少しして結が出てくる。今日の服装はヘソが出るくらいの黒いシャツにスニーカーの上から太ももまでを大胆に露出させたホットパンツ。
昨日のような女の子らしい格好も可愛いが、今日のようにボーイッシュな格好もかなり可愛い。
「やっぱりこっちの方が動きやすいな」
と言いつつも少し足を引きずる結。
俺は結に近づき腕を差し出す。
「ん……さんきゅ」
結は穏やかな笑顔を見せ、俺の腕に自分の腕を絡める。
「今日の格好も可愛いな」
「む……急に照れること言うんだな……」
腕にぎゅっと力が入る。少し柔らかい膨らみが腕に当たる。
俺は高鳴る鼓動を誤魔化すため急かすように言った。
「と、とりあえず行こうか」
「う、うん。そうだな」
俺達は入道雲が浮かぶ夏の青空の下、二人で歩調を合わせるように歩き出した。
俺達は人通りの多い街の大通りへやって来た。
中央の大きな道路を挟んで両側にある歩道には老若男女色々な人がいる。
こういう場所は歩くだけでも結構楽しい。
「こういう場所って歩くだけでも楽しいよな」
結もどうやら同じことを思っていたらしい。思わず笑みが零れる。
「ハルっち? どうしたんだ?」
「いや……ちょっと嬉しくなっただけ」
「そうなのか?」
「あぁ」
人ごみの中でもはぐれないようにするためか、結は自分の腕に力を込めている。
しばらく歩くと、遠くに見慣れた三人の美少女がいた。無邪気にはしゃぐ二人、それを見守る冷静な一人の美少女に近くを通る男性達は目を奪われているようだった。
結もそれに気がついたようだった。が、腕を離そうとはしなかった。
その間にも歩き続け三人との距離が少しずつ縮まる。そしてふと目が合う。
「あ、ハル君と結ちゃんだー。……なんで腕組んでるの?」
風花は首を傾げて尋ねてくる。
「あー、えっとだな……」
「沙夜ちゃん、どうしてだと思う?」
清川も分からないと言いたそうな顔で隣にいる氷室に訪ねている。
氷室は二人を見て呆れたような顔をして言った。
「馬鹿かお前達は。男女が腕を組んで歩くなんて恋人同士以外まずありえないだろう…………ん、待てよ。二人はそういう関係なのか?」
「え、あ……うん」
結が頷く。
それを見た氷室は驚いたような顔をする。いや、最初に言ったのお前だろ。
「意外だな……」
「春斗君と結ちゃんってなんか男友達って感じだもんね」
「ちょっと待てどういう意味だ陽菜!」
結は頬を微かに膨らまし反論する。
その横顔も今の俺の目には可愛く映る。
「私は二人ともお似合いだと思うよ? いつも仲良いし」
風花はおっとりした口調で言った。
「あ、でもハル君なら可愛い子いっぱい侍らせそうだよね」
「おい!?」
「む……そうなのかハルっち」
「違う!」
風花は時々不意を突くように爆弾発言をする。
そして結もそれを鵜呑みにする。
そんなやり取りをする俺達を見ていた氷室と清川は微かに微笑んでいた。
「……全く、平和なバカップルだな」
「ちゃんと結ちゃんを支えてあげなきゃだね、春斗君」
分かってる。
俺はいつでも結を支えたいし彼女の力になりたい。諦めずにもう一度走る道を選んだ結の添え木になりたい。そう思っている。
「あぁ、もちろんだ。結は大切な恋人だしな」
「なっ……ハルっち……恥ずかしいぞ」
結は言葉の通り恥ずかしそうに俺の腕をぎゅっと抱く。
「こんなに糞暑いのに惚気るなバカップル、熱中症になればいいんだお前達なんか」
「そこまで言うか!?」
氷室の毒舌を浴びつつ俺達はその場を後にしようとする。
「とりあえずじゃあな……」
「あ、ハル君ハル君」
「なんだ?」
風花が駆け寄ってくる。そして俺達二人を見据えて言った。
