表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
僕らに吹く風に揺れる花  作者: ヨハン
未来へ走る少女
12/49

走ることを諦める

久代ルートも順調に進んできました

 テストが終わった翌週。あと数日で一学期が終わり夏休みに入る。

 もう本格的な夏になり、下校する時間帯は特に暑い。頬を一滴の汗が流れる。

 学校の敷地内には部活に勤しむ生徒達が多い。野球部の威勢のいい掛け声が聞こえてくる。

 俺は風花や清川と一緒に下校する途中だった。

 

「暑いー……」


「もう真夏だねー……」


「そうだな」


 隣を歩く清川と風花も少し気だるそうだった。

 

「あれ……?」


 風花歩くのを止め不思議そうな声を上げる。


「どうした?」


「あの人だかりなんだろう?」


 風花が指を差した先には少し人だかりが出来ていた。あれは……陸上部だろうか。

 俺達は少し近づいてみる。すると、人だかりの中心に誰かが倒れていた。足を抑えてうずくまっている。

 

「……え?」


 俺は目を疑う。しかし、目を擦ってみても景色は変わらない。

 気がついたら俺は走り出していた。そして倒れている人に叫ぶ。


「久代! どうしたんだ!?」






 あの後久代は病院へ連れて行かれた。

 俺達は病院名を陸上部の先輩から聞き、急いで向かう。病院に到着し、俺達は部屋を聞き出した。

 部屋に入ると、久代はベッドにいた。

 夕日を眺めていたのだろうか、俺達が部屋に入るとこちらに振り向く。


「あ……皆」


「結ちゃん!」


「大丈夫だったの!?」


「わ、二人とも落ち着け……私は大丈夫だ。心配かけてゴメンなー」


 久代は風花と清川の頭を撫でる。

 撫でられた二人はほっとした表情を見せる。


「軽い捻挫だってさ。大袈裟にしてホントにゴメンな」


 この場は久代のその発言で皆が安心した。

 しかし、俺は違和感を感じていた。だから風花や清川と一緒に帰る途中に抜け出し、久代の部屋をもう一度訪れる。

 部屋の前で俺は立ち止まる。部屋からは呻き声が聞こえる、もしかしなくても久代の声だった。

 俺はおもむろに部屋のドアを開ける。


「おぉ……ハルっち。どうした? 忘れ物か?」


「……お前、なんであんな安い芝居してんだよ」


「え? 何のことだ?」


「足……さっき呻き声聞こえたぞ」


「……聞いてたのか」


 久代は憂いの表情を浮かべ、静かに俯く。


「……で、どうなんだ?」


 俺は静かな声で尋ねる。

 自分ではいつもよりも低く落ち着いた声だった気がした。


「……もう一度今の走りを取り戻せる頃には……高校を卒業してるってさ」


「えっ……!?」


 言葉を失う。そしてどんな言葉をかけていいのか分からなくなる。

 完治までおよそ三年……久代の足の状態は想像以上に悪かった。


「リハビリすればきっともっと早く治るだろうけど……リハビリなんてする意味あるのかな」


「……」


「本当は、今はもう陸上なんてどうでもいいんだ……ははっ」


「どうしてそんなこと……平気で言えるんだよ……!?」


「……私は小学校の頃から陸上が好きだった。でも、親には反対されてたんだ。もっと女の子らしくしろってことでさ」


「そうなのか……」


「私はそれが嫌で、親に反対されればされるほど陸上に打ち込んだけどな。でも、今こうして怪我をしたら……途端に今まで反対してきた親は同情してきた」


「そりゃ、自分の子供が大怪我したら心配するだろ……」


「違うんだ。あの人達は内心安心してる。やっと私が陸上を辞めるって」


「それは思い違いじゃ……」


「違う!」


 久代は大きな声で怒鳴るように叫んだ。


「っ……」


「……そうでもなきゃ、『無理にリハビリせずに陸上を辞めていい』なんて言う訳ない……」


「久代……」


「それに、こんな怪我までしてもう走りたいとも思わないしな……だから、もうどうでもいいんだ」


「…………」


 その時だった。病室のドアがガラリと開く。

 出入り口に立っていたのは風花だった。


「結ちゃん……なんでそんなこと言うの……!?」


「風花、私は自分で陸上が心から好きじゃなかったと思うんだ。だからこのままでいい」


 久代は特に驚いた様子も見せず、淡々と答える。


「嘘! 結ちゃんはいつも一生懸命に陸上やってた!」


「おい、風花……辞めろ……」


「ハル君は黙ってて!」


「っ!」


 風花は怒気を含んだ声で叫んだ。

 こんな風花を見たのは久々だった。こうなった時の風花は怒っているんじゃなく、悲しんでいることが多い。

 彼女は彼女なりに久代を想って言っている。彼女は久代を慕っているし、きっと陸上をしていた久代を心から応援していたんだろう。

 でも、今の風花の言葉は逆効果だと思った。


「風花……私はもう陸上を辞めるって決めたんだ……だから、もう」


「そんなこと言わないで! 諦めないで!」


「……風花は何も分かってない……! 何も分かってないのにそんなこと言うな! 私が今どんな気持ちか分かるのか!?」


「結……ちゃん?」


「正直言って自分が惨めで仕方ない! 皆に心配っていう名の同情をされて、今まで打ち込んできたことも出来なくなって、おまけに今までの時間が全部無駄だって思えてきた!!」


「……そんな」


「帰ってくれ……」


 風花は力が抜けたような足取りで病室を出る。


「久代……」


「ハルっちも帰ってくれないか……頼む」


 俺は何も言えなかった。

 久代の気持ちは正直分からないし、俺がとやかく言えることではないと思った。

 諦めるな、頑張れ、そんな言葉をかけるのは容易い。でも、そんなことを言っても久代の力になることは出来ない。

 それ以前に俺が言っても言葉に重みが無い。俺は今までこんな挫折を味わったことはないから。

 ただ言われるがまま、俺も久代の病室を出た。

 病室を出ると外で待っていたと思われる清川が風花を慰めていた。


「風花ちゃん……元気出して、ね?」


「っ……どうして……」


 風花は泣いていた。時々鼻をすする。

 俺は風花の頭に手を置いて言った。


「久代もきっと本心から言ったわけじゃないさ……でも、今はそっとしておこう。風花の気持ちは分からなくもないけど、今の久代にあの言葉は逆効果だったな……」


「ハル君……うぁぁ……っ」


 風花は俺の肩に額を当てて泣き出す。


「よしよし……」


 今は風花が泣き疲れるまでこのままでいよう。昔も泣き出した風花をこうして慰めたりしてたっけな。少しだけ懐かしい。

 風花の頭を撫でながら俺は心の中で久代に尋ねる。

 きっと本心じゃない、よな。

 数日後に久代は学校に来るはずだけど……どんな顔をして会えばいいのか、どんな風に接すればいいのか分からない。いつも通りに接することはきっと難しい。 

 そのことはきっと俺だけじゃなく、俺の肩で泣いている風花や、悲しそうな表情を浮かべている清川も感じているだろう。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