「二人とも! 仲良く二人で頑張って!」
あれから俺達は色々な場所を巡った。結の足には流石に大変だったか、と少し後悔する。
夕日が沈みかけた頃、暗闇と日の光が入り混じる中、二人で昨日も訪れた公園にいた。少し高い所にある芝生の上で公園の風景を眺めていた。
「なぁ……ハルっち」
「ん?」
「やっぱり分からないぞ。ハルっちが私を選んだ理由……」
「急にどうしたんだよ?」
不安げな顔を浮かべる結。
急にこんなことを言うなんて何かあったのだろうか。
「風花も陽菜も沙夜も凄く可愛いし魅力的だし……その……」
なんとなく言いたいことは分かった。
三人とも確かに可愛いし、そんな彼女達を放ってまで自分を選んだ俺の気持ちがよく分からないらしい。
俺はただ純粋に結を好きになっただけなんだけどな。
「だから……あの……」
「もうそれ以上言うなよ」
言葉が上手く搾り出せない結の発言を遮る。
どうすれば結が納得するように諭せるかと考えたが、結局良い案は浮かばない。
だから思ったことを口にする。
「俺は純粋に結のことが好きなんだよ。他の誰でもなくて結が。それだけじゃ駄目か?」
「え……っと……」
顔を真っ赤にする結。
「心配すんなって」
「あっ……」
俺は結の左手を右手で握る。
結は少し驚いた声を上げながらも嬉しそうに握り返す。
「出来ればこっちがいいぞ」
そう言って指を絡ませたつなぎ方にする。
「……へへ」
結は嬉しそうな微笑みを見せ、俺の肩に頭を置く。そして上目遣いでこちらを見てくる。暗闇の中だからか、自然と瞳孔が開いている結の瞳に見惚れてしまいそうになる。
「ハルっち……さっきの言葉、信じてもいいのか?」
「もちろん」
「……ありがと、ハルっち」
結は握っていた手を離し俺の正面に来た。そして俺の体を押し倒す。
「ゆ、結っ!?」
「……ハルっち」
俺の上に乗り、艶っぽい目で見つめてくる結。少しずつ顔を近づけてくる。
お互いの吐息を感じるくらいに顔が接近した時に結が言った。
「ハルっちなら……いいよ」
「んっ……」
結は何がいいのか具体的なことは言わず、俺の口を自分の唇で塞いだ。
そしてなんとなく結の言葉の意図が分かった。
結は唇を離し俺を再び見つめる。
「……ハルっちをもっと感じたい」
どうしてこういう時は大胆なのかと疑問に思う。
きっとこの状況を避けることは出来ないだろうし、別に避けようとも思ってはいない。ただ、後悔しないかが心配だった。
安易な気持ちでこれ以上進むようなことはしたくない。
「私は本気だぞ……」
「……あぁ」
目を見れば分かる。結は真剣な気持ちで言っている。
「足は大丈夫なのか……?」
「足に負担をかけなければ大丈夫だ」
そういう問題なのか。
俺に心の中でツッコミを入れられた結は再び顔を近づけてきた。
「ここ……公園だぞ? いくら人がいないからって……平気なのか?」
「ん……大丈夫だろ……」
本当かなぁ……?
人に見られたら色々とまずいんじゃないのか。
「っ……」
結は再び唇を重ねてくる。次はもっと長く深い。
「ん……」
きっと手遅れなのかもしれない。俺の心は結に侵食され奪われている。この雰囲気にも飲まれかけている。いつまで理性が保てるかも分からない。
もう俺は長くはない。だから覚悟を決める。
体を重ねることに完全に抵抗がないわけではない。でも、もう迷いはなかった。俺は結が好きで彼女の全てを知りたいと思うし、そんな結は真剣に俺を欲している。そんな自覚と事実で迷いを振り切った。
「ハルっち、大好きだ……」
「俺も……結のこと、大好きだ」
これはアウトじゃない……よね?←




